粒粒辛苦(りゅうりゅうしんく)

穀物の一粒一粒は農民の辛苦の結晶であるということ。米を作る農民の苦労をいう。
転じて、物事を成し遂げるために、こつこつと苦労を重ね、努力を積むこと。
(デジタル大辞泉の解説より)


以前、これから起業したいという人が訪ねて来られたことがありました。
「人はどうやって集めたのですか?」
「資金の調達は?」
「宣伝方法は?」
と、どうやってやったのかと方法ばかりを聞いて来られました。
きっとこれではうまくいきません。
だって、考えられる方法とは、皆考えることですから。
皆と同じことを考えても、それは「その他大勢」と同じになってしまいます。

成功させるには、人がやらない事を考えて、人ができない努力をすることです。
そのためには、しっかりとしたコンセプトを持っていなくてはならないと思います。

そして、一番肝心なのが、「起業するのは簡単だが、継続させることは難しい」ということです。継続させるためにはどうしたらいいかを考えて起業しなくてはいけませんね。
初めはうまくいっていても、景気が悪くなって売り上げが落ちたとか、従業員が辞めたなど、うまくいかなくなって経営が難しくなってくるときが必ずくるものです。

継続させるために必要なことは、淡々、コツコツと努力を積むことなんですね。
同じことを10年間やり通す。そうやって、やっと人に認められるようになるのです。

起業して間もない頃の私は、会社を大きくすることを考えていました。
会社を大きくしようとする気持ちは大切ですが、まずはじめにやらなければならないことは、大きくすることではなく、会社が倒れることのない土台をつくることだったんですね。
順調にいっている時の会社の経営を基準にして考えるのではなく、うまくいかなくなった時の最低限の経営を考えていくことが土台をつくることではないかと思います。

土台があれば、その上の柱や壁もしっかりと建てることができます。
その土台とは、経理のことです。
経理がしっかりしていれば、少しの試練も乗り越えられますが、ずさんな経理ではすぐに潰れてしまうでしょう。

一攫千金を狙うより、毎日地道に淡々、コツコツと、仕事に取り組んで着実に大きくさせる方が成功します。

人材育成も同じです。
日々、経営者は部下を育てる努力をしているかで、人が育つか育たないかの違いが、即、経営に響いてくるのです。


一粒の米を得ることは、農民の辛苦の結晶であるということと同じく、
一円の利益を得ることは、会社の辛苦の賜物であるということを忘れてはいけないのだと思います。


掃除は繁盛のもと

お客様への周到な心くばりは、
店の整頓、掃除にもおのずとあらわれる。
いつもきれいに掃除されている店は、
お客様への気くばりも行き届き繁盛している。
日々の整理整頓、掃除を大事にしたい。


~松下幸之助 『お客様大事』より~


私が神学を学んでいた20代の頃、一番初めに教わったことは、‘何事も掃除から‘というものでした。まずは掃除の仕方を徹底的に教わりました。朝夕、広い拝殿の大広間や縁側を雑巾で何度も乾拭きし、無垢材の床が光るまで磨きました。

その後に経営を学んだ時も、‘商売は環境整備から‘ということを教わりました。
掃除や環境整備は、そこにいる人の心を整えるための基本中の基本なのです。


繁盛している店や会社で、経営者自ら掃除をする姿をテレビなどで紹介しているのを観たことがあります。成功している社長さんは、自ら会社の玄関を掃除して環境を整備しています。それが基本で、大切な仕事だということも知っているのです。

先日、保育所長の研修会で、「所長の役割」について議論しましたが、所長の役目で意見が多かったのは、ビジョンを語ることやリーダーシップ、人事、職員理解等でした。
でも、私は一人だけグループで違う意見だったのですが、却下されました。
それは、環境構成やお金の管理。
却下された理由は、それは別の人でもできるからだそうです。

確かに、リーダーシップやビジョンを語ることは大切なのですが、リーダーだからこそ細かいところを常に気にしてみなければならないのではないかと思うのです。リーダーがいくら理想を語ったところで、整備されていない環境では何も始まりません。
リーダーが一番初めにやらなければならない仕事は、環境を整えることではないでしょうか。

私は休日などに時間が空くと、弊社が経営する保育園や隣接している学童保育施設の周りの草刈りやペンキ塗りなどの環境整備を行っています。通りに面しているので、行き交う車の中から見られているみたいで、時々、「お休みの日もお仕事をされているんですね。大変ですね」とお声をかけていただくことがあります。

どうも、掃除や環境整備というと‘ご苦労様‘と思われているようですが、これは私がやりたくてやっている大事な仕事なので、大変とか苦労とか思ったことはありません。それどころか、きれいになっていくと気持ちが良くなって、もっとやりたくなります。掃除は、やる人もそこにいる人も、心をきれいにしてくれるものなのだと思います。

「なんで私が掃除なんてやらなければならないの」と不平不満の心で、大変だ、苦労だと思いながらやっていると、掃除も心遣いが感じられない中途半端な出来で終わってしまいます。掃除にも出来栄えがあるのです。

企業に話を戻すと、
社長の姿を社員が見ています。
親の姿を子どもが見ているのと同じです。

社長の背中を見て社員が育つのですから、「掃除をやれ」と言わなくても、社長自ら掃除を行っていれば、黙っていてもちゃんと気づいてやってくれるものです。社長は表に出るのも仕事ですが、普段は縁の下の力持ちでいいのではないかと思います。

私は、経営で一番大切なことは、
経営につながる‘道徳心‘を持つことだと思っています。

人に喜ばれる生き方をすることが、幸せな人生をつくる方法ではないでしょうか。
人の役に立ち、人が喜んでくれる生き方をすることで、それを見て育った子どもたちもまた、親と同じように人の役に立つ生き方を身につけ、末代まで繁栄させることができるのだと思います。

経営では、お客様が喜んでくれること、世の中の役に立つ事業を心がけることが使命です。社員一人ひとりが経営につながる道徳心を持ってお客様や世の中の役に立ち、感謝の心を現すことで、品性資本を培うことができるのです。

そのためには、真心を持って気持ちよく出迎えて差し上げること。
それが、経営を行う者の大切な役目ではないかと思っています。

ナポレオンの有名な言葉で、
一匹のライオンに率いられた百匹の羊と、一匹の羊に率いられた百匹のライオン』というものがあります。

「一匹のライオンに率いられた羊の集団は、一匹の羊に率いられたライオンの集団に勝る」という意味ですが、指揮者の重要性を説いたもので、リーダーシップについて語られる時によく使われるたとえ話です。

どちらが強いでしょう?
当然、一匹のライオンが率いる集団の方が強いのです。

強いライオンがたくさんいても、リーダーが弱いと活かしきれない。
いわゆる‘烏合いの衆‘になってしまうということです。

強さとは、見た目ではなく内容だと理解しています。
強い指導者は当然批判もありますが、集団をまとめるためには、常識や習慣を破っても成し遂げなければならない精神的な強さが必要だからだと思います。それには私心やエゴがあってはならないし、目的や目標が世の中のためになることでなければ長続きはしません。

しかし、現実にはこのような精神的に強いリーダーは少ないようです。
組織を守るためには、苦汁をなめる日々も経験しなければならないでしょう。
誰にもわかってもらえないことも多々あります。
重要なことを自分の意思で決断しなければなりません。
皆が同感してくれるわけではないし、必ず反対意見もあります。
相当な精神力がなければ、リーダー自信が潰れてしまいます。
でも強いだけでもダメ、優しいだけでも務まらない大変な仕事ですね。

経営者などのリーダーが、よく精神修行をすることがありますが、
リーダーは修行や修養が必要なのかもしれませんね。
私は20代の頃に修養をやりましたが、心の基礎ができたように思います。
時々、神社仏閣に行って学んだりしていますが、
リーダーに限らず、精神集中したい人にお勧めです。

目の前の現実から少し離れて自分自身を見つめなおす時間を持つと、
現実のことがよりよく見えたりすることもあります。
余裕がなければ強い心にはなれないようです。

中小企業の社長さんたちの参考になれば幸いです。

人にものを施せば我が身の助けとなる
(日蓮『食物三徳御書』より)

「他人のために施しをすることはその人のためになるだけでなく、その人を通して世の中のためになり、ひいては自分自身のためになる」という意味です。
この後に「たとえば、他人のために灯をともせば、その人の前だけではなく自分の前も明るくなる」と書かれています。


自分は、周りの人のために、世の中のために
明るくなるような仕事をしているだろうか。

仕事の仕方は様々ですが、どの仕事も必要だからやっていることです。
でも、それは何のためにやっているのか、誰のためにやっているのか、
ということが見えていなければ、混沌としたところにいるようなものです。

事業とは、世の中に火をともして明るくすることで喜んでくれる人がどれだけできたかが結果となり、発展することができるのだと思います。

事業も人が行っていること。
私心なく、曇りなく、まっすぐに前を向いて、
人間として成長していくことが必要なのだと感じています。

企業は何のために存在するのか?

企業が、‘経営理念‘を持つことの重要性について、
松下幸之助は、その著書『実践経営哲学』の冒頭の章で次のように記しています。

「私は60年にわたって事業経営にたずさわってきた。そして、その体験を通じて感じるのは経営理念というものの大切さである。いいかえれば、‘この会社は何のために存在しているのか。この経営をどういう目的で、またどのようなやり方で行ってい行くのか‘という点について、しっかりとした基本の考え方を持つということである。
事業経営においては、たとえば技術力も大事、販売力も大事、資金力も大事、また人も大事といったとうに大切なものは個々にはいろいろあるが、一番根本になるのは、正しい経営理念である。それが根底にあってこそ、人も技術も資金もはじめて真に生かされてくるし、また一面それらはそうした正しい経営理念のあるところから生まれてきやすいともいえる。だから経営の健全な発展を生むためには、まずこの経営理念を持つということから始めなくてはならない。そういうことを私は自分の60年の体験を通じて、身をもって実感しているのである」

それは、幸之助(当時は松下電器製作所・店主)が大正7年(1918年)3月、ささやかな個人企業から出発し、創業時代の幾多の試練を乗り越え、従業員約300人、ようやく製品分野も広がり、取引先も増えて、販売月額10万円を超えるころになった頃のことです。

幸之助は、
「従来、自己の販売と考えていたものが自己の販売ではなくなる、代理店のための松下電器、業界の松下電器である、松下電器は人様の預かり物である、忠実に経営し、その責任を果たさなければならない、というような考え方が真面目に考えだされてくる。私的から公的へ・・・そこに絶対の強さが生まれてくる」
と意識したことを、当時の心境として自叙伝『私の生き方考え方』で述べています。

~松下幸之助とともに50年 経営の心より~

昭和3~4年(1928~29年)日本は経済不況下にありましたが、幸之助は「大衆の生活に必要なものは、景気、不景気に関係なく伸びる」という信念のもとに銀行から15万円の無担保融資を受け、昭和3年11月から大開町(大阪)に、月産10万個の能力を持つ電池ランプの新工場と第二次本店の建設を始めていました。

その後、松下電器から現在のパナソニックに発展するまで、松下幸之助の経営理念は今でも生きているのでしょう。松下幸之助の熱い使命感と長年の事業活動と通じて培われた洞察力があった方こそ、経営理念が宣明されたのだと思います。

松下理念に、経営のヒントがあると感じました。