米蒔けば 米の草生え 米の花咲きつつ 米のみのる世の中
(二宮先生道歌選二)

因というのは、たとえば、蒔いた種のことだ。これを耕作培養するのが縁だ。種を蒔いた因と、培養した縁とによって秋のみのりを得る、これを果というのだ。
世界に誇る日本の道徳力―心に響く二宮尊徳90の名言より~

良い種も悪い種もすべて自分が蒔いたもの。
いつかは刈り取らなければならない日が必ず来るということでしょう。

これは‘因果の法則‘です。
昔から教えられていました。
もちろん、現代の私たちにも同じことが言えますね。

良い種を蒔けば良い芽が、悪い種を蒔けば悪い芽が生えてくる。
良い行いをしたら良いことが返ってくるが、悪い行いをしたら悪い結果となる。
それは、半年後かもしれないし、10年後かもしれない。
もしかしたら、子どもや孫の代になってからかもしれません。

撒いた種は、必ず刈り取らなければならない時が来るというのが因果の法則なのですね。

人のことを思いやれば、人は自分を思ってくれます。
しかし、ここに私心があっては何もならない。
もし、見返りを求めてやる行いなら、それは必ず相手に伝わります。
ですから、良い行いは無心で行うことです。
見返りを求めず、喜んで行うことです。

こうしてやったのに、ああしてやったのに、と思いながらやる行いは、
たとえそれが良い行いでも悪い種になります。
悪い種からは、悪い芽が生えます。

これが世の中の常だということを、覚えておかなければいけませんね。

人の世は雲の流れの如し
人の心も日に日に変わっていくものである


これはいいことにも、悪いことにも言えることです。
私たち人間はついつい、いいことや悪いことがあると一喜一憂してしまいがちですね。でも、世の中も人の心も移り変わっていくものだと思えば、少し冷静になれるかもしれません。

いい時には、有頂天にならない。
悪い時には、落ち込み過ぎない。

私は小学生の頃、辛いことや嫌なことがあると、学校から家までの帰り道、「時は必ず過ぎる。一年経ったら、こんな小さなことは誰も覚えてはいないだろう」と考えながら歩いたものです。家に帰る頃には、気持ちが切り替わり元気よく外へ遊びに行けました。

そして、本当に一年後は誰もそのことを覚えてはいなかったし、自分も辛かったことや嫌な事は忘れていました。大人になってからも辛いことはありましたが、『時が解決してくれる』ことも多いということも多々ありました。

私は、今考えてもしかたのないことは深く悩まないで、とりあえず忘れていてもいいのではないかと思います。時が解決してくれるかもしれません。
今は辛くても、そのうちまた晴れの日が来るでしょう。

晴れの日もあり、雨の日、雪の日、風の日もありです。
だから花も咲き、緑も青くなるのでしょう。

さあ、今日も一日がんばるぞ~!

先日、お坊さんの法話を聴きました。
そこで配られた次第に書かれていた戒律をご紹介したいと思います。

三聚浄戒
第一摂律儀戒・・・一切の不善をしません                          
第二摂善法戒・・・一切の善行に励みます                   
第三摂衆生戒・・・世の中の人のために尽くします

ブッタの教え「十重禁戒」(じゅうじゅうきんかい)は、「ブッタがせんせい」の絵本にも同じようなことが載っていました。子ども向けには、やさしい言葉で解釈してあります。

十重禁戒
第一不殺生戒・・・むやみに命あるものを殺さない
第二不偸盗戒・・・盗みをしない
第三不貪婬戒・・・愛欲におぼれない
第四不妄語戒・・・嘘をつかない
第五不酤酒戒・・・酒におぼれない
第六不説過戒・・・人の罪や過ちを責め立てない
第七不自讚毀他戒・・・自分をほめたり他人をけなしたりしない
第八不慳法財戒・・・物でも心でも施すことを惜しまない
第九不瞋恚戒・・・怒りに燃えて自分を見失わない
第十不謗三宝戒・・・仏法僧の三宝をそしらない

普段生活をしていると法話を聴く機会はめったにないかもしれませんが、時々、こうやって聴くと心が洗われるようですね。法話があったらまた聴いてみたいです。


そして、ブッタはこのように諭されています。

正しい教えを知らないで
百年生きるよりも
正しい教えを聞いて
一日生きる方がはるかにすぐれている


学ぶ機会はたくさんあったはずなのに、それを避けて知らないまま生きることは「無知」と言います。”無知は一番の罪”だそうです。

やってはいけない「十重禁戒」を知らないままにしないで、
ちゃんと教えを心にとどめて、心をきれいにしながら生きていきたいものです。

もうすぐ夏休み。
おおきなかぶ学童保育では、今年も「ブッタがせんせい」の読み聞かせを行います。
子どものころから、心をきれいにすることを知ってほしいなと思っています。

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ブッタがせんせい

細胞1個が生まれる確率は、1億円の宝くじが連続して100万回当たるようなものだそうです。それが人間には60兆個もあるのですから、人間が生まれてそこに存在するだけで『奇跡』なのですね。

その奇跡の人と人が、お互いに生きている時間に出逢うことは、まさに稀な事です。
ご縁がある人とは、まさに奇跡が重なって出逢った人のことなんですね。

だから、人のご縁は大切にすること。
そこに愛や信頼があれば尚更です。

一生にどれだけ、心が通じ合い、信頼できる人と出逢えるでしょうか?
目の前にいる人は、当たり前にいるわけではないということですね。

命・出逢い・ご縁の奇跡が人生をつくる。
出逢った人たちと今を大切に生きることを、もっと深く考えてみたいと思いました。


Kさんのお通夜に行ってきました。
ご恩返しができなかったお詫びと感謝の気持ちをお伝えしました。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

私の今までの人生を振り返ってみると、本当にいろんなことがありました。
うれしかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと、辛かったこと、楽しかったこと…。
それは皆さんも同じですよね。
そのすべてが、今の自分をつくっているんだなと思いませんか?

子育てを通して思うことは、子どもは教えられることよりも、その子が体験・経験したことが、その後の伸びる力になっていることは間違いないなということです。それは、ただ勉強ができるだけでは身につかない『生きていく力』だと思います。その力こそが、自分の人生を切り開いていく原動力になっているような気がします。

子どもだけではありません。
大人も日々、色々な思いや経験をしながら成長しているのだと思います。

「昨日の自分より、今日の自分の方が成長している」
人生、一日として同じ日はありません。
落ち込む日もあれば、うれしい日もある。でも、それでわかることがありますね。
昨日は知らなかったことが、今日はわかった。
それが成長だと思います。

昨年から振り返ってみると、たった一年間ですがたくさんの経験をしたんだなと気が付きます。経験・体験したことが、私自身の成長の糧になり、どう生きぬいたかが『人生の価値』なのだと思います。



8日、お世話になっていた恩師が天国へ旅立ちました。
埼玉に住んでいた頃、子育て中だった私に子育て・教育を教えてくださり、大網に来てからも「おおきなかぶ」や「ありんこ」を支援してくださった方です。
正に生涯を子どもと母親に捧げた人生だったのではないかと思います。
奥様と一緒に大網まで来てくださった時のことを思い出されます。とても感謝しています。

今日はお通夜に行ってきます。
お別れするのはとても悲しいですが、教えていただいたことを心にとめ、ご恩返しができるようこれからも精進していこうと思います。