昨日は、おおきなかぶとありんこで、『おもちつき会&忘年会』が行われました

今年も30kgのもち米を8回に分けて蒸しました
057.jpg

子どもたちもぺったんぺったん
018.jpg

東京からも、この日のためにO様がお見えになりました
O様、ありがとうございました
062.jpg

私もつかせてもらいました
069.jpg

娘と一緒に
065.jpg

お餅を丸めて
137.jpg

美味しくいただきました
023.jpg


午後からは、クリスマス会&忘年会

無事に今年もおもちつきも終わって、「かんぱ~い
082.jpg

プレゼント交換、ビンゴ大会、じゃんけん大会で盛り上がりました
とても楽しい会になりました
094.jpg

お手伝いしてくださった、「二金会」の皆さん、保護者の皆さん、おおきなかぶとありんこスタッフの皆さん、スタッフの子どもたち、ありがとうございました。今年も楽しいおもちつき会でしたね

早いもので、今年も残り6日。
皆さん、風邪など引かれませんように、元気に年末年始をお過ごしくださいね

子曰く、
吾れ十有五にして学に志ざす。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。

孔子が云う、
私は十五才で学問の道に入ろうと決めた。
三十才で学問に対する自分なりの基礎を確立した。
四十才で戸惑うことがなくなった。
五十才で天命を悟った。
六十で何を聞いても動じなくなった。
七十になってからは、心のおもむくままに行動しても、道理に違うことがなくなった。
               ~孔子の言葉「論語」~


先日、故郷に帰省した際、車椅子で弟の結婚式に出席した母(73歳)は、自分で涙も拭けない(手足が動けない)状態でした。しかし、意識はハッキリしていてボケてはいません。皆のやることをちゃんと見ていて、昔のこともしっかり覚えています。家の中に何がどこにあるのかもわかっていて、「隣の部屋の白いタンスの引き出しにあるよ」と場所までわかります。
身体が動かなくなって、全て人の手を借りて介護をしてもらわなければならない状態になっても、こうなってしまった自分の身体を恨むこともなく、不満を言うこともありませんでした。母は何かを悟っているかのように、若い頃よりも穏やかでした。
人の手を借りなければ生きていけない赤ちゃんに戻ったのでしょう。赤ちゃんはおむつを替えてもらっても、ミルクをもらっても、「申し訳ない」とは思いませんね。その代り安らぎを与えてくれます。


人は嫌でも年老いていくものです。
私もあなたも・・・
だから、後悔のない生き方をしなければならないのだと思います。

40代、50代はまだまだ若い。
やろうと思ったことは、何でもできる。
まだまだ体力もあります。
知力は最高期。若い頃よりも優れています。

今月で46歳。‘四十にして惑わず‘は、字のごとく。
50歳になったら天命を悟って、
何事にも動じない基礎をつくりたいと思いました。


おととい、弟の結婚式で故郷宮崎に帰省していましたが、
昨夜、無事に自宅に戻りました。

残念ながらカメラが故障してしまって写真がありませんが、
お天気にも恵まれ、ほのぼのとしたとてもいい結婚式でした。

新婚さんたちは、昨日から北海道へ新婚旅行に出かけました。

これからいい家庭を築いていってほしいなと思います。

お幸せにね

私は、九州の宮崎県宮崎市で生まれ育ちました。
子どもの頃は毎日、近所の子ども達と外で思いっきり遊んでいました。

日向灘の温暖な気候だったせいか、一番寒い冬でもみぞれが降る程度で、
ほとんど雪は降りません。(千葉の気候に似ています)
ですから、冬でも外で遊ぶことが多かったと思います。

近くには大淀川の広い堤防があって、春にはアザミやスミレなどの花が咲きます。
田んぼは、一面レンゲ畑でした。
平和台公園(八紘台)にはたくさんの野鳥が飛んできました。
放課後はレンゲ畑で大の字に寝転んで、草の中から空を眺め、流れる雲や飛んでいる鳥を眺めるが私の春の日課でした。

季節の匂い、風の強さ、土や草の手触り、雲の形、空の青さ、河の流れ・・・
たくさんのことを肌で感じて育ちました。
学校で嫌なことがあっても、草原で空を見上げていたら、忘れることができました。
自然の力は、心まで浄化してくれました。


私は今でも感覚で物事を判断することが多いです。
いいことなのか悪いことなのか、正しいのか間違っているのか、
その場の空気や流れを読んで、先を見る力を子どもの頃に学びました。
これは、思いっきり遊んだ自然の中で身についたものです。

雲の流れや風の匂いで、「明日雨が降りそうだな」とか、「もうすぐ秋だな」と感じるのです。
葉っぱの新芽をみて、あとどのくらいで夏が来るのかも予想できました。
雲行きが怪しくなると、「早めに帰ろう。遠くで雷がなっている」と、今いる場所よりも遠くの出来事も見えていました。

私の両親は共働きだったので、放課後は親や先生が口を出さない環境で自由に遊べました。困ったこともありましたが、子どもなりに工夫したり考えたりしながら何とか解決したものです。そういう困った経験が、本来の人間の本能を鋭くさせるのでしょう。

大人になって、連立方程式は一度も使ったことがありませんが、
『その場の判断力』は、毎日のように使っています。

現代では、困った経験や自然の中で思いっきり自由に遊ぶ経験も少なくなり、試練や挫折を経験しないまま大人になって躓く人が増えたように思います。できるだけ保育園や学童の子どもたちには、時間を忘れて遊べる自然環境を作り出してやりたいと思っています。


明後日は弟の結婚式があるので、宮崎に帰省してきます。
久しぶりにふるさとを満喫してきます

お金に感情があるって言われたら信じますか?
本当なんですよ。

お金に好かれる人と、嫌われる人がいるんです。
『金は天下のまわりもの』って言うでしょう。
お金は回りながら、自分を活かしてくれる人を探しているそうです。

同じ1万円でも、その入り方や使い方は人によって違います。
人からもらったお金や賭け事で入ってきたお金はすぐに出て行って残らない。あぶく銭といいます。
正当な方法で得たお金ではないもの。不正したり、もらってはいけないお金は、倍返しで取られるようです。都合のいいお金のもらい方をすると、結果として悪いお金の出方をしなければならなくなります。ケチケチして溜めても、病気になったり、事故にあったり、仕事がうまくいかなかったり・・・・。
悪い(嬉しくない)お金の出方になります。

人には‘器‘というものがあって、自分の器に見合ったものしか残らないそうです。
お金も同じで、器のないところには残らない。
たくさん入ってきてるようでも、こぼれるのも多い。
と、昔、恩師に教わりました。


お金に嫌われる人とは、
・ケチケチした人
・自分のことでしかお金を使わない人
・損得勘定で動く人
・お金を活かさない人

そんな人はお金だけではなく、人にも嫌われそうですね。
人が集まらないところには、お金も集まらない図式があるようです。


反対に、お金に好かれる人とは、
・活かしたお金の使い方ができる人
・器の大きい人
・人のために働ける人
・お金の価値がわかる人
・お金の流れを知っている人

こんな人は、お金から好かれるみたいです。
当然、人からも好かれますね。


お金に好かれる人は、人も寄ってきます。
そんな人の近くにいるだけで、自分もお金に好かれるようになるみたいです。

パワーのある人は、そのパワーで周りの人も引き上げてくれるのだそうです。
近くにいるだけでいいんですって。

こんな人のそばにいましょう!
・成功している人
・明るい人
・パワーのある人
・お金を活かして使っている人
・人生を愉しんでいる人
・器の大きい人
・実行力のある人
・おおらかな人
・柔軟な人

自分が「この人のそばにいたい」と心から思える人が、自分にとって必要な人です。


人づきあいを間違ってはいけませんか?
私は、友達や人付き合いは、選ぶことが大事だと思っています。
偏見や差別ではありません。
年上、年下などは関係なく、自分にとって成長ができる人の近くにいることが大切なのだと思うのです。

ストレスになる人、自分を傷つける人、自分を利用する人など、一緒にいても自分のためにはよくない人と無理に付き合う必要はないと思っています。

学校の先生が子ども達に「みんな仲良くしましょうね」と言いますが、私はあえてそんなことはいいません。みんなと仲良くなんて無理だとわかっているからです。それはタテマエです。

お金に好かれる人って、実は人間関係をよく知っている人なんだと思います。お金持ちってあまりいいイメージはないかも知れないけれど、天からみたら神様の恩恵を受けた人なのかもしれないと思います。人を大事にしお金を活かしてきたから、人が集まりお金が寄ってきたのでしょう。それをうらやむのではなく、自分もお金に好かれる人間になればいいのだと思います。

あまりお金に執着していると、お金が逃げていくかも・・・