昨日、メンタル総合心理講座のテキストが届きました
メンタル心理カウンセラー資格&上級心理カウンセラー資格を目指し、これから猛勉強します。また、学んだことをブログでご紹介できればと思っています。


私は、毎日が充実していて、やりたいこともできている今が一番幸せです。
自分のやりたいことを夢中でやっているときが、心身ともに健康でいられますね。

まったく、学習欲というものは、歳を取っても衰えないですね~
また新たな目標ができて、自分の中からエネルギーが湧き上がってくるようです
がんばるぞー

私は定期的にパーソナルコーチングを行っていますが、話を聴いたりお話をするときに、『果たして本人が幸せかどうか』をリーディング(より良い方向へ導く)の基準にしています。


以前、目の前にいる人が幸せになれるように祈ったり思いやったりすることを、日本に住む外国の方から教わりました。

うちの子どもたちがまだ小さかった頃、主人が米軍基地に勤務していたので、よく家族をパーティーに連れて行ってくれました。アメリカの方は、必ず親しみを込めてこう聞いて来られます。
「Are you happy?」あなたは幸せですか? と。

子どもであれ、大人であれ、その人が今幸せかどうかを相手の身になって気遣ってくれました。ボランティア精神も旺盛で、その場にいる人がハッピーになれるように動いてくれるのです。明るくてエネルギッシュで、こちらのことを喜ばせてくれるパーティーがとても楽しかったことを思い出します。

私たち人間は、自分だけが楽しんだり喜んだりしても嬉しくないし、充実感や高揚感は持てません。だから、自分の大切な人たちが幸せであることが、自分も心から幸せになる方法だと思います。
そして、自分が幸せになることは、相手も幸せを感じてくれるということなんですね。

Are you happy?
  I am very happy

小さな一歩だけれど、歩みをやめない限り、
その一歩は、確実に前に進んでいる

小さな一歩だけれど、歩んでいる間には、
いろんな風景が見えてきて、自分の糧となる

小さな一歩だけれど、歩んできた道のりは、
数年後には、山をも登りきる歩みとなる

小さな一歩だけれど、今は小さな一歩だけれど

               

米国のある調査で、経営トップ1500人に「なぜ成功できたのか?」と質問したところ、「コミュニケーションを勉強したから」との回答が、なんと72%に上ったそうです。

たかがコミュニケーション、されどコミュニケーションですね!
人間関係が良好になれば、仕事の能率も上がります。
その結果として、お客様に満足していただける事業ができ、結果へとつながっていくのだと思います。

先日、ある重役の会合に参加しました。
やはり話題の中心は人材のこと。
職場に仕事に出てこれない人が、全体で十数人もいるとのことでした。
学歴があっても、恵まれていても、それだけではダメ。
人間関係・コミュニケーションの問題がほとんどを占めているようでした。

重役のひとりに、私の役目は何かを聞いてみました。
「仕事のやり方なんかは自分たちでも教えられるが、心の悩みを聞きだすだとか解決方法を教えるだとかは自分たちでは無理だ。しかし、それがとても重要だ。中嶋さんから教えてもらったことを自分が言っても、やはり違う。そこをやってもらいたい」
とのことでした。

コミュニケーションが重要だとわかっていても、どうやってコミュニケーションをとっていったらいいのかがわからないということは多いですね。お互いに歯車がかみ合っていないのなら、間に私と言うもう一つの歯車をかみ合わせてみると、お互いにうまく回ることもあります。
私は、私を必要だと言ってくださる方がいたら、全力でサポートしたいと思っています。悩んでいるが私を通じて世界が広がれば、もっと違う考え方になって明るく前向きになってくれるかもしれません。それが、私の役目だということを再認識させられました。


これからの時代は、心の時代です。
売る人も、買う人も、造る人も、人がやること。
技術やサービスはすでに開発されています。
残りは、心のレベルアップだと思います。
心を磨く時代です。
それは、コミュニケーションを勉強し、
意識を変えて行動することで叶うのだと思います。

成功した人たちは、きっとこれに気が付いた人たちなのだと思います。

子どもをしつけようとするとき、どこを基準としてしつければいいのか迷うときがありますね。実は、しつけの基本は3つしかないそうですよ。

1、他人に迷惑をかけないように
2、自分の体の健康と、心の精神衛生を損なわないように
3、困難に立ち向かえる力を培うように

端的にこの3つを心がけておけばよいといいます。

同時に大人は、
・きまりや秩序は明確にする
・違反の行為は罰する
・行為を罰するのは、人格を罰することではない
この3つのことを頭に入れながら、子どもをしつけることが大事ですね。
お前はバカか、グズな子など、子どもの人格を否定するようなことは、そもそもしつけではありません。


子育て相談でもよく問題に上がるのが、子どものおねだりです。ご飯の前にお菓子をねだる。スーパーに連れて行くとお菓子を買うまで駄々をこねるなど、泣かれると困るからお菓子をついつい与えてしまう・・・。

ここで大事なのは、子どもの我慢を支えるための、まず親の我慢がポイントです。「ご飯の前はお菓子を食べない」「スーパーに行ってもお菓子は買わない」と子どもと決めたのなら、泣こうが駄々をこねようが、最後まで一貫して決めたことを通すことがしつけになるのだと思います。

そして、子どもに「いらだたない。おだてすぎない。見くびらない」で、しっかりこうと決めたパターンを必要な限り、繰り返して示すことですね。
繰り返しが「しつけ」の大切なコツ。これは自身のマイナスのしつけになっていると気づけば、決意してやり続ける。繰り返しているとつまり、プラスの「しつけ」がしっかり身についてしまうわけです。

しつけるとは、し慣れて身につくことなのですから、ガミガミ言って聞かなかったら、もうガミガミはやめるぞ、それを自分のしつけとして自分がしっかり身につけることにするぞと誓ったら、またしてもガミガミ言わないことにする。

だから、「しつけ」とは、単に決まった形のやり方を一方的に押し付けることとは理解しないで、し続けていたら、いいことでも悪いことでも、なにもかもがやり慣れて身に覚えた「しつけ」になるのです。
「しつけ」とは慣れて身につくすべてのことだ、と理解し直すといいと思います。

我が子たちが小さい頃は、私も我慢がきかなくて、すぐにカッと怒ってしまっていました。自分のしつけがなっていないから、子どももしつけが利かなくて、悪いしつけが身についているのかもしれないと思いました。

子どもに、我慢させるべきところは我慢することをきちんとしつけるためにも、親である私がそれを見せていかなくてはなりません。このことは、子育てだけではなく、社員の人材育成にも通じることです。

しっかりとしたゆるぎない信念を伝えていかなくてはならないと、子どもを育ててみると親としての自分に気が付きますね。

遠い昔から、朝日が東から昇ってくるのが変わらないのと同じように、人間の営みや子育ての大切さは時代が変わっても変わらないものです。人間として生きるための基本は変わらない。子どものうちに生きるための基本のしつけをしっかりと身につけさせたいですね。
それが、きっと親としての自分に与えられた役目なのだと思います。


最近、自己否定する人が多いな、と思うことが多くなりました。
人の目を気にして、人に振り回されているようにも思います。
それは年代や性別、職種に関係なく起こっているようですが…。

これにも理由がありそうだな、何が原因だろう?と考えてみました。

よく観察してみると、根底に持っていなければならない「自己肯定感」や「自信」がないような口調や表情をされているようです。自分のことを認めることができていないのではないだろうか?そんな風に感じました。


自己肯定感とは?

「私は私でいい」という、自分自身を肯定・認めることを自己肯定感といい、自尊感情、自己評価ともいいます。これを自信と裏付ける人もいますが、単に何かができるという自信とは違い、自分は存在価値のある必要とされている人間なんだという安心感のようなものが根底にあるものです。
しかし、これが持てなくなると、人は心配な症状が出たり、気になる行動をとったりするようです。


自己肯定感が育っていなかったら?

自分の考えよりも人から言われたことを優先してしまうため、人に振り回されて落ち込んだり自分がないなど、悩みの原因になることもあります。人の目をきにするあまり、本来の自分を見失ってストレスで体に異変が出たり、出社拒否や引きこもりなど、気になる行動をとってしまったりするようです。


解決策は?

自己肯定感は、乳幼児期の子どもの頃に培われるものが大きいと言われます。
甘えを満たして安心感と自立の芽を育て、自分を大切に思う気持ちや存在価値を子どもの心に育てていくことが大切です。

しかし、もうすでに大人になってしまった人の解決方法というのは、「あなたはあなた、私は私」という境界線を引くことです。境界線を越えて、相手の領域に入ることを「境界侵入」といいます。

人の意見は、それなりに尊重すべきではありますが、他人が自分のことを知って言っているわけではありませんし、正しいとは限りません。まして、その人の言う通りに従わなければならない理由はありませんね。

最終的には自分で判断し、自分でどうするか決めればいいのです。
境界線を引いて、それを守ることは、自分を大切にすることであり、同時に相手の人格を尊重することでもあるのです。


境界線を引くこととは?

例えば、こんなことを人から言われた時、あなたならどうしますか?

1、「子どもが騒がしいのは、あなたの躾ができていないせいよ」
2、「息子さんには悪霊がついています。このままでは一家破産ですよ。祈祷料100万円です」
3、「お隣の息子さんが有名進学校に合格したんですって」

それでは境界線を引いてみましょう。

1、⇒小さい子どもが騒がしいのは、ある程度は仕方のないことだわ。騒がしくしてはいけない時にキチンといいきかせて言ったらいいんだわ。
2、⇒こうなった原因は、いろんないきさつがあったからで悪霊ではないわ。原因がわかれば改善できる。
3、⇒お隣の息子さんとうちの息子の目標は違う。それぞれの道で頑張ればいいんだわ。

もしも、境界線がなかったら?

1、⇒「あんたたちのせいで、お母さんは怒られたじゃないの!静かにしなさい!」
2、⇒「一家が破産なんて困ります。100万円払いますから何とかしてください」
3、⇒「あなたもお隣の息子さんに負けないように、勉強をもっと頑張りなさい!」

境界線が引かれずに、こうなってはいませんか?

境界線とは壁ではなく、生垣のようなものだといいます。
風も通るし、話もできる。そして、移動もできます。
今日は余裕があるから境界線を手前にして、相手の意見を取り入れようとか、
相手が機嫌が悪そうならしっかり防壁にしなくっちゃというように柔軟に変えられるのです。

境界線がないのはお互いに苦しいものです。
いつも馴れ馴れしく、ずけずけと入ってくる。
あまりにも頑丈な壁に閉じこもってしまう。
適切に、境界線を設定したり、変更したりできることが人間関係をうまくやれるということなんですね。

いい人間関係にしたいのなら適切な境界線を引き、それを守っていくことが大切ですね。