先日、車を運転しながらFMラジオを聞いていたら、若そうな声のお坊さんとDJの声が聞こえてきました。
お坊さんが、リスナーの悩みに答えていくという番組でした。

まだ1歳児にもならない愛犬を、自分の不注意で交通事故でなくしてしまった男性の相談。
自分の不注意だったので、後悔しても後悔しきれない思いに対して、
お坊さんの答えは、「命あるもの、形あるものはいつかはなくなる。それをわかれば悲しいという気持ちもなくなるが、それが難しいから‘お葬式‘という儀式で区切りをつけて気持ちの整理をする」
というような内容のものでした。

私は、「ん!? 何言ってんだろうこのお坊さん?」と疑問に思いました。
答えになっていない…。

自分の不注意で交通事故で愛犬を失くしてしまった男性の気持ちはどうなるの?
あまりにも高度で精神レベル的な話に、私は聞いていて納得できませんでした。

私も愛犬がおりますので、自分がその男性と同じ立場だったらと思うと、
考えるだけで涙が出ます。
家族同然の可愛い愛犬を自分の不注意で死なせてしまった悲しみは、それはそれは辛かったことでしょう。
悲しくて、淋しくて、悔しくて、どんなにご自分を責めたことでしょう。

そのお気持ちを、まずは受け止めるべきではないのでしょうか。
寄り添って支えてあげるのが、相談を受けた人の役目だと思いました。

数百年続く由緒あるお寺のお坊さんでも
人の気持ちを理解するのは難しいのかな、と
思いを巡らせながら車を走らせた日でした。

私は保育園と学童保育を運営していますが、子どもたちを観察していると、
仲よく遊んでいたかと思うと、おもちゃのとりあいをしていたり、仲間はずれになったり、先生に言いつけて、言いつけられた子が泣いたり、いざこざは日常茶飯事で起こっています。

そのいざこざの中から子どもたちは、人間関係や社会のルールを学んでいます。
ケンカになった理由は何だったのか?
仲間はずれにした時の気持ち、された時の気持ち。
遊びのルールを守れなければ、楽しく遊べないこと。
仲裁に入った子どもが、お互いの言い分が違っているときにどう判断するのか。

思い通りにいかない時にいつも泣く子は、周りの子もわかっていて、泣かれたら自分が泣かせたと思われるので、困った顔をします。

男の子はふざけがすぎて、ケンカになったりします。

そのような場面では「仲良くしてほしい」という気持ちが働くのが大人ですね。
家に帰って、泣いて親に訴える子どももいて、すぐに学校や学童保育などに電話する親御さんもいるようですが、子どもは自分たちで解決することで、我慢や協調性を学んでいきます。
小さいうちはある程度の介入は必要ですが、大人が干渉しすぎないことが大切です。

それに、我が子は自分の都合の悪いことは家では言いません。
小学2年生位までは、自分中心で物事を考えるのが子どもですから、自分のわがままでこうなったと反省して親に言う子は精神年齢が高い子どもだと思います。
一般的には、だいたいの子が都合よく歪曲したり、話を端折ったり、前後の物語を伝えるのを忘れたりして、自分の気持ちだけを聞いてもらおうとします。
それをわかった上で、大人は客観視して冷静に対処しなければなりません。

いざこざは子どもが成長する過程で、たくさん経験させた方がいい小さな試練です。たくさん乗り越える経験を積ませることで、子どもは人とうまくつき合う方法を身につけていくのです。

不思議なことに、ケンカをしたかと思ったらすぐ仲直りできるのもまた子どもの特徴です。大人ではこうはいきません。

親は我が子だけでなく、周りの子どもたちの成長も見守れる大人になってほしいなと思います。

昨日、保育園の2歳児さんたちを見ていて思いました。
まだ生まれて2年ちょっとしかたっていないのに、日本語が上手に話せる。
トイレもできるし、ズボンもはける。

保育者の言うことを理解して動くし、自分より下の子の面倒も見れるんです。
本当にびっくりします。

2歳児ってすごいですね!

でも、同じ2歳児でも男の子と女の子の違いや個人差もあります。
まだまだ赤ちゃんが抜け切れない子もいれば、お姉さんみたいにおしゃべりをする子もいますから、他の子と比べて焦る必要はありません。

我が子も4人育てましたが、同じ2歳児でも上の子と下の子たちでは全く違いました。

初めての子、長女は、おっとりタイプの2歳児でした。
言葉も遅くて、やることも遅い。
それは幼稚園になっても続いていて、かけっこも速い方じゃなかったです。
でも、ピアノは好きで幼稚園の先生になった今でも続けています。

2番目の二女は、自分で何でもやるタイプ。
2歳の頃はイヤイヤがすごくて、親が手を出すと泣いて怒っていました。
言葉も速く、おむつは1歳半で取れました。
幼稚園の運動会はいつも1番。でも、ピアノは向いていなかったみたいです。
絵を描くことが好きでしたが、それがインテリアデザイン科の学校へ進んだことに繋がったのだと思います。

3番目の長男は、我が道を行くタイプ。
2歳の頃は、毎日、虫を追っかけて観察していました。雨の日は図書館で借りた虫図鑑をずっと眺めていました。
小学校へ上がると「虫博士」と呼ばれるまでに。
4年生の夏休みにカブトムシを捕まえに行って木から落ち腕を骨折…
虫や動物と触れ合って育ったせいか?高校生になった今では子どもの扱いも上手です。

4番目の二男は、運動が得意なタイプ。
生後9ヶ月で歩きだし、2歳ではもう自転車に乗っていました。
3歳で補助輪が取れたのはいいのですが…。
自転車ごとブロックに頭から突っ込んで、帰ってきたら血だらけ
口の下を4針縫いました。
小学校の頃は体操部で活躍し、山武郡市で3連覇。
中学校になった今では陸上部で高跳びの学校記録を持っています。


我が子たちは、基本的に2歳児の頃の性格とあまり変わっていません。
その子が元々持っている「気性」は、そう大きく変わることはないのでしょう。
ということは、2歳児で見つけた芽は、観察しながら育てることで、立派に大きく花開くのかもしれませんね。

不思議なもので、
虫が好きだった長男ですが、命を肌で感じて育ったせいか、消防士の道を選んだんですね。

2歳児の芽が大きくなってどんな形になっていくのかは、親でもわかりません。
でも、確実に言えることは、「好きこそものの上手なれ」です。
好きなことならやり続けられるし、やり遂げられる。
その成果はとても大きいし、充実した人生が送れるのではないかと思います。

2歳児は、二葉です。
朝顔の二葉は、朝顔の花が咲く。
ひまわりの二葉は、ひまわりの花が咲く。

お日様の光、恵みの雨、大地の栄養次第で、育ち方は千差万別です。
きれいな花が咲くのか、根腐れするのかは育て方次第。
朝顔なら、朝顔にあった水を与え、
ひまわりなら、ひまわりにあった土壌で育てる。

それぞれに、花の咲く時期も大きさも違うのだから、
朝顔とひまわりを比べる必要はないのです。

人間の子も同じ。
人と比べることより、我が子はどんなことに興味があって、
何が得意なのかをよく観察しながら育てること。

それを伸ばしてあげるだけで、子ども大きな根っこをもった人に育つものです。

保育園という場で、
すごい2歳児たちを育てられることにワクワクします。

「仕事をやりたいけれど、小さい子どもがいるから迷っている・・・」
「子どもが泣くから、保育園に預けられない・・・」
というようなお話を、まだ就職していない若いお母さんたちから聞くことがあります。

私は保育園や学童保育を経営していますが、働いているお母さんたちからそのような相談をされたことがありません。

子どもが泣こうがわめこうが、保育園に預けて仕事に行かなければならないのです。それは、責任のある仕事を持っているからですし、生活のために、家族のために、夢や目標のために、働かなければならない事情があるからです。
働くと決めたからには、腹をくくって仕事に出ているわけです。

1歳児でも、朝から夕方までお母さんと離れて保育園で過ごしています。
だからといって、私は子どもが可哀そうだと思ったことはありません。
泣いているから、お母さんが仕事をしていてかまってあげられないから、可哀そうなのではないのです。

始めは泣いていた子どもでも、先生やお友達と笑顔であそべるようになりますし、家庭にいるときよりも、たくさんの人の中で、身体も心もたくましく成長していくものです。
我慢すること、ルールを守ること、協力しあうこと、コミュニケーションも家庭ではなかなか育ちきれませんが、集団で育った子どもは遊び方も上手です。
愛情も、保育園の先生やお友達からたくさんもらって育っています。

日々、迷うことも悩むこともありますが、どんな時でも明るく元気なお母さんなら、きっと子どもは母の背中をみて前向きで責任感のある立派な人に成長することでしょう。

親の人生。子どもの人生。
どちらも自分の足で歩んでいく人生です。
きっと大丈夫。前を向いて、明るい方へ進んでいきましょう!