夏休みに入り、おおきなかぶ学童保育では今年も
『ブッダがせんせい』の読み聞かせをしています。

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昨今、少年の凶悪犯罪や、同級生による中学生の殺害事件などが起こる度、
子どもの心を育てる取り組み・徳育の重要性が叫ばれています。

凶悪事件までいかなくとも、学級崩壊やいじめなど、
子どもの心がすさんでいると思うことが身近でも起こっています。

私は、学校任せにしない。家庭任せにしない。
「自分ができることは何か?」と、全ての大人が考えることが重要で、
地域全体で子どもを育てる取り組みを強化する必要性を強く感じています。

私ができることは、
おおきなかぶ学童保育やありんこ親子保育園、
子育て支援センターすくすくクラブで、
子どもの心を育てる取り組みをすることです。

・植物や動物を育てること
・農業・自然体験
・異年齢保育で縦の関係を体験させること
・絵本の読み聞かせ
・親子のふれあい など、
様々な体験を通して、心が育つように活動することです。

今は夏休み。
学童保育で”心の授業”を行います。
『ブッダがせんせい』の読み聞かせもその一環です。


私たち大人も、時々自分の心を見直すことが大切です。

ブッダの言葉に、このようなものがあります。

愚かな人は常に名誉と利益とに苦しむ。
 上席を得たい、
 権利を得たい、
 利益を得たいと、
 常にこの欲のために苦しむ。


多く説くからとて、その故に彼が賢者なのではない。
 こころおだやかに、怨むことなく、
 怖れることのない人、かれこそ賢者と呼ばれる。


~仏陀の言葉より~


目先の損得に囚われず、
日々、心穏やかに過ごすことが、
何よりも大切だということです。

そんなことは無理だ、と思うか、
心穏やかになれるよう努力するかは、
そう、あなた次第。

その意識の違いが、数年後の結果になっていくことは
言うまでもありません。


いよいよH27年度おおきなかぶサマースクールが始まりました!
子どもたちはハイテンションで初日を迎え、3日目の昨日まで疲れ知らずです…


さて、子どもたちはさっそく夏休みの宿題に取りかかっています。
夏休みの宿題に作文って毎年ありますね。
しかし…作文を書くのが苦手な子がたくさんいました

作文って『文を作る』という作業なので、項目を作って組み合わせればいいんです。

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上の写真にある四角い枠の中に(お家で行う時は、大きめのふせんを使ってやると便利です)テーマや質問を書いていきます。「テーマは?」「いつ?」「どこで?」「だれと?」「はじめに何をした?」「がんばったことは?」「くふうしたことは?」「反省点は?」「感想」などの質問を作って、箇条書きにして書いていきます。

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書いたら、どの質問を組み合わせるか順番を決めます。

決まったら、それをつなぎ合せて長い文章にしていきます。
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文章にする時に例えば、「雨が降っていました」という文を⇒「雨がしとしと降っていたので、私は雨の日もいいもんだなと思って、持っていた赤い傘をさして家に帰りました」と情景や気持ちを書くようにすると、とてもわかりやすく読む人にも内容が伝わります。質問の数が多ければ、それだけ長い文章になります。

ポイントがわかれば、作文は難しくはないですよ。

実は、昨年のサマースクールも今日と同じ『簡単な作文の書き方』をやったんです。

そうしたら、昨年1年生だったMちゃんが作文の書き方を覚えていてくれたらしく、学校で書いた作文が入賞したんですって!

その後、作文を書くことに自信がつき、全校生徒の前で学年代表として発表する機会もあったそうです。そんなことがあったと今年2年生になったMちゃんから聞いて、とてもうれしくなりました。

作文・論文は、高校・大学受験でも必要ですし、社会人になってからも報告書・お手紙などで文章を書く機会が多々あります。これから子どもたちにとって必要な力になるのが、作文力・表現力です。

この夏休みに体験したことを、のびのびと作文に書けるといいですね。


「子どもが言うことをきかないんです」
時々、そうおっしゃるお母さんたちの悩みをお聴きすることがあります。

言うことをきかないからイライラする。
すると、子どももイライラして癇癪を起こす。
イライラの悪循環に陥っているようです。

そもそも躾とは何でしょう?
躾とは、子どもが自立して幸せに生きることができるよう、基本的な生活習慣や社会的マナーを親が子どもに伝える行為ということが言えるでしょう。

ですから、親が子どもを幸せにする基本的な生活習慣や社会的マナーが、何であるかがわからなければならないと思います。

お母さんたちの悩みである「子どもが言うことをきかない」というのは、「理想の子ども像」を求めているからではないかと思うときがあります。

まずは、親である自分が、

・子どもをどうしたいと思っているのか?
・どんな子ども像を求めているのか?

に気づくことが大切です。

親が子どもに言う「指示・命令」では、

・早く起きなさい
・グズグズしないで
・さっさと食べなさい
・宿題しなさい
・早くお風呂に入りなさい
・静かにしなさい
・片付けなさい

などが多いですね。

ということは、理想の子どもというのは、

・朝自分で起きられる
・素直で親の言うことをよくきく
・身支度が速い
・進んで手伝いができる
・好き嫌いをせず何でも食べる
・自分から進んで勉強する
・手がかからない
・兄弟げんかをしない
・わがままを言わない
・ハキハキしている

というように、あげればきりがありませんね。
これは、躾の基準にするのは最適でしょうか?

「そこまで親の言うことをきかせるつもりではなかった」と言われる方もいらっしゃるかもしれませんが、結果としてそうなってしまっていることに気づくことが大切なのだと思います。

躾は確かに必要ですが、それが親の都合のいいものになってはいないか?
本当に子どもの幸せのための躾だとしたら、どんな言葉をかけたらいいのか?
今までの自分のイライラは、思い通りにならないからではないか?

子どもを育てるということは、子どもの視点に立って考えることでもありますから、
親の視点は、一度脇に置いて見直してみましょう。


幸せな子どもとは、どんな子ですか?
どんな人に育ってくれたらうれしいですか?
自分が子どもだったら、親である今のあなたはどう見えているでしょうか?

少し視点を変えて考えてみたら、
今のイライラも解消されるかもしれませんね。

以前、ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5というものがありましたのでご紹介します。


もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。それはどのようなものですか。

人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、オーストラリアの Bronnie Ware さん。彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。

1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」という後悔。Ware さんによると、これがもっとも多いそうです。人生の終わりに、達成できなかった夢がたくさんあったことに患者たちは気づくのだそう。ああしておけばよかった、という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、人は強く無念を感じるようです。

2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
男性の多くがこの後悔をするとのこと。仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、と感じるのだそうです。

3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、可もなく不可もない存在で終わってしまった、という無念が最後に訪れるようです。

4. 「友人関係を続けていれば良かった」
人生最後の数週間に、人は友人の本当のありがたさに気がつくのだそうです。そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せるのだとか。もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、という後悔を覚えるようです。

5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多い、と Ware さんは指摘します。旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです。

以上、どれも重く響く内容でした。これを読んで、あなたは明日からどう過ごしますか。
(文=阪井亮太)

Photo:Pouch.

参照元: the guardian (http://goo.gl/WDVAR)


後悔しない選択をしたいものですね。
『自分の人生は、自分のもの』ということに気づき、仲間と人生を楽しめる人が、
後悔しない人生を送れるのではないかと思いました。

十数年前の話です。

当時流行っていた『バトル鉛筆』を集めていた、小学校低学年だった3人兄弟。
鉛筆を取り合って、兄弟ケンカが始まりました。

それを見ていたお父さん、兄弟が持っていた数十本あった鉛筆を全部取り上げ、
「うるさい!ケンカするなら鉛筆なんかいらないだろう」と、
鉛筆を‘ボキボキッ‘と、全部半分に折ってしまいました。

子どもたちは、それを見てわんわん泣き出しました。

お父さんは、兄弟たちに
「お前らがケンカすると、こうなるんだ!おぼえとけ」
と言って、折った鉛筆を捨ててしまいました。


3人の兄弟は、高校や専門学校を卒業すると次々に就職しましたが、
我慢がきかず、3人とも1週間で退職。

その後は、ここでは言えないような様々な問題が浮上して、
大変な状況になってしまいました。


当時私は、そのお父さんが鉛筆を折る一部始終を見ていました。
その後の兄弟の成長も、折に触れ見てきました。

一つ言えることは、
大事にしていた子どもたちの鉛筆を、その時のお父さんの感情で全部折って捨ててしまった、という事実があるということ。

それを見ていた子どもは、何を学習したのか?

「カッとなったら、大事なものを壊してもいいんだ」
「怒ったら、お父さんみたいに怒鳴ってもいいんだ」
と思ったかもしれません。

物を大切にするという基本的な躾もできません。


すると、どうなるのか?

我慢することをしなくなる。
頭にくれば、カッとなれば、大事なものでも壊してしまう。
就職できても、嫌なことがあれば我慢をしないで感情のままに辞めてしまう。
それでもいいんだ。
だって、お父さんだってそうやっていたから。

3人兄弟たちは、全員がそう学習してしまったようです。

そもそも、バトル鉛筆というちょっと高価な鉛筆を数十本も買い与えたのは、誰でもない親自身です。
欲しいと言えば買い与え、ケンカをすれば折って捨てる。

これをどう見るか?

自分のしてきたことを否定する行為ですね。
これでは、子どもは親のやることを矛盾に思ってしまうでしょう。


子どもは、いいことも悪いことも、親の背中を見て育ちます。
親が短気で我慢できないと、子どもも短気で我慢のきかない子になるのです。

そして、その子が親になっても、同じことを繰り返すことになるでしょう。


どうすればいいのか?

親自身が自分を客観視することです。
子どもの目には、親である自分はどう映っているのだろうか?
子どもの立場に立って、子どもの気持ちを知ることが必要ではないかと思います。

改めなければならないのは、ケンカをしていた3人の兄弟ではなく、
カッとなって我慢がきかなかった、お父さんの方ではないでしょうか。

親の言葉一つ、行動一つで、子どもの人生が変わってしまうこともあるのだと
十数年に渡り、目の前で見せられてきた出来事でした。

今回の北海道の旅で、改めてPHPの素晴らしさを学んだように思います。

私がPHPを知ったのは20代の頃。
松下幸之助の生き方に感銘し勉強していたところ、松下さんが晩年に創設したPHP研究所を知りました。

PHPってなんだろう?
と思ったのが、PHP本誌の読者になったのがきっかけです。

PHPとは?
(株)PHP研究所は昭和21年(1946)11月3日に松下幸之助によって創設されました。「PHP」とは、“PEACE and HAPPINESS through PROSPERITY”の頭文字で、“物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらそう”という意味です。月刊誌『PHP』は、そのための知恵を集め、知恵を届ける機関誌として、昭和22年(1947)4月に創刊され、現在に至っています。
 (株)PHP研究所が創設された昭和21年は、第二次世界大戦の敗戦直後で、日本は日々の食事にも事欠く大変悲惨な状況にありました。その中で松下幸之助は、「これが本来の人間の姿だろうか」という強い疑問と憤りをもち、人間のあるべき姿を求めて研究し、さまざまな人に教えを請いました。そして、「万物の霊長たる人間は、本来、物心ともに豊かで、平和に、幸せに生きていくことができるはずだ」との信念をもつに至り、そのための方策を衆知を集めて見出すために、(株)PHP研究所を創設し、PHP活動を開始しました。

素直な心になるために
松下幸之助創設者は、「素直な心」を次のように定義しています。
「素直な心とは、寛容にして私心なき心、広く人の教えを受ける心、分を楽しむ心であります。また、静にして動、動にして静の働きのある心、真理に通ずる心であります」。
お互い人間が最も好ましい生き方を実現していくには、それにふさわしい考え方や行動をすることが大切で、その根底になくてはならないものが「素直な心」であるというわけです。



私は、この「素直な心」というのがすごいことだと感じています。
大人になると、しがらみやプライドが邪魔をして、人の話を素直に聞き受け入れられなくなるからです。

どうして、しがらみやプライドが出てきてしまうのか?
それは、その人がそれまで生きてきた中で身につけた自分を守る生きる術だったからでしょう。しかし、それが強すぎると大切なものが見えなくなってしまいます。人の話を聞けなくなってしまいます。孤独な生き方を選ぶようになってしまうかもしれません。
それでもいいと思っていても、どこかで不安になるのが人間です。
独りでは生きていけないのです。

松下幸之助が言った素直な心とは、なんでも人の言うことを聞いて従うことではありません。心を澄ませて、大切なことを見つめなさいということです。真理を見極めることです。


今回の北海道の旅で、京都在住の88歳のKさん(女性)と沖縄以来の再会を果たしました。
Kさんはとても素直なのです。
年下の私たちにも、「うれしいわ」「ありがとう」「感謝しています」とニコニコと笑って頭を下げられていました。うれしい時にはうれしいと言い、楽しいときには楽しいと言い、人から手伝ってもらった時には感謝の言葉を何の見返りも求めずに、素直に言えることが本当に素晴らしいと思いました。

だから、Kさんの周りにはいつも人だかり。
全国を飛び回っているから、日本中に仲間がいます。
北海道からでも、九州からでも、何かあればKさんに会いに皆さんが集いに来られます。

人は独りでは生きていけません。
やさしさと思いやりの方が、しがらみやプライドよりも遥に自分を守ってくれる生きる術になるのです。

素直になるには勇気が要ります。
特に男の人は素直になるのはなかなか難しい。
心を開くこともできない。
頭を下げられない人も多いですね。

でも、神様はうまいこと見せてくれます。
周りの人が鏡になってくれるのです。
自分の周りの人間関係が良いか、悪いか、
それは他人が原因ではなく、自分自身を写す鏡なのかもしれません。

私も素直な心になりたいな。
Kさんの生き方を見させていただき、そう感じました。

北海道2日目は、夕張にある”ユンニの湯”でお泊り。
温泉は、コーヒー色の美肌の湯で、お肌がすべすべになりましたよ。

女子組は5人部屋で、まるで修学旅行みたい。
おしゃべりが止まらず…
とても楽しいひと時を過ごしました。


3日目の最終日は、
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二条市場内にあるご飯屋さんでランチを食べ、解散。
それぞれ帰省する時間まで、別行動で観光に行きました。

私たち東京羽田組は、札幌の駅周辺を散策。

≪さっぽろテレビ塔・展望台≫
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展望台からの眺め 大通り公園
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二条市場
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時計台
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北海道庁
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3日間の北海道の旅を終え、昨日、無事に帰宅しました。
あっという間でしたが、北海道のPHPの仲間と交流できたことは、
とても有意義な時間になりました。

北海道の人は、おおらかで明るく楽しい方ばかり。
PHPの素晴らしい大先輩たちの後姿を追いかけていきたいなと思いました。

今度は、10月に福島で行われるPHP全国大会が合言葉でしたが、
時間が許せばまた是非、皆さんとお会いしたいです。

北海道の皆さん、お世話になりありがとうございました。
またお会いできる日を楽しみにしています。

7月11日(土)~13日(月)で、北海道へ行ってきました。
目的は、”PHP千草屋の集い”に出席すること。

11日、新千歳空港から札幌へ向かい、石狩当別駅で下車。
そこからバスで10分ほど行くと、森の中にポツンと可愛らしい小屋が現れてきました。
Tさんご夫妻が営む”千草屋”です。
陶芸の小屋もありました。

廃校された小学校をTさんご夫妻が買い取り、千草屋を建てたそうです。
私は初めての参加でしたが、今年で17回目の集いだそうで、
今年も全国のPHP友の会関係者の方が来られました。

今年は、世界中の秘境を旅して来られた有名な冒険家の方が、
スライドを見せて説明してくださいました。
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お待ちかねのジンギスカン・バーベキューが始まりました。
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自然の中で食べるバーベキューは最高です。

その後も会は盛り上がり…
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この日は、千草屋でみんなで雑魚寝でした~

4月から、子育て支援センターすくすくクラブのオープンルーム(就学前の親子対象。ご予約なしで利用できます)が開所されて、早3ヶ月。だんだんと利用者も増え、最近ではオープンルーム中に、「先生、聞いてもいいですか?」と、ママたちが気軽に聞ける子育て相談も増えてきました。
それを他のママたちも一緒になって聞いている輪ができ、みんなで悩みやお話をシェアできる環境ができつつあることがとてもうれしく感じています。

私もそうやって、子育て中に先生から教わってきました。
他のママの悩みを聞いて、「小・中学生になったらこんな悩みがあるんだ」「こんな方法で解決できるんだ」と、人のお話を傍から聴くだけで、随分と勉強になったことを思い出します。私は、子育てしやすい環境で、皆お互いさまで子どもを育てられ、本当に助かりりました。そのお蔭で、パンク状態になっても私は救われてきました。
私の経験が、今度は地域のママさんたちのお役に立ててとてもうれしいです。


昨日、何度か子育て相談をされたママさんが、教えてもらったことをお家で実践したら、子どもの様子が変わってきたとおっしゃってくれたんです。
今までは悩んでもそれでおしまいだったことが、「先生に聞いてみよう」と思うようになってから、気持ちがとても楽になったそうです。そして、「このような環境が近くにあって、お話が聞けて、うれしいです」とおっしゃってくれました。
そのお顔は、以前悩んでご相談に来られた時とはまるで違って、スッキリとした笑顔が印象的でした。

この仕事をやっていて、本当に良かった。とてもうれしいと思う瞬間ですね。
人の役に立つことができたと実感できた日は、充実した1日を送っているなと思えます。


すくすくクラブに遊びに来たら遠慮しないで、わからないことは何でも聞いてくださいね。子育ての悩み相談だけでなくてもいいんですよ。自分のこと、家庭のこと、仕事のこと、疑問に思うこと、教えてもらいたいことなど何でもOKです。
子育てのコツなんていうのも聞いておくとためになりますよ。


子どもにとって、ママの笑顔が一番の栄養です。

笑顔で子育てできますように。
子どもも、パパ・ママも、幸せになりますように。

私たち子育て支援センター職員の願いです。

昨日、木更津のかずさアカデミアメインホールで行われた、慈眼寺住職 塩沼亮潤大阿闍梨のチャリティー講演会「心を込めて生きる」に行ってきました。

塩沼亮潤大阿闍梨は、1300年で2人しか達成されていない「大峯千日回峰行」を成し遂げた話題の僧侶です。
奈良県吉野の大峯山で、1999年に千日回峰行を成し遂げ、翌年、四無行(断食、断水、不眠、不臥を9日間続ける)も満行し、大阿闍梨の称を得て、現在は故郷仙台に開山した慈眼寺の住職をお勤めです。

千日回峰行は、奈良県・大峯山の頂上にある大峯山上本堂までの 往復48キロの山道を1000日間、1日も休まず歩き続けるという荒行で、いったん行に入ったならば、決して途中で止めることができないという掟なのだそうです。もし途中で止める場合は短刀で腹を掻き切り命を絶たなければならない、との言い伝えがあるほど過酷な苦行です。

標高364メートルの蔵王堂を0時半に発ち、漆黒の中を提灯と杖を頼りに延々24キロの険しい山道を登り、8時過ぎに標高1719メートルの大峯山頂に至る。同じ道を下って15時半に帰堂、自ら掃除洗濯、翌日の準備をして19時に就寝、23時半には起床。地に脈打つ大木の根を踏み越え、岩をよじのぼり、半歩先は断崖絶壁という道を行くのだそうです。それはそれは、聴いているだけでも想像を絶する話で、死を覚悟した瞬間の話も壮絶でした。その中でも感性が研ぎ澄まされ、道に咲く花や草木の成長も1日たりとも同じ日はないということに気づかれたそうです。

48歳の塩沼亮潤大阿闍梨ですが、行者になろうと志を立てたのは9歳の頃。
テレビで放映されていた比叡山の行者を観て、自分も行者になりたいとその時決めたそうです。そして、19歳で出家し行者となりました。
根本となる心とは、「人のお役に立ちたい」という心だったそうです。
最終的に苦行で悟ったことは、反省、感謝、思いやりでした。

人間関係が一番悩みになるそうですが、
しがらみやとらわれない心が大切だということを教わりました。

苦行を成し遂げた人とは思えないほど、穏やかで優しく清々しい方でした。
私にはとても真似できませんが、山の行と里の行があるように、
日常が行ということで自分の役割をキチンと果たすことも行だということを知りました。

とてもいいお話を聴かせていただき、感謝いたします。
自分も役立つ人間になりたいと思いました。

今日は七夕ですね。

ありんこ親子保育園子育て支援センターすくすくクラブ
おおきなかぶ学童保育では、昨日、笹に七夕飾りつけを行いました。
七夕飾りは、毎年、1か月かけてコツコツ私が作っているんですよ。

きれいに飾りつけができました
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20年以上前に、長女と二女が通っていた託児所の先生が、
はしかにかかって苦しんでいた当時1歳の二女のお見舞いに、
七夕飾りを作って持ってきてくれたことがありました。
短冊には、「はやくMちゃんの病気が治りますように」と書かれていて、
涙が出るほどうれしかったのを覚えています。

お蔭様で、次女は元気になり、すくすく育って、
今では設計士として、社会に貢献できる人に育ちました。

あれから、私も子どもたちの幸せを願って、
毎年、七夕飾りを作ることにしたんです。
先生たちへの心ばかりの恩返しでもあります。

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七夕飾りには、こんな意味があるんですよ。

紙衣… 女子の裁縫の腕が上がるように
巾着 …お金が貯まりますように  
投網… 豊漁になりますように  
屑籠… 整理、整頓、物を粗末にしないように   
吹き流し…織姫のように機織が上手になりますように   
折り鶴…家族が長生きしますように  
短冊…願い事がかない、字が上手になりますように
提灯…願い事が書かれた短冊を明るく照らせますように
貝飾り…海の恵みを受けられますように
織姫と彦星…いつまでもなかよくいられますように
星飾り…星に願いがとどきますように

たくさん作ったから、たくさん願い事が叶うといいな


ところで、
短冊には「青・赤・黄・白・黒」の5色がありますが、なぜ五色の短冊が使われているのでしょう?

七夕の飾りとして伝わってきたものは、初めは五色の糸であったことから、この五色というのにはそれぞれに意味があると言われています。

五色とは中国の陰陽五行説に基づいた赤・青・黄・白・黒のことを差しているんですよ。

また、七夕の日は、お盆と深いつながりを持っているそうです。
旧暦の時代の7月7日は、「七日盆」や「盆初め」といって、
お盆の始まる日でもありました。
この日に、お墓の掃除をしたり井戸をさらったりして、お盆を迎える準備をしていましたそうです。

また、お盆を迎える前に平素のけがれを祓う『禊ぎの行事』が多く行われる日でもあります。七夕の日に海や川で水浴びをする地域があるそうですが、それは禊ぎの風習が今も生きているということだそうです。「七夕送り」も、その1つで、笹竹やお供え物を川や海に流し、罪や穢れを祓ったと言われています。

七夕送りは精霊流しと同様のもので、本来、お盆がすんだ15日に流すところを七夕が独立したため、7日に流すようになった。というのが通説になっているようです。
今では、環境の汚染などから川に流す風習はなくなった地域もあり、神社などで行われる『どんと祭』でお焚き上げする地域が多いようです。

どんと祭とは毎年1月14日に開かれる、正月飾りを神社などでお焚き上げするお祭りの事ですが、七夕が終わった後にやっているところもあるようです。炊かれた火は「御神火」といって、当たると、家内安全、無病息災などのご利益もあるそうなので、七夕飾りを出してもいいようです。近くの神社などで調べていただければと思います。

私たち日本人は、日本の国について「神道」や「天皇」のことをどこまで知っているでしょうか?

日本人のアイデンティティを紐解くカギが、神道にあることには間違いないようです。

世界の国のほとんどが200年から300年で滅びると言われている中、ギネスでは世界最古の国が日本とされています。

日本神話に登場する神武天皇(じんむてんのう)は、古事記や日本書紀によれば日本の初代天皇で天皇家の祖とされています。日本書紀によると、天皇在位は辛酉年(神武天皇元年)1月1日(紀元前660年)と言われています。

『古事記では神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれひこのみこと)と称され、日本書紀では神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)、始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)、若御毛沼命(わかみけぬのみこと)、狹野尊(さののみこと)、彦火火出見(ひこほほでみ)と称されている』
~Wikipediaより参考~


伊勢神宮に祭られている天照大神(あまてらすおおみかみ)は、日本神話に登場する女神です。皇室の祖神と言われ、日本民族の総氏神とされています。(『延喜式』では自然神として神社などに祀られた場合の「天照」は「あまてる」と称されている)

天岩戸の神隠れ(宮崎県高千穂の神話)で有名であり、記紀によれば太陽を神格化した神であり信仰の対象、土地の祭神とされています。

神道における神(かみ)とは、自然現象などの信仰や畏怖の対象のことで、日本にはすべてのものには神様が宿ると考え「八百万の神」(やおよろずのかみ)と言って、生き物や無生物を大切に扱ってきました。

キリスト教やイスラム教などの一神教のようなものではなく、カルト宗教のように洗脳したりするものでもありません。

また、天皇陛下とは「神」ではなく、日本国の神主さんなのですね。

伝統的に天皇家では「先(ま)ず神事」とされ、あらゆる皇室の活動の中で神道が中心となっているのです。神事は、国家と国民の安寧と繁栄を祈ることを目的になされています。

仏教はインドから中国を経由して日本に入ってきたものですが、神道(しんとう)は日本古来の宗教なんですね。

神道は、山や川などの自然や自然現象、また神話に残る祖霊たる神、怨念を残して死んだ者などを敬い、それらに八百万の神を見いだす多神教で、自然と神とは一体的に認識され、神と人間とを取り結ぶ具体的作法が祭祀であり、その祭祀を行う場所が神社であり、聖域とされています。


私は、神話の国・宮崎県に生まれました。
私の「悦子」という名前は、神宮の神主さんがつけてくださったそうです。
前世占いでは、弥生時代の巫女だったようですが…。
なんだか当てはまることが多々あるな…と感じることもあります。

実家は神道でしたので、私は子どもの時から神棚が家にあるのが普通で、神事の時には必ず神主さんが家にきて、祝詞を挙げてお祓いをしていました。

日本の家には、神様がいて家を守ってくれていたんですね。
しかし、現代は無宗教の家が増えていて、神棚も仏壇もない、お神酒もお塩もない家に住んでいる人が増えました。

これでは日本の子どもたちに、日本人の心・神道の心は伝わらないのではないか、日本人としてのアイデンティティを持った人が少なくなってしまうのではないかと心配しています。


私は、親の信仰する姿を見て、子どもは信仰心や道徳心が育つと考えています。
私は今でも毎朝、神棚にお水を3つ神棚にお供えし、2礼2拍手1礼をした後、「おはようございます。今日も勇んで働かせていただきますので、宜しくお願いいたします」と唱え参拝します。

毎月3日は我が家の月次祭で、お神酒・お塩・お米と榊をお供えし、先月1カ月間無事に過ごせたことへ感謝と、また今月1か月間を無事で過ごせますようにとお願いをします。

いただきものやおみやげは、必ず神棚に上げてから頂くようにしています。
それを我が家の子どもたちは、小さい頃から見て育ちました。
大きくなった今でも、修学旅行などのおみやげは自分から神棚にお供えしていますよ。

神様がいる子どもは、一線を越えた悪いことはしないものです。
それは、小さい頃から親や祖父母などから、「悪いことをするな。お天道様は必ず見ている」「悪いことをしたら罰(バチ)が当たる」などといって諌めたからです。それが、子どもの中で道徳心となって、一線を越えた悪さはしないのだと思います。

しかし、今は神様・仏様が存在しない子がとても多い。本当に危ない。
一線を引いて守ってくれるものが何もないのです。

頭に来たら、すぐにカッとなって相手を傷つける。殺す。自殺する。
あまりにも安易に、簡単に、人の命や自分の命を軽く考えています。


神道では、お払いするのにお塩を使います。
日本は海に囲まれた国で、神話では海に入って禊をしたことから禊払いにお塩を使う習慣があるのです。そのくらい心や体を清潔にしようと考える国民は、他国にはありません。

命を”魂”と捉え、魂の汚れを払い磨くことが大切だと考えるのが神道の心で、自分が生かされていることへの感謝の気持ちを伝えるのが祝詞を唱えることなのだと思います。お願い事をたくさんすることが祝詞ではないのです。

日本人として神様や天皇を敬うことは、日本に生まれて育ったことを感謝することだと思います。

だって、私たちは日本で暮らし、この土地で生きているのですから。


「お前には無理だよ」という人のことを聞いてはいけない。
もし、自分で何かを成し遂げたかったら、
できなかったときに、他人のせいにしないで、自分のせいにしなさい。
多くの人が、僕にも「お前には無理だよ」と言った。
彼らは、僕に成功してほしくないんだ。
途中であきらめてしまったから。
だから、君にもその夢をあきらめてほしいんだよ。
不幸な人は不幸な人を友達にしたいんだよ。
決してあきらめては駄目だ。
自分のまわりをエネルギーであふれた、
しっかりとした考えを持っている人で固めなさい。
自分のまわりをプラス思考の人で固めなさい。
近くに誰か憧れる人がいたら、その人のアドバイスを求めなさい。
君の人生を変えることができるのは君だけだ。
君の夢が何であれ、それにまっすぐ向かっていくんだ。
君は、幸せになるために生まれてきたんだから。


マジック・ジョンソン(プロバスケットボール選手)


~『働く理由』99の名言に学ぶシゴト論より引用~