今日、秋の花を探しにホームセンターに行きました。

やっぱり、花はいいな。
暑いも、寒いも、何にも言わずに黙って咲いて、
人の心を癒してくれます。

動物もそう。
比べることもせず、文句も言わず、
人間よりもよっぽど神様に近いです。

どうしてかな、人間だけは、
欲深く、嫉妬深く、業が深い。

時々、どっと疲れます。

それでも、人間の中にも、
花のような人がいて、
黙って、世の中のために働いている。

そんな人を見ると救われるようです。

一生勉強と言いますが、
何を勉強すればいいのでしょう。

どんな人になればいいのでしょう。

今の人は、恵まれていることが当然のように、
損得で物事を捉えます。

子どもはその澄んだ目で、大人の姿を見ています。

そんな私も、
人のことはどうでもいい。

自分も花のように、動物たちのように、
心が純粋に、許せるように。

もう少し、勉強しなければと思った雨の日の午後でした。

私は基本、得意なこと、自信のあることしか手を出しません。
というと、とってもわがままに聞こえますね。

でも、これが失敗しない秘訣なんです。
得意なことには興味もあるし、知識も持っています。
大変だと思うことでも、時間を忘れて没頭できるので疲れません。
好きなことで経験も豊富だから、得意になったのだと思います。
結果、自分が得意な分野には自信があるから、周りにも安心感を与えられます。

反対に、得意でないことや自信のないことを無理にやったらどうなるでしょうか?
興味が持てないので、集中力がない。
大変なことがあると苦痛に感じる。
知識がないので、専門的なことがわからない。
その結果、時間がかかるわりには、出来栄えがよくない。
と言うことにならないでしょうか?

私は、自分が不得意で自信がないことは、その分野が得意な人に任せています。
すると、その人は得意なことなので苦痛には思わないでしょう。
その結果、時間もかからず、出来栄えもいいですね。

私は経営者なので、自分にしかできない仕事以外は、ある程度人に任せるようにしています。その方が、任せられた人も得意なことで伸び伸びと仕事ができるし、自信も育っていきます。


手を出さないという選択は、自分ができることの見極めだと思います。
何でも手を出してしまうと、どれも中途半端で最後まで責任を持って継続するのは難しいのではないでしょうか。結果、無責任な仕事内容になってしまいます。

あれもこれも手を出さずに、
自分の得意分野で、自信のあるものを選択していきましょう。

先日、「何もやる気がしない」という人がいました。
見ると、とても疲れた顔をしています。
夏バテもあるかもしれませんが、やる気が起きないからずっと家にこもっているのだそうです。


専門的な観点から”やる気”を見ると、
「やる気が起きないから行動しない」というのは間違いのようですよ。

「行動していない時には、やる気はでない」のだそうで、
反対から言うと、「行動するとやる気がでる」ということのようです。

脳には側坐核(そくざかく)という部分があり、やる気というのは、この側坐核がポイントになるそうです。この側坐核が働き、脳内物資が出るとやる気がでてくるというメカニズムになるのだそうです。

しかし、この側坐核というのは、「作業をすると活発に動き出す」という傾向があり、作業興奮と呼ばれたりしますが、興奮すると脳内物質がでるのでやる気になる。つまり、やる気がなくても行動をしてしまえば、やる気がだんだんやる気が出てくるということです。

無気力になるのは、「やる気がないから行動できない、だからやる気がでない」という悪循環になっている状態なのですね。それが発展してしまうと身体が本当に動かなくなってしまい、日常生活もままならなくなってしまうこともあります。

これは私にも経験があります。
初めての子の育児中、まだ幼稚園に通っていない頃は、午前中ずっとコタツに入ってゴロゴロしていた時がありました。動かないのでやる気も起きない。やる気が起きないから家事も進まない。だから夕方になって大変になり、夜も寝るのが遅くなっていきました。そして、翌日も眠いのでゴロゴロ…と悪循環。
時間はたっぷりあったはずなのに、何も片付かない…。

この経験から、”動かないことをしない”ようにしました。
何もやることがなくても、とりあえず起きて、外に出る。
そうしているうちに、子どもも大きくなって、じっとしてくれなくなりましたが…

悪循環から抜け出したいのであれば、「やる気が起きないから行動しない」を払拭し、何でもいいからとりあえず動いてみる。少しずつ行動していくと、動くのが苦でなくなってきます。そうすると、次にやりたいことも出てくるでしょう。

その時に重要なのが、行動するスイッチを作ることです。
私の場合は、「髪の毛を縛る」とやる気スイッチが入ります。はちまきを撒くようなものですね。人によっては、水を飲む、コーヒーを飲む、顔を洗う、背伸びをする、運動をするなどがあります。

やる気が起きないからと動かなければ、そのままの状態でやる気が起きるということは難しいので、結局何もしないということになってしまいます。できるだけ、自分ルールを作って行動するようにしてみましょう。

そして、やる気が起きない無気力の悪循環にならないよう、日頃からこまめに動くような生活習慣にするといいですね。

私は、保育園を経営していますが、私が直接保育をするわけではありません。保育は、主に保育士が行うので、私はもっぱら経理や裏方の仕事を行っています。

私自身、4人の子どもを持つ母親ですので、実際に我が子たちの子育てを通して、幼稚園や託児所等に通っていた経験もあります。未就園児の時には、保育園や児童館の幼児サークルなどにも参加していましたので、園児や保護者、保育士さんたちの保育の中身なども見てきました。
保護者の立場からも、保育士の立場からも、子どもの立場からも、視点を変えて現場をみることができます。

私は経営者の立場から、
園児や学童児にとっても、保護者にとっても、保育士にとっても、”良い保育園”や”良い学童保育”にしたいと思っています。

その結果、辿り着いた答えは…
保育士は、保育に集中させることだったのです。
当たり前のように思いますが、保育に集中できない園があるのが現状ではないでしょうか。

保育士が毎年辞めていく幼稚園や保育園の現場の声として一番よく聞くのが、園長や主任など「上の人との意見や考え方が合わない」という意見でした。
子どもたちに何かをやってあげたくても、園や学童保育の決まりごとや、上からの指示があり、「やりたい保育ができない!」という保育士たちのジレンマがあるのだと思います。

保育現場でたくさんの制約があるのは、認可を受けている施設では仕方のないことでしょうが、その結果、保育士が保育以外のことで気を遣い、保育を楽しめていないのが実情ではないかと思います。

また、「保育は楽しいけれど、上司との人間関係に悩んでいる」という話も保育士さんたちから聞くことも多いですね。女性の多い職場ですし、ネチネチと嫌味を言われることもあるということでした。これでは、保育を楽しめないし、集中できません。

保育士や幼稚園教諭になる夢を持って短大や大学を卒業し、やっと夢を叶えて園に就職したでしょうに、1~3年で辞めてしまう人が多いのが保育現場の現状です。
もったいないですね。

私は思います。
保育士は保育に集中させること。
のびのびとやりたい保育をさせてあげる環境をつくってあげよう と。

幣園の保育理念は、
・子どもたちの心身共に健やかな育ちの支援
・子育て家庭に対する支援
・地域に開かれた子育て支援の拠点を目指すこと です。

安心して預けられる園にするために、
保育士各自、自分の役割を自覚して行動することです。
そして、アイデアを出し実践させることでやりがいを見つけられるのではないでしょうか。

園児と長い時間一緒に過ごす保育士が保育に集中できるようになれば、明るく楽しい園になれるでしょう。そんなイキイキとした園に、保護者も大事な我が子を預けたいと思ってくれるのではないでしょうか。

そんな保育園や学童保育にしたいと思っています。

あなたは、ご自分の運勢を知っていますか?
成功した人は、自分の運勢に逆らわない生き方をしているそうですよ。

運勢ということは、川の流れと同じ。
流れに逆らって泳いでいけば、エネルギーと苦痛がともなうだけで思うように前には進めません。

反対に、流れに逆らわずに乗っていけば、楽に大海原に出られます。
そう、この流れに乗って、追い風に帆を揚げるのです。

向かい風に帆を揚げれば、後退することはわかっています。
しかし、自分の運勢となると、それがわかりません。
運気が低迷しているときに四苦八苦し、もがいてしまうのです。
いくら努力してもがいても無駄なのですから、そういうときはジッとして動かず時を待つこと。

そして、流れが変わった時に動き出し、
上昇運の時は躊躇しないで、流れに乗って大きく進むことです。

いつまでたっても、うだつが上がらない、成長しない、上昇できないという人は、
低迷時に動いて、上昇時に躊躇しているのではないでしょうか?
流れと逆のことをやっていれば、上昇するのはなかなか難しいでしょう。

自分の運勢を知ることが、成功するカギ

チャンスが来たら、躊躇しないで‘チャンスの前髪‘を掴む。
通り過ぎてから「あれがチャンスだった」と振り返り、
後ろ髪を掴もうと思っても、チャンスの神様は前髪しかないそうですよ。

成功の一番の大きなカギは、プラス思考です。
後ろ向きな考えでなく、前向きに考えることです。

そして、大胆な発想をすること。
しかし、その陰には繊細な仕事があります。

今年は土台を固めて、来年の種まきをし、
また一段上を目指していきたいと思います。

夏休みも残り2週間となりましたが、
おおきなかぶ学童保育の子どもたちは夏バテもなく、元気いっぱい過ごしています。

子育てをしている中で一番おもしろいと思う時期は、
何と言っても小学生の頃ですね。

乳幼児期は可愛くてこの頃も楽しいのですが、小学生に上がると数段にできることが増えてきて、少し難しいルールのある遊びもできます。高学年になるとそれがもっと高度なものになっていきます。頭も、体力も、心も、幼児の頃と比べると随分成長していることがわかります。

小学校高学年女子の話す内容は、まるで女子高生みたい。
恋バナで盛り上がっています…

そんなおもしろい小学生相手のお仕事が、‘学童保育‘なんです。
学校とは違って、学童保育は子ども達が毎日生活をする第2の家庭です。
同じ齢の子ばかりと過ごす学校の教室では見られない、大家族のような家庭的な雰囲気の中でだからこそ見える姿もあったりして、学校と家庭の中間地点のような役わりがあります。
またお仕事をされている保護者に代わって子育てを補うことも、学童保育の使命であると私は思っています。

とは言っても、毎日のように問題が勃発するのですが、その度に子どもたちと問題解決させています。解決させる過程がまたおもしろい。子どもってすごいな、賢いなと思うことが多々あります。子どもたちがどのように感じて、解決させるかを見るのがとても勉強になります。

どんなにケンカをしても解決すれば、また元のように一緒に遊べるのも子どもの特徴です。大人のように後々まで引きずることはありません。だから、何度ケンカをしても、すぐに仲直りできるんですね。

職員も長く学童に携わっている人ばかりなので、子どもたちへの長期間のフォローも適切にできているようです。

保育に携わった経験のある方はわかるでしょうが、
一度この楽しさやおもしろさを知ってしまうとやめられなくなるんですよね

9年目の夏もパワー全開
残り2週間も楽しく過ごしていこうと思います。

動けば、風が起きる

無風状態で凧を揚げるときはどうすればいいか?
凧に繋いだ糸を持って走ればいい。
自分が動けば風が起きる。

停滞した現状を打開するには、自ら風を起こすこと。


事業は簡単にできるものではありませんが、
私は社長自ら動くことが、正しい事業の在り方だと思っています。

「明日はどうしよう…」と心配するよりも、「明日はどう動くか」を考えます。
動いたことが結果になるからです。

では、どう動くか?
社員と同じ動きではダメ。
社長にしかできない動き方をします。

5年後、10年後の会社の発展のために考え、動くのです。
そこに雑念はいりません。

社長とは、社員やその家族の生活に責任がある人です。
公私混同は絶対にあってはならないし、社長の個人的な私情もはさめません。

これから事業を立ち上げる人は、3年間は無給で働く覚悟でやることです。
それでも最低限に損失を出さない努力や工夫が必要です。
見栄や体裁は捨てて、謙虚な姿勢で事業をやらせてもらう。
その覚悟がなければ、やらない方がいい。

私は、社長の情熱と想いをホームページやブログ、チラシやパンフなどで発信したり、自分の言葉で話すことを続けています。
これもまた、動かなければ風は起きないからです。
風を起こすのは部下ではなく、社長なのです。

私は今まさに、『次のステージに行くためにどう動くか』を真剣に考えています。
いつ、誰に、何を、どういう思案で、具体的に動くか。
これを考えるのが私の仕事です。

大きく変わろうとしている事業を私の器量次第では、失敗することも、成功させることもできます。それだけの責任が私にはあるのです。

今年は、地道に確実に誠実に、一歩一歩前進する動き方をしていこう。
来年は、積極的に動いていこう。
再来年は、実り大きな年にしよう。

自分の運気を読みながら、3年計画で動き方を思案しています。


今までも、ジタバタしながらも確実に前に進んできました。
そうするうちに、いろんな壁を打開してきました。

そうやって、いろんな風を起こしてきたのですから、
これからも、グングン前に進んで、成長していこうと思います。

来年は、起業10周年の節目の年。
10年経って、ようやく一人前になれます。

皆さんは、『チベット死者の書』をご存知でしょうか?

チベット死者の書とは、チベット仏教ニンマ派の経典で、古来パドマサンバヴァが著し弟子が山中に埋めて隠したものを後代にテルトン・カルマ・リンパが発掘し、ウォルター・エヴァンス=ヴェンツ(en:Walter Evans-Wentz)により”Tibetan Book of the Dead” というタイトルで英訳され世界的なベストセラーとなり、日本でも一般的に『チベット死者の書』として知られています。

誰もが直面する「死」ですが、
死の恐怖から逃れたいなら、死について知らなければならないといいます。
永遠のテーマである「死」とは何なのか?
来世はあるのか?
死んだら人はどうなるのか?
自分は誰なのか?
死を恐れないためにはどうすればよいのか?

93年NHKスペシャルでも放映されて、反響を呼びました。
89年にノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマ14世は有名ですね。


私は今、チベット死者の書―仏典に秘められた死と転生 (NHKスペシャル)1993/9を読んでいる途中ですが、原典訳本は、死ぬまでに一度は読んでおきたい本だなと思っています。詳しい内容はあえてここではお話しませんが、この本を読んだら死というものがわかり、人間はどう生きたらいいかわかるといいます。

宗教とは関係なく、誰でもいつかは亡くなるのですから、自分の人生の終末にどう生きたらいいか、あの世に持って行けるものは何かがわかると思います。

人生後半の方、老いじたくを始めようと考えている50~60代の方には心構えとして、介護をされている方、身近で亡くなった方がいる方には救いになる本だと思います。

興味のある方は、一度読んでみてください。
死のイメージや人生観が変わるかもしれませんよ。

為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の為さぬなりけり

どんなことでも強い意志を持ってやれば必ず成就するということで、やる気の大切さを説いたことば。

江戸時代後期、米沢藩主の上杉鷹山が家臣に「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」という歌を教訓として詠み与えたという。

~ことわざ辞典より~

昔、女性には”受難期”があるんだと、先生に聞いたことがあります。

20代はめまぐるしい。
就職、恋愛、結婚、出産、育児…。
人生のほとんどのビックイベントを女性は20代~30代前半で経験します。

そして、30代。
忙しかった子育てもようやく一段落し、自分の時間を持てるようになった頃、
女性は新たな出発の時を迎えると同時に、思春期ならぬ『思秋期』を迎えます。
「このままでいいのかしら…」
「私の人生、何なのかしら…」
30代は、女性にとって悩み迷う時期ですね。

心遣いも見直すことなく、悩み迷いながらの40代突入…。
そして、『女性の受難期』(47~53歳)は、女性にとって最もつらい時期だと言われます。その時期になって、人生や子育ての結果が出たりするものです。

女性の受難期は、ちょうど更年期に当たります。
いろいろなことが重なる時期なのですね。

・更年期(心と身体が不安定)
・子どもにお金がかかる時期(受験・成人式・独立・結婚など)
・子どもが巣立つ時期の不安
・夫との関係を見つめる時期(子どもが巣立った後、夫婦だけの生活)
・親の介護
・定年後の人生を考える時期
など。

様々な問題が重なり、混乱しやすい時期なのです。


私が人生講座を受けたのは、29歳の頃でした。
当時、長女3歳、二女生後10か月、長男と二男はまだ生まれていませんでした。
将来のことや、先の子育てのことなんて、全然考えてもみなかった頃です。
目の前の生活と子育てだけで、いっぱいいっぱいでした。

でも、先生から「大変な時に将来の準備をするのよ。大変な時はずっと続くものじゃない。大変な時にやれたことが将来を創っていくの」と教えてもらってからは、少しずつ前向きになり気持ちが楽になっていくのがわかりました。

その時に、ものは考え方次第、心は感じ方次第だと、生まれて初めて実感しました。

「私は、どうして今まで、わざわざ生き辛くなるような考え方や思い方をしていたのだろう…」と気づいてからは、ものの考え方や心遣いを改め、行動を見直すようにしました。すると、余計なことを考えず、今できることを自然体で行えるようになりました。

そうすると、子育てと家事で忙しい中でも、楽しむことができるようになりました。
それまで自分の生き方について深く考えたことはありませんでしたが、自分というものを見直し、将来設計をするようにしたら将来に不安がなくなりました。

子育ても同じです。
子どもをどう育てたいか、どんな人に育ってもらいたいかを考えるようになったら、次第に不安はなくなっていきました。

今、若いあなたが学んでおかなければならないことは、『自分のあり方』です。
自分はどんな人間になりたいのか、どんな生き方をしたいのかをキチンと持っている人。それが心の土台となっていきます。

子育ても、母親としての土台からつくらなければならないと思います。
それは、母親自身の人生は、子どもの人生とリンクしているからです。

私はもう一つ先生に、「何恨むことはないよ。自分の人生は自分で決められるのだから」と教えてもらいました。不幸を恨んで、他人を恨んで、人生を恨んでも、何の解決にもなりません。後に残るのは、恨みと憎しみのカルマだけです。
自分が放った悪因縁は、また自分や子どもたちに戻ってくることも知りました。

私は先生に教わるまで、親を恨んできました。
可愛がってもらえなかった、わかってもらえなかったという気持ちが強かったのですが、それも自分自身の思い込みだったと後になって気がつきました。甘やかされることなく育てられたお蔭で自立でき、今の自分があるんだと思うと親のお蔭です。



受難期真っただ中の私ですが…、
お蔭様で、今のところ私には受難も更年期もありません。

体力も気力も10年前と変わりません。
少し体重は増えましたが…

だからと言って、一生懸命に何かをやっているわけではないです。
反対に、「これでいいの?」と言われるくらい、自分のエネルギーを使いません。
今日は一生懸命やったな、と思う日でも、せいぜい70%くらいかな。
80%も出せばいい方です。

普段は、本当に20~30%のエネルギーでしか生きていません。
1日の内にがんばりどころは朝のみ。
ブログを書くのも朝、掃除洗濯など家事をするのも朝。
事務仕事も午前中には終わらせます。

学童や保育園の子どもたちと遊ぶことも楽しく、
適度につかれますが、ストレスはあまり感じません。
身体の疲れは、夜早く寝れば回復します。

食欲もあり、眠れないことはほとんどなく、
それどころか、休みの日は昼寝をしています。
だからあまり疲れることはありません。

こんな生活をもう何年もやっています。

若い頃から、受難期に備えて、心と体とお金の準備をしてきたから
自分の好きなことができる環境がつくれたのだと思います。
それも、好きなことをさせてくれた家族のお蔭です。

これからは、老後の準備です。
悠々自適な生活を望んでいるわけではなく、
私は10年後もやりたいことがあるので、今から計画を立てています。

若い皆さんにも、人生の受難期は必ず来ます。
今の時期に、自分の人生の計画を立ててみてはいかがでしょうか。

以前、ある30代の主婦の方が、こんなことをおっしゃっていました。

「平穏無事に生活ができていて問題もないのに、
なんだかもの足りなさを感じるんです」

こんな人って、意外と多いんですよね。

「何が足りないんでしょうね?」との問いに、
「何でしょうか?何か自分にとって成長できることが足りないのかな…?」
という答え。

人には成長欲がありますから、
今の自分が足踏みしている状態に思えてしまうと、
なんだか「これでいいのかな…?」って思ってしまいます。

もの足りなさを感じたら、今の生活を見直してみるといいかもしれませんね。


心理学者アブラハム・マズローの「欲求の5段階」という、基本的欲求というものがあるのでご紹介します。

①生理欲求=ねむい・お腹がすいた
②安全欲求=怖いのはイヤだ
③社会欲求=仲間が欲しい
④尊敬欲求=尊敬されたい・愛されたい
⑤自己実現欲求=より良い自分になりたい

平穏無事だということは、③までの欲求は満たされていて、④以降の欲求が強いのかもしれません。

人は、「自分が成長できる・勉強できる」と感じられるところに所属したいと思うそうですから、成長や勉強が感じられないところからは、充実感が得られないのかもしれませんね。

自分を成長させてくれる組織や人に、人はついていきたいと願うものですから、「どんな自分になりたいのか?」をイメージして、ロールモデルを探してみるのもいいですね。

自分がどれだけ進んだのかで、1年前の自分と現在の自分を見比べることもできます。すると、成長した自分に出会えるので充実感や達成感も得られるでしょう。

目標とすることは、自分にとって負荷をかけることになります。
負荷をかけることはキツイときもあります。
しかし、だらだらと生活していては、そこから抜け出さない限り(負荷をかけない限り)次のステージへは行かれません。

やりたいことは何かを、きちんと把握して進んでいけるといいですね。

昨日、『明るく 素直に あたたかく』という言葉に出逢いました。

ある雑誌を読んでいたら、
霊界の宣伝マンで俳優の故丹波哲郎さんの記事に目が留まったのでした。
それが気になって、ネットで検索してみたんです。
「いい事を言ってるな…」と思いました。

自分が死んだらどこへ行くんだろう?と思うことってありますが、
死んだ後のことを考えることは、今どう生きなければならないかを考えることなんですね。

ちょっとご紹介します…。


明るく、素直に、あたたかく!

 このくらい名言はないだろう。ナムアミダブツもナムミョーホーレンゲキョーも結構だか、もっとわかりやすい表現のほうがよろしいのではないか。つねに、心を「明るく、素直に、あたたかく」持ち続けたいものだ。

 この現世では、さまざまな宗教や教えがあって、それぞれに人生観、倫理観を主張している。そのために、攻撃や衝突も多い。

 本来、宗教に熱心な人間は、十分に魂を磨いて、誰よりも早く霊界で心が素の状態になっていいはずなのだが、特定の宗数や宗派に属していた人間は、他を頑迷なまでに認めず、邪教扱いし、排斥してしまったりするのである。

 したがって、エマニュエル・スウェーデンボルグが言っているように、「特定の宗教にとらわれていると、死や霊界について、かえって誤った考えをもつことが多い」のである。むしろ、宗教の教義によって説かれる「あの世」の理論よりは、一般の近似死体験者や霊能者の話にみられる「あの世」の体験のほうが、死後の世界や霊界について忠実な姿を伝えていると思われる。

 あの世では、宗教というものは、まったくないといっても過言ではない。すべての枠は外されて、同一の神のもとに暮らす。だから、たとえば仏数徒とキリスト教徒が、あの世で睨み合っているということもない。

 しかし、信仰をもつことは大切である。霊界では、それぞれ一宗一派を創った先達たちが悟った真理が、光を放っているのだ。

 宗教の違いによって、さまざまな呼び方をされているが、霊界の上に坐す神は、それらのすべてを包含する絶対神である。すなわち宇宙の法則、宇宙の秩序なのだ。したがって地球だけでなく、宇宙に万遍なく存在していることになる。

~中略~

人間は、何のために生きているのか?
 自分も他人も幸福になるためだ。


 心に愛を育て、それを他人にふりそそぐ。そうすることにより、あなたの品性や人格は高められる。

 この世を終えたとき、彼岸へ持っていけるお土産は、金でもなく、地位でもなく、明るく素直な、あたたかい心だということは、絶対に必要な事項である。

 我々は現在、地球規模の大地殻変動の時期に生まれ合わせている。大変なことだ。世界各地、至るところで大噴火や大地震が起き、異常気象(大寒波や大洪水)が相次ぎ、重大な環境破壊が続発している。それに伴う国際的な食糧危機、破壊兵器の乱用で、人類は自滅の一途を突き進んでいる。それもこれも、人類があまりにも霊的なことを無視して、物質的なものに傾倒してしまった結果である。

丹波哲郎の霊界サロンより~

昨日、『女子高生切りつけで18歳少年逮捕』という事件が報道されました。
少年には知的障害があるということですが、
またか…と思った方も多いのではないでしょうか。

最近、知的障害の疑いがある少年の犯罪が増えてきました。
20年前よりも、なかりの確率で増えているようです。

その原因や背景は複雑でハッキリとはしてませんが、
早い段階で知的障害を見つけて治療や訓練をしていけば、
もしかして、このような事件にはならなかったかもしれません。

何らかの兆候は、学童期には現れているものです。
軽い知的障害の場合は、普段はあまり気づきません。
しかし、はじめはちょっとした違和感があります。
ちょっと違うかな…と思うことが、果たして障害なのか、性格なのか、育てられ方なのかを判断するのは難しいです。それを専門の医師に見てもらいたいと思っても、半年~1年街の状態なのが現状です。小児専門の医師が少ない上に、グレーの子が多くなっているのだそうです。

学校現場でもまず問題になるのが、「キレる子」です。
これは小学校低学年から問題になっています。

学級崩壊にも登場してくる「キレる子」。
どうしてキレるのか。
原因として次の3つのことが指摘されています。

(1) 解離によるもの
(2) 発達障害(ADHDやアスペルガー障害)によるもの
(3) 通常の発達上のつまづきによるもの

詳しくはこちらをご覧ください⇒ソレア心理カウンセリングセンター

私が気になっているのは、今まで普通に友達と遊んでいたかと思ったら、急変してキレてしまう子のことです。

我が家の息子たちもそうでしたが、子どもはふざけがすぎてケンカになるのはよくあることです。ふざけがだんだんとエスカレートしてくるので、「そのうちケンカになるぞ」と予測できます。ケンカになりそうなときは、「そのくらいで止めておきなさい」と注意もできます。

しかし、今までニコニコと笑って友達と遊んでいたのに、いきなり怒りだして手が出たり、暴言を吐いたり、キレてしまう子は、対処も出来ず予測も不可能です。
一緒に遊んでいた子も意味がわからず、どうして怒り出したかもわかりません。

学校の先生や学童支援員などの保育者は、子どもにケガをさせてはいけないと思いますので、キレる子どもよりも、叩かれたりした相手の子どものことをかばうでしょう。
その原因を突き止めようとキレた子に話を聞こうとしますが、当の本人は貝になり、だんまりになってしまうようです。

障害がある無しに関わらず、子どもは友達と関わるという訓練が必要です。
知的障害がある場合はなおさら、専門知識を持った人のサポートの元で専門的な訓練が必要になってきます。

早い段階で訓練できればいいのですが、だいたいの場合、発見が遅れるようです。
中学生になってから手が付けられなくなり、特別支援学級に入る子もいたと聞きます。

本人も、家族も、周りの人も、わからないままの状態でいるよりは、専門医に相談してみることも必要だと思います。
相談する場合は、結局は親の判断にゆだねられることが多いので、自分の考えを言えるようにしておくことが大切です。その上で、専門的な治療や訓練を受けるようにするといいですね。

私は、もっと教育・保育現場に、定期的に臨床心理士や専門医の派遣をするようにしてほしいと思います。直接、保護者と面会できる場を増やすことが求められているように感じます。


昨日、おおきなかぶ学童保育で、毎年恒例の『心の授業』を行いました。

今回のテーマは、「いじめについて」 みんなで考えてみました。
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(ねらい)

いじわるをすることは、する側にとってはちょとした嫌がらせであっても、される側にとっては大変つらい体験で、場合によっては命を削ることに繋がる時もあります。
事実に基づいた知識を学ぶことによって、子どもたちの危機意識を高め、いじめの予防をしたいと思っています。

今回は、「わたしの妹」という絵本に書かれている詩と
cap子どもワークショップの資料を参考にしています。

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自分がされていやなことはどんなこと?

・悪口、陰口、噂話を言われたこと
・うわばきや靴をかくされたこと
・無視
・バカって言われた
・暴力
・ものをとられた   などなど…。

  実際に、いじわるや嫌なことをされたという子がたくさんいました。
  中には、自分がしちゃったという子も…。

この中で、どれが「いじめ」になるでしょう?

  子どもたちからは、「暴力」、「悪口」、「全部」などの意見が出ました。

「いじめ」とは次のようなことを言います。

1、自分より弱い人に対して一方的に
2、体や心を傷つけること
3、相手がとても嫌に思うこと

従って、さっき言った「自分がされていやなこと」は、
場合によっては全ていじめになります。

次に、松谷みよ子さんの詩 『わたしの妹』を朗読しました。

小学4年生の頃、転校した学校でおそろしいいじめにあい、
その後、学校に行けなくなった女の子の実話です。

  少し、衝撃的だったお話でしたが、子どもたちは真剣に聴いていました。

心の傷は見えない分、深さや痛みがわかりづらいもの。
軽い気持ちでやったかもしれないけれど、
相手の心に深い傷が残る場合もあるんだということを知りました。


生きるためにどうしても必要なものを『権利』(けんり)といいます。
食べること、トイレにいくこと、ねること、あそぶことなど、

いろんな権利の中で、誰もが持っている特別に大切な『3つの権利』というものがあります。

それは、

安心」して
自信」をもって
自由」に生きる権利

あなたの権利がとられそうになったら、なにができるかな?
いっしょに考えよう!

いじめられたら、どうしたらいいんだろう?

「いや!」って言ってもいいんだよ。
一人で言えないときだってあるよね。
そんな時は友達や先生にたのんでもいいんだ。
友達を助けるのって勇気がいるよね。
でも、みんなには、その力があるんだよ。

学校の帰り道「カバンもてよ!」っていわれたとき、どうする?
悪いことを誘われて、「誰にも言うなよ。やくそくだからな」って言われたら?

あなたの安心・自信・自由はどうなる?

安心できないヒミツは、守らなくてもいいんだ。
信じて助けてくれる大人は必ずいるから、
誰かに話してみよう!

大人に話すことは、「つげぐち」にならないよ。
相談することなんだから、安心して話してもいいんだよ。
今日教わったことをグループごとに話し合いました。

・いじめは絶対にやってはいけないことだということがわかりました
・自分は軽い気持ちで、いじめをやっているとは思わなくても、
 あいてにとって嫌だと思うことはしない方がいいと思いました。

など、たくさんの感想が聞かれました。


今日は、少し衝撃的な内容でしたが、
子どもたちにとって、生きるためには大切な知識だったと思います。

高学年の中には、一生懸命に私の言葉をメモに取っていた子がいました。
自分の感想や内容をキチンとまとめていた子もいました。
何かしら、感じていたのだと思います。

低学年の子は少し難しかったかもしれませんが、「いじめは悪いこと」ということだけわかればいいと思いました。
来年も同じことを聞けば、1年分だけの成長があるでしょうから、あえてわかるように噛み砕いて話はしませんでした。 



いじめについて、 医学的な観点でみた資料がありましたのでご紹介します。

人間の脳は、3つの層でできているそうです。

1番内側にあるのは、「呼吸をする」「物を食べる」 「眠る」ための脳です。
この脳が動かないと人間は生きていくことができません。
ヘビなどの爬虫類にもある脳なので、「ヘビの脳」と呼ばれています。

2番目には、喜んだり怒ったり悲しんだり楽しんだりするための脳があります。
動物にある脳なので「ネコの脳」と呼ばれています。
ここがうまく動かないと、泣いたり笑ったり怒ったりできなくなります。

そして、一番外側にあるのが「ヒトの脳」と呼ばれています。
この脳は人間だけにあり、覚えたり言葉を話したりするための脳です。
当然、生まれた時には情報がゼロです。

このように人間は、これら3つの部分がうまく動いてくれるから生きていくことができるのです。人をいじめるということは、この大切な脳のある部分を攻撃していることになるそうです。

「いじめ」はどの脳を攻撃していると思いますか?

実は、「いじめ」は「ヘビの脳」を攻撃しているのだそうです。
「ヘビの脳」は人間が生きるための大切な脳です。
ここを攻撃されると、生きていく力がだんだん弱くなっていくといわれます。

いじめられると、食欲が落ち、夜も眠れなくなってしまいます。
だから、悪口を言ったり、物をかくしたりすることは、その人の生きる力を奪っていることと同じなのです。


最近でも、いじめが原因とみられる中学生の自殺が報道されました。
子どもの不幸な報道を見聞きする度に、私たち大人の責任の重さを感じています。

いじめの問題は、大人の目の届かないところで起きています。
子ども一人ひとりが危機感を持って、いじめに対する正しい知識を身につけておかなければならないと思います。

正直、学校だけでは対応できない部分が多く、家庭や地域でもいじめを防止する活動を行うことが必要です。子どもたちの徳育は、学校の道徳の授業だけでは限界があるのではないかと感じています。

おおきなかぶでは徳育を目的に、毎年『心の授業』を行っています。
そうした地道な活動を通して、子どもの心が育つ取り組みを行ってきたことで、高学年にもなるとキチンとした自分の考えや意見をもって会話ができるようになっている子が多くなってきました。
それは、相手の立場に立って物事を考えられる力であり、生きるためのコミュニケーション能力です。

心が育つと、考える力が身につき、行動が変わります。
これは、社会に出た時に絶対的に必要な能力です。

これを大人になってから育てるのは、なかなか難しい。
小学生という子どもの時期だからこそ育てたいものです。

今後も、おおきなかぶ学童保育では、子どもたちの心を育てる活動を行って参ります。
保護者の皆様には、今後ともご理解とご協力をお願いいたします。


私はNPO法人や株式会社を起業して、今年で9年目になります。

ハッキリ言って、起業するのは簡単です。
1円から起業できる時代、やろうと思えば誰にでもできます。
事業は継続させるのが一番難しいのです。

創立当初は計画や目標を立ててやるですが、3年もするとやる気は失せていきます。
起業しても、10年後には1割しか残っていません。
あとの9割方は、倒産して潰れていくのが現状なのです。

起業を考えている人の中には、補助金がもらえるから起業するという方もいますが、補助金をあてにして起業するのはやめた方がいいでしょう。
実績のない企業に、行政が簡単に補助金を出すと思いますか?
自力で起業するくらいの覚悟もなく安易な考えで起業するから、資金繰りが難しくなるのです。

私は今でも志を高く持っていますが、現場の人は毎日コツコツと仕事をしています。大胆さと繊細さはセットで、それも何年もモチベーションを継続させなければ起業しても生き残れないのです。

事業を継続させるためには、3つのことが必要です。
1、マーケティング:お客様があなたから買うことの意義を明確にする
2、キャッシュフロー:買っていただいたお金をきちんと回収する
3、イノベーション:魅力を高め続ける


特に、お金の管理はキチンとしなければなりません。
経理は信頼できる人に頼むことが大切で、
信頼できなければ社長自らやればいいと思います。
任せっきりにするから、問題が起こるのです。

成功とは、継続の先にある結果のことです。
夢だけを追い求めるのとは違います。

まずは、今の自分の身の回りを整えて、
継続できる環境作りをしていくことが大切だと思います。

イネイブリングとは?
依存症者を手助けすることでかえって依存症の回復を遅らせてしまう周囲の人間の行為のことで、援助を依存症者におこなっている者がイネイブラー(支え手)と言います。

イネイブリングの関係は、夫婦、恋人、親子、友人、師弟関係などの人間関係があります。イネイブリングは世代や性別にかかわりなく起こりますが、男性よりも女性のほうに多く見られるといわれています。

女性は母性本能に加えて、家族の世話は女性の役割だという社会通念が、女性のイネイブリングの背景にあります。また昔から女性の多くは、自分に人生を切りひらく力があるとはあまり思わずに、むしろ人が自分を頼ってくれるように仕向けることで、伝統的な役割分担を乱すことなく他者をコントロールする力を得ているのだそうです。

私が気になるのは、母親のイネイブラーです。
依存症の子どもを手助けしている共依存の母親のことです。

依存症の子どもの治療が遅れる原因は、共依存の母親の存在があります。
まずは母親のイネイブリングを改める必要があるのです。

イネイブラーの母親は、自分のことに焦点があたっていない状態になっています。
例えば、自分の価値や行動や感じ方を、周囲の基準だけを頼りに判断する傾向にあります。自分がどう感じて何をしたいかではなく、周囲の期待に応えることだけに必死で、自分以外の人の問題を解決することにいつも一生懸命になっています。

自分を犠牲にしてまで一生懸命に人に手助けをしたり、予定があるのに人のことを優先させたりする人は、イネイブラーになりやすい傾向を持っているかもしれません。
 
イネイブラーの特徴は、犠牲者は自分のほうだと思い込んでいるところです。
しかし、誰かに依存されるという状態は、イネイブラー自らが選んだものに他なりません。どこかで弱々しい依存的な人に捉まってしまい、気が付いたらイネイブラーになっていたなどということはありえないからです。

これを子育てに当てはめた場合、『弱い存在である子どもは、母親である私が世話をしなければ生きていけない』と思い込んで、子どもが自分でできることでも世話をやいて育てた結果、子どもは精神自立できず問題が起こってきたとき(引きこもりや家庭内暴力、非行など)、「あの子のために、これだけ一生懸命やってあげたのに」と自分を犠牲者のように思うことです。

イネイブラーは誰かの世話をするように強制されたわけではありません。
労力を上回る報酬があるからこそ、イネイブラーの母親は子どもに尽くすのです。

この社会は「善人に見える人」を賞賛しますので、イネイブラーの母親の多くは「良い母親が賞賛される」と思っています。
それとは別に、子どもに尽くすことで自分自身の満足を得ている場合もあります。「子どものことを一生懸命に思っている自分が好き」又は、「自分を犠牲にしてまで人に尽くす方が居心地がいい」ためです。

イネイブリングというのは、育つ過程で身についてしまった生き方だといわれます。
子どもが社会性を持ち協調性のある大人になる過程で、多くの「よい子」が作られてしまうのです。子どものうちは言われたことをやり、周囲の欲求に自分を合わせたりすることでほめられるものです。よい子になることは、回りからの圧力に対処するために子どもが取り入れる、ありふれた手段です。

しかし、そのよい子というのは、親にとっての”都合のよい子”であって、必ずしも”心のよい子”ではありません。

また、依存症と共依存はセットになり、繰り返されます。
親が共依存なら子どもが依存症になり、
依存症の子どもが大人になると共依存の人を求める。
パートナーや結婚相手に依存症・共依存の人を選んでしまうのもそのためです。
これがイネイブリングの怖いところです。

人の欲求に答えて何らかの利益を得るという振る舞いは、大人になったときイネイブリングという習慣に引き継がれるという訳です。他者からの承認というご褒美を得るために行動するようになる『条件付きプラスストローク』を生んでいるといえます。

よい子は、常にほかの人のことを第一に考える習慣を身につけているので、いろんなことを我慢しています。フラストレーションやストレスが溜まっている状態です。
これが『インナーチャイルド』を生む原因となっているのです。

ワンダーチャイルド(素晴らしい子ども)は、自分の想像力や欲求のおもむくままにふるまうという、もっとも健全な喜びを求めます。喜怒哀楽もあり、天真爛漫な子どもらしい伸び伸びとした表情をしています。


私は母親である前に、一人の人間です。
ダメなところもあれば、できないところもあります。
いい母親になろうとしなくても、子どもに何かを期待しなくても、
お互いが自分らしく、イキイキと楽しく暮らしているだけで十分だと思っています。

いいところも、悪いところもひっくるめて自分。
自分をまるごと受け入れることが大切ですね。

子どものためだと思ったら、一度自分の子育てを振り返り、
自分と言う人間と向き合ってみることが必要ではないかと思います。


私は、エンカレッジ・ステーショ株式会社を7年前に起業しましたが、
今振り返ると、自分は起業に向いていたのだと思います。

起業する人は、これからも増えていくと思いますが、
『起業に向いている人』というのがあるので、ご紹介します。


 1、ゴミを拾うことのできる人
 (ゴミと思うか資源と思うか。環境整備を重視できる)
  
 2、家具を組み立てることができる人
 (構造を理解し、出来上がった形が想像できて、順序立てて組み立てられる)

 3、根拠のない自信がある人
 (理由がないと自信が持てないのは、本物の自信ではない)

 4、おおらかであって、繊細な人
 (全体も、詳細も、どちらも見て気づくことができる)

 5、独創性がある人
 (オリジナリティを持っている)

 6、孤独耐性が高い人
 (孤独であっても、孤独だと感じない)

 7、粘り強い人
 (自分がいいと決めたことは、最後までやり通すことができる)

 8、こだわりがあって、こだわらない
 (重要だと思うことには徹底的にこだわり、そうでない部分はあまりこだわらない)

 9、お金にシビア
 (資金管理が徹底してできる)

10、楽観的で感情豊かな人
 (物事を前向きに捉えることができ、感情表現が豊かな人に人は魅力を感じる)
 
11、好奇心旺盛で、疑問を持つ人
 (何事にも興味を持ち、「どうしてだろう?」「なぜ?」と疑問を持ってみることができる)

12、人間味のある人
 (理論も大切だが、どこか人間味のある人というのは応援したくなる)


・起業する目的は?
・短期と長期の目標は?
・具体的にどう行動するのか?

自分の中で設計図を描き、それを具体化させるプロセスを楽しめる人でなければ、
起業を成功させることはなかなか難しいでしょう。

起業する人は、リーダーシップを発揮して、
目標に向かって、みんなをグイグイ引っ張っていく力も必要ですね。

自分の子どものことを言うのもなんですが、
うちの息子たちは小さい頃から運動神経が良かったんです。

特に末っ子の二男は、生後9か月で歩き出し、1歳半でジャングルジムに登り、3歳で補助なしの自転車に乗っていました。
スイミングも習ったことはありませんが、父親と市営プールで遊びながら泳いでいたので、小学校にあがる頃には25mプールをクロールで泳げるようになりました。

生まれつきのものもあるとは思いますが、
実は私、子どもに『スモールステップ法』をやっていたんです。

スモールステップ法とは、
最初から高い目標を目指すのではなく、小さな目標を達成する体験を積み重ねながら、最終目標に近づいていくという技法です。


息子たちは、外で遊んだり、虫取りをしたり、運動で身体を動かすことが大好きでした。興味のあることや好きなことならやる気が出ます。
私がやったことは、子どもをよく観察し、何に興味があるかアンテナを張ったことです。
身体を動かすことが好きだから、運動できる環境を作ってやり、
虫が好きだったので、生き物図鑑を図書館で借りてやり、
昆虫を捕まえに林などに連れていったりしました。

以前住んでいた所沢市は、近くにトトロの森や少し足を伸ばせば秩父の森などもあり、子どもたちには絶好の遊び場でした。そんな環境で育ったせいか、今でも生き物が好きだったり、身体を動かす仕事や運動系の部活についています。

女の子たちも同じです。
長女はピアノが好きで、小さい頃から幼稚園の先生になりたいと言っていましたので望むようにさせました。
二女は絵や工作が得意だったので、インテリア関係の専門学校に行きたいと言い、設計の仕事に就きました。

親ができることは、子どものやりたいと思う気持ちを伸ばしてやるだけなんですね。


なんでもそうですが、いきなりゴールを目指すからやる気が失せるんです。
高い目標を立てるから、無理だと諦めてしまうんですね。

ですから、ちょっと頑張ればできそうな手の届く目標を与えます。
ちょっとずつですができることを増やしていくと、数か月後、1年後には随分できることが結果として増えてきたということです。
結果を先に期待するのではなく、結果は後でついてくるという考え方です。


親って、すごく欲張りなんです。(私も以前はそうでしたが…
生まれる前には、「五体満足で生まれてきてくれればいい」と思っていたのに、
1・2年もすると、歩くのが遅い、離乳食がすすまない、おむつがとれないなど、
あれができない、これができないと言っています。
3歳を過ぎるころには、あれもこれもと子どもにやらせたがります。

小学1年生でも、毎日塾や習い事で追われている子がいますね。
それも難しい問題や課題をやっているものですから、全くやる気がない。

それに、やらせる量が多すぎます。
遊ぶ時間を削って、かなりがんばってやらないとできない量です。
時間的に苦しくなるから「やれない、無理」と思い込んでしまっています。
中には、学校の授業中に寝てしまう子もいるくらいです。
これでは、本末転倒ですね。

子どもの学習意欲を引き出すにはコツがあります。
いきなり難しい内容に入らず、興味が引くように易しい内容から始めて少しずつ小刻みに難しくしていくことで自信がついて「できる」になっていくものです。
それと、ただ単に量をやらせるよりも、動機づけの方がやる気を起こすためには重要なのです。

“スモールステップ”とは、文字通り、“小さな階段”です。
スモールステップによって、小さな成功体験を積み重ねるのです。

人は、この行動をすればよい結果が得られると信じて、このくらいならできそうだと感じる(自信がある)時に、やる気が出て行動すると言われています。ですから、難しい問題をやらせるよりも、少し易しめの問題をさせて成功体験を増やす方がいいのです。
しかし、いきなり難しい問題や目標設定が高すぎるとやる気を損ないます。
子どもには特に、達成しやすい目標設定をすることが大切です。

これも、1~2回やっただけでは力にはなりません。
繰り返し、少しずつ、コツコツと、小さい目標を達成させれば、いずれは大きな目標が叶うことでしょう。

これは、お父さんたちのビジネスも同じかな?
私自身も、目標達成のためにスモールステップ法を使って起業しました。

たくさんの成功体験がある人は、自信がつきます。
自信がつけば、意欲にも、熱意にも繋がりますね。

あなたの子育てに”スモールステップ法”を取り入れてみられてはいかがでしょうか