昨日は、子育て支援センターすくすくクラブが、大網白里市中央公民館で出張保育を行いました。最近は、どこでオープンルームをしてもたくさんの親子さんが参加してくれるようになりました。

昨日は広いスペースがあったので、小さい子たちが伸び伸び遊んでいました。その間、ママたちは他のママや保育者たちと和気あいあいとおしゃべりする姿も見られて、やっぱり家にいて独りで子育てするよりも、こうやって集団で子育てする方が親も子も育ち方が違うな、と思いながら見ていました。


集団生活を通して、同年齢・異年齢の子どもたちと付き合うことは、子どもにとって大事なことです。日々、子どもは他人とどのようにしたらよい人間関係をつくることができるかを学習しています。大きくなって、他人とのよい人間関係を築ける人は幸せな人生になることでしょう。その基本になる心根やコミュニケーション能力などを小さい時から身につけさせるのはとても重要なことですね。
コミュニケーション能力の発達は、幼児期から学童期(小学3年生位)までに、どのくらい友達と思いっきり遊んだかによるといわれるくらい、遊びって大事なんですよ。

乳幼児期は親子のふれあいをたっぷりと。
土台となる”親子の絆”をつくっておいてほしいですね。

小学生になったら、子ども同士でひとつの遊び(鬼ごっこ、カルタ、トランプ、ごっこ遊びなど)を思いっきりやることで、ルールをおぼえたり、自我のコントロールができてきます。
また、集団遊びでは必ずと言っていいほど、ケンカが起こります。いじめられたり、いじめたり、悪知恵が働いたり、トラブルが起こってくるでしょう。
こんなとき、大人はすぐにケンカやいたずらをやめさせようとしますが、子どもは小さいトラブルを繰り返しながら仲良く遊ぶ方法を学習しています。大人がすぐに入ってケンカを止めたのでは、子どもたちのせっかくの学習の機会を取り上げてしまうことになるでしょう。

大人の世界があるように、子どもの世界もあります。
大人が子どもの世界に出しゃばって干渉し過ぎると、子どもは未完了のままケンカが終了してしまうことになり、もやもやが後に残ります。ケンカは納得し完了させなければ、ケンカのやり方を覚えるどころか、また同じことを繰り返すことになるでしょう。

また、遊びを思いっきりした子どもは、充実感・達成感があり心が満たされます。
情緒も安定してくるでしょう。

そして、将来子どもが大人になったときに、集団生活の中から人を助け・助けられ、生き方を他人から学んでいくのだと思います。

人は人の中で育つのです。
子どもは異年齢の人の中で、皆で楽しみながら育てましょう。

昨日、スタッフが子育て関連(O業)の研修会に参加した時の報告をくれました。
親が子どもの話を最後まで聴く”傾聴”を学んだそうです。

周りは幼児のママさんたちが多く、講師の先生の上手な話に引き込まれていったようでした。

しかし…
私は疑問に思います。

幼児のママたちがこのスキルを使えるかな?
夕方の忙しい時間帯に3歳児の話を目を見て最後まで聴くことって、なかなかできるものじゃありません。

実際に、O業(結構なお値段です)を受けている人が、何人も悩み相談に来られているのはどうしてかしら…と思います。

子育てに悩みがあるから学んだのに、学んだことが実践できないので、以前よりもっと悩むことになる。

子どもの話を最後まで聴くことさえ、実際には難しいですよ。
子育てに悩みがあるのはママの性格や自身に問題があったり、子育て以外にもママ友の関係で悩んでいたり、子育てに自信がなかったり、一口に子育て中の親御さんと言っても、様々な背景があります。
ストレスがいっぱい、不安がいっぱいで頭がパンクしそうな人に「もっと話を聴きなさい」と言われても、できないのが現状でしょう。

それなのに、「できない自分はダメな母親だ」と益々自信を無くしていく人が現実にいるということを、講師や先生と言われる立場の人は知らなければなりません。

現実には、スキルが使えるレベルの人と、そうでない人がいるのです。

できないと思う人には、「聴く」ことを教える前に、不安や悩みをこちらが聴いてあげることが先です。悩みでいっぱいの頭をスッキリさせてあげることをしなければ、新しい知識も入ってはいけないのではないでしょうか?
子どもの話を傾聴することも、心に余裕がなければできませんよね?

もう一つ、ママたちにできるかな?と思うことがあります。
仮に、小学生の我が子の話を最後まで聴いて、それをどう処理していくのかが問題だなと感じました。

幼児や学童の母親というのは、我が子の話を真に受けやすいのです。
親としてもまだ未熟なんだと思います。
未熟な母親が、我が子の話を真に受け、すぐに学校や幼稚園、相手の保護者に電話をかけて子どもの援護射撃をする人がいます。

事実や背景は、様々な視点から検証していかなければなりませんが、感情的になると先が見えなくなってしまうのです。

反対に、言えずに我慢する人がいますね。
悶々とする中で、どう処理していくのでしょうか?


確かに、傾聴することは大切なことです。
私もコーチングを10年以上やっていますし、セミナー講師もやっています。
ですが、私がいつも言うことは、
「一つの方法として、自分にあうものをチョイスすればいいですよ」ということです。
そう、これが全てではないのです。
様々な選択肢を持つこと。
他にも色んな考え方や方法があると思うことが大切です。


私の一番の疑問は、
我が子の話をよく聴いて、親子関係も良好な家庭のお子さんに、
不登校やニートが多いのはどうして?

何が良くて、何が悪いのかなんて、わからないものです。

昨日、久しぶりに昼寝をしたら…夢を見ました。

大きな家の長い学校のような廊下を自分の部屋に向かって歩いていくのですが、
その途中でいろんな人がいて、いろんな障害物があるんです。
その都度クリアしていかなければならないので、なかなか自分の部屋に辿り着かない。

…というような夢でした。
時々、同じような夢を見ます。

きっと、私は今、何かにとらわれているのでしょう。

松下幸之助翁は、『とらわれない心になることが大事だ』と教えてくださっています。
「行きづまっても行きづまらない、困っても困らない、無理だと思えば無理」本当にそうですね。何かにとらわれているから、自分の望むようにならないのかもしれません。


私は、自分の心が乱れるのが一番嫌いです。
気が短いので、すぐにイライラしてしまう自分が嫌なのです。
自分自身のことであれ、他人のことであれ、マイナスの感情を少しでも持ちたくないと思っているので、瞑想しようとします。

本当は私のような人間は、神様や仏様にお仕えした方がいい人間ではないかと自分では思っています。齢を取ったら、出家したいという気持ちも心のどこかに持っています。

20代の頃、奈良の宗教施設の修養科で3か月間を過ごしたことがありました。
一心不乱で修行に励み、瞑想し、心が洗われていくのが心地よかった。
また、あの感覚に戻りたいとどこかで思っているのかもしれません。

世の中は試練ばかりですね。
日々の生活が修行であって、神様の修行の方が楽になれるのでしょう。

今は、愛犬といる時が一番安らぎます。

先日、あるママさんが、小さいお子さんにしきりに「おかたづけをしなさい」と言っていました。

そう言えば、私が小さかった時には、今ほど親に「おかたづけをしなさい」と言われたことがなかったな、とフッと子どもの頃を思い出しました。

そう、おもちゃが家になかったんです。
家には、お気に入りのお人形が一体あっただけでした。

遊びと言えば、もっぱら外遊び。
公園で鬼ごっこやかくれんぼをしたり、田んぼでお花摘みや秘密基地遊び、堤防で草すべりなどをして遊んでいました。
お砂場でもおもちゃのスコップはありませんから手や木切れで砂を掘って、お山や人魚姫などいろんなものを作っていました。
おままごとも、公園の隅に生えている草を採ってきて料理したり、食器の代わりに木切れや石を拾ってきて使っていました。

おもちゃはなかったけれど、工夫し想像力を働かせて集中して遊んでいました。
そのせいか、今でも何がなくても代用できないかと考えたりして応用できます。

今はおもちゃが家にいっぱいありますね。
すぐに飽きてしまって、また新しいおもちゃを買い与えたり、じぃじやばぁばにおねだりして買ってもらうものだから、部屋中に物が溢れています。
これでは、常におかたづけをしなければなりません。


でも、ちょっとまって?!
ママさんたち、”おかたづけ”の意味を整理整頓だと思っていませんか?

幼児にとって、おかたづけとは「もう終わりだよ」という意味なんですよ。
ですから、幼児に四六時中「おかたづけをしなさい」というのは間違いで、次の行動をするためにおもちゃを終うのが”おかたづけ”なんです。

整理整頓させたいのであれば、おもちゃはなるべく少なくすることです。
集中して遊ばせたいのであればなおさらです。
そして、「つまんない」という子どもの言葉に振り回されて、楽しくさせようとあれもこれも与えないことです。それをやっていると、やってもらうのが当たり前になって、遊びまでも親が考えてあげなければならなくなってしまいます。

「つまんない」という子には、「つまんないのね」とオウム返しします。
「つまんないから○○しようよ」と言われれば、受答えをすればいいのです。
一番やってはいけないことは、あれする?これする?と誘ったりしないこと。
「つまんない」というのは、言えば大人が何とかしてくれると思っているからです。


おかたづけで遊びを終わらせることは、物事の区切りを教えることです。
上手く終わらせることを教えることは、メリハリのある生活力を身につけさせることに繋がるのだと思います。

終わりを教えることって、とても大切なんですね。

9月16日の夕方、
小学生の暴力行為 1万1000件超で最多に』 という、子育て世代にはショッキングなニュースがありました。

教員や同級生などに対する小学生の暴力行為が昨年度、1万1000件を超え、これまでで最も多くなったことが文部科学省の調査で分かったそうです。

・・・
教員や同級生に暴力を振るったり、物を壊したりといった「暴力行為」は昨年度、小学校で1万1468件、中学校で3万5683件、高校で7091件でした。
中高生の暴力行為はここ数年、減少傾向にありますが、小学生では平成22年度から増え続け、調査を始めた平成9年度以降で最も多くなりました。
このうち、同級生をたたいたり蹴ったりといった子ども間での暴力行為は7113件、担任に物を投げつけるなどの教員に対するものが2151件、校舎の窓ガラスを割るなど器物損壊が1997件となっています。
暴力行為をした小学生の人数を学年別に見ますと、6年生が最も多く3割を占めていますが、増加幅は低学年ほど大きく、1年生はこのデータを取り始めた平成18年度に比べて5倍に増えています。


これは、学童保育の現場でも同じことが起こっています。
ここ数年、落着きがない子、すぐにカッとなる子、児童同士のケンカが増えてきました。
原因はいろいろあると思いますが、男女とも自律(自分をコントロールする)が難しくなっているようです。

特に男の子は、エネルギーが有り余っているようです。
学校に行っても発散できていないようで、先生たちは、学童保育施設に帰ってきても室内を走り回ったり大声を出したりする子どもたちの対応で大変です。

そこで、おおきなかぶ学童保育では、レスリングを取り入れることにしました。
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レスリングは格闘技ですが、私自身、息子二人を育てた経験から男の子には格闘技は必要だと感じています。男の子は、勝ち負けにこだわる傾向があるので、すぐにケンカに発展してしまうからです。ケンカにはルールがないので、ケガをする恐れがあります。

レスリングはケンカの代わりなのです。
でも、レスリングはスポーツなのでルールがあります。
ルールを守ることで安全に思う存分、ケンカをすることができるというわけです。

レスリングが男の子に有効な訳は、身体づくりができ、礼儀が身につくことです。
始める前には必ず礼をします。
勝利した相手を讃えることも、悔しさも経験できます。
強くなろうと頑張って、技の取得や研究もできます。

そして、学童保育でレスリングを取り入れる最大の目的は、ストレス発散です。

女の子と男の子は育て方が違うように、ストレス発散方法も違います。
女の子はしゃべってストレス発散するのに対して、男の子は身体を動かして発散します。
ですから、運動できなかった日は大変です。
じっとしていられないのです。

学校でのストレスがあると、学童保育で暴れて大変です。
ですから、十分に体を動かせるスポーツがとても有効なのです。

実際に、公園で思いっきり遊んだあとやスポーツをした後は、部屋で静かに過ごしています。
レスリングは公園のように広いスペースもいらないし、道具もいりません。
マットあれば狭いスペースでも運動ができるという訳です。

小学校、学童保育関係者の方は、是非、レスリングを取り入れてみてはいかがでしょうか。

男の子の育て方は、ママセミナーでも人気のテーマですが、女の子の育て方と男の子の育て方をわからないで育てているママたちがとても多いことに驚いています。

女の子は、元々母性を持って生まれてくるので、黙っていても女として育つものです。
しかし、男の子は、そういうものがなく生まれてくるため、男としての訓練をしなければ男にはなれない部分があります。男の子は、小さいうちから男になるための訓練をしなければならないということです。

ほめ方・叱り方も、男の子と女の子では違います。
いけない事をした時、男の子の場合は少し強めに叱ります。
精神的に強くするためです。
(叱りっぱなしではなく、叱った後はちゃんとフォローしてくださいね)

体育会系と言えばイメージしやすいでしょうか。

今のお母さんたちを見ていると、息子にやさしくて心配性の人が多いですね。
ケガをしないか、心が傷つかないか、忘れ物をしないかと心配しています。

しかし、将来、子どもは一人で社会に出て行かなくてはなりません。
親が代わりにやってあげることはできないのですから、子どものうちから、少々のケガは男の子にはつきもの、心が傷ついてみるのもよし、忘れ物をするのも経験です。

そうなった時に、どんな気持ちになるか?
そうならないためには、どうすればいいか?
を子ども自身に考えさせることが必要なのです。

将来、子どもは社会に出ていくことになりますが、体育会系的な価値観の者は「礼儀正しい」、「強い精神力がある」、「目上の者を立てる」などの好印象を持たれることが多く、古くから企業の構成員として好まれ、採用されてきた背景があります。

男の子は精神鍛錬や体力作り、ストレス発散のために、できるだけスポーツをさせましょう。


日本のニート・フリーターの人口は、500万人ともいわれます。
少年犯罪、引きこもり、ネット難民の大半が男だということをご存知でしょうか?
男の子を育てている親たちは、そのあたりも頭に入れて育てる必要があります。

なぜ、男の子は問題行為が多いのでしょうか?

一般に子育てにおいて、男の子は育てにくいと言われます。
二男二女の我が子の子育てでも感じました。

女の子は、子どもを生むようにできているので、元々強いのでしょう。
その反対に男の子はナイーブです。すぐに心が傷つきます。
母親からしたら、面倒くさいと思うことが多いかも…。

気持ちの切り替えが上手いのも女の人が多いですね。
出産の痛みをいつまでも覚えていたら、次の出産なんてできません。
だから、女はすぐに忘れるようにできているのかも。

しかし、男は違います。
集中して覚える性質を持っているので、意外と忘れないようです。
後を引くのも男の方が多いかも。ストーカーも男が多いです。
結婚記念日とか、特別な日を覚えている人も多いですね。

男の子は将来、妻と子どもを守る一家の主になる役目があります。
特に長男は、家を継ぐ役目がありますね。
現代では、そんなことはあまり言われなくなりましたが、昔は長男と二男とでは、格差があったのです。ですから、長男は『立つ』ように育てられました。

現代を見ると、長男が立たない家が多いです。
長男が立たないということは、その家がその代で終わってしまうということにもなりかねません。人の命は、先祖の何千人・何万人の命のつなぎです。
その先祖の命のつなぎが切れるということです。

長男を男らしく育てることが難しい現代では、もはや母親の出番は小学校まで。
中学生になったら人様に育ててもらうつもりで、出しゃばらないこと。

母親が子どもや教育に過剰に熱心だと、なぜか子どもはうまく育たないようです。
子どもの気持ちよりも、知らず知らずに母親の気持ちを押し付けているのかもしれません。

高校生以降の母親の役目は、頭を下げることとお金を出すことくらいかな。
手出し口出ししなくてもよくなるように、16歳までには自立できるように育てましょう。


そして、二男は兄を慕うように育てます。
優先順位も長男が先です。

手がかかるからと下の子ばかりに目がいくと、上の子がちゃんと育ちません。
上の子の気持ちを十分にくんであげることです。
上の子をきちんと育てたら、下の子はついてくるものですよ。

長男は特に、役に立つ喜びを覚えさせてください。
それは、将来、家長として必要な心の土台になります。

長男をちゃんと育てられれば、将来、家系が末広がりになり、
日本は繁栄・安泰になるのではないかと思います。

本日、我が家の長男が、
無事に消防学校初任科第160期を卒業しました。

9月11日に行われた実科査閲訓練は、
目を見張るものばかりで感動しました。
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4月に入校した頃は、まだまだ高校生の雰囲気だったのが、
半年の訓練を終えると、随分逞しくなりました。


本日、128人の卒業生と共に無事に卒業できたこと、
本当に皆様のお蔭だと感謝しています。

立派な卒業式でした。
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明日からは、S消防署に勤務です。
夜は、活動服に自分でアイロンをかけて、
明日の準備をしていました。

S消防署の皆様、お世話になります。
今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。

反抗期の子どもというのは、わざわざ親の感情を逆なでするようなことを言ったりしますね。
その言葉に振り回されたり、過剰に反応していては、子どもの思うツボ

子どもの本心ではないことを鵜呑みにしたり真に受けず、小さいことでは動じない姿勢でいることが大切です。子どもと一緒にうろたえている親よりも、動じない親の方が子どもは楽なのですから。


小さなことには、「どっちでもいいわ」の心のゆとりを持つ

今しか見えなかったらイライラすることも、長い目で見ればどっちでもいいことってありますね。小さなこと、どちらでもいいようなことは、子どもに決めさせましょう。決めさせたら、最後まで任せることです。任せられないからイライラするのかもしれませんが、小さなことは結果を求めず見守る姿勢でいた方がイライラもしなくなります。

心が乱れることは極力避ける

心が乱れることが続くと、エネルギーが落ちてきます。
自分が放つ波動の質も低下してくるので、起こってくる出来事も肯定できないことが起こるようです。ですから、極力心が乱れるようなことは避けるようにして、自分のエネルギーを落とさない努力をするようにしましょう。


人生の中で、今起こる出来事は一瞬の幻かもしれません。
限られた時間を余計なことで気を取られていたのでは、本当にもったいない!
生き甲斐を感じること、充実している、楽しい、嬉しいと思うことに時間を使ってほしいと思います。

幸せは、心の安定や安心から生まれてくるのかもしれませんね

私たちが普段、何気なく使っている『言葉』には、とても大きな力があります。

否定的な言葉を多く使う人は、脳にマイナスのイメージをインプットさせてしまいます。
反対に肯定的な言葉を多く使う人は、プラスのイメージを脳に持たせます。

これは「脳の勘違いシステム」と言って、私たちの脳は常に勘違いを起こしているのです。
何をイメージするかで脳の勘違いシステムが働いて、現実化しやすくなります。

例えば、レモンをかじるところを想像すると、本当に唾液が出てきますね。
好きな人のことを思い浮かべると、心臓がドキドキしたり、
怖い場面を思い出すと、背筋がゾッとしたりします。
これは全て、脳の勘違いシステムから現実化したものなのだそうです。

いいことも悪いことも言葉にしたら、その言葉に叶うように脳が反応して身体がそのように働くということです。ですから、口癖も要注意です。「どうせ、ダメだ」と言えば、ダメになる確率は高くなります。「大丈夫!」と言えば、本当に大丈夫になるかもしれませんね。

心配性の人は、心配というマイナスの出来事をすでに自分の脳にインプットしてしまうため、本当に心配したことが現実化することが多々あるようです。「やっぱり、私が心配したとおりになった」と不安を回避したように思われる方がいらっしゃるようですが、本当は逆で、‘心配したからそうなった‘ということもあるのです。
不安や心配を言えばいうほど、そうなりやすいとも言えます。

言葉は、意識の方向を決定し、現実も変化させてしまうほど
大きなパワーがあるかもしれませんね。

この『言葉のパワー』を利用して、自分自身にも活用するようにします。
自分自身に語りかけるときや「こうしたい」と思うときには、常に肯定的に「できる」と言葉に出し、成功したところをイメージしてみてください。きっと可能性が引き出され、本当に「できる」になっていくことと思います。

I can do it!!

質の高い人間関係を築くための会話とは、目的を持った会話である

目的とは、問題について深く話し合うことであったり、チャンスを掴むことであったりするといいます。
明確な目的のない会話は、同じところをグルグル回るだけで終わってしまったり、質問する側が望まない方向へ行ったりします。そんな会話をした経験はありませんか?
目的がない会話は、相手を疲れさせてしまうこともあります。

悪くすると、会話を交わしている人たちとの人間関係すら終わらせてしまうことだってあるかもしれません。ネガティブな会話が持ち上がってきたり、会話がネガティブな方向へ行ってしまう可能性もありうるからです。

会話に難しい話し方の技術はあまり必要ありません。
会話の基本は、『聴くこと』だからです。

必要なのは、「良い話し方」ではなく、「良い聴き方」なのです。
聴くときに必要な態度と質問の仕方が良い会話になります。

・関心を持って、相手の話を聴く
・相手の方を向き、目を見て、うなずき、相槌をしながら聴く
これを心がけて、相手の話を聴きましょう。

聴くことができたら、質問をしてみましょう。
オープン・クエスチョンを使って会話をすると内容が詳しく伝わります。

オープン・クエスチョンは、5W1Hと呼ばれる疑問詞によってつくられます。
「what(何、どんな)」「why(なぜ、どうして)」「who(誰)」「when(いつ)」「where(どこで)」「how(どうやって)」
それらは、その役割の違いによって、2つのグループに分けることができます。

一つ目は、
「what(何、どんな)」「why(なぜ、どうして)」「how(どうやって)」です。
これらは発見の疑問詞と呼ばれます。
2つ目は、
「who(誰)」「when(いつ)」「where(どこで)」です。
これは行動計画を立てるための疑問詞と呼ばれます。

発見の疑問詞は、主に会話の最初や中間で使われるのに対して、行動計画を立てるための疑問詞は、主に会話の最後に登場します。
会話というものは、ひとつの問題に焦点を当て、その輪郭をはっきりさせると同時に発展させ、次にどんな行動をするかを決めて終わるのが理想的です。
そしてその次に、お互いが会うまでにその問題をさらに発展させて、質の高い関係を築いていきます。

キーワードは、
「誰が」「いつ」「どこで」その行動を起こすか
次に「いつ」「どこで」会うか


会話力を高め、質の良い人間関係を築いていきましょう。


経営の最大課題の一つが、『人材育成』です。

・営業利益を達成できるか
・売上げを達成できるか
・粗利を達成できるか
・仕入れをコントロールできるか
・経費をコントロールできるか

これがリーダーとしての仕事であり責任です。
そんな責任感のあるリーダーを育てるのが、トップの努めなのだと思います。

私はいつも後回しにはしません。
人材育成も
・現場で
・現物で
・具体的に
・一対一で
・リアルに
やり続けることが大切だと思っています。
利益→経費→粗利→売上の中で、一対一で育成していくこと。

そのためには、しっかりと部下の話を聴いた上で、
経営指針とやり方を伝えていくことが大切で、
チーム全体が同じ方向性を持ってすすんでいくことに集中しています。

部下を優秀な人材に育てるためには、その人の能力を最大限に発揮できるよう可能性を引き出すやり方でないと、きっと形ばかりの人材育成になってしまうのでしょう。
それではあまり意味がありません。

可能性とやる気を引き出すことができたら、きっとその人は戦力になります。

優秀な人材をどんどん育てられる会社にしたいですね。

9月4日~10日まで、
淑徳大学、千葉経済大学の3年生3名が、インターンシップ実習生として、おおきなかぶ学童保育ありんこ親子保育園、子育て支援センターすくすくクラブに入りました。

5日間という短い時間ですが、宜しくお願いします

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Yさんは保育士、Oさんは養護教諭、Iさんは企業が経営する学童保育支援員になりたいそうです。

今年の学生さんは、とても優秀なんでビックリしました。
自分の考えをしっかり持っていて、自分が役に立てるように子どもたちや親御さんに支援をしたいそうです。

こういう若い人の育成を手掛けるのって、とてもワクワクします。
たくさんいろんなことを経験させてあげたいし、
保育のコツや社会人としての心構えも教えてあげたいと思います。

「目がキラキラしてまぶしい」という現場の先生たちからの声…

こんな優秀な学生さんたちを採用できる企業になれるように、
私も頑張りたいと思います

幸せの感じ方って人それぞれですが、
その原因の一つに、セロトニンの量が関係しているそうです。

セロトニンとは、『ノルアドレナリン』や『ドーパミン』と並んで、体内で特に重要な役割を果たしている三大神経伝達物質の一つ。
セロトニンは人間の精神面に大きな影響与え、心身の安定や心の安らぎなどにも関与することから、オキシトシンとともに『幸せホルモン』とも呼ばれています。

セロトニンは、ノルアドレナリンやドーパミンの暴走を抑え、心のバランスを整える作用のある伝達物質で、セロトニンが不足すると精神のバランスが崩れて、暴力的(キレる)になったり、うつ病や不眠症などの精神疾患に陥りやすいと言われています。

セロトニンが多く分泌されている状態だと、「他人との結びつきを求めたり」「幸福感」を感じられ、少ないと「不安」になったり「うつ病」の原因にもなるそうです。「過敏性腸症候群」:慢性的な下痢や便秘などの便通異常を伴う腹痛や腹部の不快感が繰り返される疾患などの症状にもセロトニンが関連しているとも考えられており、腸などの消化管の働きに作用していると考えられています。

前に、便秘気味の人はうつになりやすいと聞いたことがあります。
あながち、精神的なものと胃腸の関係は嘘ではなさそうですね。


セロトニンを増やす方法は?

意外な方法で改善できるそうですよ。
日中活動して、日光を適度に浴びることだそうです。それは、セロトニン神経の活動には、日光が大きく影響しているからです。

子ども達が長時間ゲームをやり続けるという習慣などは、セロトニン神経が弱体化しやすくするので、子どもの頃は外遊びをたくさんしてほしいですね。

夜型の人は朝の光を浴びることがないので、セロトニンが不足してきます。
もしかすると、引きこもりや不登校の原因の一つになっているかもしれません。

夜はなるべく早く寝るようにして、朝の光を浴びるようにしましょう。
早寝早起きの習慣は、幸せになるための方法でもあるんですね。

~参考:セロトニンを増やす方法

うちは子どもが4人いるので、小さい頃は兄弟ゲンカは日常茶飯事でした。
保育園や学童保育の子どもたちも、おもちゃの取り合いや思い道理にいかないなどでしょっちゅうケンカしています。

でも、子どもが2~3日ずっとケンカをしたままというところは見たことがありません。
ケンカをしても5分もすれば他のことに話題が移っていたり、今泣いたカラスがどこへやら~です。

しかし、これが大人のケンカとなると、ずっと引きずります。
一度本気でイヤになってケンカした人とは、元に戻るのは至難の業…。
縁が切れてしまいます。

どうして大人になると、上手にケンカができなくなってしまうのでしょう?
子ども時代には、ケンカは当たり前だったのに…。

きっと大人はしがらみが大きくて強いからですね。
相手に渡したくないもの、手放したくないもの、見栄や体裁、立場、プライドなどがあるからです。たくさんのしがらみが、「縁を切る」ことで保たれているのかもしれません。

でも、子どもの頃は、ケンカ両成敗だって言われました。
「叩いた方も悪い。おもちゃを貸してって言わないで取り上げた方も悪い。お互いにどっちも悪いのよ」と先生や親に諭されました。
「ケンカしたら何ていうの?」
というと「ごめんね…」と子どもはすぐに謝ります。
すると「いいよ」って、すぐに許してくれます。
だから、何事もなかったかのようにまた一緒に遊べるのですね。

子どもは、単純だからいい。
自分が悪いと思ったら、すぐに謝る純粋さと素直さがあります。
それが大人になるといつの間にか複雑になり、素直に謝る純粋さと素直さがなくなっていくのでしょう。

大人になると、子どもの頃の心を忘れてしまって、
本当に大事なものを見失ってしまうことが多いですね。

素直さとしがらみ、どちらが自分にとって大事なものか、
一度立ち止まって、ゆっくり考えてみてもいいかもしれません。

子どもから学ぶことって、まだまだたくさんありますね。

あなたは、コツコツ貯金してきた大切な財産を半分、
恵まれない人や困っている人たちに寄付することができますか?

自分の大切なものを半分、人に分け与えるというのはとても難しいことですね。

小さい子どもが、自分の大好きなお菓子や食べ物を半分に分けて、自分よりも小さい子に分け与えるということが、どれだけ難しいことなのかお分かりになるでしょうか?

「分け与える」ことのできる子どもというのは、精神レベルの高い子なんだそうです。

子どもが、兄弟やお友達に分けてあげているところを見ると微笑ましくなりますね。

子どもというのは、自分勝手で自分中心なもの考え方をして、欲しいものがあると泣いてでもねだるものですから、分け与えられる子どもというのは、親御さんや保育者が分けることを教えられてこられたのだと思います。

成長とともに、精神も成長するので、自分が欲しいと思う物よりも大切なものがあることを知ったり、我慢することを覚えます。分け与えられるということは、相手の気持ちを感じる力があるということで、『利他の心』の芽生えなんですね。

大人は、損得勘定がありますから、自分が損をすることはあまり考えません。でも、子どもはまだ損得勘定は発達していませんから、利他の心を育てるのにいい時期かもしれません。

私は我が子たちが小さい頃から、『分ける』ということをさせてきました。
1個のものをみんなで分けるのです。
パン、果物、ケーキなど、どうしても数が足りない時には、「どうすればいい?」と聞くと「分ける」と答えていました。

兄弟ですから、遠慮なくケンカします。
大きさが違うと文句を言ったりしましたが、結局は兄弟の中で折り合いをつけるのです。
決して、独り占めして食べたりはしませんでした。

ひとりっこは、兄弟で分けることができませんから、お父さん、お母さんや、おじいちゃん、おばあちゃんと分けたり、お友達と分けることを意識してあげるといいですね。

また、ふたりで分けるのは簡単ですが、3人以上となると難しいものです。
計算しなければなりません。
個数が多い物、ビスケット、飴、チョコレートなど、10個あるものを3人で分けると、1個あまります。余ったものはどうするかを考えさせることもいい勉強です。

今、分けることを学んでこなかった人が多いように感じます。
兄弟の数も少ないので、大事に大事に育てられている子どもが多く、
欲しいものがあればすぐに手に入る環境があるからかもしれません。
分けることをしなくてもいい環境で育っているのです。

そのような環境で育った人は、大きくなってからも分け与えることを思いつきもしない。
自分中心で物事を考え、育つ過程で身についた損得勘定が価値観になってしまいます。

人は徳を持たないと後で苦労します。
自分のものを人に分け与えることは、損ではないということも、
子どもの頃からの徳育で学ぶことではないでしょうか。

是非、子どもは分けることを教えてほしいなと思います。