目は口ほどにものを言う

目つきは、口で話すのと同じくらい気持ちを相手に伝えることができるといいます。

私たちは、自分では気づかないうちに、視線から相手に感じ取られているのかもしれません。
例えば、視線を左右に動かすとき、自分の利き腕の方(つまり右利きなら右の方)に、ジロッと目を向けると目がきつく見えます。不思議なことに、その逆だと、きつくは見えません。人は、利き腕の方で攻撃をするからだと考えられているからだそうです。このような視線では、相手は攻撃されているように感じてしまいますね。

そして、人間同士の第一印象は五感の働きで、たった0.6秒で決まってしまうそうです。
しかもその内、視覚による判断が60%も占めています。視線や表情が大切な所以もここにあります。

生まれて4~5ヶ月の赤ちゃんに、無表情のままでいる母親の顔をみせる実験を日本の心理学者が行ったそうです。すると、どの赤ちゃんも体温がスーと引いてしまい、身体中が真っ青になってしまうそうです。これは血管が収縮してしまい、血行が悪くなり、心臓に相当の負担がかかっている結果だと判りました。
反対に、ニコニコした笑顔を赤ちゃんに向けると、嬉しそうに手足をばたばたと動かして、自分でも笑顔を作ろうとし、体温も上昇し、身体もピンク色に染まってくるそうです。

人間の感情は、ノルアドレナリン(怒りのホルモン)、アドレナリン(不安のホルモン)、ドーパミン(快感ホルモン)の分泌によって起こることが分かっています。ドーパミンが盛んになると、赤ちゃんの場合は、さらに成長ホルモンに働きかけて、穏やかな成長の手助けをすると言われています。

成人の場合は、血行をよくして、手足の動きをスムーズにして幸福感や生きる意欲をかき立てます。このドーパミンはモルヒネと似ています。モルヒネという薬は外から摂取すると習慣性がつき害になります。ドーパミンは快感ホルモンとして脳内で分泌されます。ドーパミンもモルヒネと同じように習慣性があります。

一度よい気持ちを味わうと、また人は同じ気持ちを味わいたくなるのだそうです。
笑顔は、ドーパミンの分泌をよくさせ、幸福感を感じさせます。

笑いが絶えない場所とは、それだけで幸せだったり健康になれたりできるのですね。
笑えば細胞も活性化し、イキイキして若く見えます。

また、大笑いするとNK細胞が増えて免疫効果が高まると言われますので、病気も寄せ付けなくなるようですよ。私なんか、毎日大笑いしているので、風邪も引きません。ここしばらく病院のお世話にはなっていません。

これから風邪の季節になりますが、手洗い・うがい・大笑いでウイルスも吹き飛ばしてしまいましょう


保育士免許を取得したいけれど、子育て中であきらめている人。
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募集締切日:特に定めはありませんが、決まり次第締め切りとさせていただきます。


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※勤務開始は、H28年2月以降でご相談させていただきます。
※専門学校、通信費用、交通費はご負担下さい。
※勤務時間やシフトは、学業を優先できます。
※時給や詳しい内容については、直接お問い合わせください。

エンカレッジ・ステーション(株)ありんこ親子保育園
☎0475-53-3509(受付時間:平日8:00~19:00)

先日、行政職員と話をしたときのこと。
男性1人、女性3人で話をしたのですが、女性の皆さんには話が通じたのに対して、男性の方だけ私たちの話した内容が理解できなかったということがありました。

また、別のメンバーでやはり男性1人と女性数人で世間話をしたときのこと。
女性の方は話しの展開が早く笑って聞き流したことに対して、男性の方は終わった話を「○○って、どういうこと?」と質問されました。「え、そこで引っかかったの?」と私たちからしたら、笑って終わるところを引き合いに出して考えてしまったようです。
男女の考え方って違うんだな…、と改めて思った出来事でした。

以前も、ブログでご紹介しましたが、男脳と女脳の違いをもう一度ご紹介したいと思います。

近代になって、男と女は脳の使い方だけではなく、脳そのものにも違いがあると多くの科学的な研究からわかってきました。

女性は、右脳と左脳を伝達する脳梁(のうりょう)が男性に比べ20%も太いのだそうです。
一般的に女性は言語や理論的な思考をつかさどる左脳と、空間的・感覚的な思考をつかさどる右脳を同時に使う傾向があるのに対して、男性は一度にどちらか片方しか使われないそうです。

脳の使い方がどう違うのかを知れば、男女間の誤解の要因がわかるかもしれませんね。


女性はおしゃべり、男性は行動する

生物が進化する間に、男女の体、脳、ホルモンが、それぞれの役割と活動に適した形に変化したといいます。たとえば、空間的な認知(右脳)には男性が優れ、言語を操ること(左脳)は女性が優れていると実験結果が出たそうです。これは、男性が本来持つ『ハンター』としての役割に対して、女性が持つ『育む』役割に適した結果だといえます。

幼児期の子どもをみても、女の子は夢中でおしゃべりをし、男の子はひたすら動き回っています。


女性は感情が不安定になると話そうとします。
話すことで頭と心の整理をしているのだと思います。

自分の感情を誰かに話し、理解してもらい、はじめて自分で考えられるようになるのです。これは女性にとって、一番の解決方法でもあります。


一方、男性は感情が不安定になると、まず行動を起こそうとします。
行動することで自分の考えがハッキリと見えてくるのだと思います。
男性はこうした過程を経て、同時に感じる・考えることをやっていくのでしょう。

ですから、コミュニケーションは女性の方が重要な意味を持っています。
自分の気持ちをつかむため、考えをハッキリさせるために話すのです。

これに対して男性は、静かに自分の気持ちと考えを見つめる時間が必要なのですね。

話が通じず欲求不満を感じるのは、お互いに相手の気持ちを理解していないせいかもしれません。お互いの脳が、その構造から動き方まで違っていることを理解したら、相手が不満を訴えてくるわけも理解できるのではないでしょうか。

男性の方は、女性の話を聴いてあげましょう。
女性の方は、男性に考える時間をあげましょう。


話が通じなかったら、お互い相手の身になって考えてみることも必要かも…

(注):ここでいう性差は、あくまでも一般的なものなので当てはまらない人も中にはいます。脳差を理解する目的は、男女の違いから生じるあいまいさや誤解を前向きに対処していくことにあります。

最近学んだことで、気になったことをご紹介します。
それは、「妬み」(ねたみ)と「嫉み」(そねみ)の違いです。

「”妬み嫉み”の的になる」というように、一般的には同じような意味を持つ言葉として用いられていますが、心理学的には異なる2つの感情があるそうです。

わかりやすく言うと、
他人の幸せや優れているところをうらやましく思い悪意を持つことが、
相手なのか、自分なのかの違いだそうです。

「相手への悪意」が妬みで、「自分への悪意」が嫉みだそうです。

例えば、「どうしてあいつだけいい思いをするんだ…」というのが妬みで、
「どうして自分だけ不幸せなのだろう。どうせ自分なんか…」と、自分を恨んでしまうのが嫉みという感じですかね。


これだけで収まっていればいいのですが、問題はここから…。

「妬みが強いは事情になり、嫉みが強いは身情となる」
妬みの強い人は事件事故が起こりやすくなり、嫉みの強い人は病気を招きやすくなるということです。

負のエネルギーが外へ向かうか、内に向かうかの違いです。
ただ、外へ向かう人はまだましなのだそうです。
わかりやすいので、気づくのが早いからです。
助かりやすいとも言えます。

しかし、内に向かう人はわかりにくいので、気づくのが遅れます。
気づいた時には手遅れ、ということも多いのです。
内に向かう人はストレスが溜まっている状態ですので、
健康被害が起こりやすいですね。その結果、重い病気になることもあります。

そういう人こそ助けてあげたいと思うのですが、
内に向かう人は貝になっている状態なので、話を受け入れません。
何を言っても、「どうせ私なんか…」という言葉が返ってきます。

すると、助かるものも助からなくなってしまいます。

嫉みはいけません!
そんなことをしていると、本当に腐ってダメになってしまいます。


神様は、人間に平等に光を当てています。
陰をつくっているのは私たち自身であって、
世の中を暗くするのも明るくするのも、自分次第なのです。

それに気づかなかったら、天から印が付きます。
それが、事情(出来事)となり、身情(病)となるのです。

何事も、素直に心をひらいたら、
入ってくる「徳」や「運」は無限なのだと感じることができるでしょう。

神様は、自分のものは「心一つ」だけだと言っています。
身体は借り物です。自分は生かされているのです。
我が身だと思うから、雑に使おうとする。
でも、神様の借り物だと思ったら、大切に使おうという気になりますね。

自分も大切な神様からの贈り物なのですよ。

握れは拳 開けば掌

たとえ同じ事柄でも、それに対する気持ちの持ち方次第で変化するということ。

人の手は、握りしめれば人をなぐるこぶしになり、手を開けば人をなでるてのひらになる、ということから生まれたことわざ。 同じひとつのものでも、その人の思いにより変わってくる。憎ければこぶしになり、いとしく思えば手のひらになるという意味。


変化させるものとは、何であろう、自分の気持ちです。
これは、仕事に対しても同じことが言えます。
同じ仕事でも発想次第で、良くも悪くもなるものです。
同業者と対抗すれば拳となり、争いになります。
反対に和を持てば同士となり、開いた掌に幸運も入ってくるでしょう。

不利な状態になったとしても、「切磋琢磨できる」と思えば仕事に磨きがかかって光り輝くでしょう。でも、不利な状態を悲観して心を閉じてしまっては、仕事は上手くいきません。

『物事の考え方・捉え方で、仕事も上手くいくか、ダメになるのかが決まってくる』と言っても過言ではないのです。

経営者は、自分の心を開いて、常に周りを明るく照らしていける心の強さが必要だと感じています。物事に動じず、しっかり地に足のついた経営が、いずれは大きな根っこを生やしていけるのだと思っています。

人生はすべて、次の二つのことから成り立っている
したいけどできない できるけどしたくない

                 ~ゲーテ~

人は時々、自分自身の気持ちがわからなくなって、勘違いすることがあるようです。
「したいけどできないことなのか、できるけどしたくないことなのか」がごっちゃになって、わからなくなってしまうのでしょうね。

この言葉は、
自分がしたいことと、できることは違う。自分の身の丈を自覚しなさいという意味と、
もう一つは、
できるけどしたくないからやらないでいるが、本当に大事なことは、したくないことに含まれていることの方が多いという意味があると、私は理解しています。

これは、
やりたくないことをやらないでいると、やりたいと思っている目標も叶えられない
という教訓なのですね。


自分はどうしたいのかわからないでいる人は、「自分のしたいことと」「できること」の区別をするといいです。自分のしたいことの中に、できることとできないことがあることがわかるでしょう。できないことを高望みするよりも、できることを見つけて確実にやってみることです。

次に、なりたい自分という目標があったら、面倒だなと思うことでも、やらなければならない大事なことは何なのかを考え行動することです。その中から、いい経験ができたり、教訓を学んだり、人脈ができたりします。その結果、自分をサポートしてくれる人や出来事が現れてくるのだと思います。

やらなければならない面倒なことをやらなかったり逃げていたら、そのツケは必ずあとで何倍にもなって自分に降りかかってくると思っていた方がいいですね。手のつけられない状態になって、全てを失ってしまう人もいるのですから、周りを見渡して教訓を学んでいかなければならないと思います。

私たちは成功している人を見て、羨んだり憧れたりしがちですが、成功者の本当の努力は、人がやりたがらないことを人が見ていないところで必死でやってきたことにあります。
見えないところに、結果の数倍もの努力があるということを忘れてはならないのです。

「できるけど、したくない」という選択をしている人は、
なぜしたくないのか?しなければどうなるのか?を考えてみるといいですね。


仕返しはするな、悔しかったら見返してやれ

これは、以前読んだ「だからあなたも生き抜いて」(大平光代著書)の中にあった言葉です。

自分で言うのもなんですが、
これは、私のような気性の激しい人に有効な言葉かも…

バカにされたり、理不尽な目にあったり、いじめられたら本当に悔しい、と感じるのが人より強い人。子どもでも強い子がいますね。そういう子は強い口調で言い返してきます。例え言い返さなくても、何日も根に持つ子もそうです。
気性の強い子は、この悔しさをバネにしたら、きっと人よりも数段上の精神レベルに行けると思います。

スポーツの場面でも、負けて悔しい思いをしている子に「悔しい思いをしたくなければ、練習をしてうまくなって見返してやれ」と言うコーチもいますね。


以前、知り合いの人に頼まれて、問題児だった10代の女の子と話をしたことがありました。元々エネルギーの強い子だったのでしょう。悪い方向にそのエネルギーを使えば、犯罪者にもなりかねません。

気性が激しくエネルギーの強い子には、エネルギーをマイナスに使うのではなく、プラスに使うことや自分を高める方向へ導くこと、結果を予測してみせることをやると効果的です。

その子も、当時は何となくでしか理解できなかったことも、20代になった今ではハッキリ理解できるようになったようです。今では仕事を一生懸命にがんばって、周りの人に喜ばれる存在になりました。

そういう私もその子と同じで、子どもの頃から気性が激しくエネルギーが強い子どもでした。不良娘でしたので、やさしく言われるよりも、少し厳しいくらいが燃える性格なんだと思います。
基本的な気質は変わっていませんので、悔しいことや試練があるとそれをバネにし成長の糧としています。


エネルギーの強い子は、きっと「嫌なものは嫌」だし、「悔しいものは悔しい」のだと思います。そんな気性の子に納得しないことを言葉で納得させようとするよりも、その気持ちを否定せず「悔しかったら、偉くなって見返してやれ」と言ってあげた方がスッキリします。

本音を認めないで体裁ばかりの言葉は、ちっとも心に響きません。
子どもはそんな大人のタテマエなんてどうでもいいし、関係ないのです。

ハッキリと「見返してやれ」と言える大人が少なくなったのかもしれませんが、
なんだか時代は、そういう人を求めているようにも感じます。


反対に、エネルギーの強い子に向かって、”目には目を”で仕返しを誘導してしまうと、本当に犯罪者になってしまうかもしれませんよ。「いじめられたらいじめかえせ」や「殴られたら殴り返せ」では、相手も自分も傷つくだけで人は成長しません。
誘導を間違えたら大変なことです。

「厳しい言葉」と「乱暴的な言葉」は、意味が違います。
厳しい言葉の中にはやさしさがありますが、乱暴的な言葉に心はありません。

特にお父様方には、心に留め置いていただきたいですね。

『幼稚園に入園して2か月。日々の出来事をほとんど話さない息子。様子を知りたいので、「今日はなにをしたの?」と聞いても、「忘れちゃったー」「わかんない」とはぐらかされてしまいます。楽しければたくさん話すと思うので、もしかするとあまり幼稚園が好きではないのかと心配になってしまいます』
という相談記事がありました。

保護者面談でも、「子どもが園や学校の話をしない」という話は珍しくありません。

そうそう、我が家の4人の子どものうち、下の3人は家でほとんど園や学校の話をしませんでした。聞いても「忘れた」「わかんない」というばかり。
幼稚園の保護者面談で、担任の先生に「家で何も園でのことを話さないんです」と言ったところ、「よく遊んで楽しんでいる子は、遊びに満足しているので、不満を家に持ち帰る必要がないんだと思います。話さないことは楽しんでいる証拠ですよ。園の中で遊びを完了させているのでしょう。心配ありません」と言われたことがありました。園での出来事を話さないからといって、楽しくないわけではないんですね。

子どもの気持ちになって考えれば、園で遊びを完了させたことを家に帰って、「今日何して遊んだの?」「誰と遊んだの?」とあれこれ聞かれることで、終わったことをまた思い出さなくてはなりません。
私が子どもだったら思い出して伝えること自体、めんどくさいな…と思うでしょう。
何度も聞かれればなおさらです。それに相手は3~5歳児。それを言葉にして伝えることもまだ未熟ですし、本当に忘れてしまっていることも多々あります。適当にごまかすこともあるでしょう。

何度も何度も聞く親御さんもいらっしゃるようですが、話さないなら聞かなくてもいいです。子どもが家で園のことを話さないのは普通のことであって、あまり心配しなくてもいいと思いますよ。

子どものことを信じたい気持ちもわかりますが、理路整然と説明できない子どもの話をあまり鵜呑みにせず、気になることがあったらまずは園の先生に聞いてみることですね。

それと、まだ小さいうちは、子どものことを何でも知っておきたいと思う親心もわからないではないですが、小学校、中学校、高校、大学と進むにつれて、親の知らないことが益々増えるのです。子どもの全てを親が把握する必要もなく、というか全部知ることなんて無理…。

子どもが成長すれば見えない部分が多くなるのですから、親の手の届かないところでも生きぬいていけるように、間違った道に進まないように、守ってもらえるように、子どもの心に神仏をもたせることが大切です。神様や仏様を身近に感じている子は、人として一線を越えた悪いことはしないものです。

それに、私は子どものことをあまり心配していません。
そうなったらなったときに考えてもいいことと、そうならないように子どもの時からどう育てたらいいかがわかっているからだと思います。それは、若い頃から徳育を学ばせてもらったり、先輩たちから子育てを教えてもらったりしたお蔭です。
私には安心感のようなものがあるような気がします。

その安心感はどこからくるのかというと、人から干渉されない自分の世界を持っているからではないでしょうか。「人と比べなくても、自分は自分で大丈夫!」と思う安定した気持ちです。”自分軸”とでもいいますか、「自分は自分だ」と思うとあまりぶれることがありません。

心理学でいうと、自分の世界をもたない人は常に不安を感じているのだそうです。
自信がなく神経質な人には、不安症や心配性の人が多いのだそうです。

そういう人は、自分の内面を人に覗かれてしまうような気がするので、自分の重要性を相手に示そうと無意識にやっていることが多いのだといいます。

別の言い方をすれば、「あなたのことをこれだけ心配しているのよ」と心配する自分は重要なのだと相手にアピールするのですが、本当は自分を安心させたいために必死で相手に言い訳をしている状態なのだそうです。相手は自分の投影だったりします。

親子で言うと、子どもに「あなたのことをとても心配しているのよ」と話す親は、実は自分を安心させたいための投影だったりします。ほとんどの心配性の方は、それに気づかないでやっていることが多いようです。

心当たりのある方は、一度よくご自身を見つめ直してみてくださいね。


話しは戻りますが…
我が家の子どもたちですが、上から長女24歳(保育士)、二女21歳(設計士)、長男19歳(消防士)、二男16歳(高校生)になり、上の3人は社会人になりましたが、今では職場や自分のことなどうるさいほどよくしゃべりますよ。
二男はまだ高校生ですので、学校のことはあまり話しませんが、進路のことは自分から話してきます。

親子の絆ができていれば、そのうち必要なことは自分から親に相談するようになりますから、
あまり心配しないでね

すくすくクラブからのお知らせです。

すくすくクラブに『コミュニティひろば』ノートができました
ノートは、すくすくクラブの受付けに置いてあります。

このノートは、皆さんに伝えたいことを自由に書き込むことが出来ます。
例えば、使わなくなったベビー用品を「譲ります」「譲ってください」や
「お友だちになって」、「探し物」、「仲間づくり」、「イベントの紹介」、
「すくすくクラブへのご意見、ご感想」など、
伝えたいことがあったら自由に書き込んでくださいね。

≪注意≫
・誹謗中傷は書かないでください。
・宗教・政治・商売の勧誘はご遠慮願います。
・落書きもご遠慮ください。
・「譲ります」「譲ってください」などの品物は、無料の場合に限ります。
・当法人では、個人的なやり取りの場合などのトラブルの責任は負いかねます。

皆さんが気持ちよく楽しめるよう、ご協力をお願いします

某企業の人材育成コーチングを行った時のことです。

「どんな人になりたいかを考えてきてください」との宿題に、
Sさん(男性)は、
「信頼される人です。この会社を背負って立つ人になりたいです」
と立派に答えてくださいました。
素晴らしいですね。

「では、どうやったら信頼される人になれるのでしょうか?」との質問に、
具体的に答えようとすると難しかったのかもしれません。
答えはみつかりませんでした。

一緒に信頼できる人を思い浮かべてみました。

・受け入れてくれる人
・こちらの話を理解して、すぐに行動してくれる人
・約束を守る人
・時間に遅れない人
・お金にルーズではない人
・思いやりのある人

口下手でも、誠実さや責任感のある人、こちらの考えや思いを汲んで応えてくれる人が思い出されました。

Sさんはまだ若いので、これから仕事上で信頼を得ていかれる方です。自分が周りの人とどのように連携して仕事をすればいいのかを考えて、社会人として、男として、素敵な人に成長してほしいなと思いました。


「答え」よりも「応え」が信頼関係をつくる

お客様や部下は、いつも正解を求めているわけではありません。
疑問を投げかけている気持に『応え』てほしいのかもしれません。
気持に応えてもらえれば、なんとかしてみよう、多少のことは協力してみようというということになるのではないでしょうか。

お客様や部下の質問に正確に答えられなくても、疑問を投げかけてくる気持ちを受け止め、応えてみてください。こうした対応が結果として信頼を得ることになるのでしょう。


企業にとって人材育成とは、『コスト』ではなく『投資』

人材育成は経営に直結するため、計画的に十分な『投資』をすることが大切です。
今後、経済は上向いていくと予想されます。
人材育成こそが、この好景気へ向かう波に乗れるかどうかのカギになるのではないでしょうか。

私は保育園経営をしていますが、いい人材を採用したいと思っています。
しかし、保育士不足は深刻な状態になっています。
小規模園では募集しても、いい保育士は簡単には来てくれません。

私は保育士免許を持っていなくても、心がけの良い方がいたら採用します。
保育士になりたいと思う人であれば、3年の内に資格や免許は取れますから。

保育士を希望する方には、保育士を目指せるように実践で学んでもらったり、
保育に関するコミュニケーションセミナーや研修を受けてもらうようサポートしています。

人格形成の基礎ができていれば、資格や免許は後でもいいのです。
人材育成することで最終的に企業側が求める人材になればいいことです。


実は今いるスタッフの大半は、私が直接スカウトしたんですよ。
保育士だけでなく、専業主婦だった方もいます。
現在も働きながら保育士を目指しているスタッフもいます。

働く世代が減ってきた現代では、益々女性の活用は重要になってくるでしょう。
子育て中の主婦でも働きたい意志のある方なら、企業側の努力でいい人材を育てることはできます。

企業側はもっと子育て世代を理解して、採用の基準を見直す時期に来ているのかもしれません。子どもが少なくなったら、将来の経営も、経済も、日本も、立ち行かなくなるのですから。必要な人材は、企業が育てていきましょう。

そして、社会全体で子育て世代を応援サポートしましょう。

否定された時にそれを気にしてひどく落ち込んでしまう、という方って意外と多いようです。そんな時、どうやって立ち直ったらいいのか、自分の何が悪かったのかなど、ともも悩んでしまいますね。

確かに、私たちは他人の評価で決まるところがあるのは事実です。しかし、そうなると人の目が気になってしかたなくなります。そしてそれが高じると、対面恐怖症や視線恐怖症などになって人付き合いが怖くなり、仕事もままならないというほど支障をきたしてしまっては何にもなりません。


『法句経』にこんな文句があります。

黙っている者も非難され 多くを語る者も非難され
少しを語る者も非難される この世に非難されない者などいない


会議で発言ばかりすれば「でしゃばって」と言われ、
黙っていれば「意見がないのか」と言われ、
適度に発言すれば、「要領がいい」と非難され・・・。
こんな経験って結構あります。

釈尊の時代から、なにをしても他人から非難されるということがあるといいます。
ですから、他人はなにをしても非難するものだから、気にする必要はないと、法句経で教えてくださっているのですね。


何よりも、『お前はダメだ』と言われたときに、すべてを否定されたと思わないことです。誰しもコンプレックスや自信の無さを胸に抱いて生きています。完ぺきな人間はこの世の中にはいないのです。

誰かから否定されるような言葉を投げられたときの対処法は、
自分の存在のすべてを否定されたと思って落ち込むのではなく、「なぜこの人は、このようなことをいったのだろうか?」と、否定された内容について、その理由を考えてみます。
そして、「正当な理由なのだろうか?」と、正当な理由なのか、不当な理由なのかを判断するようにしましょう。
自分が悪かったと思ったら、素直に反省しましょう。


また、否定する裏には、『相手にも理由がある』と考えられます。
内容に対して否定しているのか、相手の考え方が問題なのか、相手の性格的なことなのかなど、何に対して否定をされたのかを、冷静に考えてみるといいですね。

自分を全否定されたと落ち込んで、心を閉ざしてしまっては何にもなりません。
相手から話を聞くことができれば、話を聞いてみてください。


そして、一人で判断できない、自分の思考力の範囲で物事を捉えてしまうという人は、自分の思い込みで判断しかねないわけです。何が正しいのか分からなくなってしまいます。そうならないために、身近に相談できる人がいるといいですね。

話すことで視点が変わり、捉え方も変わってくることもあります。
「言われたことだけを気にしていたが、相手の立場を理解すると何故そういったのかわかった」と言った方もいらっしゃいました。

ある人は、
「そういえば、自分も同じことを他人に言ったことがあった。その時は、そんなに深い意味でいったわけではなかったが、今思えば無神経なことをした。言われた側に立つと、自分の無神経な言葉で人を傷つけたことに気が付いた。自分がやったことがそのまま返ってきただけだと思えたら、これも自己完結なのだと腹に収まった」
と、自分のことに気が付いた方もいらっしゃいました。


しかし、あまりにも理不尽だった場合(八つ当たりなど)は、もしかしたら相手は誰でもよかったのかもしれません。ですから、個人的に攻撃されたと思わず、相手の問題として捉えます。自分が傷つかないよう、受け流すことも必要ですね。


あなたも、相手の方も、価値のある同じ人間です。
否定されたからと言って、あなたの価値が下がったわけではないのです。
あまり落ち込みすぎないで、とりあえず美味しいものでも食べ、睡眠をとって休養してください。

あなたのがんばりを、近くで見ている人もいるということも忘れないでくださいね。

昨日のブログの最後に、「大人は、子どもの心の声を聴くようにしましょう」と締めくくりましたが、そう言うと何でも子どもがどうしたいか聞いてしまう方がいらっしゃるようです。
親御さんは、子どもに聞いた方がいいこと、聞かなくてもいい子との判断をつけていただきたいなと思います。

先日、ある高校生と中学生のお子さんを持つ方がおっしゃっていました。
スーパーに買い物に行ったら、小さいお子さんをカートにのせたお母さんが買い物をしていたそうです。すると、「○○を買い忘れたから、さっきのところに戻ってもいい?ごめんね、ごめんね」としきりに子どもに言っていたお母さんの言動が気になったそうです。

また、子どものわがままが悪化しやすい親の態度 でも書きましたが、夕食やおやつに「何が食べたい?」と聞く人も多いようです。

私の疑問…どうして小さい子に、親がするべきことを聞くんだろう?

買い忘れがあれば黙ってUターンすればいいと思いますが…。
子どもに食べたいものを聞けば、自分の好きなものしか言いません。何が食べたいかをたまに聞くくらいならいいですが、それがしょっちゅうだと栄養も偏りますし、レパートリーも少なくなってしまいます。食べたことのない食材でも美味しいと思える機会が少なくなってしまいますね。

食事には、子どもの好きなものやデザートを一緒に出さないことです。
好きなものは最後にあげた方が食事を残さず食べるようになるでしょう。

私は、日常のことをいちいち子どもに聞くことはないと思います。
自分の思い通りに親が動いてくれると学習してしまったら、3歳を過ぎたら大変になりますよ。

反対に、子どもに聞かなければならないこととは?
昨日のブログでも書きましたが、問題行動が出た時に子どもの心の声を聴くことです。
何が原因でそうなっているのかを知るためには、子どもの心の欲求を受け止めてあげることが大切です。

繰り返しになりますが、「甘えを満たすこと」と「甘やかし」は違います。

甘えを満たすこととは、
「自分の存在価値」「自尊心」を満たしたいという子どもの欲求を受け止めることで、乳幼児期に抱っこやおんぶなどのスキンシップを十分に行うことです。「甘えさせ」てもらうことで子どもは親を信頼し、「甘え」られることで親は子どもを可愛いと思うでしょう。

甘やかしとは、
泣けば可哀そうと思い、すぐに欲求をみたしてあげる。
菓子やおもちゃを「買って」と言われればホイホイ買ってあげる。
いけないことをした時にキチンと叱らない。
じじばばのところに逃げれば、「そんなに怒らなくても、まだ子どもなんだから」とかばってしまう。
このようにわがままを助長させるような行いのことを「甘やかし」と言います。

甘えを満たすこと、甘やかすことの決定的な違いは、
「甘えさせることは必要なものを与えること」で、「甘やかしは不必要なものを与えること」と判断したらいいですね。

例えば、子どもが欲しいというものを何でも買い与えたり、おこずかいをあげたりするとどうなる? じじ・ばばに言えば何でも買ってもらえると学習してしまったら?

物やお金を大切にできる子になるでしょうか?
物やお金を大切にすること、我慢すること、物がなければ工夫して遊ぶことを学ぶチャンスがなくなってしまうことになります。

それに、あまりにも大切に育てられた子どもは自己中心的な考え方になりやすく、自分大好きな『ナルシスト』を生むとも言われます。ナルシストの人は、鏡や画像に写る自分の姿を見るのが大好きで見ている時間が長いそうです。
自分が好きなのはいいことですが、自分に甘く、他人に厳しい人になったら将来どうなるのかな?と思ってしまいます。

子どもにとって、何が大切で何が要らないものなのか?
有り余る要らないものを身につけるより、
私は足りないくらいがちょうどいいと思います。

以前、ある事情で男の子を引き取って育てている人から、「子どもがウソをつく」という相談を受けたことがありました。また、市外から相談に来られた方も、小学校高学年の息子が「平気でウソをつく」というものでした。数年前、一時保育で預かった学童のお子さんも先生や友達に頻繁に小さなウソをついていました。

子どもがウソをつくというのは、何か理由がありそうです。

幼児期から学童期の頻繁なウソは、子どもの心のSOSだといいます。親に強く依存している子どもは、親の押し付けと自分の願いがぶつかる時にとても苦しむことになります。その解決法の一つとしてウソをつくのだというのです。

頻繁にウソをついてしまう子どもは、どのような心理状態なのでしょう?

「寂しい」「辛い」と言いたいのだけれど、本当のことが言えない。
何か、そのありのままを言えない親子関係があるのかもしれませんね。

そんな私も子どもの頃、親によくウソをついていました。
ありのままを言えない親子関係だったのでしょう。
私の家庭は問題が多く、幼少期時代の父親はとても怖い存在でした。
いつも父親の顔色を見て、親に迷惑をかけないようにと思っていました。

父親の機嫌が悪そうな時には、勉強しているフリをしていました。父親が怖かったから、怒られないようにしようと思っていたのもあります。でも本心は『甘えたかった、話を聞いてほしかった』と思っていたのかもしれません。

親は自分のことをどう思っているのか? 好きなのか、嫌いなのかなど、親を試すようなウソをつく子もいるようです。また、叩かれて育った子どもは、叩かれないようにするために自分を守る術のウソもあります。

また、親が過保護・過干渉の家庭の子もウソをつくと言われます。
何でも人のせいにしたり、自分の都合のいいように解釈して親に説明することがあります。
過保護な親は、我が子が言うことを全面的に信じますし、子どもは益々調子に乗ります。
必ずしも我が子が正しいとは思わないように、まずはよく状況を確かめるようにすることが大切です。

過干渉も酷いみたいです。
毎日、細かいことを口うるさく言われたら、ウソを言いたくなる子どもの心境もわからなくもないです。

何でも人のせいにしたり、自分は悪くないと正当化するウソは、躾が厳しくなかったか、神経質に子育てしていなかったかを見直すサインだと思ってください。ウソをつく子は敏感な子が多いのだと思います。ウソをつく原因を改めることも必要なことですね。

厳しいだけでも、甘いだけでも、子どもは伸び伸び育ちません。
子育てには「加減」「適度」という言葉がありますが、厳しさとバランスが大切なのだと思います。

小さい子どもがウソをつき始めたら、「なぜウソをつくの?そんな悪い子はうちの子ではありません」などと言うのではなく、『しっかり抱っこしてあげて』のサインだと思って、どうしてウソをついたの?をもっと聞いてあげてください。神経質に子どもの悪い点ばかりを言い過ぎると、本当にウソつき人間になってしまいます。

『ウソつきは泥棒の始まり』というのは、「平気でウソをつくような人間にしてはいけないよ」という教訓なんだと思います。ウソをつかなくても、自分を認めてくれる人がいたら、それだけで子どもは助かると思います。

また、『ウソをつくことが本当に悪いことなのか?』ということも疑問です。
人を傷つけるウソはいけないと思いますが、相手のことを思いやってのウソもあります。本当のことが言えない時もありますね。大人だって臨機応変にウソがつけるから、世の中をうまく渡っていけるとも言えます。

大人と子どものウソの内容は違いますが、
子どものウソは、もしかしたら自己防衛手段のためが多いのかもしれません。

子どものウソには、意味やメッセージが隠されています。
大人は、子どもの心の声を聴くようにしましょう。

若いころに比べて、今はあまり周りが気にならなくなりました。
人にどう思われたいかとか、見栄、体裁、世間体、損得など、
「そんなことはどうでもいい」と思うようになりました。
人と比べることがなくなったからですね。

子どもが小さい時期は、自分はそう思っていなくても、周りからいろんなうわさ話や聞きたくない情報も入ってきますね。それでも、子ども関係の付き合いがあるから、聞きたくない話でも無理して付き合うということもあったかと思います。この時期が母親である自分にとって、一番大変だったのかなと思います。

忙しいのは変わらないのですが、精神的な疲れはあまり感じません。
身体の疲れは一晩寝たらスッキリしますが、精神的な疲れはなかなか取れないものです。
それがない今は、とても楽です。そうなったのは、周りと自分を比べず、あまり細かいことを気にしなくなったからだと思います。

シンプルになったら、考えなくてもしかたのないことをいつまでも考えているような、余計な思考がなくなりました。余計なことを考えそうになっても、切り替えができるようになりました。
若いころの私は、どれだけ余計なお荷物を抱えて生きていたのか、と今になって感じます。

ママセミナーや子育て相談、カウンセリング、コーチングなどでたくさんの人のお話を聞かせてもらっていますが、昔の私と同じように、余計な荷物を抱えて身動きが取れなくなっている人を時々見かけます。しかし、荷物を抱えていることにも気付いていない人や、荷物を抱えていると気づいていても、その荷物をどう降ろしたらいいのか分からない人もいらっしゃいます。誰でも悩みなんか抱えていたいとは思っていませんから、その悩みを何とかしたいと思ってお話になるのでしょう。

その解決策は、
人とくらべないこと
見栄をなくして、自然体になって自分らしく行動すること。
そして、どんな人にも感謝の気持ちを持つこと
です。

他人と比べて、自分よがりや余計な考えが多すぎるから、大事なことが見えなくなって前向きに行動できなくなるのです。気付かせてくれた人は皆恩人です。考えの違う人から何か嫌なことを言われたとしても、自分が良くなる宿題を神様が与えてくださったと思って、他人の言葉自体はあまり気にしないことですね。


私たちが常識とか普通と思っていることは、大体が人間がつくったものです。その枠に当てはまらないと、あたかもダメ人間のように思ってしまいますが、そうではありません。天からの見方は違います。今はダメに思えても、長い目で見たら可能性を秘めているかもしれないから、その人を育てるために試練を与えていることもあるのです。考えてもしかたのないことを、いくら時間をかけて考えても良くはなりません。それよりも、自分の仕事や役目に集中することです。そうすることで徳も積まれるのです。

私は、自分も周りの人たちも、みんな楽しくイキイキと暮らしていけることが望みです。そのために自分にできることをやっていければ、幸せだと思っています。

自分のやりたいことができ、楽しい人生にすることが一番大事ですね。


「一燈を提げて暗夜を行く。 暗夜を憂うることなかれ、只一燈を頼め」(言志晩録)

人は、小さな希望のあることを忘れて大きな失望を嘆くが、少しでも希望があるのなら、何も嘆くことはない。一つの提灯を提げて夜道を行け。暗闇を恐れることも、暗闇に惑わされることもなく、ただその灯りだけを頼って進めばよい。
自分自身を信じて前進しろ!必ず闇は晴れる。

何が起きても慌てず騒がずに、自分の信じる理念と目標を心に決め、それに従ってただ淡々と道を行けば、実際は何事も何とかなるものです。その過程で様々な誘惑や欲望が目を曇らせ、進むべき道が見えなくなるときもありますが、自分を信じて一灯の光を目指して歩めば、必ず小道は王道となるでしょう。


そして、道の分かれ目は『心眼』を持って見る。
仏教の言葉に「妙観察智」(みょうかんざつち)という言葉があります。
「妙」というのは奇妙の妙ですが、ここでは「不思議な」というよりも「すぐれた」という意味あいが強いのだそうです。単に表面的に観察するのではなく、深いところで「どうなっているのかな」と興味を持って観察する。同化するとも言いますが、一段深いところで観察している対象と同化してしまうのが「妙観察」です。その時に得られる知恵と一体感を持って同化し、そこから発生する「慈悲」を「妙観察智」というそうです。

これは日常的に解釈すると、対象者が人の場合には「相手の気持ちになりきる」ということで、常に相手の立場に自分を置いて、相手の気持ちを尊重し、行動、発言することができると、人間関係はよりよくなるということですね。
(参考:般若心経の化学)


私が進もうとしているこの道は、誰のための道なのか?
常に人の役に立つ道でなければ、自分は生かされない。
私が生かされている意味は、慈悲を持って世の中のために役立つことだ。

これが「人生の道を誤らず進む」ということですね。

昨年、NHKスペシャルで、ちょっとびっくりした報道がありました。

"老後破産"の現実
高齢者人口が3000万を突破し、超高齢社会となった日本。とりわけ深刻なのが、600万人を超えようとする、独り暮らしの高齢者の問題だ。その半数、およそ300万人が生活保護水準以下の年金収入しかない。生活保護を受けているのは70万人ほど、残り200万人余りは生活保護を受けずに暮らしている。年金が引き下げられ、医療や介護の負担が重くなる中、貯蓄もなくギリギリの暮らしを続けてきた高齢者が“破産”寸前の状況に追い込まれている。在宅医療や介護の現場では「年金が足りず医療や介護サービスを安心して受けられない」という訴えが相次いでいる。自治体のスタッフは、必要な治療や介護サービスを中断しないように、生活保護の申請手続きに追われている。
“老後破産”の厳しい現実を密着ルポで描くとともに、誰が、どういった枠組みで高齢者を支えていくべきか、専門家のインタビューを交えながら考える。

というものでした。
なんと今の時代、65歳以上の高齢者の16人に1人が、「老後破産」になるだろうと言われているそうです。

現在一人暮らしの高齢者が600万人、そのうち年間120万円の年金で生活する人は46%もいて、人生の最期を悲惨な状態で迎える人がいま急増しているのだそうです。

老後破産になる人のほとんどが、若い頃には老後になってから老後破産になるなんて「思いもよらなかった」と言っています。若い頃は高学歴で中流以上の家庭の人もいて、老後になってから大変になっているのが現状のようです。老後破産の原因は、病気やケガ、家族の介護、頼る人がいない、親族がいない、子どもが自立していない、転職失敗、離婚だそうです。

国は年金を毎年引き下げていますし、私たちが将来もらえる保障はありません。今から「年金はもらえないもの」として対策を始めるくらいの危機感がないと、老後破産は他人ごとではありません。

老後破産の現実。老後に破産する人は本当はあなたかも知れないによると、60歳で1,500万円の退職金をもらっても77歳では底をつく計算になるそうです。日本の平均寿命(2013)は、男性80.21歳、女性86.61歳。貯金が底をついてしまうと生活保護を受けるしかなくなってしまいます。しかし、生活保護を受けているのは70万人ほど、残り200万人余りは生活保護を受けずに暮らしているのが現状です。

年金が当てにならない時代になれば、若いうちから老後破産しないための何らかの対策をとっておかないと、自分たちも同じような状況になってしまうかもしれません。

お金だけでなく、健康、人間関係、仕事、生活習慣も、若いうちから将来のための準備が必要なのだと、「老後破産」「下流老人」の記事を読んで改めて思いました。


老後は、どんな暮らしがしたいですか?

だれも、寝たっきりの介護をしてもらう生活をしたいとは思いませんね。
「死ぬ直前まで好きな仕事などをして、元気で暮らしていたい」
「老後の心配がいらない生活がしたい」
「家族に囲まれて暮らしたい」

しかし、現実はどうでしょうか?
老後破産、老後の苦悩、孤独死、寝たきりが多いのはどうしてでしょう?

私は、理想の老後のためには、若いうちからの人生設計が大切だと思っています。
「老後なんて、まだ先だ」と思っていたら大間違い。
私なんて今年で50歳だから、バリバリ働ける歳を60歳までだとすると、あと10年しかありません。70歳になっても働いていたいと思いますが、そのためには健康でいなければなりません。

60歳まであと10年。何ができるか…。
今からコツコツ働いて、毎月3万円の貯蓄をするとして、老後の蓄えを溜めたとしても360万円+利息です。老後の生活費が最低でも月15万円かかりますから、2年で無くなる計算です。
60歳定年から女性の平均寿命の86歳まで生きるとして26年間で、なんと4,680万円もかかります。夫婦だと、それが単純に2倍必要。(冠婚葬祭費、家のリフォーム代、趣味や旅行の費用、子や孫にかかる費用は含まれていません)

60歳定年時に退職金1,500万円+預貯金1,000万円=2,500万円あったとしても、とても足りません。65歳から年金が支給されるまで仕事を持たない人は無収入。歳をとると医療費もかかってきます。病気になったらあっという間に破産する金額です。薬代、入院費などを含めると、とても蓄えだけで払えるお金ではなくなります。

それでなくても、40代、50代は子どもの学費や家のローン、生活費等がかかります。
老後のための貯えを増やすことは、なかなか難しいです。

だから、若い頃からの生活基盤が重要なのだと思います。
若い人はフリーターではなく、きちんと就職をして生活を安定させましょう。
若いうちはたくさん働けるのですから、浪費を避け、働けるうちに蓄えることです。
厚生年金や生命保険にもキチンと加入してほしいですね。
場合によっては、資産運用も考えてもいいでしょう。

そして、一番大切なことは、健康を維持することです。
60歳を過ぎてから、転んで骨折して、そのまま寝たきりになる人がとても多いのです。骨粗しょう症にならないためには、カルシウムの豊富な食生活やバランスのいい食事が大切です。健康に働けるためには、日頃の適度な運動も必要なことです。若いころからの生活習慣の積み重ねが、後になって現れてきます。
毎日の食事、運動、ストレス発散、生活習慣を見直しましょう。

イキイキと生活するためには、クヨクヨと考えないことも大事です。
貧困になるとウツ病が増えるという報告もあります。
心遣いや心の掃除も大切なのことです。

それと、子育ても大きな支出になります。
老後破産の原因の一つに、ニートになってしまった息子(娘)の生活費を年金から出しているというケースも最近多いそうです。40代、50代の子どもと同居していると、生活保護が受けられないようですね。同居している子どもがその年代なら働けると見なされて、生活保護の対象にならないから、仕方なく独り暮らしをするケースもあると聞きました。

我が子は、小さいうちから少しずつ自立するように育てることです。
いつまでも、可愛い・可哀そうと息子や娘を甘やかしてもニートになってしまっては親子で共倒れになってしまいます。時には突き放してでも自立させなければならないこともあります。
自分の力で生きていけるように、小さい頃からお手伝いや働くことを経験させる。塾に行かなくても家庭学習の習慣をつける。すぐに着れなくなる子供服はブランド品ではなく、たくさん遊べるよう汚れても惜しくないものにするなど、なるべく子どもにはお金をかけずに育てる工夫をします。そして、目に見える成績だけでなく、目には見えない学力(やる気・根気・好奇心・理解力)や思いやりの心を育てるようにすることです。

そして、晩年に楽しく過ごしたいと思うのであれば、生きがいを持つことも大切です。好きな仕事や趣味を持つ。仲間をつくる。色んな繋がりを持てれば、助けてくれる人も出てくるでしょう。プライドは捨てて、困っている時には人に頭を下げること。

私は20代の頃、恩師に「今のうちに、独りになるための準備をしておきなさ」と言われました。独りになる準備とは、子どもはいずれ自立していなくなる。子どもは子どもの生活が始まり、親の面倒までは見られなくなるから、子どもを生きがいにしない。自分の生きがいを見つけることだ、ということだったと思います。

私はそのお蔭で、子どもを自立させることができましたし、起業もできました。
生きがいは我が子ではなく、他人の子。自分の子どもは、人様が育ててくださる。だから、私は人様の子どもを育てさせてもらう。人材育成が私の生涯の仕事になりました。
自分の天命である仕事に出逢えたことは幸せなことですし、私が人様のために働くことで我が子たちに徳積みすることにもなっています。


要するに、
老後も明るく元気に、仲間に囲まれて、世の中のために働けるまで働く。
そして、その時が来たら「ピンピンコロリ」と笑って逝きたい。
これが私の老後のビジョンです。


「老後破産」関連サイト
「貯金2700万円」でも危ない…「老後破産」の現実
『今年6月に東海道新幹線内で、男が焼身自殺し、巻き添えとなった女性の乗客1人が死亡する事件が起きた。焼身自殺した71歳の容疑者は事件前、「仕事を辞め、年金が月12万円。生きていけない」と話していたという。凄惨な事件の背景に、生活苦に陥った高齢者の実態が浮かび上がったことは記憶に新しい。
ただ、「老後破産」の定義はあいまいだ。「年金だけでギリギリの生活を続けている状況」(「老後破産 長寿という悪夢」NHKスペシャル取材班著)という位置付けもあれば、「高齢者の貧困=下流化」としたうえで、推定600万~700万人の「下流老人」を「生活保護基準相当で暮らす高齢者及びその恐れがある高齢者(「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」藤田孝典著)とする定義もある。そして、食費を切り詰めたり、病気になっても医者にかかるのをためらったり、他人との付き合いができなくなったりする高齢者の様子がリポートされる。
ただ、今、定年前か定年前後のあなたにある程度の貯金があれば、こうした生活は人ごとに感じられるかもしれない。「いや、そこが危ない。『普通の人』にこそ見えない老後破産の危険性があるのです」と話すのが、ファイナンシャルプランナーの畠中雅子さんだ。』

・動画 そもそも“下流老人”に「転落するきっかけ」は何なのだろうか?/そもそも総研

「老後破産」200万人の衝撃第1部 「普通のサラリーマン」だった私は、定年からたった10年で破産した