すくすくクラブ ママセミナーのお知らせです

今回のママセミナーは、リクエストの多かったコーチングについてやります。
以前、千葉市で行った「魔法のコーチングセミナー」をアレンジしました。

第一部は、「子育てに役立つやさしいコーチング」と題して、コーチングの基本的な考え方や、子育てにも使えるスキルを具体的な例を元にご紹介します。

第二部は、グループデスカッションを行います。
同じ子育て中のママたちの話を聞くのもとても勉強になりますよ

子育てで迷っている事、困っている事がありましたら、セミナーの中でどんどん質問してくださいね

日時:6月11日(土)10~12時
対象:子育て中のママさん
定員:20名
場所:おおきなかぶ児童館 
参加費:無料
保育:あり(要予約。子ども一人につき100円。ご協力をお願いします)

受講希望の方は、おおきなかぶ児童館(すくすくクラブ)0475-53-3473までご連絡くださいね。お待ちしております


昨日、長女が孫を連れて実家に来ていたとき、
「うちって、”ご飯をつぐ”っていうよね?関東では”ご飯をよそう”っていうみたいよ」と言っていました。旦那さんに「ご飯ついで」と言ったら、「ご飯は”よそう”でしょ」と教えてもらったそうです。

そういえば、私は宮崎で主人は鹿児島と、二人とも九州生まれの九州育ちなので、
普通にご飯を「つぐ」と言っていました。

実は、ご飯を「よそう」も「つぐ」も方言だそうです。

ネットで、ご飯を「よそう」?「つぐ」?で検索してみました。
北海道・東北は「盛る」
関東・関西は「よそう」
九州は「つぐ」
が優勢なんだそうです。

関東では、「よそる」と言う人もいますね。
「よそう」と「盛る」が1つになったもの(混交語)で、比較的新しい言葉だそうです。
新しいとは言っても100年以上前の辞書にはすでに載っており、現代では「よそる」が誤った言い方だとはもはや言えないとのこと。

中部地方では「つける」と言うところもあるそうです。
愛知県の方に、ご飯は「つける」、お茶は「つぐ」、お味噌汁を「よそう」という人もいました。

各地の方言でこんなに違うものなんですね。

「よそう」は大辞林によると「装う」と書くようです。
ご飯や汁物を器に盛ることを指すとのこと。

「よそう」も「つぐ」も「盛る」も「つける」も、それで育っているのなら正しい文化なので、どれが正しいとか間違いとかは言えないようです。
でも、ついつい慣れた言い方で言ってしまいますよね…

他にも、九州では「片づける」ことを「なおす」と言いますが、
千葉では「かたす」と言うようです。
どちらも方言だそうです。

九州から上京してきて32年になりましたが、今でも方言だと気づかず使っている言葉があるものです。

私の住んでいる関東では、地方から上京してきたり、親が地方出身者だったりする人が多いので、言葉も多様化しているのでしょう。

自分の文化が正しいと思いがちですが、
他者の文化を知ると日本って広いんだなと思いますね。

この時期から始まるありんこ親子保育園の恒例行事と言えば、
もちろん、どろんこ遊び

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ひゃ~どろだらけ…
洗濯が大変そう…
なんて思わないでくださいね。
この汚い・どろんこの体験こそが、子どもにとって大変貴重なのです。

昨日、保健所の監査が来られたのですが、ありんこ親子保育園の子どもたちにインフルエンザなどの感染症が少ないことにとても驚いておられました。治癒証明書の数が他の園よりも極端に少ないそうです。
そういえば、熱を出して休む子も少ないですね。
体調を崩しても、治りも早いようです。
やはりどろんこや外活動が多いからでしょか。
(ちなみに、今年も優良保育園です)


最近になって、どろんこの健康効果が科学的に証明されるようになりました。
心身ともに健康になれる貴重な遊びですね。

それと、どろんこ遊びには”汚れることを恐れない子”になる効果もあるようです。
現代の人の中には、清潔にするあまり「潔癖症」になって、人生を狂わせる人もいるようです。


以下、清潔すぎると免疫力が落ちる? 「泥んこ遊び」で子供の免疫力が高まる理由より抜粋しました。

近年、幼稚園や保育所でもモンスターペアレントが話題になっています。その際に「親」が話題にするもののひとつとして、「外で遊ばせるな!」というものがあります。泥や砂で汚れた服を身にまとった子どもの姿を見た瞬間、「汚い!」と怒りの感情が頂点に達するようです。

しかし、子どもの「泥んこ遊び」や「砂遊び」は悪者どころか、じつは健康を考えるうえで、じつに理に適った遊びだということがわかりました。むしろ、過度に清潔にして育った子どもほど、大人になると不健康になるのです。きれいにしすぎると免疫力が落ちてしまう、だからこそ、子どもに「泥んこ遊び」をさせることが重要なのです。

清潔すぎると免疫力が落ちる理由を免疫力研究の第一人者・矢﨑雄一郎さんの本「免疫力をあなどるな!」より紹介します。


清潔すぎる人はボロボロの身体になる

バラエティ番組を観ていると、タレントさんに「キッチリ癖」「キレイ好き」が多いことに驚かされます。そのくらいならまだ笑っていられるのですが、20分も手を洗うなど「潔癖症」と言ったほうよいのでは? という方も多いです。

ちまたには抗菌グッズ、除菌グッズがあふれています。除菌効果の高い洗剤やせっけん、ウェットティッシュ、便座クリーナーなどから、まな板やフキン、テーブル用の除菌スプレーなどキッチン用品まで、じつにさまざまな商品が出回っています。なかにはパソコングッズや文房具など、抗菌の必要性があるのかどうかもよくわからないものまであります。

清潔に気を遣うのはかまいませんが、最近では清潔にこだわりすぎる、いわゆる「潔癖症」の人が増えているようです。テレビを観ていても、自身の潔癖症をカミングアウトする芸能人がたくさんいるのには本当に驚かされます。
• 電車のつり革が気持ち悪くて触れない……。
• 公衆トイレが使えない……。
• 図書館の本に触れない……。

なかには手をきれいにしたいがために何度も抗菌せっけんで手を洗ったあげく、アルコールスプレーで除菌をする人もいます。インフルエンザの流行期や夏場の食中毒が気になる時期になると、テレビ番組やコマーシャルでしきりに除菌の大切さを訴えはじめますから、多くの人はそうした情報を耳にすると、必要以上に菌が怖いと思ってしまうのかもしれません。

しかし、実際には衛生環境の整った日本では、そこまで除菌・抗菌に神経質になる必要はどこにもないのです。風邪予防や食中毒の防止のためにも、「適度に」衛生的なのは確かに好ましいことですが、「過度に」除菌・抗菌をすることは身体が維持しているバランスにとって、逆にマイナスでしかありません。

清潔好きの人は「菌=悪いもの」と考えがちですが、それは大きなまちがいです。よく善玉菌などという言葉を聞くように、人間の身体になくてはならない菌もたくさんあるのです。人間の身体には「常在菌」といわれる微生物がたくさんすみついています。特にたくさんいるのは腸内ですが、身体の表面の皮膚にも表皮ブドウ球菌をはじめ、約1兆個、10種類あまりの常在菌がいます。

これらの常在菌がバランスよく繁殖していることが、肌のバリア機能を維持するためには欠かせません。しかし、手を洗いすぎて常在菌まで失われてしまうと、肌のバリア機能は壊れてしまい、ひどい手荒れを起こしてしまいます。

薬用せっけんや除菌アルコールの乱用は、肌を清潔にするどころか、荒れた角質層のすき間に悪玉菌を繁殖させることになるため、かえって不潔になってしまうこともあるのです。

また最近では、こうした度を越した潔癖が健康にまで害を及ぼしているケースも多く報告されています。清潔すぎる環境で育った子どもはアレルギーを起こしやすく、風邪を引きやすい大人になる可能性があります。免疫学では衛生仮説と呼ばれている考えですが、無菌状態に近い環境によって免疫の基礎となる機能を鍛えることができずに、弱体化させてしまうのです。

子どものうちに適度に菌と接触できる環境にあれば、私たちの身体は鍛えられ、自然と抵抗力が身につきます。子どもの頃の衛生環境が適切だったかどうかが、大人になった後の健康にまで大きく影響するのです。

すべての菌を「汚い」「不潔」と排除しようとするのではなく、少しおおらかな気持ちで菌と「共存」してみることが最高の健康状態を維持するためには必要なのです。

「泥んこ遊び」は積極的にしたほうがいい

公園には砂場がつきもので、小さい頃にはよく遊んだものです。しかし、最近の子どもたちは「泥んこ遊び」をあまりしないそうです。特に都市部では顕著のようで、幼稚園や保育園によっては、あえてみんなで泥んこ遊びのイベントを実施するところもあるようですが、泥に触るのを嫌がる子どもも多いといいます。

冒頭で紹介したように、保護者のなかにも泥んこ遊びを嫌う人が多いようで、幼稚園や保育園に自分の子どもには泥んこ遊びをさせないようにと言ってくる人もいるそうです。最近ではそういった保護者からのクレームを受けて、泥んこ遊びをしない幼稚園・保育園もあるとのことです。

また、砂場に猫除けシートをかけるなどの対策をとっているところもあります。さらにホームセンターなどで「滅菌した砂に抗菌剤をコートした安全・安心な砂」なるものまで売られているというから驚きます。かつて、子どもの頃には自然のなかで泥まみれになって夢中で遊んでいた人には、とても信じられません。

たしかに手や顔、それに洋服まで汚れてしまいますので、大人の目からみれば泥んこ遊びは汚らしく見えるのかもしれません。とはいえ、この一見不衛生な遊びこそ、幼い子どもの免疫細胞を鍛えてくれる「免疫細胞のトレーニング」になっているのです。

清潔すぎる環境で育った子どもは総じて風邪を引きやすく、アレルギーも起こしやすくなりますが、泥んこ遊びをしないで育った子どもは、まさにそれに該当します。では、どうして「泥んこ遊び」が免疫のトレーニングになるのでしょうか。

「泥んこ遊び」で免疫力が高まる理由

免疫とは「自己(味方)と非自己(外敵)を見分けて非自己を排除する機能」です。外敵は「抗原」とも呼ばれ、主にウイルスや細菌などの病原体(免疫反応を引き起こす物質すべて)を指しています。世の中に存在する抗原の種類は10億とも100億ともいわれていますが、私たちの獲得免疫はこれらの抗原に出合うたびに、それぞれの抗原ごとに最適な攻撃方法や最も効果的な武器の作り方を学習し、記憶していきます。

つまり、出合う抗原が多ければ多いほど獲得免疫のレパートリーが拡がり、能力はパワーアップしていくわけです。特に、子どものうちにできるだけ多くの抗原にさらされると獲得免疫はどんどん強くなり、多くの外敵に対する「記憶」ができて、再び細菌やウイルスにさらされても感染しなくなります。

自然免疫は加齢によって機能が低下していくので、その低下を防ぐことが重要ですが、獲得免疫は「強化」していくことが重要です。なぜなら、先制攻撃を担う自然免疫は生まれながらに備わっていますが、獲得免疫は生まれてから私たち自身が「獲得」して強化していくものだからです。みなさんはこんな話を聞いたことはありませんか?

「子どもの頃にペットを飼っているとアレルギーになりにくい」
「農家で育った子には花粉症が少ない」

実際にオーストラリアで行われたアレルギーの調査では、牛や馬を飼育している家畜小屋に出入りしている子どもはそうでない子どもに比べて花粉症や喘ぜんそく息の発症率が四分の一だったそうです。同様に、家畜と触れあう機会の多いモンゴルの遊牧民にもアレルギー患者は極端に少ないといわれています。

これは、ペットや家畜と触れあって多くの抗原に出合っていることで、獲得免疫が鍛えられるということにほかなりません。じつは、この獲得免疫を効果的に鍛える時期には「最適なタイミング」があります。

私たちの身体には、獲得免疫の学校ともいうべき器官があります。肋骨の裏側、心臓のちょうど上あたりにある「胸腺」という臓器です。骨髄の中にある造血幹細胞でつくられた獲得免疫のひとつであるT細胞は、生まれるとすぐにその学校に集められます。そこで待っているのは厳しい教育です。ここでT細胞が覚えなくてはならないのは、攻撃すべき抗原との闘い方を覚えることと、攻撃してはならない自己をしっかり認識することです。

10億とも100億ともいわれるさまざまな抗原に対応できるよう、T細胞には個々にちがった武器が与えられ、それぞれの抗原に適した闘い方を学びます。このときに大事なのが、その人がどれだけたくさんの種類の抗原に曝露されてきたかということなのです。抗原の種類が多ければ多いほど、この学校で教えられる闘い方や武器のバリエーションは多くなります。

また、自分自身の正常な細胞を抗原とまちがえて攻撃しては大変なので、この学校では誤って自己のたんぱく質に反応してしまったT細胞はみんな殺してしまいます。そのため、この学校を無事に卒業できるT細胞はきわめて優秀な約一割のみ。ほとんどのT細胞はこの学校から体内に出ていくことなく死んでいきます。ここを無事卒業できたT細胞は、いうなればエリート中のエリートです。

しかし、この学校の役割を果たす「胸腺」は、私たちが思春期の頃に最も大きくなり、その後はどんどん萎縮していき、20歳を過ぎる頃にはなくなってしまいます。つまり、きちんと教育を施された優秀なT細胞を得ることができるのは20歳までだということです。

それ以後の獲得免疫は、これまで学校で教えられてきた闘い方しか使えないので、武器のレパートリーをそれ以上増やすことができません。ですから、それまでに獲得免疫の機能を向上させることが免疫機能を向上させることになります。

私たちが健康になるために重要なのは、免疫を決して軽視しないこと、そしてふたつのポイントを実践することです。
1. 免疫の機能低下を防ぐことで、細菌やウイルスといった外敵から身を守ること
2. 免疫機能を向上させることで、免疫の作業効率を高めること

このふたつのポイントは、じつは「細胞レベル」で考えると、自然免疫と獲得免疫の話でもあったのです。つまり次のようになります。
1. 「自然免疫」の機能低下を防ぐことで、無数の抗原から身を守る
2. 「獲得免疫」の機能を向上させることで、各抗原に適した能力を身につける

このことからも「免疫力を高める」とは、免疫細胞を活性化し、その働きをよりよくする、ということだとわかります。免疫力を重視する、ということは免疫細胞の働きを意識することでもあるのです。

自然免疫や免疫システム自体は何歳からでも改善できますが、獲得免疫に関しては20歳までにどれだけ免疫の貯金ができたのかで、その人の力は決まってしまいます。だからこそ獲得免疫の学校(胸腺)が用意されている子どものうちに、泥んこ遊びをさせて、たくさんの菌やウイルスに負けない身体をつくっておく、その意識を持っておくことが重要なのです。

清潔すぎると免疫力が落ちる? 「泥んこ遊び」で子供の免疫力が高まる理由より出典~

子どもにとって、これから生きていく上で一番大切なものとは、”健康”と”精神力”だと思います。幼児期に大切な遊びの中には、たくましく生きていける将来を見据えたビジョンがあるのです。

どろんこ遊びは、子どもの遊びの王道です。
この時期に思う存分、汚くなるまで遊ばせてほしいなと思います。

ありんこの森保育園の園庭に手作りブランコが登場

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消防士の息子が休みの日に作ってくれました。
大人が座っても大丈夫でしたよ。
ロープの結び方がプロですね


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昨日は、ありんこ親子保育園(本園)との交流会があり、森の中のブランコは大人気でした


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ハンモックも気持ちよさそう

昨日は今年一番の暑さになったようですが、ここは山の谷間で風の通り道になっているので、
木々の間から吹いてくる風が涼しくて、とても気持ちがいいんですよ


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虫好きな男の子たちは、虫探しに夢中です

子どもは自然の中にいると、大地のパワーを受けてイキイキし始めますね

鳥の鳴き声と子どもの声が響く森なんて、こんなに素敵な場所はめったにないかも
こんなに素敵な自然の中で保育ができるなんて、子どもはもちろんのこと、私たち保育者も本当に幸せです

女性の方へ質問です。

生理が始まる3~10日前から、なんとなくイライラする、ゆううつな気分になる、腹痛や腰痛が起こる。でも、生理が始まると、ケロリと治ってしまうという体験をしたことはありませんか? 

男性の方へ質問です。

パートナー(奥さん、彼女)が、訳もわからず突然泣き出したり、些細なことで怒ったり、イライラしたりして、困ったことはありませんか?

もしかすると、それらの症状は、月経前症候群(PMS)かもしれません。


人によって、症状が続く期間や現れかたに差がありますが、PMSは女性の9割が体験しているといわれます。「自分では自覚していなかったけれど、そういえば思い当たる」という人も多いのではないでしょうか。

些細なことでイライラして、つい、まわりの人にあたってしまい、後で自己嫌悪におちいる…。こんなこともPMSが原因で起こることが多いのですね。
 

女性の方は、必要以上に自分を責めず、PMSについて知識を持って上手に対処すれば、症状が緩和されますので、焦らす自分の身体と付き合っていきましょう。

男性の方は、パートナーにPMSの症状が見られた場合、PMSについて理解し「自分のせいでこうなったのではない」と認識しましょう。そして、パートナーの支えになって、温かく見守ってほしいと思います。


心身にさまざまな症状が出るのがPMSです。

PMSが起こる原因は、ホルモンバランスの乱れや脳内神経伝達物質であるセロトニンの失調などが考えられると言われています。一般的には、月経開始の3~10日前から症状が現われ、月経が始まると軽くなる人もいますが、開始後も続いて、徐々に軽くなっていく人もいるそうです。

身体的な症状で現れやすいのは、下腹痛、腰痛、頭痛、肩こり、めまい、乳房のはり、冷え、下痢・便秘などで、食欲が亢進したり、逆に減退することもあります。
さらに、むくみ、にきび、肌荒れ、疲れやすい、眠くなる、などの症状も起こります。女性なら一度は経験しているかもしれませんね。

精神的な症状としては、イライラする、怒りっぽくなる、ゆううつ、無気力、涙もろくなる、不安感、性欲亢進または減退などです。さらに、仕事、家事などに集中できなくなり、攻撃的になって口論が増える、人づきあいが悪くなる、などの社会的な影響もみられます。

PMSを克服するためには?

自分がいつどんな症状が現われるかを自覚していることが大事です。
「生理前には不安定になる」と自覚しているだけで、いくらか苦痛がやわらぎますし、気持ちも前向きになります。「今、生理前でイライラしてるの。ゴメンね」と、友達や周りの人にあらかじめ断っておくのもひとつの手でしょう。


治療は対症療法がメイン

PMSの治療は、症状に応じた対症療法が行われています。
頭痛には頭痛薬、腹痛・腰痛には鎮痛剤、むくみには利尿剤、イライラには精神安定剤とそれぞれの症状をおさえる薬が処方されます。鎮痛剤がクセになりそうで心配だ、という人もありますが、月に数日、鎮痛剤を服用する程度では、まったく心配ありません。痛みを放置してストレスを増幅させる方が、心身ともに負担が大きくなります。

ただし、月経痛が強すぎる場合は、婦人科を受診することをお勧めします。
日常生活に支障が出るほどの月経痛は「月経困難症」と呼ばれ、治療の対象になっています。また、子宮の発育不全や子宮筋腫、子宮内膜症、感染症による癒着などが背景にある場合もあるからです。

さらに、前述の対症療法に加え日頃から、生活習慣をととのえて、適度な運動をすることも重要です。ウォーキングやジョギングだけでも、背中や腹部に筋肉がついて血行がよくなり、腰痛がやわらぐそうですよ。

バランスのとれた食生活をすることも大切

ビタミンE、ビタミンB6(ナッツ類、豚肉、レバー、新鮮な魚、アボカド、プルーン、レーズンなどに豊富)を積極的にとりましょう。逆にカフェイン、塩、砂糖などは控えるようにしましょう。

PMSは、排卵があって月経がくる人なら、誰でもかかる可能性があるそうですので、知識を持って自分でうまくコントロールしたいものですね。また、症状が強い場合は、婦人科を受診して、少しでも不快感をやわらげることも考えてみましょう。


月経前症候群(PMS)に関するサイト

早期教育は効果があるの?

先日、千葉市在住で1歳男児のママさんから、
「今は0歳児からのレッスンやお稽古教室があって、お友達のママさんたちは皆子どもを通わせているので焦ってしまう。何か習い事をやらせないといけないのでしょうか?」
とのご質問をいただきました。

皆がやっていると、わが子にも何かやらせなければと焦りと不安な気持ちになりますね。でも、本当に早期教育って効果があるの?と疑問に思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

早期教育には、何をもって効果があるといえるのか意見が分かれるところです。特に数字や文字については、本来の意味を理解しないで、単に暗記で覚えさせることに疑問視する人もいます。

私の知り合いで、1歳児からK教室に通い2歳児ではひらがなが読めて、国旗のカードを見せると国名が言え、数字も書けていた子がいました。2歳児の頃は天才?と期待されていましたが、5歳になるころには国旗のことなんてすっかり忘れていました。

また、3歳になったばかりでひらがな50音を読めていた子がいました。両親や祖父母も喜び、近所でも頭がいいと評判になり、鼻高々のようでしたが、幼稚園に入園し先生が絵本の読み聞かせをしていたら、お話の中身よりもどの文字が読めるかに集中してしまって、先生のお話をちゃんと聞けなかったということもあったようです。

このような大人の視点で考える「頭の良さ」よりも、大人の測り知れない想像力や探求心など、目に見えない能力が子どもにはあります。

先日、ありんこ親子保育園でどろんこ遊びをしていた3歳児さんが、雨上がりの砂場に浮いた泥の塊を見つけ、それをカップに盛り、「先生、チョコレートだよ。おいしいから食べてみて」とご馳走してくれました。
空を見て、「飛行機のお尻から雲が出ているよ」と言った子もいました。
「ママはいつもがんばっているから、ぼくもがんばるんだ」と言ってくれる子もいます。
大人にはない観察眼ですよね。

子どもは、親や先生から与えられる課題よりも、自分の目で見て、心で感じて、頭で考えることが大切です。それにより、自分で行動することができます。その結果、小学3年生以降の学習の伸びも違ってくるのです。

子どもは、家族や自然とのふれあいがたっぷり持てる時期に、物を観察する力や他人の気持ちを想像する能力、他人の話を聞く力などを育むとが大切だと言われます。

早期教育にこだわらず、幼児期には親子や自然との触れ合いを十分に持ち、わが子の見えない能力を信じて見守っていきましょう。

先日、子どもの頃にひどいアトピーと喘息だったという30代主婦のAさんのお話を聴きました。私も子どもの頃、ひどいじんましんと貧血に悩まされていたので、辛かった気持ちはよくわかります。

Aさんと私は、子どもの時代によく似た環境や共通点がありました。
・両親の不仲
・アレルギー体質だった
・両親が共働きだったため、小学生の時から病院には一人で通っていた
・学校の勉強ができなかった 
・担任の先生が嫌いだった
・親元から離れたら病気が治った  などです。

そうです。Aさんも私も、子どもの頃のストレスがとても大きかったのです。
アレルギーという病気は、自律神経が影響していると言われます。
過剰なストレスが原因だという報告もあります。

ただ、Aさんと私の違いは、”内にこもるか”、”外に出るか”の違いだったのです。
Aさんは「自分が悪い」と自分のせいにして親の言うことをきいてきました。その結果、自分の気持ちに蓋をしたまま大人になってしまったところがあり、自分に自信が持てない、自分に軸がないのではないか、それがどこから来ている悩みなのかもわかりませんでした。

反対に、私の場合、中学生になって親や先生に反抗するようになりました。元々気性が激しい子どもだったので、私の反抗期には、親は手が付けられなかったのだと思います。中学1年生の頃は不登校でしたし、何度も家出をしていました。挙句の果てには、中学校を転校…。
できの悪い子どもでした。

子どもの頃は似たような環境で育っているのに、内にこもる子と外に出る子では、こんなにも違うものなんですね。

でも、外に出る子のほうがわかりやすいのです。
反抗期は自立の芽生えですし、親も自分の子育てを改めるきっかけになります。だから、子どもの反抗期は必要で大切なんですね。

私は親に迷惑をかけましたが、子どもの頃から思いっきり遊んだので道を踏み外しても自分にとって正しい”王道”に戻ることができました。
それに、子どもの頃の辛い経験があるから、子ども時代の大切さ、親子の絆の必要性、教育・保育の重要性がわかるようになり、今の仕事に繋がっているのだと思います。


本来なら、子どもはワンダーチャイルド(伸び伸びとした子どもらしい子ども)に育つことが理想です。インナーチャイルドを抱えたまま大人になってしまったら、その悲しみや苦しみは大人になっても解消されずに残ってしまうでしょう。

”病は気から”と言いますが、子どもは特に精神面の障害が体に出やすいのです。体に異常が出始めたら”サイン”だと思って、子育てを振り返ることが必要です。子どもにしわ寄せがきているのかもしれません。


こういう話を聴くと、「子どもは伸び伸び育てたい!」と思いませんか?
あまり細かいことを気にせず、おおらかに、健やかに育ってくれたらいいな、と思いますね。

そのためには、親自身が心に余裕を持っていなければなりません。
神経質にならずに、おおらかに、健やかな笑顔で子どもを育てる環境が必要ですね。

現実はどうでしょう? 
イライラして、細かいことに口うるさく、ついつい手出し口出ししてしまう、なんていう人も多いかしら?


それでは、どうして伸び伸び育てた方がいいのでしょうか?
「なんとなく、そうした方がいいから?」なんて思っている人はいないですか?
実は、ちゃんとした理由があるんですよ。

伸び伸びと育てた方がいいわけ

育ての目標は、‘良い子ども‘ではなく、‘良い大人‘になる事だからです。

良い大人とは、
・自己肯定感があり、自分も他者も尊重できる
・人柄がいい(人格者)
・自立心がある
・自分の人生に責任をもって行動できる

大人になって、大事なことは『人格』と『自立』だと思います。
その結果、得られるものが『幸せ』なのではないでしょうか。


子ども時代は多少道をはずれても、それも勉強です。
大人になって良くなればいいのではないですか?
好きな事を見つけて熱中することが大事です。

親がやることはただ一つ、子どもの関心や興味のありそうな方向に向けるだけです。

小さい時から楽しい音楽を聞かせていれば、音楽が好きになるでしょう。
絵画を見せたり絵本を読んであげたりすれば、絵に感動を覚えたり本好きになるかもしれません。
スポーツを一緒に楽しめば、身体を動かすことが好きになるでしょう。

その子が興味があることを見つけたら、それを伸ばしてあげるようにサポートすることです。
その道で上手になると、もっとやりたくなるかもしれません。
決して、親のエゴでやらせることとは違います。

習い事は、子どもがやりたいことなのか?
それとも、親が子どもにやらせたいことなのか?

みんながやっているから塾や習い事に行かせても、
興味がなかったら思うようには伸びません。
お金と時間がかかるだけで、親のストレスの原因になります。

自分の思い通りにいかなかったら、子どもに対して神経質になりイライラしてしまいます。中には、子どもの人格を否定する言い方になる人もいます。「バカ・愚図・のろま・嘘つき」などの子どもの人格を否定する言葉を頻繁に言われたら、子どもは間違いなく「自分はダメだ」「やっぱり無理だ」と自信が持てなくなったり、精神的自立ができなくなってしまうでしょう。もしくは、反発して非行に走るかもしれません。良い大人になるのは、とても難しくなってしまいます。

まずは、親自身の心の環境整備をすることです。
神経質になってイライラする原因は何なのか?
心配の原因はどこにあるのか?
自分を振り返り、心の衛生状態を改善する必要があるでしょう。

子育ての一番の環境は、親の心による影響が大きいのです。
心の中にある不要な感情は、子育てにとって障害になっているかもしれません。
これが改善されなければ、いくら子育ての知識やスキルを持っていても無駄になってしまいます。

子育てについての知識やスキルを得ることは、いくらでもできます。育児本を読めばいいのですから。しかし、親自身の心の環境を整えるということは、なかなかやれないのが現状です。

「子どものために、今の自分を変えたい!」と思うのであれば、子育てカウンセリングを受けてみられることをお勧めします。
是非、私のセミナーにも参加してみてくださいね。
子どもを伸び伸びと育てると子育てが楽しくなりますよ。

すべての子どもたちが心身症などの病気で苦しむことなく、
健やかにに育つよう願っています。

1・2歳児と接していると、言葉のコミュニケーションが通じないことがよくわかります。
しかし、保護者や保育者をよく観察していると、指示命令、過保護、過干渉をしている方を時々見かけます。だからといって、子どもがいうことをきくわけではなさそうですが…。

子どもを誘導したければ、まずは信頼関係を築くことです。
特に言葉の通じない幼児には、言葉以外のコミュニケーション(メラビアンの法則:表情、態度、アイコンタクト、声のトーン、ペーシング・ミラーリングなど)が大切です。

これは大人も同じで、人と人とのコミュニケーションの基本になるものです。


今日は、『コニュニケーションのプロセス』について、ご紹介します。

人と人がわかりあうためにはコミュニケーションが必要ですが、それには信頼関係がとても重要になってきます。信頼関係を築くことが、コニュニケーションを良くする方法といっても過言ではありません。

「子どもが言うことを聞いてくれない」「部下が自分から動いてくれない」など、思うようにコミュニケーションが取れないとイライラしたり、不満に感じたりしますね。

でも、ちょっと考えてみてください。
相手を動かそうと思っていても、なかなか相手は動いてはくれません。
なぜでしょう?

それは、コミュニケーションのプロセスを踏んでいないからです。

人を動かすことは、リーディング(誘導する)と言います。
リーディングには、ラポール(信頼関係)が必要なんですね。

大人の場合、コミュニケーションの大切なステップは、よく「社交ダンス」に例えられます。初めてペアを組んだ相手とは、まずお互いの動きを観察して、ペースを合わせていきます。徐々にペースが合ってくると、相手を信頼しリードも自然と身をゆだね、優雅に心地よくダンスを踊ることができます。つまり、リーディングを行う前には「ラポール」が築かれていることが必要条件になるというわけです。

≪コミュニケーションのプロセス≫

① まず、相手をよく観察します。(キャリブレーション)
② 相手にペースを合わせます。(ペーシング)
③ お互いの間に信頼関係(ラポール)が生まれます。
④ 相手の望ましい方向へ誘導していきます。(リーディング)
⑤ 相手がより望ましいゴールへと到達します。


例えば、小学生の場合。
学校から帰ってきた息子、下を向いたままで、「ただいま」の声も元気がありません。
さては、学校でなにかあったかな?と推測できますね。(キャリブレーション)

母:「お帰り。どうした?元気ないね」
子:「○○くんとケンカした…」
母:「そうなんだ、○○くんとケンカしたんだ」
子:「うん。だって嫌なこと言ってくるんだもん」
母:「嫌なこと言われたのね。それでどんなこと言われたの?」
子:「バカって…」
母:「そう、バカって言われて悲しい思いをしたのね」
子:「うん」

この会話のポイントは、「元気がない」と「悲しい気持ち」です。
相手が悲しそうに話している時には、相手に合わせて悲しそうに聞きます。
「そのくらいのことは大したことではないでしょ」「もっとがんばれ」「明日、先生に言いなさい」など、親が子どもに答えをあげないことです。ここでは「バックトラック」(オウム返し:相手の言葉をくり返しながら返答する)をすることが大切で、否定をせずに最後まで気持ちを聞いてあげるだけでOKです。

話をして落ち着いて考えられるようになったら、次にどうすればいいかを自分で考えさせるように誘導していきます。あくまでも自分で答えを導き出すように関わり、自分で考えて行動させることが大切です。

幼児の場合は、遊びの中でミラーリング遊びを取り入れてみます。
子どもと同じような表情をしたり、同じような声をあげたり、同じしぐさをして遊びます。真似っこ遊びです。すると、子どもは安心し、面白がって近寄ってきます。
これが幼児との信頼関係を築くのに有効な方法です。


ペーシングをするのにはわけがあります。
私たちは相手や近いと感じる相手に「親近感」を覚えて、「ラポール」を築きやすくなるのです。ですから、相手に似ていると感じさせるような話し方や姿勢を合わせることで、相手は安心します。ペーシングには、「ミラーリング」(相手のしぐさや姿勢を真似してしまう方法。まるで鏡に映したかのように表現する)や「バックトラック」(オウム返し)のスキルがあります。

この段階では、ただ相手に合わせるだけでいいのですね。(ペーシング)

人は自分のことをわかってくれる、受け入れてくれたと思った時にその人を好きになり信頼します。これこそが信頼関係を築くことになるのです。理解し合った仲なら、多少困難なことがあっても乗り越えることができるでしょう。(ラポール)

会話の中で、相手を観察(キャリブレーション)しながら、「ミラーリング」や「バックトラック(オウム返し)」などを使って相手にペースを合わせていく(ペーシング)と、徐々に相手との「信頼関係」(ラポール)が築かれます。

今度は、さらによりよい状態になるように少しずつリードしていきます。(リーディング)
真のコミュニケーションとは、「相手に何らかの影響を与えて、いい変化を生みだす」と考えます。夫婦、親子、友達、恋人との会話、お客様との商談、カウンセリング、コーチング…。そのどれもが、相手のことを思って、相手がより望ましい状態になれることを望んで行うものです。

ですから、相手との間に「信頼関係」(ラポール)が築けているのであれば、今度は相手が望む方向に進めるように、ほんの少しだけ手を差し伸べて誘導していくのです。ただし、相手を意のままに操ることでは決してありません。相手に強要するのではなく、問いかけや働きかけをしていくことで、答えや望ましい変化へのヒントを相手自身が自分の内から見つめられるように、手助けをしていることが「リーディング」です。


子どもや部下が言うことを聞かないと嘆く前に、自分のコミュニケーションに欠けているものはないか、見直すことが必要かもしれません。信頼関係が築けていないと思ったら、相手に合わせていなかったということもあります。相手に合わせていないのは、相手のことをよく観察していなかったということにもなるのです。

相手をよりよい方向へ導くためには、コミュニケーションのプロセスなくしては成立しないのです。

人間関係がうまくいかない方は、自分のコミュニケーションのプロセスを見直してみましょう。


~参考書:手にとるようにNLPがわかる本

昨日のブログで取り上げた”漠然とした悩み”を感じている人や、何かあるとすぐに心が折れてしまう人は、「自己評価」が低いことが影響しているのかもしれません。

何があっても、折れない心を持ちたいと思いますね。
わが子にもそうなってほしいと思いますよね?

実はこの心は、6歳までに自分や人生の肯定感覚を味わっていないと育たないそうなのです。

教育カウンセラーの諸富祥彦先生は著書『子どもの心を救う親の「ひと言」』で、「いわゆる”折れない心”の種は、6歳までに、”自分や人生への肯定的感覚”をどれほど味わえるか、にかかっている」と語っているそうです。これは、”心の土台”といわれるもので、挑戦したり、困難を乗り越えるときに必要なものです。

ということは、折れやすい人というのは、もしかしたら乳幼児期に「自己肯定感」が育っていない可能性があるかもしれません。

わが子を育てる上で、どのような子育てをしたらいいのでしょう?
諸富先生は「子育てには3つのステージがある」とおっしゃっています。
(1)0~6歳・・・心の土台づくり期 (親子密着時期ともいわれ、親が愛情を注ぐことが大切な時期)
(2)6~10歳・・・しつけ期 (社会的なルールやマナーを学ばせる時期)
(3)11~22歳・・・自分づくり (親は一歩下がって見守る時期)
の3段階です。

この(1)0~6歳の”心の土台づくり期”に、過剰なしつけだけはやってはいけない、と警告しています。6歳以下の子どもは、悲しい気持ちになっても上手に伝えられるとは限りません。よって、厳しくしつけるのは6歳から。6歳までは、 ”私は愛されている。私はこの世界に歓迎されている”と感じられる子育てをすることが大切です。土台ができていれば、厳しいことを言われても、もっと頑張ろうという気持ちになりますが、土台ができてないければすぐに心が折れてしまうかもしれません。

とにかく6歳までは、スキンシップを多くとること。手をつないだり、触ったり、ギュッと抱きしめたり、「あなたが一番大事」と言ってあげましょう。

子どもの育つ時期は、子育ての”旬”のようなもの。
旬に合わせて、上手にシフトチェンジをしていきましょう。

私は、カウンセラーの仕事もやっていますが、
最近、ご相談の中で多いのが”漠然とした悩み”というものです。

これと言って具体的に大きな悩みはないのだけれど…
 ・いつも何だか不安を感じている
 ・自分に自信がない
 ・人の言うことに流されてばかりいる
 ・自分がないような気がする
 ・弱い自分が嫌だからもっと強くなりたい 
 ・自分が嫌い   などです。

この「どこから来るのかわからない例えようのない漠然とした悩み」を、
クライアントさんから丁寧に話を聴き、原因と思われるものを引き出していきます。

例えば、自分が嫌いという悩みに対して、
 ・いつからそう思うようになったのか?
 ・どこが嫌いなのか?
 ・何が原因で嫌いになったか? 
などの質問を一つひとつ聞いてみます。

そして、質問に対して返ってきた答えを分析してみます。
心理学に基づいた分析と、自分が長年経験した相談者のタイプ別分析などを基に、心理療法を用いるかを決めていきます。

ウツや心身症などの「心の病」の疑いのある人は私の手には負えませんので、ご本人やご家族に専門医へご相談するようにお勧めしたり、臨床心理士の先生に相談したりしています。

私が用いる心理療法の中で、ゲシュタルト療法のホットシート(hot seat)という心理療法があります。

ゲシュタルト療法のホットシート(hot seat)とは?
フリッツ・パールズとローラ・パールズの夫妻が創始したゲシュタルト療法(Gestalt therapy)では、『想像上の他者(過去に関わりのあった重要な人物)』や『もう一人の自分(人格構造の一部分)』をイメージしたロールプレイング(役割演技)が積極的に実施されている。ホットシート(hot seat)はゲシュタルト療法におけるロールプレイング法の一種であり、またクライエントが座る空間的な場所のことを直接指すこともある。

『対話ゲーム』という実践的なエクササイズにおいてホットシートが用いられることが多いが、対話ゲームはそれを見守ってくれる参加者がいるという集団療法的(グループセラピー的)な環境で行われることが多い。ホットシートと呼ばれる席に自分が座って、それに向き合う席の位置に『自分が対話したい(対話すべき)相手』のイメージを想像して座らせて、あたかもそこに実際のその相手が座っているかのようにして対話を展開するのである。

自分が座っている椅子が『ホットシート』と呼ばれるが、ホットシートの前に置く現実には誰も座っていない椅子が『エンプティ・チェア(空の椅子)』となる。エンプティ・チェア(empty chair)には誰も座っていないが、そこに実際に自分が対話しようとしている『自分にとって重要な意味や影響力を持つ他者』が座っていると仮定した上で、心理的効果が期待できるロールプレイングを進めていくのである。

ホットシートとエンプティ・チェアを用いたゲシュタルト療法のロールプレイングは、『過去の深刻なトラウマ(心的外傷)となっている出来事・他者』をテーマにしたり、『自分が十分に話したいことを話せないような苦手意識のある相手』との対話を中心にして展開したりすることが多い。エンプティ・チェアに座る相手は父親や母親であったり、親友や恋人であったりするが、いずれにしても『自分にとって重要な意味を持つ相手』であり『簡単には忘れることができない印象や影響を残していった相手』なのである。

~[ゲシュタルト療法のホットシート(hot seat)]より出典~

私も以前、このホットシートを行ったことがありました。
子どもの頃の自分を自分の中から取り出し、エンプティ・チェアに座らせて対話をしました。自分の中にいた「インナーチャイルド」の話を聴き、大人になった今の自分が過去の自分を慰めてあげたことにより、今の自分が抱えていた漠然とした悩みが消えていった不思議な体験をしたことがあります。

インナーチャイルドの気持ちが一番わかるのは自分自身なので、細かいところまでよく理解でき、本当は自分は何を求めていたのか、何が足りなかったのか、どうしたかったのかがよくわかり、それを丸ごと受け止めてあげることで、インナーチャイルドが満足し、本来のワンダーチャイルドに戻っていきます。
慰めた後のインナーチャイルドは、また自分の中に戻して終了します。

過去に辛い経験をした年齢の自分と何度か会話をすることで、だんだんと本来の自分に戻っていき、心と体のバランスが保たれるようになることで、今の自分が置かれている状況にも満足し、様々な結果を残せるようになりました。


漠然とした悩みで行き詰っている方は、その悩みを放置しないで、
一度、心理療法を受けられてみてはいかがでしょうか。

頑張っているお母さんが、生後1歳にも満たないわが子に一生懸命に話しかけて遊んであげている姿を見ていると、なんだか切なく思う時があります。きっと自分と重なる場面があるからでしょう。
私も、一生懸命に子どもに構ってやるのがいい母親だろうと思っていた時期があったな、切なかったな、と振り返ってしまうのです。


育児書に、「赤ちゃんの心は、ママをはじめとする周りの人の愛情や言葉のシャワーをたっぷり浴びて成長していきます。どうぞこの乳児期に、語りかけやスキンシップ、遊びなど愛情たっぷり注いであげてください」と書かれていたら、どんな時でも語りかけて、たっぷり遊んであげなくちゃと思ってしまいますね。

しかし、新米ママにはそんな余裕はありません。
いつでも穏やかに語りかけできる人は、きっとほんのわずかだと思います。
子どもが好きで産んだ人でも、我が子を育てるとなると感情が入ってしまい力んでしまうようです。

私がもし赤ちゃんだったら、大人との遊びはそれほど楽しくないと思うかもしれません。
だって、大人はほっといてほしい時にかまってきて、好きにさせてほしい時に好きにさせてくれないのですから。
この世の中を探検しているときに、
「ダメよ。危ない。ばっちぃよ」なんて言われて、止められるんですもの。
それに、遊んでほしい時は大人はかまってくれません。
笑ってほしい時にも笑ってはくれないのです。

子どもは「危ない・汚い・恥ずかしい」などにこだわらず遊んでいます。
大人が遊んでやることと子ども同士が遊ぶことには、根本的に大きな違いがあるのです。

子どもは子どもの中で育つものがあります。
手出し・口出しもやり過ぎると遊びではなくなってしまいます。
大人はどうしても、「あれやってみたら?」「これやろうよ」と、口出ししてくなり、あれやこれやと構い過ぎてしまいます。

しかし、子どもは大人の気持ちとは裏腹に、自分でやりたいものがあります。
やりたいことを伸ばしてやる方が、子どもは自分の力で伸びていくものです。
親や大人の手出し・口出しでは育ち切れない部分です。


「小さい頃から保育園に預けるのはかわいそう」との神話がまだまだあるようですね。
「かわいそう」が転じて、「保育園に預けるくらいなら、私が育てる」とお祖母ちゃんが名乗りをあげるようですが、今や孤独なお祖母ちゃんがかわいい孫を甘やかせることなく育てられるかは疑問に思うところです。

もちろん、家庭教育が大切なことは言わずと知れています。
しかし、保育園には集団としてのパワーがあるのです。
どんなに肉親が努力しても子どもに与えてあげることはできません。

いろんな子どもたちの中で、自分を表現したり、我慢したり、楽しんだりしながら育っていくのだと思います。好きなことをやっているからと言っても、子どもはひとりでは楽しくないのです。ケンカをしながらでも、同じ子ども同士で遊ぶから楽しいのだと思います。

ひとりで悩んで一生懸命に育てているのに、いい子育てができていないお母さんは少し子どもと距離を置いて、自分の時間を持つといいと思います。そのために保育園を活用しても、それはかわいそうなことでもなんでもないです。
逆に子どもにとっては、遊びや学びが広がるのです。お母さんも自分自身に時間ができて、子育てにも余裕が持てるようになるかもしれません。

以前は、子育てに苦悩されている方もいらっしゃいましたが、今では保育園に預けて働きに出られたことで、とても生き生きとお仕事も子育ても充実していらっしゃる方もいます。「保育園預けて、本当に良かったです」と嬉しいお言葉をいただくこともあります。

子どもが可哀想だなんて、とんでもない。
弊園の子どもたちは皆から愛され、たくさんの経験をして育っています。
自然の中で、本当に楽しそうにお友達と遊んでいます。
食事も野菜中心の手作りですし、おやつも先生たちが愛情を込めて作っています。
恵まれて育つとは、こういうことをいうのだと思います。

子どもたちが「いい子ども時代だった」と、大人になって思ってくれることが正解なのではないでしょうか。

子ども通しの関わりを増やし、お母さんも心に余裕を持って子育てしてほしいなと思う、今日この頃です。


上を見ればきりがない。下を見ても底がない。

と、子どもの頃に祖母に言われた記憶があります。
昭和40年代は、まだまだ家庭格差があったのかもしれません。

子どもの頃の我が家は8人家族。両親は共働きでしたが裕福ではありませんでした。
友達の家庭が旅行に行ったと聞けば、「いいな」と羨んでいました。

それを見た祖母は、「上を見ればきりがない」と言って、子どもの私に「うちよりも苦労している家もあるのだから、人を見て羨んではいけない」と諭したのでしょう。

上を見て羨み、今の自分を悲観して下を見ても、底無沼のようにどんどん落ちていくことになります。自分が置かれた立場を憂いだり、人を見て羨んだりすることなく、今自分が持っているものや周りの人に感謝して生きなければ罰が当たるよ、と言いたかったのかもしれません。

現代では、あまり聞かなくなった言葉です。

今でも時々、この言葉を思い出します。
自分よりもレベルが上の集団へ入っていったとき、自分は仕事ができない、頭が悪い、○○を持っていない、人脈がない、お金がないなど…。

上を見ればきりがないのに、自分よりも何かを持っている他人と比較して、自分を憂う人を時々お見かけします。

本当は、他人が持っていないものを自分はちゃんと持っているのに、自分で自分に格差をつけて、自分の方が下だと見ているから、自分の持っているものは大したものではないと憂いでいる。
でも、本当は自分が持っているものの方が、誰も持っていない貴重な体験や思考だったりします。ただ、表現することが下手なだけであって、できない、持っていない、というわけではないのです。

誰にでも、可能性はあります。
差がつくのは、自分の持っているものに気づき、活かせるか、ただその違いだけなのではないでしょうか。

失敗したり、上手くいかないとどうしても他人と自分を比較して、憂うという気持ちが湧いてきます。そんな時は、自分を責めるのではなく、一生懸命に頑張った自分を慰めてほしいなと思います。


過去を見て生きるよりも、これからどうするかに焦点を当てて進んでいく方が楽です。

過去は変えられないから、いくら考えてもしょうがない。
でも、過去の教訓を活かして、未来を変えていくことはできるはず。
ですから、過去に執着しないで、今の自分ができることを一歩一歩、確実に歩んでいくことの方が大切なのだと思います。

上を見ればきりがない…。
下を見ても底がないのです。

これが宿命なら、今の自分を受け入れて前に進むしかないのです。
人は人、自分は自分の人生なのですから。

問題の当事者は、自分が問題だということに気づいていない。
しかし、近くにいる者は、それが問題だと、とっくに気づいている。
気づかない者に、それが問題だと言ってもわかならい。
だから、どこから間違えたのかもわからない。
周りにいる者には、すでに問題の解決策が見えているのだが、
当事者がその問題の解決策を実践することは、ほとんどないだろう。
なぜならば、自分を変えようとしないからだ。
自分が問題だと気づいた者だけが、道を間違えずに進むことができるのである。



私は、色んな相談を受ける立場にいますが、相談される方には2種類の人がいます。
問題に対して、”自分の責任で考える人”と”人にせいにしている人”です。

人にせいにしている以上、解決策はありません。
なぜなら、人は変えられないからです。

問題の根本的な原因は、誰でもないその人自身にあることが多いのです。
しかし、問題の当事者には自分が問題だということはわかりません。
なぜなら、それを教えてくれる人は誰もいないからです。

周りで見ている人は皆、その問題に気づいていて解決策もわかっているのですが、他人がそれを言うことはめったにありません。なぜなら、わからない人に言っても無駄だと諦めているか、人に意見をしたくないと思っているからです。

結局、問題の当事者は、決定的な問題に気づけないまま過ぎてしまい、もっと大きな問題となって全てを無くすことにもなりかねないということです。


では、どうすれば気づけるのか?

転んで、痛みを知る。
無くしてみて、初めて大切なものだったと気づく。

しかし、それでは遅いのです。



問題の解決策は、自分で間違いに気づくことです。

・本当の原因はどこにあるのか考えてみる
 これまで形を変えながらも同じ内容の失敗や問題が繰り返し起きていませんか? 
 間違っているのは自分の方ではないかと疑ってみることです。

・結果を考えてみる
 正しさにこだわるよりも、最終的に自分がどんな結果を望んでいるかを考えてみてください。あなたの考えは一つの意見に過ぎず、自分の信念を主張しているだけという場合もあります。

・他人の行動を変えようと思わないこと
 相手に変わることを要求するのは、間違ったアプローチだと思うこと。
 相手の間違いを非難してばかりいないで、自分をコントロールすることを考えてみましょう。

・事実を参照する
 客観的に事実を見るよりも、自分の信じていることが正しいのだと証明できる証拠を探してしまうことがあります。それが間違いであるとわかった後でも考えを改められないことさえあるのです。
 最初にある情報を信じてしまうと、後にそれが間違いだとわかっても最初に聞いた情報の影響を受け続けてしまい、正しい情報を認識し直すのに苦労するという心理的現象があるからです。事実を見ることが大切です。

~参考~
頑固なあなたへ~自分の間違いに気づき、それを受け入れるためのレッスン

以前、視察に行った県内のある保育園で、まったく面白くないと思った保育園がありました。

お勉強系のその保育園では、階段ごとに英単語が書いてあり、2階のホールに置かれた絵本コーナーには、「本を読む子は偉くなる」というような内容のビラが貼ってあり、音読カードもありました。

教室の廊下には、園児全員の名前が書いてある30ほどの項目別になった表が貼ってありました。できるようになったらシールを貼っていくカードのようなもので、シールの数が何点とか、点数表のようでした。表になっているので、誰が何点だか一目瞭然です。できる子は優越感に浸れて、できない子は劣等感を感じてしまいそうな表でした。制作は画一的で、皆見栄えのする同じような作品。というか、やらされている感がありました。

立派な園舎の大規模保育園でしたが、明らかに保護者うけを狙ったものだということがわかり、保育をわかっていない人が保育園を経営しているようで嫌な気分になったことを覚えています。


私は保育に教育を取り入れることが悪いとは思っていません。しかし、幼児期に育てなければならない大切なことは、遊びの中にあると思っています。ですから幼児期の教育とは、遊びながら学ぶことです。

小さい頃から早期教育漬けになってしまった子どもの将来はどうなるのだろう?
現代の若者の問題が頭に浮かんできます。早期教育が流行してきた十数年前から増えてきた不登校、引きこもりは未だに減る傾向はありません。社会問題化している数万人いると言われるニート・フリーターの問題。凶悪化している少年犯罪…。これらの問題の根底には、乳幼児期からの間違った教育方針が見え隠れします。

子ども時代に育てなければならない”心の土台”は、9歳までにしっかりと育ててほしいと思います。それには、思いっきり集中して遊ぶ経験をたくさんさせてあげることです。

遊びの中から工夫したり、自分で考えられる力をつけたり、友達との関わりで協調性を持ったりして、自分からすすんで取り組もうとする力を身につけることが大切です。
そうすることで、困難にも諦めないで取り組もうとする”心の根っこ”が養われるのです。これが保育の目的だと思います。

幼児のうちから詰め込み式でお勉強を教えても、それが出来るのは一時的なものです。文字や英語・音楽教育等の早期教育は、続けていなければ意味がありません。

私が心配するのは、早期教育の弊害です。
幼児期にスラスラ字が読めるようになった、計算ができると言っても、秀でているのは小学2年生位までの話です。早期教育の弊害は3年生から出始めます。学習意欲の低下です。これは、やりすぎのための燃え尽き症候群とも言われます。
3年生以降の学力の伸びは、”見えない学力”(やる気・根気・好奇心・理解力・応用力など)の差が関係することは明らかです。

幼児期は頭でっかちの目先の学力より、後伸びする”見えない学力”を育てることに力を入れるべきです。


ありんこ親子保育園の保育は面白い!
どろんこプールに飛び込んじゃうぞ♪←どろんこ遊び、最高です。

お父さん、お母さんたち、こんな経験したことありますか?
今の親世代は、泥まみれで遊んだ経験がない人が多いんです。
それは保育士も同じです。
保育士自身が、子どもの頃汚れるまで遊んだ経験が乏しい…。
だから、子どもと一緒にどろんこになって遊んでみればいいんです。
どんな気持ちがするか?泥の匂い、感触、お日様の光、水の気持ちよさ。
心から楽しむという経験がいかに大事か…。
大人が経験していないものを子どもにどうやって伝えることができるでしょう。

この困難な時代にあって、自分の足で人生を歩んでいける”生きる力”を子どもたちに身につけさせることの方が大切なのです。

どうぞ、目先の学力に囚われることのないよう、保護者も保育士も、『育つ・育てる・育ちあう』真の保育を目指してほしいなと思います。

昨日、保育園にお迎えに来られたお母さんと少し立ち話をしました。
子どもさんがお母さんの姿を見て少しショックなことを言ったことで落ち込んでいる、というお悩み相談でした。

私は、子どもからショックなことを言われたことで落ち込んでいる事実を受け止めてあげることに加えて、少しアドバイスをさせていただきました。10分程の立ち話でしたが、お母さんはホッとした表情をされ、「先生に会えてよかった。スッキリしました」とおっしゃって、元気にお子さんとお帰りになりました。

私もお母さんのホッとした表情を見ると安堵します。
頑張っているんだな、これからもお母さんたちの支えになろうと思いました。


私はよく、保護者の方から悩み相談を受けます。
子育て支援センターでは、子育て相談室を担当しているので様々な悩みに出逢うことになります。そんな時、思い出す言葉があります。

自分の言葉で話しなさい

これは昔、恩師が私に教えてくださった言葉です。
自分の言葉で話すこととは、『自分の体験談や自分が感じた素直な気持ちを、人に話してあげなさい』と言う意味です。

私がお母さんたちと話す時は、自分の言葉で話すようにしています。
過去に体験した色んな思い、辛かったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、自分が感じたことをそのまま正直に話しています。それを聞いたお母さんたちは、自分の姿に照らし合わせて未来を想像していくから、遠くに光が見えたような気持ちになってホッとしてくれるのだと思います。

この『自分の言葉』というのは、リーダーにはとっても大切で必要なことです。
誰かの言葉や他人の体験談、本に書かれていることとは全く違います。
自分が体験したことが、人を感動させるというのですから、自分の言葉で話す人は、人を引きつける魅力のある人なのだと思います。

立派なことをしていなくたって、普通の生活の中でも感じることや気づくことはいくらでもあります。嬉しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと、幸せだと感じたこと…。
そんな自分の体験談が、もしかすると人を勇気づけられるかもしれません。

同じ境遇の人がいたら、その時、自分はどんな気持ちでどう行動したのかを語って聞かせてください。相手の道しるべになったり、勇気が湧いてくるかもしれませんね。


人が話した言葉や本に書かれていることは、自分には責任がありません。
『自分の言葉で話す』ということは、『自分に責任を持つこと』だと思います。
それは人のせいにしないで、自分の生き方にポリシーを持つということです。

そのことを恩師は教えたかったのだと、今になってそう思います。
責任ある生き方を教えてくださった恩師に、心から感謝しています。

以前、ある子育て会議で聞いた先輩たちのお話です。

2人の息子さんのいるAさん(50代主婦で元保育士)のお悩みは、長男さんの不登校でした。
「保育士は子育てのプロ」というレッテルとプライドがあったのでしょう。子育ての悩みがあっても、人に聞くこということはせず、誰にも相談しないまま子育てしてきたそうです。気づいた時には、長男は不登校になってしまい「私の何が間違っていたのか?わからずにここまで来てしまいました」とおっしゃっていました。

3人のお子さんのいるBさん(50代主婦)は、子どもたちが小さい頃から子育てでわからないことがあったら、子育ての専門家の先生に相談したり、先輩ママたちに聞いてみたり、色んな人にたくさんのアドバイスをもらいながら育ててきたそうです。そして、子どもたちは皆自立し、立派な社会人になりました。

数年後、AさんとBさんにはそれぞれお孫さんができました。
ある日、お孫さんのことで、お嫁さんから子育ての悩み相談をされました。

Aさんは、どうしていいかわからなかったそうです。
Bさんは、昔、自分が教わった子育てを教えてあげられたそうです。

Aさん曰く、「教わっていないことは齢を取ってもわからないままだった。周りの人に素直に聞けばよかった。まさか孫のためになるとは思わなかった」とのこと。


いくら保育の知識や経験があっても、事、我が子の子育てとなると話は別です。先生と呼ばれた人は変に知識があるので、現実とのギャップに感情をコントロールできない人もいます。

保育の知識は、短大や大学で教わるでしょう。
でも、母親としての心構えや我が子の子育ては、誰から教わりましたか?

教えてほしいことは、素直に頭を下げて「わかりませんので、教えてください」と言わなければ誰も教えてはくれません。頭を下げられない人には、本当に自分の欲しいアドバイスはもらえないのです。

子育てをする母親にとって、一番必要なものは何でしょう?
それは、”素直さ”と”正直さ”です。
これさえ持っていれば、子育てにとって必要なものはほとんど手に入ります。

反対に、要らないものは何か?
見栄と体裁と、変なプライドです。

要らないものは捨てて、必要なものを得るのです。

知識だけでは、我が子の子育てはうまくはいかないよ、というお話でした。

ある会社の従業員さんに、とてもエコにうるさい人がいました。
会社のゴミ箱に段ボールやコピー用紙が捨ててあると、「リサイクルすればいいのに」といつも言っていました。旅行が趣味だったその方は、「発展途上国に行ったら、紙は高価で貴重なものだった。捨てずにリサイクルするのが当然だ。日本は資源の無駄遣いが多い」と教えてくれるのですが、ただ言うだけなのです。自分で分別したり、持ち帰ってリサイクルに出したりはしません。ただ、ああすればいいのに、こうすればいいのにと言うだけで、「そんな当たり前なことにどうして気づかないのかわからない」と言っていたそうです。

また、別のビジネスマンの方は、「上司がダメだ。部下が使えない」と不平不満ばかり言っていました。だからと言って、自分がああすればいいのに、と思うことをやるわけではないのです。

どちらも他力本願だったわけですが、
結局は、両者とも不平不満を残して会社を辞めていったそうです。


自分が当たり前だ、常識だ、と思うことが、それがいくら正しいことだとしても、相手も同じ価値観で物事を捉えている訳ではないので、気がつかない場合もあります。「じゃあ、あなたがやれば?」と言われたら、「どうして私がやらなければならないのか。それは自分の仕事ではない」とおっしゃるのでしょう。

結果、不平不満に思う方がストレスが溜まっていくようです。
人間関係が嫌になって転職しても、そういう人は自分でストレスをつくり出しているので、どこへ行っても同じことを繰り返すことになるかもしれませんね。

ストレスが溜まる人とは2種類あって、一つ目は、自分の気持ちを言わないで我慢する人。
二つ目は、不平不満や文句を言う人なのだそうです。

冒頭のお二人は後者のタイプの方ですので、ストレスになっていたのではないかと思われます。

ストレスが溜まれば、誰が一番困るのか? 自分ですよね。
ですから、気がついたら自分で動いた方がストレスが軽減されるのかもしれません。

それに、文句を言うより、気がついて動いたほうが人から感謝されますね。
いつまでも不平不満を言い続けるよりも、ずっと精神衛生上いいのではないでしょうか?

気づいた人がやる。
やったら見返りを求めない。

「せっかくやってあげたのに」と思うと、またストレスになりますから。

子育て相談で多い年齢の一つに9歳(小学3年生)があります。
小学3~4年生はいわゆる「ギャングエイジ」と言われる時期ですね。
学校や家庭で様々な子どもの問題が多くなります。
いじめ、暴力、不登校、学習の遅れなど、親が知らないうちに問題が深刻化するケースもあるのです。

「ギャングエイジ」とは?

ギャングエイジというのは2つの意味があります。
1つ目は、「徒党を組む」ということです。大人に干渉されない、子どもだけの世界を持ち小集団で行動し始めます。
2つ目は、「悪さをする」時期のことです。学校で禁止されていることを隠れてやったりします。公園でBB弾をしたり、自転車で学区外まで遊びに行ったり、立ち入り禁止の場所に入ってみたり、石を投げてガラスを割ったりなど、悪さをするようになります。また、悪い言葉や暴言を言ったり、反抗期のような態度を見せたりもして、とても育てにくい時期だということが言えます。

最近の女の子のギャングエイジは少し早いようです。
小学2年生の後半くらいから変わる子もいますね。
女の子の特徴は、お友達にいじわるや仲間外れが多いようです。
学級経営ができないほど大きく発展することもあります。

女の子独特のいじめもこの頃から始まるようです。
手紙や交換ノートに「死ね」「うざい」「消えろ」などの言葉を書いてみたりするのです。
これを発見した時の親御さんのショックは大きいことでしょう。


この時期の子どもには、多かれ少なかれ変化が見られるものです。
親としては、「うちの子に限って」と信じていた我が子に裏切られた気持ちになってしまうかもしれませんが、これは大人になるためのシフトチェンジをしているのです。小学1~2年生は、まだ幼児の部分が残っているので幼いですが、小学3~4年生にもなると半分大人びた口調や行動が見られるようになります。悪い言葉も使ってみたがります。友達の影響が出やすい時期かもしれません。


小学校では3~4年生が重要学年!

学習面でも「9歳の壁」と言われ、教科も4教科(算数、国語、理科、社会)に増え、内容が難しくなります。9歳の壁を乗り越えられない「学習の遅れ」も問題になる頃です。

この時期の学習の遅れは、中学まで影響があると言われます。
この頃に学習の遅れを心配される親御さんが塾に入れるのですが、なかなか思うように成績が伸びないで悩む方もいらっしゃいます。塾に入れたからといって、子どもの成績が良くなるわけではないのです。問題は、意欲、根気、好奇心などの”見えない学力”と言われる『心の根っこ』にあるようです。

学習意欲は、実は幼児期の子育てや遊びの中にあります。
幼児期からの親子の信頼関係や質の良い遊びや体験が大切だということが小学生になるとわかります。

質の良い遊びとは、どろんこ遊び、自然遊び、創作遊び、異年齢での集団遊び、ごっこ遊び、絵画遊び、ルールのある遊び、かるた、トランプなどのカード遊びなど。体験とは、お手伝い、異年齢の関わり(ケンカや仲直りの経験)、親子で自然体験などです。幼児を持つ親御さんは、子どもの好奇心いっぱいに質の良い遊びや体験をたくさんせて、心の根っこを育ててほしいなと思います。


ギャングエイジの反抗はあまり心配する必要はありませんが、いじめだけは大人が注意して見てほしいです。小学3年生でいじめられて自殺したケースもあります。幼児期とは違い、命の話をしてもわかる時期ですから、命の大切さについて深く教えてもいい時期かもしれませんね。