今年のおおきなかぶ学童保育も、毎日のようにトラブルやハプニングが続出です…
特に男の子は1年生から6年生まで、学年に関係なく起こりますね。

ふざけが過ぎて女子から総スカンされたり
部屋の中で帽子を飛ばし合いっこして、ロフトに引っ掛けてしまったり、
一昨日はデッキで靴飛ばしをしていて家の屋根に上履きがのってしまい、
とうとう取れなくなりました。

毎日が驚きの連続で、本能のままに過ごしている?と思ってしまいます。

他にも、
 ・マイペース
 ・落ち着きがなく、動きたい子が多い
 ・やりたいこと優先?自分の好きなことにはまっしぐら
もはや笑うしかない…

あと、うちの息子たちもそうでしたが、よく柱に上っています。
高いところが好きなんですね。
お隣の保育園にあるジャングルジム(幼児用)は、小学生は登れないことになっているのですが、いうことをきかずにとうとう壊してしまいました。

水たまりをみれば、スイッチが入ります。
長靴は意味がない。
傘は消耗品。剣にもするし、穴という穴に刺して帰ってくるみたいですね。

それに、とにかくうるさい。
会話が擬音、擬態語のオンパレード。
ドーン、バーン、グワァー、うおぉぉ、みたいな感じで、
言いたいことの要点なんてないみたいです。
男の子は大変ですね。

でも、これが男の子なんです。

でも、単純に可愛いんです。

お母さんにやさしい。正義の味方。
リーダーをさせると張り切ってやります。
役に立つことをよろこびます。

そんな男の子ですが、心はナイーブ…。
男の子らしく逞しく育てることって、本当は難しいのかもしれませんね。

男の子は、男の子の育て方があります。
大らかに、だけど繊細に、よく観察しながらいいところを伸ばし育てていきたいですね。
今年の夏もおおきなかぶ学童保育で、成長してほしいなと思っています。

学童保育は体力勝負!
小学生に負けないように、今日も自宅で腹筋を鍛えています

事態が変わらなければ、対応を変えてみる

おおきなかぶサマースクールが始まって5日目の昨日は、
子ども達による「ゲーム大会」でした。

6年生の女の子たちがリーダーになって仕切ります。
はじめは順調にやっていたのですが…。
そのうちに大騒ぎになりハイテンション。
「先生~、全然いうことをきいてくれませ~ん」と訴えてきました。

リーダーは大変です。
1~6年生の30人の子どもたちをまとめなければならないのです。
話を聞かない子、ふらふら~とどこかへ行ってしまう子、ふざける子、話の途中でしゃべりだす子など…。
「どうしたらいいんですか~?」
と嘆きたくなりますね。

ということで、「リーダーの気持ちを知ろう!」ということになり、
一番ふざけていた男の子2名に、”今日のリーダー”をやってもらうことになりました。

ゲーム大会の後は、給食準備の時間です。
給食準備を仕切ることを任せてみました。
さて、どうなることやら…。

他の先生と「今日の給食は1時過ぎるかな?」と言いながら
全く手出し口出しせず、見守っていたら…。
「リーダー、次は何をするんですか?」
「リーダー、ちゃんと指示してよ」
「ハンカチチェックしないの?」など、
ワイワイ・ガヤガヤとやり取りしながら、
なんと、前日よりも早く準備が終わってしまいました。


そのあと、「リーダーの仕事はどうでしたか?」と全員に聞いたところ、
「指示を出してくれなかった」
「リーダーが仕事をしていなかった」
「もっと大きな声で言ったほうがいい」などの意見が出ました。
子どもは大人よりも手厳しい…

でも、なんだかんだ言っても、昨日よりも準備が早くできたんです。
いつもだったら、先生たちが大声を出して指示するのですが、それでもガチャガチャと騒がしいのです。いうことをきかない子もいて、「手洗いしたの?」「ちゃんと座りなさい!」と何度も言われているんです。
それが、自分がリーダーになった途端に、指示される側から指示する側になるので、あたふたしながらも次に何をしたらいいのか考えるようです。

他の子どもたちも、頼りないリーダーに任せていたらご飯が食べられないと、自分で動いたのが良かったようです。1年生たちも雰囲気を察して、上級生の真似をしてちゃんとやっていました。

その後の話し合いで、リーダーをやってみたい子がいたので毎日交代でリーダーをやることになり、6年生たちが集まって当番表を作ってくれました。まあ、その時もすったもんだでしたが、この『ゴチャゴチャした時間』が子どもたちにとっては考える時間となり、コミュニケーションの訓練にもなるんですね。

「事態が変わらなければ、対応を変えてみる」
なんだか、会社経営しているみたいです

今日は、私の歩んできた経緯をお話ししたいと思います。

私は、宮崎県で生まれ、高校を卒業するまで田舎で育ちました。
高校2年生の頃に修学旅行で東京に来た時から、「卒業したら東京で働く」と決め、親に内緒で机の下に段ボールを隠し、その中に生活用品を買いためて着々と上京する準備を進めていました。

1982年当時(34年前)の時給は、高校生で350~400円だったかな。学校が終わると1日3~4時間程度働くのです。それを週に3~4日バイトして、貯金したお金で自動車運転免許を取得し、高校の卒業式の3日後に九州の田舎から単身上京してきました。

当時、就職した某大手スーパーの正社員の月給は8万円でした。
会社の寮にいましたが、寮費3万円+光熱費+食費+布団代+諸々雑費などで、お給料はほとんど残らず…。お給料が安く生活ができない理由で転職。

寮の近くにアパートを借りました。
家賃3.5万円。6畳一間のお風呂なし。
当時、銭湯が300円位だったかな?
転職後も結構大変でした。
当時の私の夢は、『お風呂付のアパートに引っ越すこと』だったっけ。

「どんなに生活が苦しくても、絶対に親には頼らない」と決めて田舎を出てきましたので、生きるためには仕事をやるしかなかったのです。「弱音を吐くくらいなら、仕事をやる!」と思っていましたので、一時期は、3つ仕事を掛け持っていたこともありました。
今考えると、若いからできたのでしょうね。

その後、バブル好景気の前期を迎え、お給料もアップ!
お風呂付のアパートにも引越しできて、最初の夢が叶いました。
22~23歳の頃です。

数年後には、バブルがはじけ…。
景気は下降していきました。
長く暗いトンネルの時代が到来。
生活は一変し、節約の時代に入っていきました。

24歳で結婚。
26歳長女、28歳次女、30歳長男、33歳二男を出産。
私自身も12年間、育児という長く暗いトンネルの中を手探りで進んで行ったように思います。親にも親戚にも、誰にも頼れない状況の中で子育てしていました。

平成17年に埼玉県から千葉県に転居。
次の年から子育て支援活動を開始。
平成19年3月NPO法人を起業。
同年12月株式会社を起業。
現在に至る。

私は、学生の頃から様々なアルバイトを通して、景気が良い時代も、悪い時代も経験し、時代の流れを見てきました。
大手スーパーのレジ、アパレル店頭販売(婦人・紳士服)、精密機械工場生産、音楽メーカー工場、電気機器の営業、中古車オークション受付け、喫茶店のアルバイト、飲食店の経営、学習教材販売など。正社員、派遣社員、パート、アルバイト、経営者を20代までに経験しました。


何事も経験といいますが、やはり経験は宝です。
何があっても乗り越えられるのは、多様な視点で考えることができるからであって、それは全て経験に基づいているものです。

現在、私が起業してきた職業は、これらの様々な経験に基づくものなのです。
初めて行う事業でも、実は似たようなことを昔やっていた、という実績のようなものがあるから、あまり迷いがありません。その結果、先をある程度予想できるようになり、‘転ばぬ先の杖‘を持つことができたように思います。

そして、私は主婦で、4人の子どもの母親です。
きっと人の4倍以上、苦しみや喜びをもらって生きているのではないかと感じています。
ですから、私の真似は誰にもできない。
私しかできないやり方で成功させることができる、と自負しています。


何回転職しようが、どんな試練があろうが、すべては自分の肥しです。
‘経験‘という強い武器をもらったのです。

私が生きるために、必要だった経験だったのですから、
すべては、今日この日のための道のりだったに過ぎません。
そして、これからもこの道は続いていくことだろうと思います。

全ては自分のやる気次第!
人間生きていれば、どんな形できるものです。

さあ、夏本番はこれからです。
太陽のように明るく元気に、
これからも前進していこうと思います。

私が経営するありんこ親子保育園ありんこの森保育園おおきなかぶ学童保育の園舎は、一般住宅を改装した小規模保育施設です。無垢の木をふんだんに使った園舎はぬくもりと安らぎを感じ、まるでお家で育つような空間になっています。

このような保育施設のことを『いえ型保育空間』と言います。
以下、「いえ型保育空間」における異年齢保育の集団形成に関する調査研究より抜粋します。

子どもが1 日の大半を過ごす保育施設は単なる通所施設ではなく、子どもの発達を保障する家庭的要素を軸とした生活施設であるべきである。現代の一般的住宅と同じように「居間」「寝室」「食堂」などの各居室によって構成された「いえ型保育空間」において、1~5 歳児混合の「きょうだい保育」を実施する全国初の保育園を対象に、より豊かな子どもの生活環境を提案するべく、保育室内での調理員常駐・調理実験を試験的に実施し、前後の子どもの生活実態の把握を行った。その結果、保育室内の居室利用は、概ね「寝室」>「居間」≧「食堂」>「ユーティリティ」の順に多く、園児が体験する集団の7 割以上が「異年齢集団」であり、特に、食事・着替え・午睡などの生活にかかわる行為での異年齢の関わりが顕著であった。また、実験による子どもの居場所及び集団構成に大きな変化は見られなかったが、個人追跡調査の結果では、子どもが調理員のもとへ自分のタイミングで向かう姿が多く見られ、保育士との関わり方とは違う新たな関係づくりが見られた。
≪関連キーワード≫ 保育園、子ども、集団、異年齢保育、調理員常駐実験

研究の背景および目的

「いえ型保育空間」とは、従来の食寝同室の保育空間とは違い、普通の住宅と同じように「居間」「食堂」「寝室」などの各居室によって構成された「家」のような保育空間の事を言う。日本の保育園の多くは、同年齢同士の「年齢別保育」をワンルーム型保育空間の中で一斉に行うことが主流であった。近年、子どもの意思を尊重した「自由保育」や子ども同士の育ち合いを目的とした「異年齢保育」が注目を集めている。しかしながら、「異年齢保育」を実施する園の多くは、年齢や発達段階の違いを考慮し、1 日の保育生活の中でも食事や午睡といった生活行為を中心とした、ごく限られた条件付きのものとなっている。3~5 歳児や4~5 歳児のみの交流だけでなく、本来の一般家庭のように1、2歳児も含めた「きょうだい保育」は、新たな異年齢保育のあり方として期待されている。

・・・

今でこそ、"いえ型保育空間"や"異年齢保育"は注目を浴びている保育の形ですが、私が10年前にこれを提唱した頃は、まだまだ地域に理解されていませんでした。

一部異年齢保育を実践している幼稚園・保育園でも一時的なもので、それも年少~年長の縦割り保育のことを「異年齢保育」と呼んでいました。

私の疑問がフツフツと湧いてきました。
これで異年齢保育と言えるのだろうか…?

異年齢保育は、こんなんじゃない。

私が考える異年齢保育とは、昔の家族や兄弟・ご近所のような形でした。
赤ちゃんもいれば、小学生もいる。
上の子が下の子の面倒をみたり、遊びやルールを教えたり、子ども達との関わりの中で、社会勉強ができる場所です。これこそが、異年齢の関わりの重要な点だと考えたのです。

私が育ったのは、子どもが多かった昭和40年代。
近所の幼児から小学生まで一緒に近所の田んぼや堤防、公園などで日が暮れるまで泥んこになって遊んでいました。ただ遊んでいるだけのように見えても、そこには子ども社会がありました。

地域の「子供会」も盛んに行われていました。
今のように親がおぜん立てをする子供会とは違って、子どもが主体となって考えて実行する会でした。

私が小学4年生の頃、私の家で子供会をやった時に6年生のお姉さんたちが劇をやってくれたんです。ワイヤーの先に蝶をつけて、ゆらゆらさせながらコントをするのです。それが面白くって大笑い。まだ1歳のだった私の弟が蝶をとろうと飛び入り参加してしまって、また大笑い。あんなに笑ったのは初めてでした。楽しかったな…。

私が6年生になったら、今度は上級生がやってくれたことを自分たちがやる番です。「皆が喜びそうなことは何かな?」と考え、当時流行っていたピンクレディーの『 ウォンテッド』を下級生と一緒に振り付けして歌いました。何日も前から集まって練習したり、衣装も自分たちで作ったんですよ。
当日は、緊張しながらもノリノリで歌って踊れました。
皆も一緒に歌ってくれて大成功!
キラキラした思い出となって、今でも鮮明に蘇ってきます。

子供会は毎月、各家を持ち回りで行っていました。
お母さんたちはいつも笑顔で迎えてくれて、地域の皆が大家族のようでした。
私はたくさんのお家で育てられたんだな、と思います。
これが私の「異年齢保育」の原点です。


異年齢の関わりは、小学生までにたくさん経験することが大切です。
そこには、同年代の遊びだけでは育ちきれない上の子から下の子への遊びやルールの伝達があります。ケンカをしたり仲直りをしたりしながら人間関係も学びます。その中で子ども社会が生まれるのです。大人になる手前の社会へ出る準備段階と言えるでしょう。これは、その後の人生の礎になるものです。

子どもが安心して過ごせる家庭的な環境で、異年齢の子どもたちと兄弟のように過ごせる場所が現代の子ども達には必要なのではないでしょうか。子どもの心を育てる取組が、保育でも大切なことではないかと感じている、今日この頃です。

今日の出来事です。

この4月に入社した中途採用の保育士○さんに質問しました。
「今のあなたの保育力は、100点満点中どのくらいのレベルですか?」
答えは、40~50点だそうです。

「保育士としての自分は何点になっていたいですか?」
答えは、毎年10点アップを目標に、5年後には100点満点になりたいそうです。

「では、昨年はどのくらいでしたか?」
答えは、20点。

この3か月で30点もアップしたんですね。
すごいです!

でも、
10年以上保育士の経験があるのに、20点だなんて…。
実践で磨かれないのは本当にもったいない。

自由な保育をするのは難しいものです。
カリキュラムが決まっていた方が、保育は楽かもしれません。
しかし、○さんは10年以上、保育士として仕事をやってきた経験があるにもかかわらず、自分の”保育力”は未熟なままだった…。それは、自分で考えて実践する保育をやっていなかったからでしょう。

ここへ来て、色んな試練があったけれども、
保育士としての自分の保育力は、確かに磨かれているのだと感じられたのだと思います。


現場で働く保育者にとって、最も必要で大切なことは、保育をする力=保育力です。

保育力とは、「子どもをこちらに向かせ、引き付ける力」のことです。
引き付けることができる保育者は、子どもとの信頼関係を築くことができています。

保育力は、保育の土台です。
保育がうまくいくためには、この保育の土台を作らなければならないと思います。
そのためには、まずは以下の力を身に付けることが大切です。
 ・子どもを観察する力
 ・子どもを理解する力
 ・その子の月齢・年齢や個性に対応できる力
 ・保護者との連携力
これらの土台があってこそ小児医学や解剖生理学、臨床心理などが活かされるのだと思います。

≪保育力を磨く4つの柱≫
1、保育を知る
2、保育を感じる
3、保育を考える
4、保育を実践する

保育は深い…。
何を知り、何を感じ、何を考え、何を実践するか。
保育を追求しても、これで十分ということはないです。
子育てと一緒ですね。
この4つの柱を保育者は心に持って、保育を実践してほしいなと思います。

大切なのは、保育者の『意識付け』です。
これは小学生の学力と同じです。
勉強する意味を教え、将来の目標をもって勉強するのと、親に「勉強しなさい」と言われて勉強するのとでは、同じことを6年間勉強していてもその差は大きく変わるでしょう。

保育力を育てるためには、まずは保育者の意識付けをします。

なぜ泥んこ遊びをするのか?
なぜ外遊びが大切なのか?
これをやったら何が育つのか?
このような育ちをしたら、将来の統計はどのようになっているのか?
などなど…。

保育する意味を知り、今の子どもの姿をよく観察し、どうすればより良い方向へ導くことができるかを考え、保育を実践します。

子どもに既製品はないのです。
どの子もオーダーメイドの保育でなければなりません。


保育を実践するために大切になってくるのが、『導入』です。

実習生が最初に壁にぶつかることは、「子ども達がこちらに意識が向かない」です。気持が落ち着かず座って話が聞けない子どもたちの対応を工夫するのがとても大変だと聞きます。

実習ノートには『導入・実践・反省』の枠があると思いますが、初めて保育現場を経験する実習生のほとんどが保育実践に力を入れようとします。しかし、実践してもうまくいかないのです。それは導入がうまくいっていないからなんです。

保育現場では、導入部分が一番大切なんですね。

例えば、
先日、ありんこ親子保育園でパン作りをしました。
導入でやったことは、「どんなパンを作ろう?」でした。
そうやって子どもたちが思いついたのが、パン屋さん訪問でした。
パン屋さんに実際に見に行き、「こんなパンを作りたい!」という気持ちを膨らませ、保育者と一緒に話し合いながらワクワク感を育てていきました。
そして、パン作り当日、子ども達は自分がパン屋さんになったつもりで真剣にパンを作る姿が見られました。できあがった時には、子ども達は皆自信に満ちた顔になり、達成感と充実感で幸せいっぱいのパン作りになりました。

保育が成功するためには、導入部分で子どもたちのやる気を高めることです。
その後の『実践』で、子ども達は本当に楽しむことが出来ます。

子ども達が保育を楽しめるかどうかは先生の力次第なのです。

子どもはやりたくないとき、したくないとき、聞きたくないときは本当に何もしません。その気持ちを受け止めつつ子ども達をやりたい気持ちに変えていくためには、やはり保育者の保育力が必要不可欠なのです。ですから、子ども達が保育を楽しめるかどうかは、『先生の力次第』といっても過言ではありません。

どうやったら子どもたちが静かになるか、集中できるか、ベテラン先生のやり方をじっくり観察して、先輩の技術を盗んでください。そうすることで、色々な方法を学びながら自然と自分の力にもなっていきます。保育者は、意識を持ち、保育力を磨く努力を怠らないことです。

そして、園長は保育について、とことん保育者たちと話し込むことができるか。
本当はこれが一番、保育力を磨くことになるのかもしれませんね。

幼児期に大切だと言われている育ちの中で、脳を充実させる「セロトニン」を豊かに活性させるというものがあります。

セロトニンとは
『ノルアドレナリン』や『ドーパミン』と並んで、体内で特に重要な役割を果たしている三大神経伝達物質の一つです。セロトニンは人間の精神面に大きな影響与え、心身の安定や心の安らぎなどにも関与することから、オキシトシンとともに『幸せホルモン』とも呼ばれます。セロトニンが不足すると、うつ病や不眠症などの精神疾患に陥りやすいと言われています。

セロトニンを増やすキーワードは8つあり、
 1、早寝早起き
 2、太陽光をあびる
 3.、リズム運動
 4、よく噛む
 5、グルーミング・スキンシップ
 6、トリプトファンを含む食品を食べる
 7、腸内環境を整える
 8、それらを継続すること だそうです。

どれも大切ですが、子どもの場合は、早起き・外遊び・スキンシップを特に行うと良いそうです。

グルーミング・スキンシップとは、
動物が個々またはお互いの毛づくろいやノミ取りなどを行う触れ合いや癒し合い行為のことで、人間の場合は、親子や恋人同士のスキンシップ、家族や友人とのおしゃべり、マッサージ、髪をすく、撫でる、などの触れ合いがグルーミングとされ、これらのスキンシップや人との触れ合いがセロトニンの活性化とストレス耐性の向上に効果があるとされています。

トリプトファンを含む食品は、バナナ・豆乳・牛乳・チーズ・肉類・そば・白米などのタンパク質に含まれます。タンパク質には動物性(肉、魚、卵、チーズなど)と植物性(大豆、豆類、穀類など)のものがありますが、植物性タンパク質のほうが脳内でセロトニンの材料として利用されやすいようです。


子どもは、早起きして外遊びをたくさんすれば、自然とお腹もすいてきます。
バランスの良い食事をよく噛んで食べることで消化吸収もよくなり、セロトニンが豊かになって夜もぐっすり眠りにつけるでしょう。

セロトニンは心豊かにし、幸せにしてくれます。

反対に、子どもの生活の乱れは「切れやすい脳」になりやすいとも言われます。
生活の乱れはセロトニンの分泌が少なくなり「共感脳」が育ちにくくなるためで、他人の気持ちを理解しにくい脳になるそうです。

言葉が話せない赤ちゃんでも、スキンシップや表情、声のトーンなどのノンバーバルコミュニケーション(言葉以外のコミュニケーショ)で共感脳は育ちます。

将来の基礎となる脳を育てるために、質の良い子育て・保育を実践して、小さいうちから共感脳は丁寧に育ててほしいなと思います。


0~2歳児は、丁寧できめ細やかな小規模保育園をお勧めします。
保育園には子育てのプロがいます。一人で頑張りすぎているママは、小規模保育園を利用してみてもいいと思います。

大切な時期だからこそ、ママ自身も心に余裕をもって楽しんで子育てしていただきたいですね。

気分の浮き沈みは誰にでもありますね。
夢があっても心がくじけそうな時もあります。

そんなとき、どうやって気持ちを切り替えたらいいのでしょうか?


しない・みない・関わらない

20代の頃、すごく気が滅入って体調を崩したときがありました。
その時に親しくしていた先輩から教わったことがあります。
それは、気持ちの調整法です。
『気分が滅入るようなことはしない、みない、関わらないように心がける』というものです。
イライラすることも同じ。
イライラするようなことをしない、みない、関わらないよう心がけるということで、
気分の浮き沈みを避ける方法です。

しかし、仕事となるとそうはいきません。
気が滅入ることも、イライラすることも、仕事なら放り出すこともできませんね。

そんなときには反対に、
自分のやりたいことをする・見る・関わるというように、
プライベートで自分のやりたいことをやって、気持ちの調整をすると心のバランスが取れるようです。


気持のスイッチ

気分の波があると、いい時と悪い時の差がありとても疲れます。
疲れてくると気も滅入るし、イライラもします。
ですから、普段の生活で力の入れ具合の調節をするのです。
要するに、スイッチのオンとオフのようなもの。
力を「入れる」と「抜く」を1日の中で行うのです。

落ち込みやすい人は、真面目で頑張り過ぎる傾向があります。
オンとオフがなく、ずっとオンのままかもしれません。
「ここまでやったから、ちょっと休憩しよう」とか、
「今日の私の仕事はここまで」と区切りをつけて行うと、疲れも軽くなるかもしれません。

ずっとオンの人は、仕事と私生活との境がなく、気持ち的にずっと問題を抱えたままだったりします。1日の中で、力の入れどき・抜きどきを考えてみましょう。メリハリのある生活も、メリハリのある心もどちらも必要です。


マイナスのことが起こったら

落ち込みやすい人は、すべて自分のせいにしてしまったり、自分を全否定して自暴自棄になる傾向があります。一生懸命にやって起こった結果なら、もう自分の力の及ぶ範囲ではないと思ってもいいのです。
その結果は天が下したのですから、なるようにしかならないこともあります。
天にもたれる”ことも大切です。
出た結果を後悔してもしょうがないのですから、これを教訓にこれからのことを考えていきましょう。


視点を変える

一方方向だけで見ていると、八方塞がりに思えてきます。
ちょっと視点を変えて見てみてください。八方塞がりに見えても上を見れば天は開けています。天から見ると違った風景が見えてくるものです。

悪いことが起こったとしても、今起こることは自分にとって必要なことだから起こるのだと思えれば、長い目で見たらこれが教訓になって、大難を小難に、小難を無難にしてもらっているのかもしれません。マイナスだと思うことでも、長い目でみればそのことが起こったおかげでプラスに転じたということもあります。


自分に負けないで

伸びようとするときには、必ず節目があります。
節目のときは、だいたい辛く苦しいものです。
でも、その試練があるからこそ、強くたくましく伸びていけるのだと思います。

馬鹿にされたらその悔しさをバネにして、大きくなって見返してやればいいのです。
今まさに試練の真っ最中にいる人や問題を抱えている人は、成長痛だと思って乗り越えてほしいです。それが肥やしになるのですから。

今が自分開拓の時です。

時々、雑誌や本の出版社から取材を受けることがありますが、その時に必ず質問されるのが、「法人格にしようと思った理由を聞かせてください」というものです。

「子どもの居場所づくり」なら、ボランティアサークルでもいいのではないか?と思われる方もいらっしゃるようですが、私が法人を設立しようと思った一番の理由は、”責任の違い”からです。


12年前のお話です。
NPO法人の前身である子育てボランティアサークルを運営していたある日、野外活動で歩きながら自然観察をすることになりました。
子ども20人ほどが集まり、引率したのは私を含め、親子連れで参加していた3~4人の保護者でした。

幼稚園から小学校までの子どもたちが長い道のりを歩くので、道路や公園でも目が離せません。しかし、引率していた保護者はわが子しか見ていなかったのです。
それも、最後まで引率せず途中で「お先に失礼します」と帰って行かれました。
結局、最後に残った私が一人で子どもたちを見送った、ということがありました。

このようなことは幾度となくありました。
ボランティアだと思うと責任がないのです。
そう、お手伝い程度で終わってしまう…。

これでは、ケガや事故が起こった時に誰が責任をとるのだろうか…?
もちろん保険には加入していましたが、ボランティアでは保障が十分ではないことを実感していました。

法人を立ち上げる前に同志より、「法人は有限」と教わりました。
有限というのは有限責任のことで、もし会社が債務超過になった場合でも、社員は出資金が戻ってこなくなるだけで、それに加えて債務を支払う必要はないということを意味しています。つまり、社員の責任が、出資金の範囲に限定されていることになります。

これがもし無限だったら?
責任が無限に発生することになります。
考えるだけで恐ろしくなりました。

子どもを預かるということは、命を預かることです。
ボランティアではダメなのだと思いました。
これが、私が法人格にしようと思った一番の理由です。

法人格とは「法律に基づいて団体に与えられる法律上の人格」です。
法律に従い一定の手続きを経たものだけに法人格が認められます。 法人格を持っていない団体は、一般的に任意団体と呼ばれています。 任意団体は、実態は「団体」ですが、法人格がないために団体名で財産を所有できず、代表者個人名義で対応せざるを得ません。


法人を設立するのは大変ですが、責任という点から見ると安心なのです。
それに、そこでやっている人もボランティアの時とお給料をもらってやるのとでは、個人の責任感が違ってきます。法人にすることでそこで働く人たちにも責任感が生まれます。
任せても安心できる人が育ってくれることも法人にするメリットです。

働くことで給料をもらうのは、やりがいも感じられます。
そのお給料で生活も安定させることができるようになるでしょう。
社員の向上心や探究心は、生活に余裕があるからこそ生まれるものなのです。

法人を設立することは、そこにいる全員を守ることにもなるのです。

子どもを預ける側の保護者も、法人経営の方が安心ではないでしょうか。
個人でやっている預かり保育の場合、何かあった時に責任の所在を考えなければなりません。
預ける側もその点を理解して、お子さんを預けてほしいと思います。
これは保護者の責任ですね。

青年期には体力があるが、お金がない
中年期にはお金があるが、時間がない
老年期には時間は余るほどあるけれど、健康に見放される


これは、悲観論者で有名な哲学者のショーペンハウルの言葉です。


いつの時代も、時間やお金が出来るのを待っていたら、いつまで経っても何もできないということです。つまり、今この時が人生で最も若く、贅沢に時間を使える時なんですね。
私は今この時に、自分のやりたいことに集中できることが贅沢なことで至福の喜びです。

今のうちに、老年期の準備をすること。
健康を保ち、人に迷惑をかけないようにすること。
そして、やりたいことができること。

今の私の目標です。

お医者さんが、意識のもうろうとしている患者さんに、

「あなたは誰ですか?」
「今はいつですか?」
「ここはどこですか?」


と3つの質問をするそうですが、これを見当識(けんとうしき)というそうです。


自分の置かれている状態を正しく判断できるかを診るそうですが、
この見当識、健康な人であっても必要な人がいるようですよ。

悩んだり、迷ったりしている人は、
「ワタシ」「今」「ここ」の確認が必要なのかもしれません。

「私は、今どうしたいのか、しっかり意識(目標)を持っているだろうか?」

自分自身で見当識をして、自分の置かれている状態を正しく判断し、
迷い道から抜け出す糸口にしてもらえたらと思います。


見当識』(けんとうしき)とは、
自分の置かれている状況を正確に認識すること。人間的関係(自分の名前や家族との関係など)の認識、時問的関係(今日の日付など)の認識、地理的関係(今いる場所など)の認識などがある。痴呆性高齢者や意識障害などではこれらの認識ができなくなることがあり、これを失見当識、または見当識障害という。

私は、”面白いことをしたい”と常に考えています。

楽しむこととは、ちょっと違います。
楽しむことは自分が感じること(消極的)ですが、
面白いことは周りを笑顔にすること(積極的)です。
そうすると、自分も楽しくなる。

面白いことを考えているときが、一番幸せです。
これから何をやろうかな?と考えると未来が開けてきます。
明るい考え方ですね。

面白いことを考えていると、
余計なことを考える余地がなくなります。
負の考えが入り込む隙間もない。
そうすると、悪いことはそうそう起こらなくなりますよ。


今日は七夕ですね。
毎年この時期になると、1か月前からコツコツと七夕飾りを作っています。
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今年は保育園が増えたので、4か所の施設になり子どもの人数が過去最多。
それでも、みんなの喜ぶ顔が目に浮かぶとやめられません。
「今年は新作を作ろう!」と閃いて作ったのは、お祝い鶴ときらきら星の吹き流し。

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今年も子ども達と共に、面白いことがいっぱいの夏にしたいと思います。

たくさんの仕事を同時進行しなければならない時、
何から始めたらいいのかわからない人は、
今を基準に考えてみましょう。

「今やるべきことを今やる」
頭では分かっているのですが、即実行となると難しい…。

しかし、今やるべきことを後回しにしているから、
時間に追われていくのだと思います。

反対に今やらなくてもいいことを
わざわざやっている人も時々見かけます。

「それを今やらなければならないですか?」
「今やらなければならないことは何ですか?」
と言うと、ハッと気づかれるようです。

忙しい人にとって、時間は貴重です。
その貴重な時間を無駄しないためにも、
優先順位を持って仕事をこなしたいものですね。

やるべきことをやったら、時間にも心にも余裕が生まれるでしょう。
余裕を持って仕事をやるということは、信頼を得ることにも繋がっていくのだと思います。

「わかっているのになかなかやれない」という人は、
できない言い訳を自分に言って納得していないか、
又は、職場自体がぬるま湯状態になっていないか、
見直す必要があるかもしれませんね。


私は、社員一人ひとりに会社全体の目標を持たせるよりも、
個人がそれぞれ自分の目標を持って仕事をやってもらう方が、
小さな達成感をたくさん得られるのでやる気に繋がるのだと思っています。

社長は会社全体のビジョンを社員に語って、
社員はそれに向けて目標のチャンクダウンを行うと良いのだと思います。

部門ごとで目標を決めて、それぞれが個人でその目標をどう達成するか、
考えさせることが、リーダーの役目ではないかと思います。

そして、そのリーダーを育てることが
社長の今やるべきことかもしれませんね。

イソップ物語の中に『手癖の悪い子どもと母親』というお話があります。

子どもが学校で、同級生の書物板(かきものばん)を盗んで、おっかさんのところへ持って行きました。おっかさんはそのことを知らなかったばかりか、誉めたものですから、その次に子どもはがいとうを盗んできました。するとおっかさんはいっそう誉めました。そして、子どもは時がたつうちに、だんだんともっと悪いことをするようになって、捕まえられて手を後ろに縛られて牢屋に入れられました。おっかさんは悲しんで、胸を叩きながら捕えられた息子についていきました。すると息子が「ちょっと耳打ちしたいことがあります」といい、おっかさんのそばに行くと、おっかさんの耳をとらえて横っ面をはりました。おっかさんが、とんでもない親不幸者だと叱りますと、息子は言いました。
「私がはじめて書物板を盗んで持って行ったときに、私を叱ってくださったら、こんなことになって死刑にされはしなかったでしょう」


今からお話しすることは、このイソップ物語に通じるものです。

小学生のAくんが、家のお金を盗ってきてはゲームセンターで遊んだり、友達にお菓子を買って配ったりしていました。それを見て不審に思った友人が、心配してAくんの母親に教えてくれたそうです。しかし、Aくんの母親は「わが子に限って、そんなことをするわけがない」と友人の言葉を聞き入れず、Aくんに問いただすこともせず、キチンと叱らなかったそうです。それどころか何かにつけ、わが子のことを誉めていたそうです。Aくん自身も悪いことをしたとは思っていませんでした。
その数年後、Aくんは中学生になりました。友達とつるんでタバコや万引きを繰り返すようになり、とうとう補導されてしまいました。決まっていた進学先も取り消されてしまい、Aくんの母親はそのことをひどく嘆いて、Aくんを叱りました。しかし、Aくんはそれをきっかけに自暴自棄になり、母親には「こんな人間に育てたのはお前だ」と家庭内暴力が始まり、荒れた生活になったそうです。


子どもは誰でも、悪いことをするものです。
しかし、一度目の悪いことをしたときに、きちんと叱ってやらなければ、自分が悪いことをしたとは思いません。次の悪いことを平気でするようになったら、軌道修正するのは難しくなります。

甘やかして育てた後で、手が付けられなくなったら放任する。
泳ぎ方も教えていないのに、大海原に放り出すようなものです。
私は、このような親を幾度となく見てきました。


子育ての原点とは、
人の道に外れたことをしたときにはキチンと叱り、
愛情を持ってちゃんと子どもを育てる
ことです。

以前、小学生で「悪いことをして叱っても、平気な子どもがいる」と聞いたことがありました。何が悪いのか、良いのかわかっていないようにも見えます。
我が子の不審な行動に疑問を持たないために、叱らなければいけない時に叱らず、後で叱ったりして叱るポイントがずれているのが原因かもしれません。

そしてこれは、子どもと大人の一線がなくなってきたこともあるのではないかと思います。平気で親が、たばこやお酒を容認したり、子どもの言いなりになったりしてはいないか?と感じています。

親は子どもに一線を引いて、いいことと悪いことの境を示すことが必要です。
ここまではいいが、ここからは絶対にいけないと、絶対にやってはいけないことはきちんと教えてほしいと思います。

それが子どもを守るためには大切な事だと思います。


正しい教えを知らないで
百年生きるよりも
正しい教えを聞いて
一日生きる方がはるかにすぐれている

         ~ブッタの言葉~


例えば、
私たちは毎日、食事の前やトイレの後には手を洗っています。
当たり前のようにやっています。

どうして、手を洗うの?
とは思いません。
なぜなら、その理由を知っているからです。

不潔のまま食事をすれば、手についたバイ菌が口から体内に入って
病気になる恐れがあります。
手洗いは、病気の感染予防になると知っています。

なぜ、その理由を知っているの?
それは、幼い頃より教えられてきたからです。

しかし、
正しく教えられていなければ、
教育されていなければ、
学ぶことをしていなければ…。

その人は、大人になっても食事の前やトイレの後に手を洗うことはしないでしょう。
もしかすると、様々な病気を招いて命を落としてしまうかもしれません。

実際に、発展途上国の教育を受けていない人たちは、
手を石鹸で洗う習慣はありません。
感染病も多くあり、死亡率も高いことが報告されています。


これは、心遣いや生き方も同じです。
冒頭の正しい教えとは、神仏の教えです。
神仏の教えを知らなければ、一生気づかないままです。

正しい教えを知らなくても、気づかなくても、生きてはいけます。
でも、生き辛くなってしまったり、
反対に知らず知らず周りに迷惑をかけていることもあるでしょう。

若いころから神仏の教えを知っていれば、
もっと楽に充実した人生にすることができたのかもしれません。


人は学びながら生きています。
学びがあるから成長できるのです。

正しい教えを素直に聞き、心遣いを改めて一日を生きることができれば、
それは、教えを知らないで100年生きることより遥かに尊いことなのだ、
とブッタは教えているのだと思います。

でも実際には…。
正しい教えを教えてもらえる人って、そうそういない気がします。
 教えを教えと思わない。
 教えてもらっても、「でも」「だって」「しょうがない」でやれない理由をいう。
というように、素直に話が聞けない人が多いからです。

助かる人は、助けてくれる人が周りにいます。
その助けてくれる人とは、表面的に優しそうな人ではない場合が多いです。

概ね、自分のことを思って言ってくれる人の言葉は、耳の痛い厳しいものです。
厳しい言葉に耳を塞がず、自分にとって課題となることを乗り越えるための”学び”を受けているのだと思えば、こんな自分にも変われる可能性があるんだ。チャンスを与えてくれたんだ、と心からありがたく思うこともできるでしょう。


そのまま進めば崖から落ちる。
落ちて初めて気づく人もいれば、落ちても気づかない人もいる。

落ちる前に道を教えてくれる人こそ、
自分を守ってくれた神仏なのだと、今振り返ると思います。

心眼を開いて、周りをよく見ること。
正しい教えを学びながら歩むこと。
素直な心になること。

いいことも、悪いことも、
全ては自分が招いた結果だと知ることが大切ですね。