昨日、ありんこ親子保育園の主任から、ワクワクする内容のメーリングが流れてきて嬉しくなりました。

ありんこ親子保育園ありんこの森保育園、地域子育て支援センターすくすくクラブの職員を対象とした『ありんこ保育研究会』を発足したとの連絡でした。

『保育所保育指針について学びながら、「こんなおもしろい保育があるよ!」「子どもたちのこんな素敵な姿を見つけたよ!」など職員の皆さんの気づきや研修等での学びも自由に伝え合い、互いの保育を共有できる場にしたい』とのことでした。

保育所保育指針とテキストを使って、月1回2時間ほど行う予定だそうです。

保育所保育指針の研究については、各章ごとに社員・保育士が交代で講師を行います。
 第1章 総則…E先生
 第2章 子どもの発達…F先生
 第3章 保育の内容…S先生
 第4章 保育の計画及び評価…S先生
 第5章 健康及び安全…K先生
 第6章 保護者に対する支援…M先生
 第7章 職員の資質向上…E先生

素晴らしい活動ですね。
エンカレッジ・ステーション(株)からも全面バックアップで応援したいと思います。


保育所保育指針には、『第7章 職員の資質向上』とあります。
職員の資質向上のための園内研修は、施設長と職員の責務です。
職員全員がスキルアップに努め、より良い保育サービスを行うことは、園児やその保護者のためにやらなくてはならないと思います。

また、法律や制度、保育の常識も昔と随分変わってきました。
昔の保母免許を取得された方は、新規で学ぶこともあると思います。

自分の保育の学び直しのためにも、保育士を目指す方も、
保育者全員の参加を期待しています。


初回は、9月17日(土)です。
もちろん、私も受講します。
学びたいことがたくさんあるので、一から保育を学ぶつもりでやりたいです。
講師の先生方、よろしくお願いします。

人にものを施せば我が身の助けとなる
(日蓮『食物三徳御書』より)

「他人のために施しをすることはその人のためになるだけでなく、その人を通して世の中のためになり、ひいては自分自身のためになる」という意味です。
この後に「たとえば、他人のために灯をともせば、その人の前だけではなく自分の前も明るくなる」と書かれています。


自分は、周りの人のために、世の中のために
明るくなるような仕事をしているだろうか。

仕事の仕方は様々ですが、どの仕事も必要だからやっていることです。
でも、それは何のためにやっているのか、誰のためにやっているのか、
ということが見えていなければ、混沌としたところにいるようなものです。

事業とは、世の中に火をともして明るくすることで喜んでくれる人がどれだけできたかが結果となり、発展することができるのだと思います。

事業も人が行っていること。
私心なく、曇りなく、まっすぐに前を向いて、
人間として成長していくことが必要なのだと感じています。

暑かった夏も終わりに近づいているようで、涼しい日が続いています。
夏休みもあと3日。
事故やケガ、体調不良を起こさないよう、最後まで気を引き締めていきたいと思います。


私の体調管理で一番気をつけていることは、「疲れる前に休んで、いつの時にも余力を残すこと」です。これが、長く仕事を続けていくコツなんですね。

元々私はアレルギー体質で、小学生の頃は毎月のように、全身蕁麻疹の発作で病院に担ぎ込まれたり、貧血で突然倒れるような体の弱い子どもでした。
20代の頃は仕事で無理をして倒れ、何度か職場から救急車で運ばれたりしていたんです。

大人になってからは蕁麻疹は治りましたが、片頭痛が時々あり常備薬を持ち歩いています。
おまけに腰痛持ちで、油断するとぎっくり腰になるので、身体のつかい方にも気をつけるようにしてます。そして、35歳の時には初期の癌を患い手術もしました。

病気をして思うことがあります。
なにをするにも健康でいなくてはいけないと。
『病は気から』ともいいますが、自分が体験してみて本当にそう思います。

健康だからご飯もおいしく食べられるし、自分でトイレも行けるんですね。
普通の生活がこれほどありがたいことだとは、病気をしなければ気がつかなかったことです。

「中嶋さんは元気ですね~。いつ休んでいるんですか?」
なんて言われるほど、今は本当に元気です。
熱も出さないし、風邪もほとんど引きません。
(花粉症はいまだに治りませんが…)
起業して10年間、体調不良で仕事を休んだことは1日もありません。
でもこれはきっと、日頃から健康管理をしているお陰だと思います。

 無理はしない。
 疲れる前に休む。
 ストレスを溜めない。
 栄養のあるものを食べる。
 適度な運動。
 自分がやりたいことをやる。
 常に目標を持って活動する。
など、自己コントロールをしています。

無理して仕事をしても、後で倒れて何日も寝込んでしまったら、結局は皆に迷惑をかけてしまうことになります。仕事を責任を持って行うこととは、病気などで休まないで勤務することだと思います。

休まないで出勤するためには、健康管理が必要です。
健康管理も仕事の内。
自己管理ができてはじめて、”本物”と言われるのではないでしょうか。

健康は財産です。
元気なら人生も楽しくなるし、仕事もできて生活も安定させることができます。
精力的に働けることが幸せなんだと、常日頃から思って仕事に励んでいます。

50歳を過ぎましたが、体力・気力はまだまだ衰えてはいません。
これからまだやりたいことが出てきましたので、
これまで以上に体調管理を意識して、目標達成させていきたいと思っています。

人間として守らなければならないことは、
親がいつも率先してお手本を示しながら、
子どもにも守らせること。
理屈でなく行動で教えること。


井深大の言葉
(日本の電子技術者、実業家、SONY創業者の一人)


やってはいけないことを親が子どもに教えるときに、
「○○はやっちゃダメよ!」と言いがちですよね。
実はこれ、「やっちゃダメ」は頭に残らないそうです。
何が頭に残るかというと、冒頭の言葉○○しか残らないのが脳の特徴なんですね。

例えば、「万引きはやっちゃダメよ!」は、「万引き」という言葉だけが脳に刻まれます。
それまで意識しなかったのに、脳に”万引き”と刻まれてしまったことで、
ついついやってしまった…ということもあります。
ですから、否定語は子育てにはあまり必要がないのです。

今、世の中を騒がせている不祥事を起こした女優の息子。
女優であるお母さんは、常々息子にこう言っていたそうです。
「あんたが不祥事を起こしたら、私の仕事はなくなるんだからね」と。
「不祥事は起こすな」「不祥事」となっていったのでしょう。
以前テレビでインタビューされた時には、
「うちには大型犬のような息子がいます」とおっしゃっていました。

「不祥事…」「大型犬…」
テレビを見ている私たちでも、インパクトのあるこの言葉だけが頭に残ります。

一事が万事。小さいころから否定語で育てられたのだろうなと想像されます。


人間として守らなければならないことを教えるときには、
否定語ではなく、親がお手本を示しながら自ら行動することが大切だと思います。

子どもに理屈は通りません。
子どもの心に届けるためには、相手を信頼することです。
子どもを疑って否定語で注意されたら、否定されたようになってしまうかもしれませんね。

”心配したら、心配した通りに育つ”とも言われます。
先回りして心配し、いろんなことを禁止したところで、親が見ていないところでその反動は出てきます。 注意されれば注意されるほど、ストレスも溜まっていくでしょう。

「ダメ!」を使うのは、命の危険があるときやルールを守らなかったときなど、やってはいけないことをやった時だけでいいと思います。先回りして「これはやっちゃダメよ」とやってもいないことを注意したり、「だから言ったでしょう」と失敗したときに「ダメ出し」をすると自信がなくなるだけです。

そうはいっても、心配するのが親心なのですが、
親自身も節度を持って、自分をコントロールすることが必要なのではないかと思います。

子どもに自律を促すためには、親子の信頼が大切です。
いずれは自分の手元から、子どもを手放すときが来ます。
そうなった後の繋がりは、信頼関係しかありません。

親の言葉は、隣で子どもが聞いています。
子育て中の親御さんは、なるべく未来志向で、
肯定語と感謝の言葉をたくさん使うようにしましょう。

「人生は自分の思った通りになる」
と聞いたことがあります。

すべての思考は、自分が同意し、納得し、許可したときに、現実に形をとることを許可されてしまうものなので、なにを自分が受け入れ、納得し、許可し、沿おうとしているのか、その揚げている思考をよく見つめる必要があります。
本当に大切なものはいつも目にみえないより~

物事の捉え方、考え方、思い方でいい人生にもなるし、悪い人生にもなるんだよ、と言われているようですね。

まずはじめに‘思いありき‘で、その思いに曇りがないか、私心がないか、間違っていないかをよく見つめることが、その後の結果になっていくのだと思います。

それは自分ひとりではなかなか見えなかったりするものです。
だから、人の意見や話は聴くことが大切なのですね。


以前、ある主婦の方が、私にこんなことを話してくださいました。
人のことで振り回されて心配しすぎていたので、「人のことは実際にその人と話してみなければわからない。やってみなければわからない」と私が言ったことがきっかけとなって、本当はやりたかったけれど躊躇していたあることをやってみようと思い立ったのだそうです。
今度はその言葉を周りの人に使って励ましてくれているそうで、それを聞いて実行できる人って、本当にすごいなと思いました。すぐに結果が出るんですね。素晴らしいです。

私の言葉が、その方の心に届いたことが何より嬉しかったです。

夏休みと聞いて思い出すのは、やはり小学生の頃ですね。
1年の中でも、夏休みが一番大好きでした。

宮崎県出身の私は、海が近かったので、よく家族や友達と海に遊びに行きました。
熱い砂の上を「あつい、あつい」と言いながら駆け足で海に飛び込み、波に揺られながら遊んでいました。海の家でお弁当やアイスを食べたりしたことを覚えています。
今では考えられませんが、痩せていて日焼けしていたので、親から「ごぼうのようだ」と言われていました。

山や川にも遊びに行きました。今頃の季節に山に蝉取りに行くと、かなかなかな…とヒグラシの鳴き声が聞こえてきて、もうすぐ夏休みが終わるんだな、と思うとなんだかさみしい気持になったことを思い出します。
そうなると夏休みの宿題に追われます…。
だいたい、溜めてからやるタイプでしたので、夏休みの終わりはいつも大慌てでした。


子どもの記憶って、だいたい小学生以降の記憶が多く残っていますね。
まさに、おおきなかぶ学童保育の子ども達の年齢ですね。
学童の友達や先生と一緒に過ごした夏休み。
子ども達の思い出の一頁として、
おおきなかぶ学童保育が記憶に残ってくれると嬉しいな…。

今年の夏休みも残すところあと9日となりました。
おおきなかぶ学童保育はあと7日です。
残り少ない夏休みサマースクールを悔いのないように過ごしたいと思います。

「道理に合わないことはしない」

昔、恩師から教わった大切な教訓の中で、この言葉がずっと私の指針になっていました。

道理とは?
1 物事の正しいすじみち。また、人として行うべき正しい道。ことわり。
2 すじが通っていること。正論であること。また、そのさま。
と辞書にあります。

しかし、私の中の道理の解釈は、
人間の常識や正しさではなく、天から見た正しい道筋です。
私は若い頃、そのように教わりました。

道理に合わないことをしている人は、自分の気持ちに沿わない結果となり心を乱すことになります。これが続くと、思い通りにならないことが人生の中で起こってくるそうです。

私たちは往々にして、「損得勘定」や「都合の良し悪し」で物事を進めてしまうことがあります。しかし、道理に合わないことを無理やり通してしまうと、ひずみが出てしまいますね。そのひずみがいずれ、取り返しのつかないことになってしまう。途中から変えるのは難しいから、はじめからしてはいけないですよ、ということです。

お金もその時に得したと思っても道理に合わないと、後でその分必ずマイナスの出来事で損をすることになるようです。反対に、何の得にもならないようなこと(徳積み)を一生懸命にやった結果、人徳や家徳をいただくこともあります。

迷った時には『道理』を意識してみましょう。
きっと道が開けてくると思いますよ。

子どもを育てるときに必ずぶつかる問題、
『氏か育ちか』(遺伝か環境か)が気になるところです。

遺伝と環境の問題は、いろんな本にも書かれていますし、古くから討論されてきました。私たちが子どもを育てるときや社員教育をする上で、とても興味深い点でもあります。

コーチングを行っていても、これを感じる時があります。
同じものを見聞きしたとしても、相手によって受け答えが違うときに、元々そういう考え方の人なのか?環境でそうなったのか?と思案します。


児童心理学の専門書によると、『下等な動物ほど遺伝子の影響を受ける』とあります。一般に言えば、進化の程度の低い動物ほど遺伝の支配をうけています。例えば、昆虫などは生まれた時に一生をどのように過ごすかというプログラムが体内に組み込まれていますから、昆虫はどのような環境におかれても、遺伝によってきめられたプログラムどおりの行動しかしません。

しかし、進化の進んだニホンザルは群れをつくって生活しています。その群れで生まれた赤ん坊猿を母猿から引き離し、1頭ずつ檻に入れて人間が育てると、身体は十分成長しているのですが、群れの中に返しても子育てが十分にできない猿になって、引き離された猿から生まれた赤ん坊猿は、すべて死んでしまったという事例があるそうです。これは群れの中で生活できなかったために、周りの大人の猿から子育てを学べなかった環境にいたせいかもしれません。

それでは、私たちはどう考えたらいいのでしょうか?

我が子が、どのような遺伝子を持っているのかは親でもわかりません。しかし、いい遺伝ではないからと失望することはありません。自分に現れなかった特徴が遺伝子の中に含まれているかもしれないからです。

すべてが遺伝子できまると考えてしまっては、しつけや教育が無駄に思えてしまいます。ですから、遺伝子の影響もあるでしょうが、遺伝はその子の可能性の限界だと捉えて、その可能性を最大限に引き出し、伸ばしてあげることが親の務めだと考えたらどうでしょう。可能性を引き出すことは、人間だからこそできるのです。

そのためには、子どもが生まれたときからの環境も大切だし、家庭教育やしつけも適切に行っていくことが大事なのだと思います。


先日、子どもの頃の夢をみました。

目が覚めて、しばらく昔のことを思い出してみましたが、
子どもの頃の記憶って、ほとんど残っていないんですね。
一番古い記憶って、4~5歳くらいの時かな?

小学生の頃の記憶も断片的で、ところどころは思い出すのですが、
その前後は全く覚えていません。
でも、その中で鮮明に覚えている場面もありました。
それは、小学校の頃によく遊んだ場所や友だちでした。

私は人生の中で、子ども時代が一番辛い時期だったと思うのですが、
辛い記憶はうっすらとしか覚えていません。
鮮明に覚えていたら、きっと生きるのに障害になるから忘れるようになったのでしょうね。
以前紹介した『子ども会の記憶』とか、楽しかったことはよく覚えています。

この齢になって、思うことがあります。
‘子ども時代がその人の基盤となっている‘ということです。
カウンセラーの仕事をやっていても、クライアントさんの子ども時代に遭遇する場面が多々あります。

今、一生懸命に子育てをしている親御さんたちを見ていると、
「そんなことはどうでもいい、というようなことに一生懸命になりすぎているのではないか」
と思うことがあります。

躾を厳しくしても、
お勉強や習い事をさせても、
子どもにとって、生きるために大切なことを教えていない気がします。

私が考える「子どもが生きるために大切なこと」とは、
”物事の捉え方”です。

嫌なことを続けるよりも、自分が望むことをやった方が健全に育ちます。
子ども時代に思いっきり、自由に、伸び伸びと遊ぶことが、
この物事の捉え方を、前向きに積極的にしてくれるのだと思うのです。

思い出だって、嫌なことはほとんど覚えていません。
楽しかったことが、自分の記憶の大半に残っています。

でも、楽しい思い出が少ない子って、どうなるのかな…?

子ども時代にどれだけのことを自分で考えてやったか、
自分は友達を楽しませてあげるために、どんな工夫をしたか、
そういうことが、大人になったときに活かされてくるのだと思います。
そして、この子どもの記憶こそが、人生の基盤になっているのだと思います。

親子で一緒にいられる時間なんて、長い人生の中では短い時間です。
いい親になろうと思わなくてもいいですが、
温かく子どもを見守り続けられる親でいたいですね。

夏休みもあと2週間になりました。
子どもたちには、いい思い出をたくさんつくってほしいなと思います。

人にものをほどこす心あるものは富貴に生じ
人を敬う心あるものは高位に生じ
慈悲の心あるものは生命長く
忍辱の心あるものは形能く
  

この言葉は、鎌倉時代の臨済宗の僧、無住の言葉です。
「よいことをする心のある人は金持ちになり、人を敬う心のある人の家は位が高くなり、慈悲の心があれば長生きする。辱(かずかし)めを受けても動揺しない忍耐強い人は容姿がよくなる」という意味だそうです。

しかし、人生の問題がすっと解決する 名僧の一言 (知的生きかた文庫)の中で著者は、
『「心豊かだから人にものを施す。心清らかだから人を敬う。命がのどかだから人の痛みがわかる。心の姿がよいから行動が穏やかである」。つまり、「よいことをすれば金持ちになる」とか「慈悲の心があれば長生きする」などという世間的な因果の関係を言っているのではなく、「よい心があるから人に施したり、人を敬うことができるといった、キレイな心への憧れを言っています。キレイな心でいると、その心に突き動かされて功徳を積みたくなるという意味です。
これは子育てをしている親御さんによくよく噛みしめていただきたい言葉です。
「子どもは親の言うとおりにはならないが、親のするとおりになる」と言われていますが、私たちがキレイな心でいければ、子どももまっすぐにキレイな道を歩んでくれます。

と説いています。

親の足形、子が踏む』とも言われます。
いくら親が子どもに「立派になりなさい」と言ったところで、そうなれるはずもありません。親自身がキレイな心で良い行いを見せて、はじめて子どもは親の足形を踏むことができるというわけです。

いいことも悪いことも、親の姿を見て真似るのが子どもです。
いい足形をつけてやることが、子どもにとっての道しるべになるでしょう。
その為の説法なのだと思います。

若い頃に心の勉強をすると、将来とても楽に生きられるようになるようです。
キレイな心とは、『清らかで軽い心』のことだと私は理解しています。
「純粋に自分の進むべき道を見つけて、軽やかに進むことができる心」を持っていることなのだろうと思います。

反対に、『重い心』とは、恨み・憎しみ・迷い・悩みなどの煩悩のことで、それが重く自分に圧し掛かっているために、身動きが取れなくなってしまうの心のことだと思います。

子育てにも説法が必要だと感じます。
子どもをどう育てたらいいのか、迷い・悩む親がたくさんいるからです。
形ばかりを整えても、その心が重たく暗かったら、子どもにも影響があるかもしれません。親自身の心の環境整備が必要なのでしょう。

焦っても仕方ありません。
一度立ち止まって、親である自分自身を振り返ってみましょう。
落ち着いて、心を澄ませてみると『内なる声』が聞こえてきます。

聞こえてきたら、「私には何が足りなかったのだろう?」「どうしたいのだろう?」
と素直な心で自分に問いかけてみましょう。
セルフコーチングです。

自分勝手な考え方では、小さい子どもと同じです。
親の前に、『人として』が大切なのですね。


「とにかく歩き続けてみる」

人生は平坦な道ばかりではない
人生は山道を登るようなもの

険しい道もあれば
景色を眺められる道もある
頂上がみえたかと思っても
また見えなくなる

ある日気がつけば
ああ、私はここまできたのかと
自分の歩いてきた道を振り返ることもできるだろう

曇った日も土砂降りの日でも
頂上は必ず見えてくると信じて
とにかく歩き続けること
そうすれば必ず道は開けてくる




志を立てても、挫折してしまうのが人間です。
登れそうにない山があると、それを見ただけで諦めてしまいそうになります。
本当に頂上はあるのだろうか、と落ち込む日もあるでしょう。
でも、ここで諦めたら一生夢への頂上にはたどり着けないかもしれない。

誰も自分の人生の道案内をしてくれるわけではありません。
ただただ、頂上はきっとあると信じて歩き続けてみるしかないのです。

私は、今まで山あり谷ありの険しい道も、とにかく歩き続けることができました。
そして、今ようやくここまで来れたんだな、と少しだけ来た道を眺められるようになりました。
まだまだ道半ばで頂上は見えてきませんが、あと何十年かかってもこの道を諦めずに、疲れたら休憩をとりながら、とにかく歩き続けてみようと思います。

誰からも認められなくても、わかってくれなくてもいいんですよ。
自分というパートナーが、一緒に道を切り開いてくれます。
明るい未来をつくっていきましょう。

先日、ある経営者の方とお話をしました。
「結局、商売は人。従業員を動かすのは難しい…」というような内容でした。

従業員を動かすにはどうすればよいか?

私は、やはり経営理念が大切なのだと思います。
理念があればブレません。

経営理念をよく理解している人は、目的も目標も言えば分ります。
優先させるべきことも理解できています。

しかし、何のためにこれをやるのか、ということを理解していない人は、
こちらの意図とすることは理解できないでしょう。

まずは、共通理解から始めることです。
理解しているかを確認し合うことです。


それと、商売には鉄則というものがあります。
広く、深く、速くです。

・お客様を広く獲得する
・シェアと損利率と回転率のどこを改善するかを深く追求する
・現場の敏速な対応

これが大切だと思います。

しかし、これだけでもダメなんだと思います。
では、経営者はどこを見たらいいのでしょうか?

私が社内で気を付けていることは、

・社員が伸び伸び・イキイキ働けるようサポートできているか
・お客様の信頼を得るための施策を実行しているか
・社内の情報を徹底して周知させているか
・改善点を話し合い、即対応しているか
・収支のバランスができているか

細かく見るともっとありますが、会社が上手く回るためには従業員の表情が良くないとダメなのだと思います。
従業員の表情は、会社のバロメーターです。

会社の土台は人材です。
その土台があってこそ、商売の鉄則も生きてくるのだと思います。


企業は何のために存在するのか?

企業が、‘経営理念‘を持つことの重要性について、
松下幸之助は、その著書『実践経営哲学』の冒頭の章で次のように記しています。

「私は60年にわたって事業経営にたずさわってきた。そして、その体験を通じて感じるのは経営理念というものの大切さである。いいかえれば、‘この会社は何のために存在しているのか。この経営をどういう目的で、またどのようなやり方で行ってい行くのか‘という点について、しっかりとした基本の考え方を持つということである。
事業経営においては、たとえば技術力も大事、販売力も大事、資金力も大事、また人も大事といったとうに大切なものは個々にはいろいろあるが、一番根本になるのは、正しい経営理念である。それが根底にあってこそ、人も技術も資金もはじめて真に生かされてくるし、また一面それらはそうした正しい経営理念のあるところから生まれてきやすいともいえる。だから経営の健全な発展を生むためには、まずこの経営理念を持つということから始めなくてはならない。そういうことを私は自分の60年の体験を通じて、身をもって実感しているのである」

それは、幸之助(当時は松下電器製作所・店主)が大正7年(1918年)3月、ささやかな個人企業から出発し、創業時代の幾多の試練を乗り越え、従業員約300人、ようやく製品分野も広がり、取引先も増えて、販売月額10万円を超えるころになった頃のことです。

幸之助は、
「従来、自己の販売と考えていたものが自己の販売ではなくなる、代理店のための松下電器、業界の松下電器である、松下電器は人様の預かり物である、忠実に経営し、その責任を果たさなければならない、というような考え方が真面目に考えだされてくる。私的から公的へ・・・そこに絶対の強さが生まれてくる」
と意識したことを、当時の心境として自叙伝『私の生き方考え方』で述べています。

~松下幸之助とともに50年 経営の心より~

昭和3~4年(1928~29年)日本は経済不況下にありましたが、幸之助は「大衆の生活に必要なものは、景気、不景気に関係なく伸びる」という信念のもとに銀行から15万円の無担保融資を受け、昭和3年11月から大開町(大阪)に、月産10万個の能力を持つ電池ランプの新工場と第二次本店の建設を始めていました。

その後、松下電器から現在のパナソニックに発展するまで、松下幸之助の経営理念は今でも生きているのでしょう。松下幸之助の熱い使命感と長年の事業活動と通じて培われた洞察力があった方こそ、経営理念が宣明されたのだと思います。

松下理念に、経営のヒントがあると感じました。

会社経営で最も大切なことは、『環境整備』です。
環境整備とは、ただの掃除や片付けではありません。
環境整備こそが『会社の社風』であり、『経営の原理原則』なのです。


これは、子育て・教育にも当てはまります。
荒れている中学校の多くが、花壇にお花があまりなかったそうです。
それどころか、枯れたままの植物が放置されていたそうです。

現在、多くの小・中学校の昇降口にはお花がたくさん植えてありますね。
これには心理的な意味があるのだそうです。

枯れたままの植物が放置してあったり、汚れや傷みが目立つ箇所がある学校では子どもの心が荒むということが言われています。実際に、花壇にお花を植え環境を整えるだけで、荒れた学校が改善されてきたという報告もあります。

家庭でも同じです。
いくら子どもにお金をかけていい塾や習い事に行かせても、
しつけを厳しくしたところで、台所に洗い物が山積みだったり、
部屋が散らかっていたり汚かったら、子どもの心は荒んでいきます。

ある警察関係者の方が、
「犯罪者や非行少年の家庭を見ると、台所に洗い物が溜まっていて部屋が汚い家が多かった」とおっしゃっていました。

掃除は何故やるのか?
行きつく先は、”心の掃除”なのかもしれません。


経営に話を戻せば、
環境整備をしっかりやっていれば、お客様や取引先に信頼されます。
特に玄関周りは会社の顔です。
荒れ放題に雑草が伸びていたり、ゴミや汚れがあっては人の足は遠のきます。
つまり、儲からない会社や店は環境整備ができていないのです。

古い、狭い、小さいは恥ではない。
汚い、不潔、乱雑こそが恥なのだ。


これは、経営のわかる社長さんならば誰でもご存じだと思います。
社長というのは、従業員の自主的な心配りを一番見ていると言ってもいいでしょう。

従業員スタッフには、「環境整備第一」という会社の文化を根付かせて、
事業を成功させてほしいなと思います。

あなたは、周りの人の信頼に応えていますか? 
そして、信用されていますか?

「信頼」は"期待する"のに対し、「信用」は"確かだと信じる"ことです。
信用を得るためには、長い時間がかかります。
また一瞬で壊れてしまうものでもあります。

信頼を積み上げてきた末に、信用を得ることができるわけで、
信頼を得るためには、それに応えることが大切です。


私は、保護者の信頼に応えるよう、日々努力しています。
お悩み相談やご要望にお応えしたり、時には保護者にとって耳の痛いことやショックなことを言わなければならない時もあります。しかしながら、それをしなければ本当の意味で信頼できないのではないか、と思うのです。

私自身も子どもがいる保護者の立場ですので、自分の子どものことは良いことばかりではなく、むしろ、気をつけなければならないところやできていないところを、担任の先生には教えてもらいたいと思います。
お預かりしている保育園や学童保育の保護者の皆様も、同じではないでしょうか?

ですから、私は子どもや保護者にとって長い目で見たときに、利益になることを伝えていきたいと思っています。


先日、ある保護者の方に
「先生、あの時(2年前)におっしゃってくれたことが今になってわかりました。あの時は厳しいお言葉をもらいましたが、今はあれがあったお蔭で、子どものことがよくわかった気がします。感謝しています」と言われました。
そして、下のお子さんもお願いしますと言われました(笑)

信用していただけるまでには、何年もかかるものです。
日々の努力が必要ですね。


あなたが話す言葉とそれに伴う行動が、
保護者、お客様、上司、同僚から信用されるかどうかにかかると言ってもいいでしょう。

弊社のスタッフ全員に言いたい言葉です。