子どもが2~3歳位になると、食事や睡眠、遊びなど
毎日の生活習慣というものに意識が出てきます。

保護者さんたちからの子育て相談(発達障害以外)のほとんどは、
この生活習慣の乱れやズレによるものです。

幼児の相談では、「食事」「睡眠」「遊び」「癖」等ですし、
学童~中学では、「ゲーム」「不登校」「学習」「いじめ」「人間関係」等です。

幼児の相談では、以下のようなご相談が多いようです。
(食事)
 ・好き嫌いが多い
 ・食事中の立ち歩き 
(睡眠)
 ・夜更かし
 ・昼寝
 ・歯ぎしり
(遊び)
 ・思うように遊べない
 ・お友達におもちゃを貸せない
(癖)
 ・タオルやぬいぐるみが離せない
 ・指しゃぶり
 ・チック
 ・どもり
 ・爪噛み

これらは、子どもからのサインの場合があります。

子どもから不満や寂しさなどのストレスサインが出ても、見当違いのことばかり言っていると、子どものモヤモヤが溜まってしまい、高学年や中学生になってからもっと大きな問題として表面化することが起こってくることがあります。今起きている問題の中には、もっと小さいときから予兆サインが出ていることが多いようです。

その予兆サインを見逃さず、小さい問題のうちに改善することが大切です。
この問題のほとんどが、実は『生活習慣』の乱れが原因だったりします。

幼児の生活の基本である「食事」「睡眠」「遊び」ですが、早寝早起きの習慣がなければ、子どもは夜更かしをしてしまいます。まだ就園前の時期は、特に仕事をしていなければ早く起きる必要もないので、母親も子どもと一緒に寝ていられます。
しかし、2~3歳ころになれば活発になり、外遊びが増えてきます。
朝寝坊な家庭では、朝食の時間も遅くなり、必然的に午前中の外遊びが十分ではなくなります。遊びが少なければお腹も空かないので食事も進まない、というわけです。

または、お菓子やパンなどをだらだら食べる習慣があると、食事にもムラが出て好き嫌いの原因になったりします。
時間のメリハリがないということは、生活習慣の乱れに繋がります。
必然的に子どもの生活時間も乱れ、子どもの不満やストレスが溜まり大泣きするので、母親の悩みになる。という構造になっているようです。

学童期でも同じです。
学力も生活習慣や家庭環境に大きく影響します。
落ち着いて学習できる環境とは、安心できる家庭環境です。
不安やストレスがあっては、なかなか集中して学習できませんね。
夫婦喧嘩が絶えなかったりすると、母親のストレスが溜まり子どもに当たったりするので、子どもは情緒不安定になったりします。親のマイナスな状態は、子どもに影響することが多いです。

また、いくら塾に入れても”家庭学習の習慣づけ”がなければ、
思ったほど成績は上がらないということもあります。

それほど、生活習慣とは人生を創るものだと考えていた方がいいですね。
生活の乱れの原因もありますから、原因を改善する必要があります。
子どもが小さい今のうちに、家庭環境や生活習慣の見直し・改善をしてほしいなと思います。

それと、
どんな小さいことでも、きっとそれには意味があることだと思います。
子どもに現れたら、自分の子育てや気持ち、家庭環境を振り返ってみてくださいね。
そこには、何らかの原因があるはずですから。


・・・
昨日から、東京大崎で行われている保育所長の研修会に参加しています。
とてもためになる講義ばかりなので、来週はブログでも紹介していきたいと思います。
今日が最終日なので、がんばってきます。


我が子たちが小さい頃は、毎週、図書館で絵本を10冊以上借りてきて
寝る前に読み聞かせをしたものです。

当時、子どもたちが好きだった好きだった絵本は、「がたんごとん」「かいじゅうたちのいるところ」「はらぺこあおむし」「わたしのワンピース」など、今でも読み継がれているものが多いですね。

お気に入りの本は何度も読んでとせがまれるので、そのうち文章も覚えて自分から音読をするようになりました。

小学校へあがると、毎日音読の宿題が出ていました。
本を読むことに抵抗がなかったせいか、宿題の音読は楽しんでできていました。
長女が小1の時の先生は、教科書を見なくても読めるようになるまで音読に力を入れていました。学年の最後には、国語の教科書に載っていた「おてがみ」を、クラス全員で順番に音読し録音して記念に渡してくれました。
音読で自信がついたのでしょう、嬉しそうな長女の顔を今でも覚えています。

小学校低学年までは、どのクラスもたくさん音読の宿題があるようです。

t02200165_0448033613781696107.jpg t02200165_0448033613776088764.jpg
t02200165_0448033613777641571.jpg t02200165_0448033613777641572.jpg 
おおきなかぶ学童保育の子どもたちも、毎日、音読の宿題が出ますので
支援員の先生に聞いてもらっています。


幼児期から学童期にかけての音読って、本当はすごい効果があるんですよ。
音読に勝る学習法はないと言われているほどです。

音読は、インプット(認識する)とアウトプット(表現する)を同時に行うことができます。
音読には脳の血流を増加させ、劇的に脳を活性化する効果があるそうです。
他にも、音読はこのような効果があります。
・脳の記憶や学習、感情を司る「前頭前野」を鍛える
・記憶力アップ
・コミュニケーション能力を高める
・頭の回転が速くなる
・考える力・アイディアを生み出す力・思考力発想力アップ
・学習した知識や技術を生かす力・応用力アップ
・感情のコントロール(穏やかになりキレにくくなる・イライラしにくくなる)
・状況に合わせた判断力(人間らしい行動を取れる・問題行動の抑制)
というように、黙読では一部しか使われない脳の機能が、音読すると脳全体を使うので脳が活性化するそうです。
大人でも音読はよさそうですね。

ですから、脳の成長が著しい幼児期から学童期にかけては、音読を取り入れた学習方法が効果的なんですね。

それでは、音読を効果的にやる方法をご紹介します。
・毎日、決まった時間に音読をする
・スラスラとできるだけ速く音読をする
・同じ本ばかりでなく、いろんな本を音読する
・誰かに聞いてもらう
・音読カードを作って、やる気を起こす

音読がスラスラできるようになったら、国語力もアップします。
文章の内容がわかるようになれば、ものがたりの内容も理解できますね。

高学年になれば黙読が主流になりますが、音読をたくさんやっているお子さんは黙読でも集中して内容を理解して読めるようになるでしょう。

また、読書は知的効果の他に、情緒効果というものがあります。
様々な事象にふれることで感情面を豊かにし、空想、連想、想像、創造することなどの感性が磨かれるとう情緒効果があるそうです。いい本を読むことで、心が豊かに育つ効果もあるんですね。

読書はおこたることなかれ
読書は万能の許なり

と言います。
本好きにすることが一番です。

マザー・ランゲージ(母の語りかけ)が重要であることは、子どもが大きくなった後でわかります。

幼児を持つ親御さんは、ベットサイドストーリー(寝る前の読み聞かせ)から
始めてみてはいかがでしょうか。

昨日、大網白里市の中央公民館2階で行われたすくすくクラブのオープンルームで、
ママたち向けにお話会を行いました。

始めに、育児で困っていること、聞いてみたいことなどを伺いました。
o0448033613780819264.jpg
様々な子育ての悩みや迷いがありますが、過ぎてみれば短い子育て時期。
子どもといられる時間を大切にして、親子で楽しい時間を過ごしてほしいなと思います。

o0448033613780820385.jpg

最後に、ママたち向けの絵本を読みました。
o0448033613780821334.jpg
「ぼくおかあさんのこと…」は、ちょっとショッキングな言葉が出てくる大人向けの絵本です。
ぼくが部屋を出て行こうとするときの、背中を向けたお母さんの寂しそうな背中…。
胸がギュ~ッと切なくなります。
「やっぱり出て行くのやめた!」ってぼくとママが抱きしめあうとき。
温かい気持になりました。
子どもは、どんなおかあさんでも、本当は大好きなんですね。

「おかあさんがおかあさんになった日」は、わが子の出産の時のことを思い出される本です。
赤ちゃんが生まれる日のお母さんの行動が描かれていて、
「あなたを産んだ時もこうだったのよ」と小学生に読んであげてもいい本ですね。
日常の中で子育てにイライラしたら、出産の時を思い出してみましょう。
あの時は、「五体満足で生まれてくれれば」と思ったことでしょう。
子どもは元気でいてくれさえすれば、お母さんは幸せです。
少しくらいできないことがあっても、「ま、いいか」と思わせてくれます。

また機会がありましたら、ママたち向けに絵本を読みたいと思います。


夢なき者に理想無し、
理想なき者に計画なし、
計画なき者に実行なし、
実行なき者に成功なし、
故に、夢なき者に成功なし。
 

~吉田松陰~


自分の10年後は想像できませんが、1~3年後なら計画が立てられます。
将来こうなりたいという大まかな夢を持ちながら、
1~3年間単位で計画を立てていければ、夢や目標も確実に実現できるでしょう。

事業には新たな進歩が必要で、目標に向かって変化していかなくてはなりません。
しかし、変えてはいけない部分もありますので、時代が変化しても守るべきものはしっかり守ろうと思っています。

ですから、『どういう夢を描くか?』が目標で、
夢を実現させるために、『どんな計画を立てて、それをどうやって実行させるか?』が課題です。

私は今、その課題をいただいています。
大きな課題ですが、確実に夢に向かって実現しようと計画を立てています。
それが実現すれば、新たな事業も発展させることができるでしょう。
事業が発展すれば、雇用も生まれますし、地域も発展していくでしょう。

女性の採用が増えれば、地域経済も安定してきます。
女性の職場が充実してくれば、結婚・出産・育児もサポートできます。
子どもを安心して産んで育てられる地域になれば、少子化対策になると確信しています。

夢は大きく、計画は確実に実行させる。

それが、今私に課せられている課題なのだと思っています。

長男と二男が小さい頃は、よくケンカをしていました。
保育園や学童保育の男の子たちも、じゃれ合っているのかと思うとケンカをしています。
男の子は、ケンカをしながら仲良くなっていくんですね。

闘いごっこやプロレス遊びもすきですね。すぐに突き合います。
泣かせたり、泣かされたりすることもありますが、じゃれ合うのを楽しんでいる様子です。

男の子がケンカするのは健全なんですよ。
なんせオスですから。
時々、女の子と比べるお母様がいらっしゃいますが、女の子とは違いますから比べようがないといってもいいでしょう。

男の子の場合、ケンカができなければ仲間に入れません。
ケンカをしながら仲良くなっていくので、「ケンカをしてはいけません。みんなと仲良くしなさい」というのは、無理な話かも…。

男の子同士のケンカを問題視する親御さんもいらっしゃいますが、この時期は、あまり大げさにとらえる必要はないと思います。
それよりも、普段と違った表情や口調など、急に変化が見られたときは注意が必要だと思います。
いずれにせよ、よく観察してみることですね。

ケンカをしてもいいけれど、ケンカにはルールがあることを教えておくことが大切です。

・大勢対一人ではやらない。いじめになることを教える。
・物を投げたり、物で叩いたり、髪の毛を引っ張ったり、わざと足をかけて転ばせたり、つねったりするのは卑怯だと教える。
・気に入らないからと、殴ったり、叩いたり、無視したりしない。それは単なるわがまま。
・最後は必ず仲直りする。

基本的に、ケンカは見守っていいですが、“良い加減”という見極めも大事だと思います。
昨今の中高生が集団で友達を殺してしまったり、いじめを起こすのは、これ以上やったら危険という加減とケンカのルールを知らないからです。
ケンカをしながらその加減を学んでいるとも言えますので、小さい頃から男の子に全くケンカをさせないのも危険なことですし、ケンカのルールを教えないことも良くありません。

でも、女の子とけんかをした時には、止めさせます。
女の子には手をあげるなと教えます。
将来、DVになっては困りますから、女の子に手をあげることはやっぱりダメです。


男の子を叱るとき、それはあくまでも子どもの視点に立って叱ってください。
他人の目や体裁を気にして子どもを怒っていると、子どもは怒られることに納得しません。
その反動は、学校や保育園・幼稚園など外で必ず出ます。

ケンカをして子どもを叱るときには、ケンカのルールを守らなかったときで良いと思います。
それも感情的にならずに、冷静に叱ることです。

ケンカはお互い様です。
必ず一方だけが悪いということはなく、お互いに気に入らないところがあってぶつかるのです。親御さん(特にお母様)はケンカをいけないことだと思いがちですが、ケンカ自体を悪いこととして捉えないことです。これも社会勉強の一つだと捉えて、少しの怪我くらいは学んだ勲章だと思って、目くじらを立てないことですね。


「子どものケンカに親は出ない」と昔はよく言われましたが、
ある程度の子どものケンカは、温かく見守っていただれば幸いです。

今日は、日本のフレーベルと言われた倉橋惣三(1882~1955幼児教育・保育学者)が理想としていた『森の幼稚園』をご紹介します。

太平洋戦争が終わってほどない1948年(昭和23年)3月、当時の文部科学省は「保育要領ー幼児教育の手引きー」(現在の『幼稚園教育要綱』や『保育所保育指針』の草分け)というものを出しました。そこに描かれていた園への期待といったものは、倉橋惣三が中心となってまとめたものだそうです。

その中の園庭についての記述を見てみると、倉橋が理想としていた創造の”森の幼稚園”の森の先生の発言そのものが生かされていたことに驚かされます。

「できるだけ自然のままで、草の多い丘があり、平地があり、木陰があり、くぼ地があり、段々があって、幼児がころんだり、走ったり、自由に遊ぶことができるような所がよい」
「夏には木陰となり、冬は日光が十分に当たるように落葉樹を植えるとよい」
「幼児にはできるだけ自然の美しさに親しませたい。それには日当たりのよい運動場の一部を花畑、菜園として野菜や花を作り、それを愛育するようしむける」

(文部省『幼稚園教育百年史』1979年所収)~倉橋惣三と現代保育より参考~

実際にはこのような見事な園庭論は、その後の日本の保育界では発展しなかったそうです。


この「森の幼稚園」を読んでいて思いました。
これって、ありんこの森保育園の園庭に似てるな…。
もしかしたら、倉橋さんの考え方に共通する部分があるのかもしれない。
と思ったら、調べたくなりました。

やはり倉橋さんの園庭論は、フレーベル(ドイツの教育学者。「Kindergarten(キンダーガルテン)」世界で初めて幼稚園を創った人)の”ガーデン主義”に影響されていたものと思われます。

フレーベルは、「庭で遊び庭を育てる」という考え方があるようです。
フレーベル幼稚園の庭は緑にあふれていて、砂場や花壇などが充実しています。


「庭の中で自然に触れながら遊ぶ」
たくさんの植物に触れながら、かくれんぼや鬼ごっこを楽しむことで、観察力や知識をも養います。

「子ども自身が草花を育てる」
現在はクラスごとに分かれていますが、フレーベル幼稚園ではもともとは、1人につき1つの花壇が与えられていました。子どもが自分で自然を慈しむことで、自然の不思議や、いのちとはどんなものなのかを学んでいきます。
幼稚園の基礎を作ったフレーベルの教育思想とは?その目的と内容より参考~


庭で遊びながら、庭を育てていく。
ワクワクする保育だと思いませんか?

毎日、草花や野菜、庭木や木の実という本物の自然に触れ合いながら育つ環境って、理想の保育環境ではないでしょうか。

幼児期には、幼児期でしか育たない感性というものがあります。
この時期を逃しては育ちきれないと言われていますので、目先の早期教育や発達にとらわれることなく、十分に本物に触れさせて遊ばせたい時期なのです。外へ外へと連れ出し、遊びを充実させること。これが本来の保育なのではないでしょうか。

人間も自然界の一部で、一生命体ということを知るためには、自然の中で育てるのが一番だと思います。どうしてそれをやらなければならないのか。それは、人間として生きるためです。
人間として生きていく過程で、大きなもの(自然)の中の一部だと思えることで、自然に従い自然に任せられる心の度量が育つのだと思います。だから、少々のことではくじけない心の強い子に育っていけるのではないかと思います。

私たち大人は、見栄えの良い教育・保育を求めがちです。
お勉強も、スポーツも、お稽古事も、あれもこれもとできるようになることを望んでしまいます。
これって、結局は大人の視点なのです。
大人本位で良い悪いを決めてしまっています。

そうではなく、子どもは本来、自然のままであって、環境や体験という中から育つ感情が性格となっていくのではないでしょうか。

結局のところ、子どもが幸せになってくれたらいいのです。
幸せとは何か、”自分が自分らしく生きること”だと私は思います。
だったら、子どもには好きなことをさせたらいいのではないかと思うのです。
わがままに何でもやらせたらいいということではなく、生きるために必要な力を身につけることを『型』といいますが、これを持った上で、子どもの伸びたい方向へ誘導して伸ばしてあげることが幸せなことではないのかと考えています。

未来へ伸びる芽を摘むことなく、
全ての子どもたちが健やかに育つことを願っています。

二男が通っていた幼稚園の園長先生がこんなことをおっしゃっていました。

「泥団子を作るにしても、子どもたちは固まる土とサラサラの砂を使い分けて上手に泥団子を作っています。でも、実際に土に触ってみなければ固まるのか、サラサラなのかはわかりません。塩と砂糖もなめてみなければ、子どもはしょっぱいのか甘いのかはわかりません」
と、子どもにとって体験が学び、遊びが大事だということをおっしゃっていました。

長女が小学1年生の頃の担任の先生も、
「最近の1年生は言葉の理解が難しい。例えば、国語の教科書に載っているザリガニとか、栗のイガイガも見たことがないのでわからないようです」とおっしゃっていました。

小学4年生の頃の先生は、「社会科に興味がある子は、実際に旅行などでそこに行ったことがある子です。日本地図の都道府県名を覚えるだけでは、すぐに忘れてしまいます」とおっしゃっていました。

先生方のお話はどれも、”子どもにとって体験学習が大切”ということです。
子どもは遊びを通して体験することで、物事を理解できるのです。
園長先生がおっしゃった泥団子や、塩と砂糖のお話がそうですね。

ザリガニや栗のイガイガも、いくら絵や写真で見せて説明しても、実際に採って、触って、匂いを嗅いで、観察して、実験してみた子の理解力にはかないません。

それが様々なことに影響することが、子どもたちの成長を見てわかってきました。
この理解力とは、後々の学力に繋がっていくものです。
これを「見えない学力」といって、やる気、根気、好奇心が理解力に繋がっていくのです。

ですから、幼児期から学童期にかけての「心の根っこ」を育てる時期に、身体を使った遊びや異年齢での関わり、様々な体験をさせながら育つ環境を、子どもたちには与えてほしいなと思います。それが”生きる力”になっていきます。

心の根っこが大きく育てば、子ども自身で伸び伸び成長していくでしょう。
目先のことも大事ですが、将来にも目を向けていただけると
今何をすればよいのかがわかるかもしれませんね。

   お日様が高いね


…お日様が高いね
    レンゲの花がきれいだね
  あの雲はどこへいくのかな?
    鳥はどうしてきれいな声でなくの?…
 
見つめているものの先には、いつも先生がいて 
先生はいつも、私の見ている方を一緒に見ていた

…あなたはどうして泣いているの?
      泣いているのには理由があるのね…

どんな時も、どんなところでも、
先生は私の声をきいて
わかってくれた

私もそんな先生になりたいな


                   なかしまえつこ





お日様のように志を高く
レンゲのような可愛い子ども達の心はきれいで
雲が流れるように未来の希望に胸を躍らせ
鳥のようにきれいな子どもの声に耳を澄ませて

見つめている者(子ども)の視野の中に、私はいつもいて
子どもの傍でなく一歩離れた距離感で、子どもの興味を見つけようとしている

2歳児だから、3歳児だからと枠をはめてしまっては
泣いている意味がわからなくなってしまう

子どもは一瞬一瞬で生きている
その時がチャンスなのだから後回しにはできない
その時を逃さずに、その子の声を聴いて
わかってあげたい

そんな保育者に私はなりたい


禅の教えの中に、『不思善、不思悪』(ふしぜん、ふしあく)という言葉があります。

これは、「良いことも、悪いことも考えるな、その考えのないところに本当の心の働きがある」という意味だそうです。

仏教では、「悪い過去を思い出して、いろいろと考えを巡らせることはしないように」と教えられます。それには、まず「良いことも考えない」ということから始めるのです。これは良いことだから考えてよいと思うと、嫌なことはさらに思い出されてしまいます。

良いことを期待しない方が心が楽なのですね。

心の状態が良かったり悪かったりしていたら気分の起伏が激しくなり、心だけでなく身体にまでその影響を及ぼしてしまいます。仕事を持っている人ならなおさらのこと、波があっては仕事になりません。

だから、常に波のある人、思い悩む癖のある人は、平らになれるように良いことも悪いことも考えない。平常心で、今大切なことや今やるべきことに集中するよう心がけるといいですね。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

             ~マザーテレサの言葉より~

”思考はいつか運命になる”
同じ出来事に出合っても、人によって捉え方や考え方は違います。
いい方に考えられる前向きな人もいれば、いつも悪い方に考えてしまうマイナス思考の人もいます。

やれない理由を考える思考の人は、いつかそれが自分の運命になるかもしれません。
そして晩年になり、やりたくてもできなかった理由をまた考えることになるのでしょう。

考えないというだけで、人生が良くなるのであれば簡単なことですが、
どうしても煩悩があるのが人間なのだと思います。

複雑に物事を捉えてしまうと、思考に縛られそうです。

考えることが多くて頭の中がゴチャゴチャしている人は、
一度、紙に書きだして整理してみるといいかもしれませんね。

私もいつも考えることが多くて、時々わからなくなります。
そんな時には、モヤモヤとした感情を一つひとつ書き出して整理しています。
書き出していくうちに、解決策が出てくるのでモヤモヤが消えていくのがわかります。
解決できない大きな悩みは、時間が解決することもありますし、解決できないまま過ぎることもあります。
それでも、解決できないとわかることで、「考えていてもしょうがない」という気持ちになっていきます。

書き出したら、優先順位を決めて解決させていきます。
今すぐにできそうなこと、明日やれること、1年以内でやれることは何かを決めていきます。
こうすることで、頭の中が整理されてきます。

モヤモヤしている状態が続くと、新しいことが入らなくなってしまい、目の前の仕事にも集中できなくなります。頭の整理と心の掃除は常日頃から行うことが大切ですね。

放り投げたくなるような人生になってしまっては何にもなりません。
考え方を変えて、少しでも前向きに進めるようになってほしいなと思います。

「子どもにどうアドバイスしてあげたらいいでしょうか?」

時々、耳にするお母さんたちからの声です。
子どもを見ていて、できないことにイライラしたり、
失敗させないようにしようとするあまり、
「アドバイスをしなければ…」と考えてしまいますよね。
そのお気持ちはよくわかります。

でも、
私は子どものうちは、小さな失敗をたくさんさせたらいいと思っています。
それは、教えてもらうことよりも、失敗や経験から学ぶ方が遥に成長するからです。
できないことや失敗した経験があるから、今度はうまくやろうと考えるのだと思います。
子ども自身で考え行動することは、チャンスだと捉えたらいかがでしょうか。

わからないことやできないことがあったら、自分から「教えてください」と言えることも大事です。
大人になって社会に出たら、基本的なことは誰も教えてはくれません。
自分から学びとっていく力を身につけさせた方が、その子のためではないかと思うのです。

”魚を与えることより、魚を釣ることを教える”のです。
そして、手本は言うより見せる。

私たち大人もそうですよね?
誰かにアドバイスされたことをそのままアドバイス通りやるよりも、
自分でロールモデルを探して真似したり、
自分で考えてやっていることの方が多いのではないでしょうか。

子どもに失敗させないようにするよりも、口出ししたくなるのをグッとこらえて、
少しくらいの失敗は見守っていた方がいいのかもしれません。

そして、どうしてもわからなくなった時には、
子どもが気軽に相談できる親子関係をつくっておくことが大事ですね。

井戸を掘るなら、水の出るまで

物事は、やり始めたなら、
必ずやり遂げる根気が必要であるということ。
井戸を掘るのは根気がいる作業であることは、
始める前からわかっていること。
だから作業を進めていくうちに水脈が深いことに気落ちし、
中途でやめるようなら始めからやらないほうがよい。
何事においても途中でやめずに最後までやり遂げよというたとえ。
                ~故事 ことわざ 慣用句より~



最近、考えなければならないことが多く、頭の使い過ぎで頭痛が取れない日が続いています。
もう考えること自体が嫌になって放り投げたくなりますが、それもできません。
目の前にある様々な課題や問題を整理して、やっていくことに全力で取り掛かっています。

たぶん、長い目で見たら近道をしようが遠回りをしようが、行き着くところは同じだろうと思います。諦めずに確実に穴を掘って進んでいけば、必ず井戸の水は出てくると信じていくことが大事ですね。

困難なことでも、やり遂げたいなと強く思います。


ありんこ親子保育園の増改築工事進捗状況をご報告します。

9月はほとんど雨だったので、工事が進みませんでした。
それでも、雨の合間に着々と工事を進めています。

9月15日 基礎工事が始まりました。 ベタ基礎です。
201609151-1.jpg

9月21日 雨ばかりだったので、コンクリートが乾くまで時間がかかりました。
201609291-1.jpg

9月29日 前日から大工さんが入りました。いよいよ建築工事の始まりです。
201609295-1.jpg

10月1日 屋根ができました。
201610012-1.jpg

その後、壁に紙が貼られました。
201610014-1.jpg

10月5日 昨日の様子。
中から見たところですが、今まで使っていた保育室の倍くらいの広さがありました。
2016100508-1.jpg
2016100506-1.jpg
2016100509-1.jpg

腕のいい大工さんたちが、丁寧に作業してくださっています。
子ども達とも仲良くなって、子ども達が応援している姿が微笑ましいです。
みんな完成を楽しみにしています。

開園は11月の予定ですが、追ってご報告いたします。

こんな話があります。

ある時、人に認めてもらい願望が強いAさんがいました。
周りの人に認めてもらえるように、無理をし必死で仕事をやっていました。
しかし、自分が思うほど人から声はかけてもらえない。
「こんなに頑張ってるのに、上司は見てくれない。声をかけてくれない。認めてくれない…」という気持ちが強くなり、フラストレーションが溜まり、それがストレスになってきました。
結局、自分の気持ちを伝えることもないまま、「自分の価値を認めてくれない職場なんていても意味がない」と思い、退職したそうです。

数年後、元職場の元同僚Bさんとばったり道で会いました。
Bさんから、「あの頃のAさん、がんばっていたよね。(上司の)FさんもAさんのことを認めていたから、とても残念がっていたよ」と聞いたのでした。Aさんは、ハッとしました。上司はちゃんと見ていてくれていたんだと気づかされたのでした。

元同僚のBさんは、Aさんと同じ仕事内容でしたが、その後、頑張って係長に就任していました。

Aさんが再就職した職場では、以前と同じことが起きていました。
以前よりももっと認めてもらえない状況でした。今の職場の上司は厳しい人でしたから、認めることや誉めることなんてまずありません。益々苦痛に思っていたので、また転職を考えていたのでした。

元同僚のBさんの聞いて、Aさんはとても後悔したそうです。
「辞めなきゃよかった」と…。


プライドが高く、認めてもらいたい願望の強いAさんは、人に求める気持ちが強すぎて、自分で自分の首を絞めるような考え方をしていたんですね。
自分の考え方に原因があるとは気づかず、自分が求めるものは手に入らず、
結局は後悔だけが残ってしまったのでした。


人はそれぞれ色んな人がいて、世の中は多様なグループや組織があるものです。自分が正しいとか、相手が間違っていると思うと、多様な考えを受け入れることなどできません。

自分を認めてほしいとか、わかってほしいと強く思ってしまうと、自分らしさがなくなってしまう気がします。自分のやるべきことをちゃんとやっていれば、認めてくれる人は、認めてほしいと望まなくても自然に現れるものです。

人がどう考えようが、人からどう思われようが関係なく、自分の役割りを自覚し、
責任を持って仕事を行っていくことがなによりも大切だと思います。

人それぞれに考え方とやり方があります。
自分の考えを認めてもらえないと思うことが強すぎると、皆と協調することは難しくなります。人に自分の存在価値を求めるのではなく、自分が人を認めていくことでこれは解消していくのではないかと思います。


相手は、自分が思うようには変わりません。
自分が変わるしかないのです。

人を認めれば、人から認めてもらえます。
人を思いやれば、人から思ってもらえます。

人が嫌になって、人から逃げても、
また同じような人に出会うように、天に仕組まれているのです。
それが宿命であり、今世の宿題だからです。

逃げることより、自分の課題をクリアさせることが大切なんだと思います。


物事が自分の思い通りに進まなかったとき、
あきらめるか、あきらめないか…。
この選択が難しいですね。

私は、自分の努力だけではどうにもできないことは、早々にあきらめることにしています。
人の気持ちや行動は、自分の努力だけではどうにもできないので、どうにかしようとは思いません。相手の気持ちが向けばやってくれるでしょうし、気持ちが無ければやらないでしょう。私はそれをどうすることもできませんから、人に期待し過ぎることはしないようにしています。
相手の決断は、相手に任せます。

しかし、自分が一度できると決めたことや自分が努力すれば叶うことは、絶対にあきらめません。やりたいことで、できるのにやらないということは、自分が納得しないまま後悔だけが残るのではないかと思っています。やってみてダメでも、自分が目指したいのであればまた別の方法で挑戦します。

「やれたはずなのにやらなかった。ああ、あの時やっておけば今頃…」なんて、やらずに後悔するほど、悔しいことはありません。きっと、これほど後々まで心に残ることはないのではないかと思います。だったら、やってみればいいのです。


「あきらめる」ことと、「あきらめないこと」は、両極端で矛盾しているようですが、私なりの根拠があります。私はすぐにあきらめがつくし、絶対にあきらめないのです。

そうやって選択していったことが、今の自分のスタイルになったのだと思います。