子どもの発達課題について、文部科学省の記載を紹介します。
幼稚園・保育所・学校は、これを基に教育・保育を行っています。
30年度に改定になる『保育所保育指針』の中にも発達課題は含まれますので、保育関係者にはとても重要なテーマです。

保護者の皆さんは、あまり目にすることのない情報ですが、子どもの年齢によって発達の課題があることを知ることで、今何を育てた方が良いのか、子育てにも方向性を見いだせるのではないかと思います。
参考にしていただければ幸いです。




子どもの発達段階ごとの特徴と重視すべき課題

(子どもの発達段階に応じた支援の必要性)

○ 子どもの発達は、子どもが自らの経験を基にして、周囲の環境に働きかけ、環境との相互作用を通じ、豊かな心情、意欲、態度を身につけ、新たな能力を獲得する過程であるが、身体的発達、情緒的発達、知的発達や社会性の発達などの子どもの成長における様々な側面は、相互に関連を有しながら総合的に発達する。子どもは、身近な人や自然等との関わりの中で、主体的に学び、行動し、様々な知識や技術を習得するとともに、自己の主体性と人への信頼感を形成していく。

○ 子どもはひとりひとり異なる資質や特性を有しており、その成長には個人差がある一方、子どもの発達の道筋やその順序性において、共通して見られる特徴がある。子どもは成長するに伴い、視野を広げ、認識力を高め、自己探求や他者との関わりを深めていくが、そのためには、発達段階にふさわしい生活や活動を十分に経験することが重要である。特に身体感覚を伴う多様な経験を積み重ねていくことが子どもの発達には不可欠であり、これらを通して、子どもの継続性ある望ましい発達が期待される。こうした観点を踏まえつつ、2.(1)で述べたような、現代の子どもたちをめぐる社会環境も考慮し、子どもの発達やその課題を踏まえた適切な対応と支援を、従来より一層、行っていくことが、重要である。

○ このような考えから、本懇談会では、発達段階ごとの子どもの成長の主な特徴について、発達心理学等の知見も踏まえながら検討してきた。以下は、現代の子どもの成長に関して、特に重視すべき課題について示すものである。

(1)乳幼児期

○ 乳児は、外界への急激な環境の変化に対応し、著しい心身の発達とともに、生活のリズムの形成を始める。特に、視覚、聴覚、嗅覚などの感覚は鋭敏で、泣く、笑うなどの表情の変化や、からだの動き、「あーうー」「ばぶばぶ」といった 喃語(なんご)(まだ言葉にならない段階の声)により、自分の欲求を表現する。また、保護者など特定の大人との継続的な関わりにおいて、愛されること、大切にされることで、情緒的な絆(愛着)が深まり情緒が安定し、人への信頼感をはぐくんでいく。この基本的な信頼感を心の拠りどころとし、乳児は徐々に身近な人に働きかけ、歩行の開始などとともに行動範囲を広げていく。

○ 幼児は、大人への基本的信頼感をよりどころに、身近な人や周囲の物、自然などの環境とかかわり、興味・関心の対象を広げ、認識力や社会性を発達させていくとともに、食事や排泄、睡眠といった基本的な生活習慣を獲得していく。また、子ども同士で遊ぶことなどを通じ、豊かな想像力をはぐくむとともに、自らと違う他者の存在や視点に気づき、相手の気持ちになって考えたり、時には葛藤をおぼえたりする中で、自分の感情や意志を表現しながら、協同的な学びを通じ、十分な自己の発揮と他者の受容を経験していく。こうした体験を通じ、道徳性や社会性の基盤が育まれていく。

○ 現在の我が国における乳幼児期の子育てを取り巻く状況については、様々な課題が指摘されている。例えば、少子化や都市化の影響から、家庭や地域において、子どもが人や自然と直接に触れあう経験が少なくなったり、この時期の子どもにふさわしい生活のリズムが獲得されにくいことなどがあげられる。さらには、家族や地域社会の在り方が変化する中で、不安や悩みを抱える保護者が増加していること、また、 保護者の養育力の低下や児童虐待の増加なども指摘されている。

○ これらを踏まえて、乳幼児期における子どもの発達において、重視すべき課題としては、以下があげられる。
•愛着の形成
•人に対する基本的信頼感の獲得
•基本的な生活習慣の形成
•十分な自己の発揮と他者の受容による自己肯定感の獲得
•道徳性や社会性の芽生えとなる遊びなどを通じた子ども同士の体験活動の充実

(2)学童期

(小学校低学年)

○ 小学校低学年の時期の子どもは、幼児期の特徴を残しながらも、「大人が『いけない』と言うことは、してはならない」といったように、大人の言うことを守る中で、善悪についての理解と判断ができるようになる。また、言語能力や認識力も高まり、自然等への関心が増える時期である。

○ また、この時期に限らず、家庭における子どもの徳育にかかわる課題として、都市化や地域における地縁的つながりの希薄化、価値基準の流動化等により、保護者が自信を持って子育てに取り組めなくなっている状況がある。さらに小学校低学年の時期においては、こうした家庭における子育て不安の問題や、子ども同士の交流活動や自然体験の減少などから、子どもが社会性を十分身につけることができないまま小学校に入学することにより、精神的にも不安定さをもち、周りの児童との人間関係をうまく構築できず集団生活になじめない、いわゆる「小1プロブレム」という形で、問題が顕在化することが多くなっている。

○ これらを踏まえて、小学校低学年の時期における子どもの発達において、重視すべき課題としては、以下があげられる。
•「人として、行ってはならないこと」についての知識と感性の涵養や、集団や社会のルールを守る態度など、善悪の判断や規範意識の基礎の形成
•自然や美しいものに感動する心などの育成(情操の涵養)

(小学校高学年)

○ 9歳以降の小学校高学年の時期には、幼児期を離れ、物事をある程度対象化して認識することができるようになる。対象との間に距離をおいた分析ができるようになり、知的な活動においてもより分化した追究が可能となる。自分のことも客観的にとらえられるようになるが、一方、発達の個人差も顕著になる(いわゆる「9歳の壁」)。身体も大きく成長し、自己肯定感を持ちはじめる時期であるが、反面、発達の個人差も大きく見られることから、自己に対する肯定的な意識を持てず、自尊感情の低下などにより劣等感を持ちやすくなる時期でもある。
 また、集団の規則を理解して、集団活動に主体的に関与したり、遊びなどでは自分たちで決まりを作り、ルールを守るようになる一方、ギャングエイジとも言われるこの時期は、閉鎖的な子どもの仲間集団が発生し、付和雷同的な行動が見られる。

○ 現在の我が国における小学校高学年の時期における子育ての課題としては、インターネット等を通じた擬似的・間接的な体験が増加する反面、人やもの、自然に直接触れるという体験活動の機会の減少があげられる。

○ これらを踏まえて、小学校高学年の時期における子どもの発達において、重視すべき課題としては、以下があげられる。
•抽象的な思考の次元への適応や他者の視点に対する理解
•自己肯定感の育成
•自他の尊重の意識や他者への思いやりなどの涵養
•集団における役割の自覚や主体的な責任意識の育成
•体験活動の実施など実社会への興味・関心を持つきっかけづくり

(3)青年前期(中学校)

○ 中学生になるこの時期は、思春期に入り、親や友達と異なる自分独自の内面の世界があることに気づきはじめるとともに、自意識と客観的事実との違いに悩み、様々な葛藤(かつとう)の中で、自らの生き方を模索しはじめる時期である。また、大人との関係よりも、友人関係に自らへの強い意味を見いだす。さらに、親に対する反抗期を迎えたり、親子のコミュニケーションが不足しがちな時期でもあり、思春期特有の課題が現れる。また、仲間同士の評価を強く意識する反面、他者との交流に消極的な傾向も見られる。性意識が高まり、異性への興味関心も高まる時期でもある。

○ 現在の我が国においては、生徒指導に関する問題行動などが表出しやすいのが、思春期を迎えるこの時期の特徴であり、また、不登校の子どもの割合が大幅に増加する傾向や、さらには、青年期すべてに共通する引きこもりの増加といった傾向などが見られる。

○ これらを踏まえて、青年前期の子どもの発達において、重視すべき課題としては、以下があげられる。
•人間としての生き方を踏まえ、自らの個性や適性を探求する経験を通して、自己を見つめ、自己の在り方を思考
•社会の一員として自立した生活を営む力の育成
•法やきまりの意義の理解や公徳心の自覚

(4)青年中期(高等学校)

○ 親の保護のもとから、社会へ参画し貢献する、自立した大人となるための最終的な移行時期である。思春期の混乱から脱しつつ、大人の社会を展望するようになり、大人の社会でどのように生きるのかという課題に対して、真剣に模索する時期である。

○ 現在、我が国では、この時期が、こうした大人社会の直前の準備時期であるにもかかわらず、自らの将来を真剣に考えることを放棄したり、目の前の楽しさだけを追い求める刹那主義的な傾向の若者が増加している。さらには、特定の仲間の集団の中では濃密な人間関係を持つが、集団の外の人に対しては無関心となり、さらには、社会や公共に対する意識・関心の低下といった指摘がある。

○ これらを踏まえて、青年中期の子どもの発達において、重視すべき課題としては、以下があげられる。
•人間としての在り方生き方を踏まえ、自らの個性・適性を伸ばしつつ、生き方について考え、主体的な選択と進路の決定
•他者の善意や支えへの感謝の気持ちとそれにこたえること
•社会の一員としての自覚を持った行動

文部科学省HPより~


屏風は、まっすぐに伸ばしては立たない。
商人も同じで、いくら正しくても、理屈ばかり行っていたのでは、
商売は繁盛しない。少々理屈に合わなくても、
感情をおさえて付き合ってこそ商売はうまくいく。

                     ~商人生業鑑より~


屏風はまっすぐでも立たないし、曲がり過ぎてもすぐ倒れる。
商売も同じで、人間相手ですから感情もあれば、わがままも好き嫌いもあります。
理屈に合わないことも多々あります。
しかし、まっすぐ正しいことだからと理屈を通したところで、商売は成り立たない。だからと言って、曲がったことばかりでは、これもまた商売は成り立たない。
適度に感情を入れながら、理性も持たなければ商売繁盛にはなりません。

喜ばれる商売をすることとは、お客様の感情を大切にすること。
そのためには、利益重視よりも優先して行わなければならないことがあるということです。

自分は相手のために曲がれるか。
正論だけでは、商売は成り立たないということですね。

11月26日(土)9:30~13:00 「ありんこ保育研究会」が行われました。

月に一回、ありんこ親子保育園、ありんこの森保育園、すくすくクラブの保育者18名が集まり、「保育所保育指針」に基づいて、保育実践に役立つ課題を提供しています。

今回のテーマは、「保育所保育指針第4章 保育計画及び評価」について
1、ありんこの森保育園の園長講義「ありんこの森保育園の保育実践のビデオを観ながら語り合おう!」
2、職員3名より保育実践発表「ありんこ(森・親子)保育園で大切にしていること」日々の実践から写真で伝える子どもの育ち保育者の思い
3、中嶋より「保育所所長研修報告

ビデオや写真で保育実践の様子を見て、保育の質の重要性を再確認できました。
本当によくやっています。素晴らしい内容でした。


私が受けた保育所所長研修の中でも言われていた特に重要なことは、アタッチメント(愛着)の形成です。子育てや保育にとても重要だと言われている「アタッチメント」(愛着)について、今日は取り上げてみたいと思います。

愛着とは、ボウルビィ(Bowlby, J イギリス出身の医学者、精神科医、精神分析家)によって提唱された概念です。
子どもと養育者(多くは母親)との間に形成される情緒的な絆のことです。
ある特定の他者に対して、強い結びつきを形成する人間の傾向とされています。

元々、人間は生理的早産(ポルトマン,Aによる概念で、一般的に小型動物は出生時に未熟で動き回れない就巣性のものが多く、大型動物は出生時によく成熟していて自力で動ける離巣性のものが多いのである。 しかし大型動物である人間の場合、感覚器はよく発達しているのに対し、運動能力が未熟な状態で生まれてくる為、二次的就巣性をもつとされている)
これは生まれたばかりの赤ちゃんが、他者から守ってもらわなければ生きていけない、成長できないという状況を引き起こします。

この時、赤ちゃんは本能として自分の安全性や生存可能性を最大化する、つまり自分が周りの人に守ってもらえるようにします。
これは、愛着によって特定の他者を求めることで、この身体的な安全と心理的な安全を確保する生まれつきのメカニズムと考えられています。

実は、アタッチメント(愛着)の形成が、大人になった時に人間関係に影響を及ぼすものだと言われているのです。

昨今、引きこもりや不登校が多いという日本社会で、親密な人間関係を築けない、人と会うのが怖いなどの対人関係の苦手な人がとても多いように感じます。
長期的で安定した関係を築くのが難しい、わかっているのに危険な関係を繰り返してしまう、相手が安全な人物と分かっていても恐怖心が先立ち、相手から離れてしまう、相手への愛情は感じるものの、同時に憎しみも感じ、混乱した言動になってしまう、など…。


対人関係の基礎となるアタッチメント(愛着)とは?

アタッチメント(愛着)とは、他者との間に親密さや繋がりを求め、そこから安心を得ようとする人間の傾向のことを指します。幼児が、泣いたり笑ったりすることで愛着の対象となる養育者の注意を自分に引き寄せ、安心を得ようとする行動を<愛着行動>と言います。愛着行動は、生後6ヶ月以降から明確に現れはじめ、発達の時期に応じて、その行動様式や意味は変化していきます。

子どもの愛着行動に対し、養育者がどのような反応をするかは、子どもが社会的、情緒的に健全な発達を遂げる上で、とても重要な要素になります。養育者が乳幼児の欲求に適切に応じることができると、子どもの中に“安全”という感覚を確立することができます。その感覚を基地として、子どもは周囲の環境を探索し、自分の世界を広げていくことができるようになります。

養育者の反応は、、子どもの「自分は他者に愛される存在なのか」そして「他者や外の世界は、はたして自分の求めに応じてくれるのか」という自分自身と他者に対する<物事を捉える枠組み>の形成にも影響を与えます。この<物事を捉える枠組み>は、養育者との関係を超え、その後の対人関係にも影響を与えていきます。つまり、子どもと養育者との間に築いた初期の関係は、生涯を通じた<人との関係性>に影響を与え得るということです。

アタッチメントの4つの特徴

アタッチメントの理論を確立した、心理学者であり精神分析学者でもあるジョン・ボウルビィ(John Bowlby)は、アタッチメントには4つの特徴があると考えました。

・safe haven(安全な避難場所)
恐怖や脅威に直面した際に、安心や快適さを得るために養育者のところへ戻ること。

・secure base(安全基地)
養育者が安全で頼りになる“基地”としての役割を果たし、その基地から、子どもは周囲の環境を探索することができること

・proximity maintenance(近接性の維持)
養育者の側にいたいという子どもの欲求

・separation distress(別れの苦しみ)
養育者が不在の時に子どもが感じる不安

これらの4つの要素が養育者によって健全にケアされることで、子どもは安定したアタッチメントを獲得することができると考えられています。

子どものアタッチメントのパターン

心理学者のメアリー・エインスワース(Mary Ainthworth)やメアリー・メイン(Mary Main)らの研究によって、子どもの愛着行動のスタイルには以下の4つのパターンがあると考えられるようになりました。

①安定型
養育者と離れることに混乱を示すが、養育者が戻ってくると落ち着くことができる。

②不安型(アンビバレント型)
養育者と離れることに混乱を示し、養育者が戻ってきてもネガティブな感情を引きずる。

③回避型
養育者と離れることに混乱を示さず、距離をおく傾向がある。

④混乱型
愛着行動に抵抗や回避が混ざっている。ぼーっとしていたり、養育者がいるところで混乱や不安を示す。

全体の3分の2は安定型のアタッチメントスタイルを示し、残りの3分の1は不安定型(不安型、回避型、混乱型)を示すと言われています。

“大人のアタッチメントと恋愛”への適用

社会心理学者のCindy HazanとPhilip Shaverは、<子どもと養育者の相互作用>と<大人の恋人同士の相互作用>に類似性があることに気づきます。 このことがきっかけとなり、1960年~1970年代にかけて発展した子どもの愛着理論は、1980年代に入り、<大人のアタッチメントと恋愛>というテーマへとその研究範囲を広げて行きます。

大人のアタッチメントの4つのパターン

大人のアタッチメントスタイルには以下の4つのパターンがあると考えられています。「不安」と「回避」という2つキーワードが、特徴的な軸になります。

①自律・安定型
他者と近い関係になることが比較的たやすく、誰かを頼りにすること、誰かに頼りにされることに心地よさを感じる。

②とらわれ型(不安・アンビバレント型)
パートナーに非常に高い親密性や承認、応答性を求め、パートナーが自分と同じようには望んでいないことに不安を感じる。

③拒絶・回避型(愛着軽視型)
自立や自己充足が重要であり、だれかに依存したり、依存させることは好まない。感情を抑え隠す傾向があり、拒絶することで相手と自分の距離を保とうとする。

④恐れ・回避型(未解決型)
近い関係を求めているものの、近くなりすぎたら傷つけられるのではないかという不安があり、相手を完全に信頼したり、依存することが難しい。

成人を対象とした愛着に関する調査の結果、幼少期に構築したアタッチメントスタイルと、20歳時のアタッチメントスタイルが一致している人は、全体の3分の2に当たることが明らかになっています。逆に言えば、3分の1の人は、子ども時代に構築したアタッチメントスタイルとは異なるスタイルを、発達のプロセスの中で身につけている、ということです。
子どものアタッチメントスタイルと大人のアタッチメントスタイルは、概して以下のように対応しています。

<子ども>                  <大人>
安定型               →  自律・安定型
不安型(アンビバレント型)   →  とらわれ型(不安・アンビバレント型) 
回避型               →  拒絶・回避型(愛着軽視型)
混乱型               →  恐れ・回避型

以上のように、幼少期に構築したアタッチメントスタイルは、人生に渡って影響を及ぼしうる、対人関係構築上のキーワードのひとつと言うことができます。しかし、上記の通り、幼少期のアタッチメントスタイルと成人後のそれは一致する確立は高いものの、必ずしも固定的なものではなく、安定型が不安定型に変化する可能性も、逆に不安定型が安定型に変化する可能性も秘めています。

また、アタッチメントは人との繋がりの全てを支配するキーワードではありません。今のところ明らかになっているのは、<親密な関係における安全、安心感>や、<生き残りのための、比較的原初的な関係性>のキーワードであるということです。関係性の他の要素、例えば、他者と共同作業をする、何かをシェアし合うといったといった、<共に生きていくための関係性>までもをアタッチメントが完全に支配しているという訳ではありません。また、アタッチメントが影響を及ぼす関係、例えば親子関係においてはも、アタッチメントのみが機能しているのではなく、上記の<共に生きていくための関係性>も同時に機能しています。つまり、一つの関係性において、様々な機能が並行して存在しているということです。

ボウルビィの提唱した愛着理論とは!?|形成過程や障害についても解説vol.1 より参考~

私が大好きな松下幸之助さんの名言を紹介します。
これを読んだら仕事に対する姿勢が変わる!松下幸之助の名言まとめより~


「幸福とは自分が幸せなこと、成功とは自他ともにあの人は幸せだなあと思われること。他人に成功と思ってくれるにはやっぱり世のため人のために何かを残す。死ぬときに世のため人のためにずいぶんしたなあと思えたら成功である」

「たとえ3日間の手伝い仕事であっても、その仕事に一生のような心構えで真剣に立ち向かうならば、そこから必ず大きなものを得ることができる。ということです。私のこれまでの体験からいうと、現在与えられた今の仕事に打ち込めないような心構えではどこの職場に変わっても決していい仕事はできない」

「人より一時間余計に働くことは尊い。努力である。勤勉である。だが、いままでよりも一時間少なく働いて、いままで以上の成果を挙げることもまた尊い。そこに人間の働き方の進歩があるのではないだろうか」

「人と比較をして劣っているといっても、決して恥ずることではない。
けれども、去年の自分と今年の自分とを比較して、もしも今年が劣っているとしたら、
それこそ恥ずべきことである」

「仕事には知恵も大事、才能も大事。しかし、もっと大事なことは些細と思われること、平凡と思われることも疎かにしない心がけである」

「どうしてみんなあんなに、他人と同じことをやりたがるのだろう。自分は自分である。百億の人間がおっても、自分は自分である。そこに自分の誇りがあり、自信がある。そしてこんな人こそが、社会の繁栄のために本当に必要なのである」

「石の上にも三年という。しかし、三年を一年で習得する努力を怠ってはならない」

「とかく人間の感情というものは、うまくいけば有頂天になるが、悪くなったら悲観する。 これは人間の一つの弱い面だが、それをなるべく少なくして、いつの場合でも淡々とやる。 信念を持っていつも希望を失わないでやることだ」

「働くことは尊いが、その働きに工夫が欲しい。創意が欲しい。額に汗することをたたえるのもいいが、額に汗のない涼しい姿もたたえるべきであろう。怠けろというのではない。楽をする工夫をしろというのである。楽々と働いて、なお素晴らしい成果が挙げられる働き方を、お互いにもっと工夫したいというのである。そこから社会の繁栄も生まれてくるであろう」

「ただ単に自分に与えられた仕事のみをやっていればよいと考えて毎日を過ごしていたら、あまり楽しさを感じることもできないでしょうし、ものごとを見る視野も限られてしまうと思います」

「十のサービスを受けたら十一を返す。その余分の一のプラスがなければ、社会は繁栄していかない」

「こけたら、立ちなはれ」




自分の仕事に責任と誇りを持っているか?
松下幸之助さんからそう問われているような気がします。

私の仕事は99%以上が”雑務”です。
しかし、その雑務が重要なのです。仕事の土台となっているのです。
それがなければ、高度な仕事はできません。

私は掃除一つでも、自分の仕事に誇りを持っています。
”何のためにやるのか”が重要で、
意識を持たなければ、何をやっても向上しません。

どんな仕事でも、与えられた仕事を責任を持って最後までやる。
それが、人から信頼される土台となるのだと思います。

石中に火あり、打たざれば出でず、
人中に仏性あり、修せずんば顕われず


石の中に火があるが、打たなければ火は出てこない。
これと同様に、人の中には仏性があるが、修行をしなければ実現しない。
 ~岩宿和尚の言葉といわれる~

「石中に火あり、打たざれば出でず」と社長論などでもよく登場する言葉ですが、ここで言う「石」とは火打石のこと。カチカチと石をぶつけると火がおきるので、石の中にはもともと発火性の物質があると考えられますが、打たなければ火は出ません。
「仏性」とは、汚れる以前の静寂で清らかな心のことで、人は誰でも仏性をもっているのだそうです。その仏性も「修行」というぶつかり合いがなければ生かされないというお話です。

日々の暮らしの中では、辛く悲しいことも多いのですが、
楽しいことばかりではわからないこともあるから、
神様・仏様は、私たち人間に何か気づかせたいことがあるのかもしれません。

私は、日々の暮らしが「修行」だと考えることがあります。
思い通りにならなかったり、試練をいただくことが多々あるからですね。
でも、「これも修行だ」と思えば、天からの意図の元にあるのだな、と感じることができます。そう思えば、自分の中に眠っている「石中の火」を生かせることもできます。

問題から逃げていたのでは、火は出てきません。
問題にぶつかり、切磋琢磨していくことで成長できるのではないでしょうか。

それも、楽しむことができれば最高ですね。

私は先々、楽をしたいと思っています。

楽をしたいというと語弊があるかもしれませんが、
楽になれば次の仕事ができるからです。
次の仕事ができれば、結果として人の何倍も仕事ができるようになります。

人の何倍も仕事ができれば、余裕ができます。
ここで不思議に思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
人の何倍も仕事をすると忙しくなって、余裕がなくなるのでは?と思われそうですが、そうではありません。忙しく余裕がなくなるのは、仕事を後回しにしているからです。時間に追われてやらなければならないことが溜まるから、結果として忙しくなって余裕がなくなるのです。

楽をしたければ、先にやるべきことをやってしまえばいいということなんですね。
そうすれば、仕事が溜まらず時間に追われることもなく、次の仕事や重要な仕事も余裕を持ってやることができます。
心にも時間にも余裕ができれば、もっといい方法はないか?と考えるスペースもでき、より一層質の高い仕事ができるという訳です。

仕事を後回しにすればするほど、ずっとそのことを考えていなければならずプレッシャーになり、ストレスも溜まることになります。
机の上も心もスッキリできれば、仕事の効率が上がりますね。


私は、人よりもやりたいことが多いのだと思います。
自分がやりたいことをやれる時間が欲しいから、今やらなければならない仕事を早く片付けたいと動くので、働き方が自然と速くなったのだと思います。
だからといって、時間がないほど忙しい訳ではありません。
1日の半分は、自由に時間が使えます。
その自由な時間をどう使うか?
だらだらと過ごすのか?計画的に動くのか?
どちらも私自身が決めて行動することができます。
時間の使い方一つで、自分の未来を明るく楽しいものにすることができるのです。

人生設計で大切なこと。
それは、先々、楽になるように今の時間を有意義に使い、将来へ繋げる仕事をすることです。その具体策が、何でも後回しにしないことなんですね。

最近、ありんこ親子保育園ありんこの森保育園の子どもたちの成長が見えてきて、とても嬉しく思っています。

2歳児が、自分よりも小さい1歳児に先生のおひざをゆずったり、先生と一緒にみんなの前で手遊びを披露したり、大きい組さんは、体験あそびなどの様々な経験を通して、グングン伸びています。

本当に子どもってすごいな~と感心します。

子どもはどんどん成長しています。
だからこそ大事なこの時期に、質の良い「情緒教育」をしたいなと思っています。

情緒とは、『事に触れて起こるさまざまの微妙な感情。また、その感情を起こさせる特殊な雰囲気のこと』で、『美しいもの、すぐれたものに接して感動する心情感豊かな心のこと。
道徳的・芸術的・宗教的など、社会的価値をもった複雑な感情に対して、感動すること』を「情操」と言われて区別されます。社会的価値をもったものはそれだけではありません。朝日の輝き、春の桜、夏の青々とした木々、秋の紅葉、冬の雪景色など、自然現象を見ても私たちは感動します。これもまた、価値ある対象です。

情緒教育や情操教育というと名曲や名画に接することと考えがちですが、もちろんそれだけではありません。その基本はむしろ家庭環境や他人を含めた子どもが育つ環境にあるといえるでしょう。

また、道徳教育の本質は、「情緒教育」だと言われます。
事の善悪の知識を教えるだけでは不十分です。親がまず「美しさ」とか「悲しさ」、「うれしさ」などの情緒反応に敏感になって、 それを親子で共有することが非常に大切なのだと言われています。

情緒や情操を発達させるための第一歩は、「感受性」を育てることです。
感受性とは、自分を取り巻いている環境に、敏感に対応していける能力のことをいいます。子どもはその感受性が鋭いのだそうです。しかし、確かにある面は鋭いところを持っていますが、まだ幼稚で未発達なものなのです。ですから、まずは子どもの育つ環境を整えることが必要です。

過去の天才たちの生き方は、あまり手本にはならないかもしれません。それは「情緒教育」で天才をつくろうとかは考えていないからです。ただ私は、現代において、引きこもり、不登校、ニート、少年犯罪などの子ども問題があるので、その対処策として「情緒教育」が大切だと考えています。
いくら頭が良くて天才でも、情緒が安定していなければ幸せではないと思います。情緒不安定では、社会生活もままならなくなってしまいます。ですから、乳幼児期から学童期になるべく自然や本物に触れさせて、精神的にも身体的にも安定した人になれるように育てたいなと考えています。


「情緒教育」とは、つまり心を育てるということです。

・親子のふれあい (親が「うれしい」「かなしい」「たのしい」などの感情表現をする)
・自然の中で本物にふれる (花・草・木・日光・生き物に直にふれ、又は感じて、感受性を育てる)
・異年齢の中で育てる (自分よりも小さい子や大きい子とのふれあいを通して、自己表現ができるように育てる)
・音楽に親しむ (生の演奏を聞かせて、感動を覚えさせる)
・絵を描く (いろんな色彩のある対象を見せて、自由に描かせる)
・絵本に親しむ (良い絵本を読み聞かせたり、読書を楽しむ)
・好きなことを思いっきりさせる (興味のあることを邪魔しないで見守る)
・道徳を教える (良いこと、悪いこと、判断することを教える)
・愛情を持って育てる (心から笑える環境で育てる)

幼児期の遊びやふれあい体験がとても重要なんですね。
心が育っていなければ、大人になっていろんな情緒問題が起こってくるかもしれません。

幼児期や学童期だからこそ、育てなければならない大切なことがあります。
それが子どもたちの幸せに繋がるのなら、親や先生は率先してやらなければならない教育だと思います。


同じ質問をしているのに、返ってくる答えは人それぞれですね。

質問する側には、‘質問の意図‘というものがあります。
返ってくる答えを想定や期待をして、質問をしていることがあるのです。

その質問に対して、返ってきた答えが3段階に分けられます。
 1、想定・期待以上の答え
 2、想定・期待通りの答え
 3、想定・期待以下の答え


ある会社の上司が、入社2年目の中途採用社員に質問をしました。
「1年間、仕事をやってみてどうですか?」
部下の答えは、
「家も近くて通勤が楽なので便利です」
という答えだったそうです。

上司の質問の意図は、
「1年間仕事をやってきて、学んだことや得られたことを知りたい」でした。
その答えが、自分の都合がいいか、悪いか、という想定・期待以下の答えが返ってきたのでがっかりしたそうです。上司は、「この人には、責任ある仕事を任せられないな…」と思ったそうです。

上司というのは、不意打ちをするかのように突然質問をしてきます。
突然そんな質問をされても困る、と部下の方は思うかもしれませんが、同じ質問をしても返ってくる答えが3通りに分かれるので、そうやって現場の判断をしていることが多いのです。

常日頃から、自分で考えて積極的に行動している人は、問題点や改善点も見えるでしょうが、言われてやるだけの人はあまり自分の考えがなく仕事をしているものです。
自分の考えを持たないということは、現場での判断もできないというように理解されてしまいます。

概ね上司の望みというものは、
 ・一人ひとりが責任を持って最後までキチンと仕事をしてもらいたい
 ・学びや経験を積んで、人間的に成長してもらいたい
 ・チームのコミュニケーションを良くして、円滑に仕事をしてもらいたい
とうことでしょう。

上司から部下への質問とは、物事の状態を推測する目安となる現場のバロメーターにもなっています。

部下のやることは、会社や社長の指針をよく理解し、上司とベクトルを合わせ、それに向けて進むことです。
そのためにスキルを身につけたり、学んだり、経験を積んでいくことが必要になってくると思います。

日頃から、自分の仕事をよく観察し、何事にも疑問を持って仕事を行うと色んなことが見えてきます。気づいたことをまとめて上司に報告するスキルも身につけることが大切ですね。


ありんこ親子保育園の増改築が完成しました。
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以前のデッキよりも広く明るく、木のぬくもりのあるお部屋になりました。
床や柱は無垢材です。

LED照明がつきました。
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こちらは従来のお部屋
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和室
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防水の畳に替えました。押し入れの中や部屋の壁も新しくなりました。

9月から始まった認可化移行のための増改築工事。
当初は雨が続いて工事が遅れてしまいましたが、ようやく完成しました。
保護者の皆様には、送迎などで大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。
また、ご協力いただきましたおおきなかぶ学童保育の保護者の方にも、心より御礼申し上げます。

ご協力いただきました関係者の皆様、地域の皆様、誠にありがとうございました。


入園ご希望の方へ

入園をお待ちくださっていた方、お待たせいたしました。
12月からの通常保育(1~2歳児スタンダード)ご希望の方は、今月末までに入園の手続きを行ってください。(定員になり次第、締め切らさせていただきます)
詳しくは、園までお問い合わせください。

ありんこ親子保育園 0475-53-3509 (受付時間:13:30~18:00)

昨日の朝、突然ひらめいて、秩父の三峯神社にお参りに行ってきました。

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片道車で6時間の日帰りでしたが、紅葉がとてもきれいで素晴らしい景色も眺められました。

残念ながら、奥宮へは時間がなくお参りできませんでしたが、
登山道入り口から200mのところまでいって拝して戻ってきました。
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展望台から、奥宮が参拝できます。
昔、子どもと登ったのを思い出しました。

本殿
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埼玉に住んでいた時にはよく来ていましたが、千葉へ引っ越ししてからなかなか来れなくて、
15年ぶりにやっと参拝できました。
やっぱりここは聖地ですね。ほかのところとは全然違う。
引退したら、秩父に住みたい…。今の私の夢です。

ご神木
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ご神木を触ることができました。
木は氣そのもの。ご神木から氣(パワー)をもらいました。

氣守り
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ご神木が入った氣守り。これがほしかったんですよね。
一つだけ残して、あとは元気になってもらいたい人に贈りたいと思います。

本当は、1日のみ限定で配布される白い氣守り(浅田真央ちゃんがいただいたことで有名)
がほしかったのですが…。
これ↓
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白い氣守りをいただくためだけのバスツアーもあるくらい人気なんですよ。
とても日帰りでは手に入らないかも。

今度は、泊りがけで行ってきます

西も東もわからない者に、
どちらへいってもいいよといえば、
迷い子がふえるだけである

      ~三島由紀夫の言葉~

道が定まらない、目標の無い自由を与えられれば、迷い子を生むばかり。
行き着くところは、自分は何者かがわからなくなる。
そして、路頭に入るとなかなか出られなくなり、引きこもってしまう。
これが、目標の無い自由の結末になるかもしれない。

道の定まらない、目標がないところに、自由を与えられても苦しいだけなのかもしれません。生き辛いという人の話を聴いていると、自分の行く道が定まっていない自由な時間をたくさん持った人が多いようです。

自分のやりたいことがあり、行く道がハッキリ見えている人は、道に迷いません。
道に迷わないということは人生においては、楽に生きられるということなんですね。

私は、自分の指針となるものを持つようにしています。
誰のようになりたいか?
自分はどうなりたいか?
何をしたいか?
が道しるべです。

5年後10年後にどうなっていたいかが定まったら、それに向かって目標を立てていきます。皆さんから見れば、私は忙しく動いていて大変そうに見えるようですが、全く大変ではありません。それどころか、やるべきことが見えているので余計な考えがなくとても楽なのです。

「四十にして迷わず」と言いますが、
40代で迷わなくなればこれほど楽なことはありません。
「五十にして天命を知る」
迷わなくなったら、自分はこの仕事をやるために生かされている
という意味がだんだん見えてきます。

そのためには、若い頃から自分の生きる道を探し、
目標を見つけ、それをやり続けることです。

忙しいのは、やることがたくさんあるということで、
それだけで幸せなことかもしれませんね。


・・・今日は、保育園の子ども達とお弁当を持って美術館に行ってきます。
子どもは、毎日成長し希望に満ち溢れていますね。
この仕事を選んで本当に良かったです♪・・・

今日の午後、内輪で話をしていたら、○さんに「自分があまり好きではないのはどうすればいいでしょうか」というような相談をされました。
○さんは、自分に自信がなく、自己評価が低いようでした。
そのせいで、人のことがあれこれと気になり、いろいろと悩みが出てくる…。
行き着くところは常に自分なんですね。

本当は、いいことも悪いことも考えないことが一番の解決策なのですが、考えない様にしようと思うと考えてしまいますね。
だったら、考え方を変えてみたらどうでしょうか?

禅には、こんな言葉があります。
念起こる これ病なり 継がざる これ薬なり

「ふっと思った考えには善悪はない。これをあれこれと考え続けるから間違うのだ」といいます。

外界の出来事に接して、「あいつめ、何と嫌な奴だ」と思うのが病。
それを発展させれば心は傷つかない。これは薬なのだと言っています。

他人から非難されたりした時、ただ怨んだのでは病になります。
しかし、「この出来事は、何の意味なのか?」「神様仏様は、私に何を教えようとしているのか?」を考えれば、心は傷つかず、自分が良くなる薬になると言うのです。


過去の嫌なことを思い浮かべては、ネガティブに考えを巡らせる…。
これは、本来の心ではなく、暗黒の海底から浮いてくる”あぶく”だと言います。
この暗黒の泥を仏教では無明(むみょう)と言い、根本的無知とも言われます。

そして、私たちはこの心を本来の心と間違って行動しているのだそうです。

中には、あぶくを拾って大きくしている人もいますが…。
そんなことをしていると、益々自分が苦しくなるばかりです。

自分でも「嫌だな」と思う感情は、すべて妄想や煩悩のあぶくの心だったのだと捉えて、本来の心の輝きを見失うことのないようにしたいものですね。


私は10~20代の頃、自分勝手な生き方をしてきました。
あまり人のことを考えず、自分のやりたいことだけやっていました。

そんな人間が親になって、思い通りにいかないジレンマを抱えた時、
感情的になってコントロールがきかなくなり、自暴自棄になりました。

そんな時、『人を助けてわが身助かる』という言葉に出逢ったのです。
 自分だけが良くてもまわりが不幸だと、結局は自分も不幸になる。
 辛い時だからこそ、人のために行動するのだ。
 その結果、自分も助かっていく。
ということを教わったのでした。

「情けは人のためならず」と似ていますが、違います。
人に情けをかけることは、回り回って自分のためにもなるという意味ですが、
「人を助けてわが身助かる」は、人生の岐路に立った時や辛い時に、自分だけ助かればいいという考えでは、自分は助からない、ということで根本的に意味が違います。

辛いときに仏様に拝みますね。
「南無・・・」「南無・・・」と。
でも、私は若い頃、先生に「拝んでも助からない」と教わりました。
それは、拝むこと自体ではなく、内容のことを言っていたのです。
宗教をやることよりも、信仰することの方が尊いのだそうです。

その人の純粋な人を助けたいと思う心が自分を助けてくれるのです。
神様も、自分の私利私欲で拝む人より、人を助けようとする人の心を受け取ってくれることでしょう。

自分のことばかり話し、自分中心で物事を考えている人は、自分の関係していることしか見えていません。でも、人を助けられる人は、相手の立場に立って物事を考えられ、色んな視野を持った人です。思いやりもそこから生まれてくるものです。

思いやりは目には見えませんね。
でも、人間には目に見えない世界の方が遥かに大きいのです。
宇宙全体から見たら、人間なんてちっぽけなものに見えてきます。
その大きな力によって、私達は生かされているのですから、感謝する心を忘れてしまったら、自分勝手な人間になって、結局は孤独を味わうことになるのかもしれません。

人間の一生は、たかだか数十年。長くても100年前後。
損だ得だと言ったところで、あの世までお金は持っては行けません。
あの世に持って行ける唯一のものは、”徳”だけです。

自分の魂は、生まれ変わっても同じ自分の魂。
魂は何百年いきるかわからないですね。
生まれ変わるときも、たくさんの徳を持って生まれたら、次の人生でも人を助けることができるでしょう。

今私たちがいただいている命は、親からいただいた徳なのです。
先祖代々から、子孫のために積んだ徳もあります。
そして今度は、私たちの子孫のために”徳積み”をするのです。
その徳を使って、子孫たちが繁栄していけるように見守るのが私たち親の役目です。


徳は見えないけれど、感じることはできます。
人徳のある人は、周りに素晴らしい人材がたくさん集まってきますね。
仲間といる時間は、とても楽しい時間です。
「人生は時間の中にある」といいます。
生きている間にどれだけ人と楽しい時間を過ごしたかが、一番大切なことです。

人を助けることは、そんな大げさなことではありません。
自分の出来る範囲でいいのです。
相手の話を心から聴く、笑顔で人と接する、一生懸命に働くなども人を助けることになります。

今の時代、”徳育”は教育の中に入っています。
保育園や幼稚園では、思いやりを育てるカリキュラムが入っていますし、小学校では道徳教育に以前よりも力を入れている学校が増えています。
これは、昨今の様々な子どもの問題があり、頭だけではなく、心も育てることが大事なのだと気が付いたからです。心は目には見えませんが、感じることや思うことは大人になっても毎日繰り返されていますね。
幼児期から学童期に、この感じる力を育てる取り組みが強化されてきているのです。

大人も子どもたちのお手本となるように、
相手の気持ちを理解し思いやりを持って、
人のお役に立てるような生き方を見せていきたいものですね。

保育現場でも問題・課題になるアレルギー対応ですが、アレルギーとはどういった原因でなるのでしょうか。

私は子どもの頃からアレルギー体質で、蕁麻疹、アレルギー性鼻炎、貧血に悩まされていました。月に1~2回くらい発作が起きていました。授業中に具合が悪くなって、そのまま病院に行ったことも何度かありました。それは高校生まで続き、大人になってからは、偏頭痛、花粉症などにアレルギーが変化していきました。

しかし、不思議なことに子どもの頃からのひどい蕁麻疹が、18歳で家を出て上京してからというもの30年以上一度も出ていません。子どもの頃の蕁麻疹の原因には、精神的な要素が随分あったのだと思われます。

アレルギー体質について少し調べてみました。
アレルギーと言っても、様々な症状があります。
実は、その大元の原因は「自律神経」だったいうのをご存知でしょうか?

自律神経といえば、『自律神経失調症』(交感神経と副交感神経の2つから成り立つ自律神経のバランスが崩れた場合に起こる症状)を思い出しますが、副交感神経が働けば、粘膜から分泌物をだす作用が起こります。
リラックスして、正常に副交感神経が働けば、胃腸の粘膜から消化液が分泌されて消化が進みます。しかし、副交感神経が異常に亢進(興奮)すれば、消化液が分泌されすぎて、胃潰瘍などになってしまったりするそうです。
花粉症も副交感神経が異常亢進(興奮)しているために、鼻・目・ノドの粘膜から鼻水・涙・痰などの分泌物が異常に分泌される反応なのだそうで、もともと(先天的・後天的に)副交感神経が興奮しやすい体質をもっている人が、花粉症になりやすく、「アレルギー体質」とは、「副交感神経が興奮しやすい体質」なのだそうです。
<自律神経と花粉症の関係(アレルギー病の真の原因)>より参考~


子育ての勉強を始めた頃、先生から「アレルギー体質の子は緊張しているから、頭から首背中をやさしく撫でてあげなさい」と言われたことを思い出しました。
自律神経は首の後ろにあるので、その神経をやさしく撫でることでリラックスさせる効果があるとのことでした。

本来、真面目な性格だった私は、子どもの頃から緊張が強かったのでしょう。
両親の夫婦仲はあまり良くなかったこともあり、家でも学校でも緊張が大きかったのかもしれません。それに加え、長女だったこともあり、親から厳しく躾けられていたのも原因だったようです。

今は時々頭痛がありますが、本当に大人になってからは蕁麻疹はピタッと無くなりました。
親の気持ちって、顔の表情や態度や、言葉などで子どもに移るようです。
私の子どもの頃の一番の治療は、両親が平和に暮らすことだったのかもしれませんね。
そして、子どもだった私もリラックスして育てばよかったのです。

でも、大人になってからは違いました。
学校や家庭での緊張がなくなり、リラックスすることができるようになりました。
そして、無意識のうちに自分でリラックスするための‘気の持ち方‘を見つけ出したのだと思います。悩みやストレスを溜めないために、多少のことは「ま、いいか」や、「ダメで元々」の気持ちでいることも覚えました。

今考えてもしょうがないことは、なるべく考えない。
考えるだけで緊張したり、ストレスになりますから。
嫌なことは引きずらないで、次のこと、楽しいことを考えた方が、心身ともに健康でいられますね。

そうやって気持ちを切り替えてきたら、いつの間にかアレルギー症状も軽くなり、心身ともに強くたくましくなりました。
「病は気から」は、あながちウソでもなさそうです。


子どものアレルギーは親からの遺伝もありますが、代々続く親からの性格も影響しているのかもしれません。
親の性格で子育てをするため、子どもが悲鳴を上げている場合もあります。

アレルギー症状を緩和する薬はあっても、アレルギー自体を治す薬はありません。
体質改善は、環境改善から。
今一度、家庭内や学校での環境を見直し、改善してほしいと思います。


食物アレルギーの場合、一番心配されるのがアナフィラキシーショックです。
アナフィラキシーとは、アレルギー症状が強く出た場合を言い、それに血圧低下や意識霜害が伴うものをアナフィラキシーショックと言います。短時間で激しい症状があらわれ、生命に危険を及ぼす可能性がある怖い病気です。一度治まった症状が再びあらわれることもあるため、「治まったから大丈夫」と安心せず、すぐに病院へ行くことが大切です。
また、食べただけでは症状が出ないのに、食べて4時間以内に運動が組み合わさると症状が誘発される特殊なタイプに、「食物依存性運動誘発アナフィラキシー」もあります。

アレルギーのあるお子さんは、アレルギー物質除去を心がけ、なるべくリラックスできる環境で育てましょう。

同じ景色を見ても、
昨日と違うことに気づける人と、なかなか気づかない人がいます。
職場の中でも、
少しの変化に気づける人と、毎日そこにいても気づかない人がいます。

どこが違うのでしょうか?

私は20代の頃、『気づきノート』を書いていました。
まわりの変化や自分の心の変化、どんな些細なことでも見落とさないような訓練をしました。

気づく訓練をしたことで、色んな視点でものを見ることができるようになりました。
これが今とても役に立っています。

今でこそノートはつけていませんが、頭の中に気づきノートを持っています。
気づくアンテナもできました。

気づける人は、視点をたくさん持っている人だと思います。
自分本位の視点だけでなく、相手の立場に立った視点を持つことがとても大事です。


保育園で言えば、保育士の視点はもちろんのこと、子どもの視点、親の視点、祖父母の視点、地域住民の視点、園長の視点、主任の視点、経営者の視点など、様々な視点があります。時として、それぞれの視点でものを見ることが必要だと思います。

保育・教育といえばフィンランド教育を思い出します。
フィンランドは学力の高い国で有名ですが、16歳までテストというものがないそうですね。
日本とフィンランドの大きな違いは、教育だそうです。
日本の教育は、テストで100点をとるための勉強が大きいですが、フィンランドの教育は、自分が興味があることを追及していく教育なので、勉強は楽しいものになっています。
仕方なくテスト勉強をやるのと、興味を持って楽しくやる勉強では、結果が違うのは当然なのかもしれませんね。

フィンランドの保育・教育現場の先生は、長い時間「視点を持つ」教育を行い、様々な視点から物事をみたり、気づいたりすることができなければ、保育・教育の現場では働けないのだそうです。

先生自身が気づく訓練をやるからこそ、生徒一人ひとりの個性に気づき伸ばしていけるのだと思います。


話を事業に戻しますが、事業も気づかなければはじまりません。
不便だと気づく、問題だと気づく、あったらいいなと気づくことで、アイデアが生まれ、改善・改良し、実行することができるからです。

気づきのアンテナは、普段から意識しないとなかなかできないですね。
気づけないという人は、日々の中で少しの変化に気づく訓練をしてみてはいかがでしょうか?

以前、会合があって東京へ行った時のことです。
駅の改札でスイカにチャージしていたら、私の機械は「ご希望のボタンにふれてください」とアナウンスされたのですが、隣の機械からは「ご希望のボタンをおしてください」と聞こえてきました。
「あら、機械によってアナウンスが違うんだ。なぜだろう?」と不思議に思いました。

また、こんなこともありました。
買い物で立ち寄ったスーパーのお寿司コーナーに、特売のお寿司が並べてありました。
でも、「ん?なんか変?」
展示してあるPOPには、『特売¥598』となっていましたが、パックには¥498とあります。
どっちがホント?
すぐに定員さんを呼んで、
「これおかしくないですか?これどっちがホントの値段?」と聞いてみました。
定員さんは、
「あら、ホントですね。ちょっと聞いてきます。・・・すみません、¥498円でした。最近、POPが違うことが多いんです。気づいてもらってありがとうございます」
と言われました。

こんな感じで、気づいて教えてあげることで人の役に立つこともあるんですね。

中にはどうでもよいこともありますが、気づく訓練にはなると思います。
気づいたら、重要なこととそうでないことに振り分ければいいのですから、
重要なことを見逃さないで、気づけるアンテナを持ちたいですね。

棘一つ刺さっても意味がある

たまたま偶然に棘が刺さったのではない。
棘一つにも意味がある。

この世には、たまたま偶然ということはなく、
全ては必然的に起こったことで、何かのお知らせだったり、
自己完結だったり、因縁の仕業だったりするそうです。

実際に意識して生活してみると、思い当たることがいくつもあります。
 コップが割れた。
 包丁で指を切った。
 転んで怪我をした。
 交通事故に遭遇した。
 風邪を引いた。
 電車に乗り遅れた。
 不幸の知らせが入った。
などなど・・・・。

一見すると悪いことのように思いますが、これらは何かのお知らせの場合があります。
以前、いつもスムーズにいくことがその日はトラブルがあり、時間がずれて仕事に遅れたことがありました。
でもそのお陰で、交通事故に巻き込まれなくて済んだ、ということがありました。
それからは、何かの理由で時間に遅れたら、「これは事故回避だろう」と思うようになりました。

30代の頃、お腹が痛くなりいつもなら内科へ行くところを、その日はなぜか婦人科へ行きました。
自分でもなぜ婦人科だと思ったのかわからないのですが、診てもらって検査を受けたところ、初期の癌が見つかったことがありました。
初期の癌は自覚症状がないはずなのにお腹が痛くなったことが不思議でした。
その前にも「注意しなさい」というように、体調不良があったり、小さな怪我があったり、お知らせのようなことがありました。お陰さまで、その3年後に手術をして、再発もなく完治しました。そして、このことは癌の家系だった私の因縁の完結だったと気づきました。

何か物事が起こったときに、「これはどういう意味だろう?」と考えることで、その先のことがわかったりすることがあります。そうすることで、大難を小難に、小難を無難にしていただけるのだと思っています。

少々のことなら、小難に済んで良かったと思って、大難にならなかったことに感謝しましょう。そうすると、次はいいお知らせが来るかもしれませんよ。

私が仕事をやる上で、いつも心がけていることがあります。
それは、やる気をなくさないこと。

気持ちが下がると、やる気がなくなって仕事に集中できないのが嫌なので、
まずは気持ちをコントロールするようにしています。

気持ちに波があると、周りの人にも迷惑をかけてしまいます。
いつも平らな気持ちで暮らすためには、調子のいいときに有頂天にならない、頑張りすぎないこと。そして、悪いときには、落ち込み過ぎない、焦らないことが大事です。


人材育成で一番心がけたいことは、やる気のスイッチを入れることだと思います。
やらされていると思っただけで、朝も起きられず食欲もなくなり、元気がなくなります。
仕事が楽しくて充実していたら、顔色や表情も明るくなりますね。

それでは、やる気はなぜ起きるのでしょうか?

自分を振り返り、考えてみました。

・好奇心が満たされたとき
・信頼している人から認められたとき
・問題が片付いて、目標が見つかったとき
・嬉しいことや楽しいことを見つけたとき
・人が喜んでくれたとき
・チームが結束したとき
・いい人との出会いがあったとき
・失敗して反省したり、壁を乗り越えたとき
・いい結果が出たとき

こんなときにやる気が働くようです。

私はプロモータータイプ(楽しいことや活気のあることが好きで、自分のオリジナリティやアイデアを大切にする。直感的に動くことが多いので、細かいことはあまり気にとめない傾向がある)。
ですから、信頼のおける人たちには、私の性格やタイプを話して知ってもらうようにしています。そして、私も相手の性格やタイプを理解して、お互いにいい状態で仕事ができるようにしています。

パートナーがいたら、その人の性格やタイプを知って、一番に何を認めたらいいのかを見ながらやる気にさせる言葉かけをすると相手も自分に返してくれます。その相乗効果は目を見張るものがあります。お互いが成長できる関係になるのが、一番仕事がやりやすくなります。

やる気にさせるスイッチは、いろんなところにあります。
自分のやる気スイッチを見つけると楽しく仕事もできますね。



各保育施設等で活用していただければと思います。


保育所等における健康・安全

以下のことをチェックしてください。

環境及び衛生管理並びに安全管理

【環境及び衛生管理】
 □ 温度・湿度・喚起・採光・音量等の環境は保持
 □ 設備内外の整備及び用具等の衛生管理
 □ 手洗い
 □ 保健環境の維持・向上

【事故防止及び安全対策】
 □ 安全点検…安全点検表で定期的に点検されているか
 □ 安全対策の体制づくり…安全対策マニュアルを職員全員が把握しているか
 □ 安全指導…安全係りはいるか。係りは安全指導を行っているか
 □ 避難訓練…定期的に火災・地震・不審者・AED(年1回)の訓練を行っているか
 □ 子どもの精神保健面への対応…家庭環境の把握、虐待の把握、体のアザチェック等

【職員の衛生管理】
 □ 服装…清潔な服装か。ボタンが取れたり取れかかっていないか。やぶれた洋服を着ていないか。服装の乱れはないか
 □ 頭髪…清潔であるか。明るすぎる髪色ではないか。長髪は束ねて、保育の邪魔にならないようにしているか
 □ 爪…清潔であるか。短く切ってあるか。マニキュアはしていないか
 □ 日々の体調管理…自身の体調管理に気を配っているか。眠れない、食べられない等、気持ちが不安定ではないか
 □ 発熱、咳、下痢、嘔吐がある場合の医療機関への速やかな受信と周りへの感染対策(咳エチケットなど)をしているか
 □ 保育中及び保育前後の手洗いの徹底がされているか
 □ 感染源となりうる物(糞便、嘔吐、血液等)の安全な処分方法を知っているか。また訓練を行っているか
 □ 下痢、嘔吐の症状があったり、化膿創がある職員が食物を直接取り扱うことを禁止しているか
 □ 咳等の呼吸器症状を認める場合のマスク着用はされているか
 □ 予防接種、罹患歴の把握(感受性者かどうかの確認)をされているか

重要
咳がある人は、RSウイルス感染のため0歳児の保育は控えてください。
0歳児担当の方は、咳があるなしに関わらず必ずマスクをしてください。
乳児がRSウイルスに感染すると免疫がないため重症化することがあります。
乳児は気管支炎、肺炎を引き起こすことがあり、1歳児未満の赤ちゃんの場合、インフルエンザより死亡率が高いと言われています。

【手指の消毒】
 □ 通常時…流水、石鹸で十分に手洗いする
 □ 下痢・感染症発生時…流水、石鹸で十分に手を洗った後に消毒する。手指に次亜塩素酸ナトリウム系消毒液を使用してはいけない(糞便処理時は、手袋を使用)
 □ 毎日、清潔な個別のタオル又は、ペーパータオルを使用する
 □ 食事用とトイレ用のタオルを区別する
 □ 手先専用消毒液を使用する
 □ 血液は手袋を着用して処理する
 □ 布タオルを使用する場合は、個人持ちとし、それぞれのタオルが触れあうようにかけることは厳禁

【血液や浸出液の処理】
ケガの対応時 鼻血の扱い
 □ 使い捨て手袋をはめてから処理を行う
 □ 手袋を外したら必ず手を洗う
 □ 血液や浸出液がついた綿花やガーゼはビニール袋にいれてから、子どもの手が届かない場所にある蓋付きの屑入れに捨てる

鼻水の処理
 □ 鼻水を拭いた後は、手洗い又は手指消毒をする
 □ 鼻水を拭いた紙は、蓋付きの屑入れに捨てる。すぐに捨てられない場合は、ビニール袋に入れる。直接自分のエプロンのポケットなどに入れない
 □ 屑入れは、蓋付きのものにする
 □ 手指消毒時は、子どもに液がかからないように注意する

【おもちゃの管理】
 □ 子どもが遊び終わったらおもちゃを回収し、汚れたおもちゃは専用ケースを作ってその中に入れる
 □ 木製やプラスチック製のおもちゃは、石鹸水で洗った後で、次亜塩素酸ナトリウム系消毒液に10分以上漬け、そのあと水ですすいでから乾燥させる
 □ 消毒後のおもちゃはきれいなおもちゃ専用のケースに入れて保管しておき、適宜子どもたちに使用させる
 □ おもちゃは全て出さず、消毒するもの、今日遊ぶものと分けて使用する


各自、アセスメントを行い、できていないところや課題があれば改選していくよう、
職員ミーティング等で話し合い確認していくようにしましょう。