フィンランドのことわざに
チョウは、毛虫だったことをおぼえていない
というものがあるそうです。

「初心忘れるべからず」といった意味に使われるそうですが、
「誰もが若い頃には、苦しくて醜い毛虫の時期があったのに、自分ひとりで綺麗なチョウになったつもりになっている。苦しかった時の気持ちも、自分をチョウにしてくれた人がいたことも忘れてはならない」
という意味だそうです。

私は、人からいただいたご恩は「借りもの」だと思っています。
自分を育ててくれた人、生まれ変わらせてくれた人、助けてくれた人、拾ってくれた人、大事にしてくれた人、人生を教えてくれた人は、私をチョウにしてくれた人だと思っています。

昔、恩師に”恩返し”についてこう教わりました。
「自分がやってもらったことは一生忘れてはいけない。
自分がしてあげたことは、すぐに忘れなさい」

「恩を受けた人に恩返しができなかったら、
自分が余裕ができた時に、周りで困っている人がいれば
話を聴いて助けてあげることが恩返しになるのよ」 と…。

恩を受けた人が例え亡くなってしまったとしても、
恩返しはできるんだな…と思ったら救われました。

そうやって、”助けの輪”が繋がっていくことが、
これからの日本には必要なことなのかもしれませんね。

子どもが、保育園や幼稚園へ行くようになると、親が見えない部分が増えてきます。見えない部分は子どもから聞かないかぎり、親は何も知りません。

わが子たちが、まだ幼稚園に通っていた時のことです。
遊びに行っていたお家で、そこのおばあちゃんにトイレの始末をしてもらったこと。
幼稚園へ行き始めた頃、クラスになじめなくて泣いた時、園長先生に個別でお世話してもらったこと。
転んだ時に、お友達のお母さんが手当をしてくれたこと。
このようなことがあったということは、後になって知りました。

お世話になったことを知らず、お礼も言わずに帰ってきて、
子どもから後で聞いて、親として恥ずかしい思いをたくさんしました。

中学校や高校へ行くようになると、塾の先生、部活の顧問、先輩など、もっとたくさんの人間関係ができてきます。どこでどう誰と過ごしているか、まったく見えない部分がもっと増えてきます。


以前、ある小学校の先生からこんな話を聞きました。
「保護者の中には、自分の子どものことしか見えていない人がいる。自分や自分の子どもが不利になることや損をすることを徹底的に嫌う。少しでも損だと思うことがあれば、後先考えないで連絡帳に書いてきたり、学校に電話をかけてくる。実際は、その人のお子さんが一番手がかかり、皆に迷惑をかけているということを保護者は知らない。でも、それをわざわざ言う人はいないので、結局は、恥ずかしい人だとまわりから見られることになる」

本当にそうですね。
私も保護者の一人ですので、親の立場と先生の立場の両方わかります。

この話で何を伝えたいのかというと、
わが子は、どこで誰に、お世話になっているかわからない。
一部だけを見て「不利だ、損だ」と判断しないこと。

不利だとか損だと思うその何十倍も、世間の人にお世話になっているし、ご迷惑をおかけしているのですから。

私は、‘親の品格‘というものがあると思っています。
「子どもはどこで迷惑をかけるかわからないのだから、親は頭を下げて道を通らせてもらいなさい」と、恩師から教えられました。親は、謙虚で礼儀正しく、頭を下げられる人間でいなければならないのだと思います。

「不利だ、損だ」と言えばいうほど、わが子が不利になるし、損をするのです。
子どもは、そんな親のことを恥ずかしく、みっともないと思うものです。
実際に恥ずかしい思いをするのは親ではなく、子ども自身なのですから。


”運も実力の内”といいます。
なにが無い、これが無いと嘆くより、必要なものなら自分で創ればいい。
そう思えば、伸び代はまだまだある。

やりたいことがあるのなら、固く考えずにできることから挑戦してみればいい。
自分次第で、人生は明るくも楽しくもなるのではないでしょうか。

人は得てして、理由をつけては問題を難しくしています。
本当はもっとシンプルなはずなのに、理由をつけてはできなくしている。
心次第で、いいようにも、悪いようにも変わるのですから、複雑に考える必要はないと思います。シンプルに考えれば、原因や方法は自ずと見えてくるのではないかと思います。

何か心に引っかかるものがあったら、その原因を探り、
取り除くよう努力することが大切です。

そんなに難しく考えなくても、自然の道理がわかっていれば人間はもっと大きな仕事ができるはず。神様は私たち人間の生き方として、そう望んでいるのではないかと思います。

複雑な考えを持っている人は、前に進む”帆”がないのです。
ですから、追い風を受けることができないのだと思います。
その帆は何かといえば、どんな時も挑戦する”積極的思考”のことです。

何かを創り出そうとする精神。
変化を受け入れる勇気。
追い風を受けられる、積極的思考の”帆”を自分の中に持つことが大事です。

もっとシンプルに、柔軟になって、
積極的に前に進んでみたら、
きっと新しい世界が見えてくるかもしれません。

人生が面白くなるように努力することも大切ですね。

12月22日から一泊で、国民宿舎サンライズ九十九里に行ってきました。
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私の誕生日(12月21日)のプレゼントにと、次女が連れて行ってくれました。

部屋からは、太平洋の海が絶景でした。
お料理も美味しく、大浴場からの眺めも素晴らしかったです。

(昨日の朝焼け)
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部屋からご来光を拝むことができましたよ。

全国の国民食者の中で、サンライズ九十九里は人気No1だそうで、
自宅から車で30分の距離で、ちょっとしたリゾート気分になれました。

子ども達からは、前日にお誕生日会を開いてもらったり、プレゼントをいただり、
保育園の子ども達にもお祝いの言葉をもらったりと、
とても幸せな1日を過ごすことができました。
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皆さん、いつもありがとうございます。
51歳になりましたが、まだまだ若いつもりでいますので、
これからも、どうぞよろしくお願いします。

昨日、某大手スーパーで、夕飯の買い物をしていた時のこと。
店内アナウンスで、男性の声で某化粧品メーカーの販売アナウンスが流れてきました。
「唇のたてジワの気になる方、口紅のノリの悪い方、1階化粧品コーナーで口紅の無料サンプルをお試しできま~す」というような内容。先日も同じ化粧品売り場で「乾燥、ほうれい線の気になる方、お越しくださ~い」みたいなアナウンスをしていました。
これじゃ誰も来ないでしょ…と思ってしまいました。
案の定、売り場は閑古鳥。
男性定員が暇そうに通り過ぎる人を眺めていました。

アナウンスすればするほど、お客さんが来なくなるような営業って、
どこがいけないのかわかりますか?

男性だからわからなかったのかな?
このアナウンスを聞いて売り場に行けば、「あの人、唇のシワやほうれい線が気になっているのかな?と思われてしまうわ」と思うでしょう。
マイナスのイメージを持たせるようなアナウンスをしてどうするの?!
と私なんか思ってしまいますが…。

では、どのようなアナウンスならお客さんが来てくれるのでしょうか?

何を売っているのかな?と思って、通りすがりに見てみたら、
なんと、今CM中のMアージュの化粧品ではないですか。
なぜ、Mアージュという名前を出さないの?
ほしい人はたくさんいるだろう!

私だったら、「今、CMで話題のMアージュの化粧品が、クリスマス特別セールにつき、お一人様1点限りで特別価格にてご提供しています。今がチャンス!無くなり次第終了させていただきますので、お買いもの途中のお客様はぜひ、1階化粧品コーナーまでお立ち寄りください。無料サンプルをお配りしています」みたいな内容で呼び込みするかな。


実は私、20代の頃に、婦人服の呼び込み定員をしていたことがあったのですが、店舗で売り上げNo1になったこともあり、この手の呼び込みにはちょっと専門知識があります。

呼び込み戦略の中に「お一人様1点限り」は、よく売れるというマーフィーの法則というものがあります。

考えてみれば、スーパーでよく見かけます。
卵、醤油、カレールー、洗剤など、「お一人様1点限り」は、絶対に買うものと思って、飛びついて買っています。買えた時はお得感で満たされます。

これは人間の心理を良く捉えていますね。
1点だけと言われると、もう一度並んででもほしくなる。
買えないと思うと、どうしても買いたくなる。
それが今必要でなくても、とりあえず買ってしまう。

主婦の気持ちをくすぐるようなPOP(私もPOPをやっていたのでわかるのですが)に、ついつい買ってしまっています…。

だいたいスーパーの食料品売り場で買い物をするのは、7~8割がた女性です。
そのうち、主婦が圧倒的に多いのではないでしょうか。
売り場を見ていると、棚の陳列は女性が手の届く高さですし、POPも大きく見やすい。どこのスーパーも、完全に女性を意識した売り場デザインになっています。
通路の真ん中にわざとおいてある特価商品も、邪魔だけど一度足を止めて見てしまうという売り場の心理作戦ですね。


女性は、特別なのが好き

お一人様1点限りの他にも、
今だけ特別キャンペーン
会員様割引
お客様ご優待
お誕生日特別サービス など、
心が奪われてしまういそうなフレーズがあります。

実際にお得になっているので、お客様も満足してくださるし、
お店側も売り上げが伸びれば、お互いにプラスになるのがいいですね。

小売りやサービス業は、女性が心をくすぐられる心理作戦を考えた売り場づくりやアナウンスでなければ売れません。
そして、男性定員が一番大事なことは、「自分が女性だったら?」と女性の気持ちを考えることが大切ですね。

仏作って魂入れず

仕上がっている物に、いちばん大切なものが
ぬけていたらどうしようもないということ。


なんとなく、だらだらと気持ちが入っていない流れる仕事をしている人は、形ばかりの仕事しかできないかもしれません。
何でもそうだと思いますが、その道のプロと言われる人たちは、常日頃から信念を持って仕事をしているのだと思います。だから、厳しい試練にも耐えることができるのでしょう。

私たちの仕事も同様、この道のプロと呼ばれるようになるために努力をすることが大切です。
「同じやるならプロになれ!」です。
それには、魂を入れて仕事をやること。
信念を持って、仕事に向き合うことです。

 1、自分の仕事に誇りを持っているか
 2、人間としてのマナーがあるか
 3、仕事の目的や目標を持っているか
 4、自己責任で仕事をしているか
 5、相手の立場でものを考えているか
 6、効率を高める時間管理をしているか
 7、自己管理をしているか
 8、問題を後回しにしていないか

一つひとつの問題をうやむやにしないで、早めの対策を考えて実行すること。
小さな問題を解決していないから、大きな問題に発展するのです。
問題に真剣に向き合うことが、プロとしての責任です。

「自分はプロだ」と言える仕事がしたい。
「いい仕事してるね」と言ってもらえたら本望ですね。

イソップ物語「壁と釘」のお話です。

乱暴に釘で穴を開けられた壁が叫びました。
「どうして、ぼくに穴を開けるの! ぼくはきみに、何も悪い事をしていないのに!」
 すると、釘は、
「きみをいじめているのは、ぼくではないよ。ぼくのお尻をガンガン叩く奴が悪いんだ」

 あなたに危害を加えている人を、すぐに責めてはいけません。
 その背後で、別の誰かがやっている場合もあるのです。
 
                 おしまい



目先のことで怒ってしまいがちですが、その向こうになにがあるのか、
視野を広げることが必要だということですね。深いお話でした。

Tさん(30代女性)の話です。

Tさんは、決断するのが苦手で他人に影響を受けやすく、
自分で決められない人でした。
いつも「どうしたらいい?」と周りの人に聞いていました。

ある日、いつものように「どうしたらいいと思う?」とお友達に聞いたのです。
お友達からしたら、聞かれたから自分の考えを言ったのですが、
数日後、Tさんはお友達がアドバイスしたこととは全然違うことをやっていました。

お友達がTさんから話を聞くと、他の友達にも聞いていて、
そちらの友達には違うアドバイスをもらっていたのでした。

それを聞いたお友達は、Tさんを不信に思い離れていきました。
一方、もう一人のお友達も薄々気づいていたのでしょう。
その後、Tさんが相談を持ちかけても相手にされなかったようです。


人の話を聞いて、そのように行動することは悪いことではないですが、
優柔不断で『自分軸』を持たない人は、人からあまり好かれないようです。
「自分で考えたら?」と思うようなことでも聞いてこられると、
その時間を自分とは関係のない、どうでもいいことに取られてしまうからでしょう。

人に依存しすぎると、自分がなくなってしまいそうです。
聞くなら自分に「どうしたいのか?」を問いかけたらいかがでしょう?
「わからないから人に聞くのだ」という人は、
そのわからない理由はどこにあるのか?
きちんと自分と向き合うことが大切なのではないかと思います。

昨今の少年犯罪の凶悪化やいじめの問題等を受け、小・中学校で『道徳教育』が重視されてきました。小学校学習指導要領の中にも、道徳は「特別の教科道徳」として記載されています。
先生向けの道徳の指導本もたくさん出ていますね。

私は、学童保育の現場からの立場で子ども達を見ていますが、
日々、心の教育はとても大切だと感じています。

では、子どもはどのようにして道徳を学んでいくのでしょうか?
…と、その前に、道徳的発達はどのようになっているのかが知りたいですよね。

子どもの道徳的発達について

学童期には、道徳に関する意識が急速に発達すると言われています。
コールバーグ(1927~1987 アメリカの心理学者)は、道徳を正義と公正さであるとし、児童から成人までの道徳性の発達段階を提唱しました。それによると、道徳的発達には何段階かあるようです。

第1段階(幼児期~7歳頃)
・幼児は、親がしてもいいということが善であると考え、親がしてはいけないということが悪だと考える(道徳的実念論)
・客観的、結果的に現れたことだけで善悪を判断し、行為の動機までは考えが及ばない

第2段階(8~10歳頃)
・道徳は絶対的なものではなく、その時々の情勢にしたがって変わるものであると理解できる(道徳の相対化)
・道徳の相対化が定まってくるのは、およそ9~10歳頃と考えられる

第2段階(10歳~学童期終わり頃)
・道徳は適用される相手によっても変わると理解できるようになる
・相手が自分よりも小さかったり、弱かったりする場合には手加減しなければならないと思うようになる(道徳の適応化)
・成人並みの道徳観に達するようになる

このような段階で、子どもの道徳的発達は行われていくようです。
(あくまでも目安です。個人差があります)

親が幼児に対して禁止事項が多ければ、”悪”が多くなっていきますし、
小学校1年生の子どもに対して、「道徳は時として変わるものなのよ」
と言っても、まだそこまで理解できていないでしょう。

道徳教育は、その段階に合わせた取り組みでなくてはならないということです。
子どもの道徳観や理解度を知っておくことが、躾や教育には有効なのかもしれませんね。