昨日で、エンカレッジ・ステーション(株)、ありんこ親子保育園、ありんこの森保育園、NPO法人民間児童館おおきなかぶが無事に仕事納めの日を迎えました。
皆様1年間、本当にお疲れ様でした。

保護者の皆様には、今年も保育活動にご理解とご協力をいただき、大変お世話になりました。今年も無事故で過ごせたこと、心より感謝申し上げます。

本日より1月3日まで、休業させていただきますが、年末年始は事故やケガ、病気などございませんよう、お気をつけてお過ごしください。

来年も皆様にとって、健やかで明るい年になりますよう、心より祈願いたしております。

それでは、良い年末年始をお過ごしください。
ありがとうございました。

中嶋悦子

フィンランドのことわざに
チョウは、毛虫だったことをおぼえていない
というものがあるそうです。

「初心忘れるべからず」といった意味に使われるそうですが、
「誰もが若い頃には、苦しくて醜い毛虫の時期があったのに、自分ひとりで綺麗なチョウになったつもりになっている。苦しかった時の気持ちも、自分をチョウにしてくれた人がいたことも忘れてはならない」
という意味だそうです。

私は、人からいただいたご恩は「借りもの」だと思っています。
自分を育ててくれた人、生まれ変わらせてくれた人、助けてくれた人、拾ってくれた人、大事にしてくれた人、人生を教えてくれた人は、私をチョウにしてくれた人だと思っています。

昔、恩師に”恩返し”についてこう教わりました。
「自分がやってもらったことは一生忘れてはいけない。
自分がしてあげたことは、すぐに忘れなさい」

「恩を受けた人に恩返しができなかったら、
自分が余裕ができた時に、周りで困っている人がいれば
話を聴いて助けてあげることが恩返しになるのよ」 と…。

恩を受けた人が例え亡くなってしまったとしても、
恩返しはできるんだな…と思ったら救われました。

そうやって、”助けの輪”が繋がっていくことが、
これからの日本には必要なことなのかもしれませんね。

子どもが、保育園や幼稚園へ行くようになると、親が見えない部分が増えてきます。見えない部分は子どもから聞かないかぎり、親は何も知りません。

わが子たちが、まだ幼稚園に通っていた時のことです。
遊びに行っていたお家で、そこのおばあちゃんにトイレの始末をしてもらったこと。
幼稚園へ行き始めた頃、クラスになじめなくて泣いた時、園長先生に個別でお世話してもらったこと。
転んだ時に、お友達のお母さんが手当をしてくれたこと。
このようなことがあったということは、後になって知りました。

お世話になったことを知らず、お礼も言わずに帰ってきて、
子どもから後で聞いて、親として恥ずかしい思いをたくさんしました。

中学校や高校へ行くようになると、塾の先生、部活の顧問、先輩など、もっとたくさんの人間関係ができてきます。どこでどう誰と過ごしているか、まったく見えない部分がもっと増えてきます。


以前、ある小学校の先生からこんな話を聞きました。
「保護者の中には、自分の子どものことしか見えていない人がいる。自分や自分の子どもが不利になることや損をすることを徹底的に嫌う。少しでも損だと思うことがあれば、後先考えないで連絡帳に書いてきたり、学校に電話をかけてくる。実際は、その人のお子さんが一番手がかかり、皆に迷惑をかけているということを保護者は知らない。でも、それをわざわざ言う人はいないので、結局は、恥ずかしい人だとまわりから見られることになる」

本当にそうですね。
私も保護者の一人ですので、親の立場と先生の立場の両方わかります。

この話で何を伝えたいのかというと、
わが子は、どこで誰に、お世話になっているかわからない。
一部だけを見て「不利だ、損だ」と判断しないこと。

不利だとか損だと思うその何十倍も、世間の人にお世話になっているし、ご迷惑をおかけしているのですから。

私は、‘親の品格‘というものがあると思っています。
「子どもはどこで迷惑をかけるかわからないのだから、親は頭を下げて道を通らせてもらいなさい」と、恩師から教えられました。親は、謙虚で礼儀正しく、頭を下げられる人間でいなければならないのだと思います。

「不利だ、損だ」と言えばいうほど、わが子が不利になるし、損をするのです。
子どもは、そんな親のことを恥ずかしく、みっともないと思うものです。
実際に恥ずかしい思いをするのは親ではなく、子ども自身なのですから。


”運も実力の内”といいます。
なにが無い、これが無いと嘆くより、必要なものなら自分で創ればいい。
そう思えば、伸び代はまだまだある。

やりたいことがあるのなら、固く考えずにできることから挑戦してみればいい。
自分次第で、人生は明るくも楽しくもなるのではないでしょうか。

人は得てして、理由をつけては問題を難しくしています。
本当はもっとシンプルなはずなのに、理由をつけてはできなくしている。
心次第で、いいようにも、悪いようにも変わるのですから、複雑に考える必要はないと思います。シンプルに考えれば、原因や方法は自ずと見えてくるのではないかと思います。

何か心に引っかかるものがあったら、その原因を探り、
取り除くよう努力することが大切です。

そんなに難しく考えなくても、自然の道理がわかっていれば人間はもっと大きな仕事ができるはず。神様は私たち人間の生き方として、そう望んでいるのではないかと思います。

複雑な考えを持っている人は、前に進む”帆”がないのです。
ですから、追い風を受けることができないのだと思います。
その帆は何かといえば、どんな時も挑戦する”積極的思考”のことです。

何かを創り出そうとする精神。
変化を受け入れる勇気。
追い風を受けられる、積極的思考の”帆”を自分の中に持つことが大事です。

もっとシンプルに、柔軟になって、
積極的に前に進んでみたら、
きっと新しい世界が見えてくるかもしれません。

人生が面白くなるように努力することも大切ですね。

12月22日から一泊で、国民宿舎サンライズ九十九里に行ってきました。
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私の誕生日(12月21日)のプレゼントにと、次女が連れて行ってくれました。

部屋からは、太平洋の海が絶景でした。
お料理も美味しく、大浴場からの眺めも素晴らしかったです。

(昨日の朝焼け)
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部屋からご来光を拝むことができましたよ。

全国の国民食者の中で、サンライズ九十九里は人気No1だそうで、
自宅から車で30分の距離で、ちょっとしたリゾート気分になれました。

子ども達からは、前日にお誕生日会を開いてもらったり、プレゼントをいただり、
保育園の子ども達にもお祝いの言葉をもらったりと、
とても幸せな1日を過ごすことができました。
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皆さん、いつもありがとうございます。
51歳になりましたが、まだまだ若いつもりでいますので、
これからも、どうぞよろしくお願いします。

今の大学生や専門学生に将来の夢について聞いてみると、
お金持ちになりたいとか、社長になりたいとかではなく、
「幸せになりたい」と答える人が多いのだそうです。

幸せって人それぞれなので、
自分が幸せだと感じることができればいいのかな?

私の幸せってなんだろう?
フッとそんなことを考えてしまいました。

一日で一番幸せな時は、布団に入った時かな?
次がご飯を美味しく食べている時、その次がお風呂に入っている時かな。

でも、それは仕事が充実していて、命一杯働いたからですね。
身体が疲れていなければ、熟睡できないし、食欲も出ません。
お風呂でホッと一息つけるのも、一日の疲れを癒しているからです。

幸せになりたいと思っていても、何にもしなければ幸せはやって来ない気がします。
幸せになりたいと思うのであれば、日々の生活を整えることが大切ですね。

安定した基盤があるから、その上に建てられる柱も大きくなるのです。
それが夢や目標となって、やがては雨風をしのげる大きな屋根となっていくのだと思います。

学生さんたちが、「幸せになりたい」という希望を持つことは、実は一番難しいことなのかもしれません。
幸せとは自分の心が決めることなので、普段の生活から幸せを感じることもできるし、資産家になっても悩みがあれば本当の幸せにはなれないでしょう。

少しの幸せも感じられることが、幸せになれる方法なのかもしれませんね。

ついていく人を 間違えてはいけない

人生の分かれ道には、必ず人と出逢う
出逢った人が、いい人か悪い人かを判断するべきだ

人生は、ついていく人によって道が分かれる
いい人につけば、いい人生になり
悪い人につけば、悪い人生になりやすい

だから、ついていく人を間違えてはいけないのだ



昔、ある方から「つき合う相手を間違えないように」と言われたことがありました。
つき合う相手によって、自分が気がつかないうちに染まっていくからだそうです。
「自分がどういう人間になりたいかをイメージしたら、そのイメージにあった人についていくといい」とアドバイスをもらいました。ですから、最初にやることは、なりたい自分を強くイメージすることだそうです。

イメージの強さが自分を構築させる基盤になるのだと思います。
不思議なことに、イメージができると自分が求めている人と出逢うことができます。

求めていた運命の人と出逢うと、天から電気が流れてくる感覚があります。
ですから私は、自分の感覚を大切にしてもいいのだと思います。
過去を振り返ってみても、インスピレーションで決めてきました。
ほとんどの場合は、自分の感覚を信じて正解でした。
「この人と一緒に仕事がしたい」と思った人とは、長くいい仕事ができています。

ですから、ついていく人を間違えないようにするためには、自分を確立させることが大切です。自分に迷いやスキがあったら、悪い考えが浮かんできて、それに付け込まれて悪い人間に騙されたりするかもしれません。

まわりに流されてしまう人も、自分が確立されていないからかもしれませんね。
自分が確立されている人は、周りにあまり左右されないようです。
他人の考えや意見を鵜呑みにするのではなく、自分のインスピレーションを大切にする。
もしそれで失敗しても、自分で決めている人は納得して次につながる思考ができますね。

ですから、自分を確立させたらついていく人を間違えないように、
ついていきたい人も自分で決めたらいいのだと思います。

ただ、トップになれば、ついてこられる立場になります。
”トップは孤独”とよく言われますが、対等の立場の人やついていきたい人が周りにあまりいない状態で仕事をしなければならなくなります。重要なことを自分で決断しなければならず、悪くなれば全責任を負わなければなりません。
トップは自分と対等に話ができる人も少なくなり、相談もできない状態がずっと続くと思っていた方がいいのかもしれません。上に行けばいくほど厳しくせざる負えなくなり、自分に味方する人はほとんどいなくなります。
自分が確率されていなければ、かなり苦しくなります。

私は、もし自分が孤独になっても、仲間がいなくなっても、
ついていく対象(心の支え)があればやっていけるのではないかと思っています。

私の場合、神仏に対する信仰心ですが、過去に本や直接出合った成功している企業のトップの方の多くは、信仰心の篤い人が多かったように思います。目に見えない味方がいるような気がしますね。

一人になっても、孤独感に苛まれない人。
そういう人に人はついてきますし、トップに向いている人なのかもしれませんね。

保育士募集のお知らせです。

ありんこ親子保育園と、おおきなかぶ学童保育では、
明るく元気でやる気のある保育士を募集しています

子育て中でも働きやすい職場で、一緒にお仕事しませんか
お気軽にご応募ください


 募集要項

募集①:ありんこ親子保育園パート2名 ※新卒の方はご相談ください
募集②:おおきなかぶ学童保育パート1名 学生アルバイト1名 合計2名

条 件:明るく元気でやる気のある方
     保育士免許取得の方、子育て経験者優遇
     週1日2時間程度からでもOK! 
     早朝・夕方出来る方、大歓迎!

勤務時間:①8:00~18:00の間でシフト制   
       ②平日:15:00~19:00 
       夏休み:7:30~19:00の間でシフト制

休日:日・祭日・年末年始・お盆休み

採用方法:お電話でお問い合わせの上、面接日に履歴書をお持ちください。
      後日、採用のご連絡をさせていただきます。
      体験あり


詳しくは下記の連絡先まで、お電話でお問い合わせください。

①保育園希望の方はこちらまで
 ありんこ親子保育園
千葉県大網白里市みずほ台2-10-16
TEL 0475-53-3509(受付時間:月~土 午後1:30~5:00)

②学童保育希望の方はこちらまで
NPO法人民間児童館おおきなかぶ
千葉県大網白里市みずほ台2-10-15
TEL 0475-53-3473(受付時間:月~金 午後15:00~19:00)

昨日、某大手スーパーで、夕飯の買い物をしていた時のこと。
店内アナウンスで、男性の声で某化粧品メーカーの販売アナウンスが流れてきました。
「唇のたてジワの気になる方、口紅のノリの悪い方、1階化粧品コーナーで口紅の無料サンプルをお試しできま~す」というような内容。先日も同じ化粧品売り場で「乾燥、ほうれい線の気になる方、お越しくださ~い」みたいなアナウンスをしていました。
これじゃ誰も来ないでしょ…と思ってしまいました。
案の定、売り場は閑古鳥。
男性定員が暇そうに通り過ぎる人を眺めていました。

アナウンスすればするほど、お客さんが来なくなるような営業って、
どこがいけないのかわかりますか?

男性だからわからなかったのかな?
このアナウンスを聞いて売り場に行けば、「あの人、唇のシワやほうれい線が気になっているのかな?と思われてしまうわ」と思うでしょう。
マイナスのイメージを持たせるようなアナウンスをしてどうするの?!
と私なんか思ってしまいますが…。

では、どのようなアナウンスならお客さんが来てくれるのでしょうか?

何を売っているのかな?と思って、通りすがりに見てみたら、
なんと、今CM中のMアージュの化粧品ではないですか。
なぜ、Mアージュという名前を出さないの?
ほしい人はたくさんいるだろう!

私だったら、「今、CMで話題のMアージュの化粧品が、クリスマス特別セールにつき、お一人様1点限りで特別価格にてご提供しています。今がチャンス!無くなり次第終了させていただきますので、お買いもの途中のお客様はぜひ、1階化粧品コーナーまでお立ち寄りください。無料サンプルをお配りしています」みたいな内容で呼び込みするかな。


実は私、20代の頃に、婦人服の呼び込み定員をしていたことがあったのですが、店舗で売り上げNo1になったこともあり、この手の呼び込みにはちょっと専門知識があります。

呼び込み戦略の中に「お一人様1点限り」は、よく売れるというマーフィーの法則というものがあります。

考えてみれば、スーパーでよく見かけます。
卵、醤油、カレールー、洗剤など、「お一人様1点限り」は、絶対に買うものと思って、飛びついて買っています。買えた時はお得感で満たされます。

これは人間の心理を良く捉えていますね。
1点だけと言われると、もう一度並んででもほしくなる。
買えないと思うと、どうしても買いたくなる。
それが今必要でなくても、とりあえず買ってしまう。

主婦の気持ちをくすぐるようなPOP(私もPOPをやっていたのでわかるのですが)に、ついつい買ってしまっています…。

だいたいスーパーの食料品売り場で買い物をするのは、7~8割がた女性です。
そのうち、主婦が圧倒的に多いのではないでしょうか。
売り場を見ていると、棚の陳列は女性が手の届く高さですし、POPも大きく見やすい。どこのスーパーも、完全に女性を意識した売り場デザインになっています。
通路の真ん中にわざとおいてある特価商品も、邪魔だけど一度足を止めて見てしまうという売り場の心理作戦ですね。


女性は、特別なのが好き

お一人様1点限りの他にも、
今だけ特別キャンペーン
会員様割引
お客様ご優待
お誕生日特別サービス など、
心が奪われてしまういそうなフレーズがあります。

実際にお得になっているので、お客様も満足してくださるし、
お店側も売り上げが伸びれば、お互いにプラスになるのがいいですね。

小売りやサービス業は、女性が心をくすぐられる心理作戦を考えた売り場づくりやアナウンスでなければ売れません。
そして、男性定員が一番大事なことは、「自分が女性だったら?」と女性の気持ちを考えることが大切ですね。

仏作って魂入れず

仕上がっている物に、いちばん大切なものが
ぬけていたらどうしようもないということ。


なんとなく、だらだらと気持ちが入っていない流れる仕事をしている人は、形ばかりの仕事しかできないかもしれません。
何でもそうだと思いますが、その道のプロと言われる人たちは、常日頃から信念を持って仕事をしているのだと思います。だから、厳しい試練にも耐えることができるのでしょう。

私たちの仕事も同様、この道のプロと呼ばれるようになるために努力をすることが大切です。
「同じやるならプロになれ!」です。
それには、魂を入れて仕事をやること。
信念を持って、仕事に向き合うことです。

 1、自分の仕事に誇りを持っているか
 2、人間としてのマナーがあるか
 3、仕事の目的や目標を持っているか
 4、自己責任で仕事をしているか
 5、相手の立場でものを考えているか
 6、効率を高める時間管理をしているか
 7、自己管理をしているか
 8、問題を後回しにしていないか

一つひとつの問題をうやむやにしないで、早めの対策を考えて実行すること。
小さな問題を解決していないから、大きな問題に発展するのです。
問題に真剣に向き合うことが、プロとしての責任です。

「自分はプロだ」と言える仕事がしたい。
「いい仕事してるね」と言ってもらえたら本望ですね。

イソップ物語「壁と釘」のお話です。

乱暴に釘で穴を開けられた壁が叫びました。
「どうして、ぼくに穴を開けるの! ぼくはきみに、何も悪い事をしていないのに!」
 すると、釘は、
「きみをいじめているのは、ぼくではないよ。ぼくのお尻をガンガン叩く奴が悪いんだ」

 あなたに危害を加えている人を、すぐに責めてはいけません。
 その背後で、別の誰かがやっている場合もあるのです。
 
                 おしまい



目先のことで怒ってしまいがちですが、その向こうになにがあるのか、
視野を広げることが必要だということですね。深いお話でした。

天人がその水を見ると、瑠璃の鏡に見える
人間が見ると、飲み水に見える
魚が見ると、住みかと見える
餓鬼が見ると、炎と見える


これを 一水四見(いっすいしけん)といって、
水を見ても見方によっては四通りに見えるということを表した言葉です。

自分が見ている世界は、天からみるとどう見えるのか。
他人が同じ場面を見た時に、自分とは違った風景に見えているのではないか。

同じものを見ていても、自分の目には映らない世界があるということですね。


人間は、自分が見たものしか信じられないのかもしれませんが、
宇宙は途方もなく広くて深いのです。

私たちの住む世界も、自分の知らないことの方が遥かに大きいでしょう。
だから、人が感じたことも嘘ではないのです。
でも、人が感じたものも絶対ではありません。

一水四見の視点を持てるようになるといいですね。

発達と聞くと、乳児期から青年期のことを言うように思いますが、実は人間は生涯にわたって心理的に発達し続けるものなのだそうです。

エリク・ホーンブルガー・エリクソン(発達心理学者)が提唱した、「人が生まれてから死ぬまでに心理社会的にどのように発達するか」を心理社会的発達理論(ライフサイクル理論)といいます。そこには、『発達課題』があり、アイデンティティの構築がカギとなるようです。発達課題がどのように解決されるか、もしくは解決されないかによって、その後の人格形成に影響を及ぼすとされています。

心理社会的発達理論では、発達段階が8段階に分けられており、各段階の発達課題が「対」という対の形で表記されています。各発達段階には乗り越えるべき課題(発達課題)と危機(心理社会的危機)、そして、危機を乗り越えて獲得するものが設定されています。

 1.乳児期(0歳~1歳6ヶ月頃):「基本的信頼感」対「不信感」…「希望」の感覚
 2.幼児前期(1歳6ヶ月頃~4歳):「自律性」対「恥と疑惑」…「意思」
 3.幼児後期(4歳~6歳):「積極性(自発性)」対「罪悪感」…「目的」の感覚
 4.児童期・学齢期(6歳~12歳):「勤勉性」対「劣等感」…「有能刊」
 5.青年期(12歳~22歳):「同一性(アイデンティティ)」対「同一性の拡散」…「忠実」
 6.成人期(就職して結婚するまでの時期):「親密性」対「孤立」…「愛」
 7.壮年期(子供を産み育てる時期):「生殖性」対「停滞性」…「世話」
 8.老年期(子育てを終え、退職する時期~):「自己統合(統合性)」対「絶望」…「英知」


今日は、1.乳児期(0歳~1歳6ヶ月頃):基本的信頼感vs不信感について、取り上げてみたいと思います。

私の孫は生後8か月になり、ちょうどこの時期になりますが、孫を見ていると発達段階がよくわかります。子どもの発達を援助するうえで重要なのは、発達段階の特徴を理解することです。この時期は、赤ちゃんがママとの一体感やママへの信頼感を経験する時期で、発達課題は「基本的信頼感」対「不信感」です。

基本的信頼感とは、他人からありのままを受け入れてもらえる安心感と、他人に受け入れてもらえる自分を価値のある人間だと思える自分への信頼感のことで、他人と情緒的で深い人間関係を築くための基礎になるものです。

乳児期のうちに、パパママからおっぱいやミルクをもらい、おむつを交換してもらい、あやしたり寝かしつけたりしてもらうなど、たくさんお世話してもらうことで、基本的信頼感が育まれていきます。乳児期に基本的信頼感が十分に育まれないままになると、安心感や自身が持てず、自分や他人に対する不信感が募っていきます。

乳児期に芽生えた不信感は払しょくすることが難しく、その後の人生を通して心の中に残ることが多い深刻なものになりがちだと言われています。

私は、大人のカウンセリングやコーチングを行っていますが、中には人格形成の基礎が何らかの理由で欠落しているのではないかと思われる人もいます。大人になってからの改善は、なかなか難しいものがあります。
こんなに長い時間、苦しまなければならないのかと思うと、乳幼児期の育てられ方というのはとても重要なのだと改めて思わされます。

初めての子育てはわからないことばかりですが、発達課題の信頼感を育てることだとみれば、赤ちゃんの欲求を満たしてあげたほうがいいことになります。この時期にできた親子の絆は、生涯にわたって心の基礎となるものです。

赤ちゃんを持つ方は、できるだけ赤ちゃんと穏やかに笑って過ごせるように工夫してほしいなと思います。

Tさん(30代女性)の話です。

Tさんは、決断するのが苦手で他人に影響を受けやすく、
自分で決められない人でした。
いつも「どうしたらいい?」と周りの人に聞いていました。

ある日、いつものように「どうしたらいいと思う?」とお友達に聞いたのです。
お友達からしたら、聞かれたから自分の考えを言ったのですが、
数日後、Tさんはお友達がアドバイスしたこととは全然違うことをやっていました。

お友達がTさんから話を聞くと、他の友達にも聞いていて、
そちらの友達には違うアドバイスをもらっていたのでした。

それを聞いたお友達は、Tさんを不信に思い離れていきました。
一方、もう一人のお友達も薄々気づいていたのでしょう。
その後、Tさんが相談を持ちかけても相手にされなかったようです。


人の話を聞いて、そのように行動することは悪いことではないですが、
優柔不断で『自分軸』を持たない人は、人からあまり好かれないようです。
「自分で考えたら?」と思うようなことでも聞いてこられると、
その時間を自分とは関係のない、どうでもいいことに取られてしまうからでしょう。

人に依存しすぎると、自分がなくなってしまいそうです。
聞くなら自分に「どうしたいのか?」を問いかけたらいかがでしょう?
「わからないから人に聞くのだ」という人は、
そのわからない理由はどこにあるのか?
きちんと自分と向き合うことが大切なのではないかと思います。

昨今の少年犯罪の凶悪化やいじめの問題等を受け、小・中学校で『道徳教育』が重視されてきました。小学校学習指導要領の中にも、道徳は「特別の教科道徳」として記載されています。
先生向けの道徳の指導本もたくさん出ていますね。

私は、学童保育の現場からの立場で子ども達を見ていますが、
日々、心の教育はとても大切だと感じています。

では、子どもはどのようにして道徳を学んでいくのでしょうか?
…と、その前に、道徳的発達はどのようになっているのかが知りたいですよね。

子どもの道徳的発達について

学童期には、道徳に関する意識が急速に発達すると言われています。
コールバーグ(1927~1987 アメリカの心理学者)は、道徳を正義と公正さであるとし、児童から成人までの道徳性の発達段階を提唱しました。それによると、道徳的発達には何段階かあるようです。

第1段階(幼児期~7歳頃)
・幼児は、親がしてもいいということが善であると考え、親がしてはいけないということが悪だと考える(道徳的実念論)
・客観的、結果的に現れたことだけで善悪を判断し、行為の動機までは考えが及ばない

第2段階(8~10歳頃)
・道徳は絶対的なものではなく、その時々の情勢にしたがって変わるものであると理解できる(道徳の相対化)
・道徳の相対化が定まってくるのは、およそ9~10歳頃と考えられる

第2段階(10歳~学童期終わり頃)
・道徳は適用される相手によっても変わると理解できるようになる
・相手が自分よりも小さかったり、弱かったりする場合には手加減しなければならないと思うようになる(道徳の適応化)
・成人並みの道徳観に達するようになる

このような段階で、子どもの道徳的発達は行われていくようです。
(あくまでも目安です。個人差があります)

親が幼児に対して禁止事項が多ければ、”悪”が多くなっていきますし、
小学校1年生の子どもに対して、「道徳は時として変わるものなのよ」
と言っても、まだそこまで理解できていないでしょう。

道徳教育は、その段階に合わせた取り組みでなくてはならないということです。
子どもの道徳観や理解度を知っておくことが、躾や教育には有効なのかもしれませんね。

保育の勉強をした人なら知っているジャン=ジャック・ルソー(18世紀のフランスで活躍した哲学者)ですが、彼の著書『エミール』(1762年出版)の中に、「消極的保育」という言葉が出てきます。
この本は今でも教育学の名著として読まれています。そして、この本に書かれたような彼の思想はその後のフレーベルやマリア・モンテッソーリといった幼児教育の実践者の背後に大きな影響を持っているといわれています。

ルソーの教育観を一言で表すとすれば、それは「消極的教育」ということになります。つまり、大人があれこれ教えるよりも、子どもたちが自発的に行動し大人はあくまでもそれを援助する存在であるべきだということです。

知識よりも経験

ルソーは、「知識を与える前に、その道具である諸器官を完成させよ。感覚器官の訓練によって理性を準備する教育を消極教育と呼ぶ」と『エミール』のなかで言っています。知識を詰め込むよりも、運動や様々な経験を通して、子どもたちの心身を鍛えることを最優先に考えているのです。これは現代の教育・保育に大きく影響を与えていると思います。

子どもは「未完成の大人」ではない

昔は、子どものことを「未完成な大人」として見ていました。子どもでも労働をさせられていたのです。しかし、ルソーは子どもを「未完成の大人」とは見ませんでした。子どもを大人とは全く違う生き物であり、子どもには子ども固有の世界観があるのだと考えました。このことから、ルソーは「子どもの発見者」と呼ばれています。

ルソーの生い立ちは非常に不幸なもので、彼は社会に対して大きな不信感を持っていました。彼の考えのなかでは、人間は生まれた瞬間(自然状態)がが善であり、そのような子どもたちに文明や文化を教えるということは、堕落の道へと導いてしまうというものでした。「いかなるものでも、造物主である自然の手から出るときは善だ。人間の手に渡って悪となる」という言葉を残しています。これが彼の「消極的教育法」の根となっている部分です。


現代の幼稚園や保育園は、積極的保育が支流となってきたように思います。
お勉強や運動をわざわざお金をかけて大人が子どもに教えますね。
生活面でも子どもに考えさせるより、親や先生があれこれ教えてあげることの方が多いのではないでしょうか。「失敗するとかわいそうだから」という大人の気持ちが優先してしまい、せっかくの失敗という貴重な経験をさせなくしてしまっています。

しかし、幼児期に大切なのは、スキルを教えることではなく、体力をつけさせることです。サッカーやスイミングなどのやり方を教えるのではなく、歩く、走る、跳ねる、ぶら下がるなどの基礎体力をつけることが幼児期の課題なのです。
これを保育の中で遊びながら身に付けていくことが大切で、とにかく遊びの時間を削ってまで教えることをやるべきではないと思います。
”運動神経は6歳までに決まる”と言われます。運動神経を育てるためには、先ほど書いたように、歩く、走る、跳ねる、ぶら下がるなどの基礎体力がものを言います。スポーツを教えるのはその後でも十分です。というか、その方が効果が上がります。

生活面では、口うるさく躾をしてもあまり効果はありません。
躾をしたいのであれば、始めはやりたいようにさせてみることです。
それで、うまくいかなかったらもっとうまくいく方法を考えるでしょうし、自分でできた時の喜びは、教えてもらったこと以上にその子の中に残るのではないでしょうか。

ルソーが言っているように、
子どもの教育は経験が先で、知識は後でもいいのではないかと思います。
どうすればよかったのか?もっといい方法はないか?など、
子ども自身で出した答えが、「最適解」(自分で納得して出した答え)なのです。この自分なりの最適解が出せなければ、生きる力に繋がっていきません。

教えるのは、子どもが乗り越えられない問題に直面した時で、答えがどうしても出せなかったときです。それでも、ヒントを与えるようにして、最初から答えは教えません。

そうやって、良い答えにたどり着けるように導くことを「誘導」と言います。
倉橋 惣三(日本の児童心理学者)なども、「誘導保育」を提唱しています。


私は、ルソーやフレーベル、倉橋 惣三の保育に共感しています。
「保育所保育指針」でも、この保育思想が反映されていますので、私が経営する2か所の保育園では「保育所保育指針」に忠実です。

私の長年の子育てや保育の経験から、積極的な教育(小学校教育)に入る前段階では、消極的保育が不可欠だと感じます。それは、学習面からも感じ取れます。
根っこを育てなければ、大木にはなれない。十分な養分を与えなければ、立派な花実は実らないように、心の根っこが育つ時期に早く結果を出せとばかりに知識ばかり与えていたのでは、心は育たないと思うからです。

やはり、保育はじっくり行うことが大切です。
流れ作業のように、保育をしていたのでは子どもの最適解は出せない。
だから、保育の質を高めるよう保育者は常に自己研磨が必要なのです。

我が子をこんな素晴らしい保育園に預けたい!
と思っていただけるような保育園にすることが、私の目標です。