子育ての悩みトップ3に、子どもの将来についての悩みがあるそうです。
それはズバリお金の話。

子ども1人育てるのに1000万円かかります…なんて聞いたことはないでしょうか。
うちは子どもが4人だから、1000×4=4000万円?
…なんて考えると途方もなく子育ては大変なものになってしまいますね。

将来のことを思い悩むとキリがありませんが、
何もしなければ将来家計が大変になるのは目に見えています。

今日は、私が実践した子育てのお金の考え方や使い方についてご紹介したいと思います。

・学資保険に加入する
将来の教育費が不安なら、ファイナンシャルプランナーなどに相談して、学費についていろいろなパターンを算出してもらってください。漠然とした不安ではなく、しっかりいつまでにいくら必要か、などと数字で把握すると、やりくりや貯金をする意欲にもつながります。そのうえで、必要ならば学資保険に加入するよいいです。
貯金は△、保険は□といって、貯金はたまった分しか使えませんが、保険なら加入時から保障してくれるので安心感が違いますね。考えたくはありませんが、主人に何かあってから路頭に迷うことになっては子育てどころではなくなってしまうかもしれません。私は、保険で将来の安心を買ったと思うようにしています。

・子どもの自主性や自立性を育てる
将来、勉強や進路で子ども自身悩がむこともあるでしょう。
そんな時、親としてはしっかり導いてあげたいものです。そのためには、小さいうちから子どもの自主性を大切にして、自立に向けて促してあげましょう。なるべく自由遊びを増やして、自分で考えて工夫することや行動することを幼児期にたくさん経験させておくと大きくなってからも、自分のことは自分で考えられるようになっていくでしょう。

・子育てに余計なお金をかけない
子育ては何事も「足りないくらいがちょうどいい」と私は思っています。
玩具や物がなければ自分で作ってあそぶ。足りなければ代用品はないかと考える。そうやって遊んでいる子どもは、大人になってからも臨機応変で柔軟性のある人になっていくと思います。そして、自分でやり遂げた達成感を味わうことで、積極的に人生を切り開いていく力にもなると思います。いろいろなことに興味を覚え、そこからたくさんを学び、「これだ!」という目標を見つけやすくなるでしょう。

・収入源をつくる(母親の就職)
これは家庭の事情によると思いますが、母親が仕事を持つことも時としては必要なことではないかと思います。だから子育てがおろそかになるということはなく、色んな人の力を借りればいいのです。保育所、両親、地域の子育て支援センター等、子育ては母親一人で行うものではありません。というか、きっと一人で子育てをしていると行き詰ってきます。誰かの手を借りることも、収入を増やすことも、心に余裕ができるきっかけになれば、私はその方が子どもや家庭ためだと思います。
外に出ることで、社会とのつながりができて、自分の存在価値も上がってくるかもしれません。様々な方法で子育て以外の自分の生きがいを持つことも、女性にとっては大切なことではないでしょうか。


子育てって、「将来、どんな人に育ってほしいか?」というイメージを持って、子どもを育てることではないでしょうか。
親の期待通りにはならないでしょうが、子育ての目標がわかれば親としてやらなければならないこともわかってくるのではないかと思います。

将来、幸せな人生を歩んでいくために、今からできることはたくさんあります。
子育て中の大変な時期だからこそ、将来の計画を立てて進むことが必要なのですね。

私は子どもの頃、父親が厳しく、母親は年の離れた弟の面倒や仕事と家事で忙しく、長女だった私は両親に甘えることすらなかったように思います。
その結果、『超自立』状態になり、誰にも頼らず何でも自分でできる子になりました。
すると、大人になって自分が親になってからも、当たり前のように『何でも1人でやる』というスタンスになってしまったんですね。
今は違いますが、25年前に子育て中の頃は、大変な時期でも人に頼ることができないでいました。それは、子どもの依存時代に「甘えてはいけないんだ」「頼ってはいけないんだ」と思ったことで『超自立』になったからだと思います。

それに、私は器用な方でしたので人に頼るより自分でやった方が早いし楽でした。
いつの間にかこんな考えになっていたんですね。

でも、実際に子育てを一人でやってみると大変なんです。
主人は海外出張や単身赴任が多かったので留守がちでしたし、近くに親戚もいませんでしたので、自分が病気になった時や大変だった時に「助けてほしい」このたった一言が言えなかったため、本当に大変な思いをした時期もありました。

そんな時、手を差し伸べてくれたのがご近所の先輩ママさんたちだったのです。
素直に「お願いしてもいいですか?」と子どもを託してみたところ、喜んで預かってくれました。
自分が今まで思っていた「どうせわかってくれない」「助けてもらうことは迷惑なのではないか」という考えは払拭してしまいました。

そして、その時にこうも教わりました。
「人に頼ることは悪いことではないのよ。だって、困っている人を助けてあげられるんだもの。こんなに徳のあることはないでしょう。私の方がありがとうっていいたいわ」と。
今までの私の考えは、自分を苦しめるどころか、子どもにまで辛い思いをさせてしまっていたのかなと思うと、「自分は変わらなければいけない」と本気で思いました。それからは、子育てはお互い様という気持ちで、子育て仲間を作って楽しく子育てをすることができました。

子育て中のとても辛い状態のときに、この「助けて」のSOSが出せない人、「たすけてほしい」が言えない人の気持ちはよくわかります。だからこそ、「頭を下げて人に助けてもらうことは、子どものためなんだよ」と言いたいです。

現代では孤独死も増えていますが、男女問わずに『超自立』している人が孤独感に陥る方が多いのです。

人は依存の時代を経て、自立していきます。子どもの頃は誰かに養育されなければ生きていけません。十分に甘えを満たされたあとに、だんだんと自立していくのですが、この依存時期に「甘えるな」とか叱られた経験を持ったり、何か傷ついた経験があればある程、甘えてはいけないんだという思いが強くなり、超自立になったりするそうです。その結果、人との親密感とは程遠い位置に自分を置くようになります。

でも1人でやっていると、必ず行き詰ったり孤独感を感じる場面がやってくるのですが、そんなときに口が裂けても『助けてほしい』が言えないんですね。「どうせ誰にもわかってもらえない」とか、「助けてって言ったら迷惑だろうな」とか、「助けてって言うことは負けた感じがする」とか思ってしまうのかもしれませんし、何か子どもの頃の怖れが出てくるのかもしれません。

人に頼るのが怖いのでしょう。
この怖れにのまれてしまい、結局誰にも頼らずに1人で頑張るんだけど、また同じ壁にぶつかる…。そしてバーンアウト(燃え尽き症候群)してしまって、生きていることが本当に辛い状況に陥ることもあるのです。

特に子育て中の方は、この「助けてほしい」が言えるかどうかで、子どもの命がかかっていると言っても過言ではないと思います。
母の本当の強さは、「助けてほしい」が言えるかどうかです。だって、自分一人ではどうにもならないことが世の中や子育て中にはたくさん出てくるからです。

勇気を出して「助けてほしい」と言ってみましょう。
人に子どもを託すことも、子育て中には必要なことかもしれませんね。

以前住んでいたご近所の○さんのお話です。

小学生から幼児までの3人のお子さんを持つAさんは、人付き合いが苦手なママさんでした。ある日、幼稚園の息子がお友達とトラブルになり、相手の親御さんに自分の子育てのことで意見されたそうです。
○さんは自分の考えがあってのことだったのですが、それを伝えることができずに毎日悶々としながら息子を幼稚園に通わせていたそうですが、結局、3か月後に幼稚園を退園したそうです。
数か月後、「ここなら伸び伸びできる」と見つけた幼稚園に移園しましたが、やはり子ども間のトラブルはなくならないもので、また相手の親御さんとお話をすることになり、憂鬱な日々は無くならなかったそうです。

○さんの壁は、「人間関係の壁」だったのですが、それは、「自分の考えや思いを相手に伝え、理解してもらう努力をすること」だったのです。「どうせ言っても無駄。私の気持ちなんかわかってくれない。わかってくれなくてもいいや」になってしまって、相手と心を通わすことや共感すること、共感されることを自ら拒否していたのです。
そうするとどうなるか?というと、”相手も同じように、自分を拒否しているような態度に感じてしまう”のです。

相手にされていたことは、実は自分が以前から発信していた見えないバリアのせいだったのかもしれません。
そのバリアを破いてくれようとしている相手が、実は壁になってくれている相手であって、そこから逃げてもまた同じような人が必ず現れるということなのでしょう。

その壁を乗り越えることができればもう同じ壁は現れないのだけれど、今度は違う壁が現れます。でも、壁を乗り越えた自信ができれば、次の壁は以前の壁よりも乗り越えやすくなるものです。

ですから、最初の壁をどう乗り越えたかが人生の課題なのですね。

人生で壁にぶつかったときどう出るかで、自分の今後の行先が決まるのかもしれないのです。壁を回避する道もありますが、別の道へ進む前に本当に壁を越えることができないのか、よく考えることが大切です。壁を乗り越えなければ、いずれまた同じ壁にぶつかります。

人生には、似たような壁がたくさんあります。
逃げて一時的に楽になっても、しばらくすれば、また同じ苦しみがやってきます。
いま一度、立ち止まって考えてみましょう。

なぜ、その壁が、今、自分の目の前にあるのか”です。
実は、神様があなたに成長してほしいから、用意された壁なのです。
神様は、人に強くなってもらおうと、ときどき壁を与えるそうですよ。
それも、タイミングよく、最適なものを、ピンポイントで与えてくれます。

障害物という壁です。
神様は人に、乗り越えられない試練は与えません。
勇気を出したり、知恵を振り絞ったりすれば、乗り越えられるはずです。

人から言われたりされたりしたことばかり考えてしまうものですが、実は「自分の捉え方や考え方の問題」ということなのです。

逃げるのは簡単ですが、何とかして乗り越えられないか、全力で考えてみましょう。
自分一人でできなければ、友達と協力してもいいでしょう。
少しタイミングをずらせば、何とかなるかもしれません。

人生とは、壁を壊すためにあるとも言えます。

今、目の前にある壁は、自分そのものです。
自分という壁を壊して、自分を乗り越えるチャンスなのですね。

ピンチはチャンスとも言います。
あなたの人生の最初の壁を乗り越えられるよう祈っています。

武道や禅の教えとして有名な『守・破・離(しゅはり)』というものがあります。
「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。「破」は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階のこと。

例えば、スポーツ。
ゴルフやテニス、野球が上手くなりたいと思ったら、何万回も素振りをするでしょう。基本を繰り返すことで正しいフォームが体に染み込みます。
そして、もっと上手くなりたいと思ったら、プロ選手のフォームを繰り返し見て、自分でやってみるというように基本という土台の上にいろんなテクニックを学びます。

このように物事が上達するための教えを『守・破・離(しゅ・は・り)』というそうです。


初めの段階では、指導者の基本の教えをときかくきっちり守ります。
スポーツでは、コーチの教え通りに真似をして、無意識でもできるまで徹底的に体にたたき込みます。


基本をマスターしたら、次の段階は指導者の教えをただひたすら守るだけではなく少し破ってみます。つまり、自分独自に工夫してアレンジしてみる。指導者にはないやり方を試してみるのです。そして、徐々にいろんな場面で使える方法を取り込み、自分のものにしていきます。


最後に指導者の教えから離れて、自分自身で工夫し体得したものをさらに発展させます。自分独自の技なり世界を創っていくという段階です。


どの道にも、昔から受け継がれてきた基本形というものがあります。それが『』です。武道、書道、茶、音楽、能、歌舞など、これらは長い時間を経てつくられた型ですから、無駄がなく洗練されています。ですから、初めのうちは、繰り返し繰り返し、基本の稽古をしなくてはなりません。
この基本形の型が土台となり、その上に初めて個性というものが発揮されるのだと思います。


守・破・離の教えは、仕事にも生きています。

入社したての頃は、先輩や指導者の教えをひたすら守ります。
仕事の基本をたたき込まれるのです。この段階で辞めてしまう人が多いのですが、それでは仕事で自分の個性を発揮することはできません。ひたすら覚えて、自分の体に仕事の基本を染み込ませます。これが『』です。

次に基本ができてきたら、どうやったら仕事がやりやすくなるか、目標を達成させられるかを自分なりに考えます。「教えられたこと+α」を創りあげ、自分のものにします。これが『』です。

仕事が順調に行き始めたら、周りの信頼も増すでしょう。そうなると責任ある仕事を任せてもらえるようになっていきます。お店だったら支店の店長に昇格するかもしれません。これまでの仕事の基本をきっちりやって、それなりの成績を残している人だったら、周りの人がほっておくはずがないです。これが『』です。


いくら自分が成功したからとて、恩師とその教えがなかったら今の自分はありません。
どんなに偉くなっても、社長になっても、初心と謙虚な気持ちは忘れない。
自分が生かされていることに感謝することが大事だと思います。

この『守・破・離』を実行できる人とは、素直な気持ちを持っている人です。
素直さが一番の成功のカギとなるのだと思います。

保育所保育指針と同じく、学習指導要領も10年に一度改訂になります。

驚いたことに、平成30年度に改定される学習指導要領改訂の背景には、
「人口知能が進化して、人間が活躍できる職業はなくなるのではないか」
「今学校で教えていることは、時代が変化したら通用しなくなるのではないか」
という懸念があるようです。

今、様々な分野で言われていることですが、将来は人工知能により仕事が半減すると言われています。
オックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」をみると、金融機関や医療現場など資格や技術が必要な職業もあります。職人の仕事も無くなる可能性があります。これからは知能だけでなく、人間がやっていた繊細な技術もコンピューターがやってくれるということなのでしょう。
親からすると、高い教育費を払って塾や大学に行かせても安泰ではないということですね。

私が感じたことは、時代はどんどん進化している反面、アナログ的な人間的性やたくましさが重要になっていくような気がしています。
例えば、自分で考えて行動することや、目標に向かってコツコツと積み上げていく努力、人とのコミュニケーション能力、判断力、理解力、協調性などの適応力等です。今の時代に何が必要かを判断し、今までのやり方を柔軟に変化させて対応できる能力が要求される時代に入っているのだと思います。

そのような「生きていく力」を今度の学習指導要領では、さらに大きく打ち出しているのではないでしょうか。

今までにも何度も取り上げてきましたが、やはり”人格形成”が大きなカギを握ります。人格とは、一言でいうと”温かい心を持った人”のことです。幼児期に心を育てることがこれから益々重要課題になっていくことでしょう。

就学前に乳幼児期の教育保育の質を向上させることが、私たち保育者・教育者はもっと力を入れて取り組まなければならない課題なのです。

家庭教育においても、ただ単に受験だけを目標にするのではなく、
子どもの心の土台を育てられるよう温かく支えてほしいなと思います。

エンカレッジ・ステーションが経営する保育園では、毎月園内研修を行っています。
一昨日は、第5回ありんこ保育研究会が、ありんこ親子保育園で行われました。
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【内容】
1.研修報告「M保育所研修」
2.講義「日々の保育実践から写真で伝える子どもの育ちと保育者の思い」
3.講義&ディスカッション「乳幼児期の食物アレルギー理解と対応」
4.講義「子ども理解について」

今回の出席者は、17名でした。
私は、子ども理解について講義しました。
保育者が持っている”保育観”の違いについて気になったので、
今日は、「保育観とは何か?」についてもう少し詳しく取り上げてみたいと思います。

保育観とは?
「子どもたちを保育するうえで、どのように関わり、対応し、教育していくことが良いのか」と保育士が考える価値観のことです。保育士を目指すときに「どんな保育をしたいと思っていますか?」「どんな先生になりたいと思って、どのように子ども達と関わっていきたいと思いますか?」という問いかけをされた際に、自分の思い描く保育の理想こそが、保育観の根底となっています。

保育観の違いとは?
人それぞれいろんな性格の保育士がいます。育ってきた環境も出会ってきた人も違うのでみんな個性的です。 性格がそれぞれ違うことと同じように保育観もみんなそれぞれ違います。例えば「子どもたちがのびのび心から楽しめるような保育をしたい」という先生もいれば「時間を守りしっかり自分のまわりのことをできるような保育をしたい」という先生もいますね。これが保育観の違いです。

保育士が就職するときに、園の方針と自分の保育観が違っていたら、後で苦労することになります。よく「伸び伸び系の園」と「お勉強系の園」などと言いますが、自分は伸び伸びした保育がしたいと思っていたのに、躾や学習を重視する園に就職したら、やはりやりたい保育はできないでしょう。

ですから、ありんこ親子保育園でも保育者を面接する場合には、「どんな保育をしたいですか?」というように、その人の保育観を確かめています。それでも、保育観や価値観は人によって違っています。だから、園内研修やミーティングなどで園の方針や保育観を確かめる必要があるわけです。子ども達も、保育観の違う保育者がいると混乱してしまいます。
そのようなことがないように、どんな保育をやっているのかを写真やビデオで確認しながら園の方針に従って保育することが大切なのだと思います。

まずは、園内研修でやることは、保育方針や理念の確認です。
これからも、自園の保育者全員がチームワークを良くし、同じ保育観を持って保育していくよう指導していきたいと思います。

平成30年度改定予定の「保育所保育指針」では「5領域」に加え、幼児期の終わりまでに育ってほしい10の項目が追加されるそうです。

それは、
・健康な心と体
・自立心
・協同性
・道徳性・規範意識の芽生え
・社会生活との関わり
・思考力の芽生え
・自然との関わり・生命尊重
・数量・図形、文字等への関心・感覚
・言葉による伝え合い
・豊かな感性と表現 
※「幼児期の教育と小学校教育の円滑な持続の在り方について(報告)」(平成22年11月111日)に基づく整理。

これを見て、どんな子どもを連想するでしょうか?

学校教育が打ち出している「生きる力」に結び付いたものであることは確かですが、私はこの10の力は、自分の人生を切り開くための”試練を乗り越える力”のような気がしています。

健康な心と体であることが基本で、その上で自立であったり、思考であったり、表現であったり…。自分で考えて行動できる人間の育成が乳幼児期から求められているのではないでしょうか。

それはなぜか?

それは、社会が求めている人材だからです。

社会人基礎力」(3つの能力と12の能力要素)というものがあります。
・前に踏み出す力(アクション)
 主体性…物事に進んで取り組む力
 働きかけ力…他人に働きかけ巻き込む力
 行動力…目的を設定し確実に行動する力

・考え抜く力(シンキング)
 課題発見力…現状を分析し目的や課題を明らかにする力
 計画力…課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
 創造力…新しい価値を見出す力

・チームで働く力(チームワーク)
 発信力…自分の意見をわかりやすく伝える力
 傾聴力…相手の意見を丁寧に聴く力
 柔軟性…意見の違いや立場の違いを理解する力
 情報把握力…自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力
 規律性…社会のルールや人との約束を守る力
 ストレスコントロール力…ストレスの発生源に対応する力

21世紀型能力
21世紀型能力とは、「生きる力」としての知・徳・体を構成する資質・能力から、教科・領域横断的に学習することが求められる能力を資質・能力として抽出し、これまで日本の学校教育が培ってきた資質・能力を踏まえつつ、それらを「基礎」「思考」「実践」の観点で再構成した日本型資質・能力の枠組みである。(国立教育政策研究所)

このような人材が求められている現代社会なのです。
要するに、社会人になって求められる人材に育てようと思ったら大変なことであるから、できれば乳幼児期に育てておいてほしい、という訳です。

ということは、保育所は保育をするだけの場所ではありませんよ、ということです。
保育所保育指針の第一章 総則の2「保育所の役割」中には、次のように書かれています。
「(二)保育所は、その目的を達成するために、保育に関する専門性を有する職員が、家庭との緊密な連携の下に、子どもの状況や発達過程を踏まえ、保育所における環境を通して、養護及び教育を一体的に行うことを特性としている」

つまり、”養護と教育は一体的に行うもの”なのです。
よく、養護は保育所、教育は幼稚園と思われているようですが、そうではありません。
保育所は養護と教育を一体的に行うのですから、保育所は教育を行う場所でもあるのです。

教育と言っても、小学校教育とは違います。
たくさんプリントをやったり、文字や数を教えることではなく、幼児教育は「遊びながら学ぶ」ことです。

砂と土では、手触りや固まり方や匂いまで違います。
子ども達は、触って、丸めて、乾燥させたりして遊びながら違いを学んでいます。
どうして砂はサラサラしているの?
どうして土はドロドロするの?
と考えたり、思いついたことを行動してみたりすることで、体験学習をしているのです。
これが、幼児期の遊びながら学ぶことで、幼児期にはもっとも必要な体験学習なのです。

このように、乳幼児期にたくさん遊んで学んだ子どもは、小学生になってからの意欲や認知能力に差が出るのだと思います。学校教育は試練の連続です。勉強についていけない子は、劣等感を味わうからです。

私は、乳幼児期にたくさん試練を乗り越える経験をした方がいいと思っています。
すぐに親が助けてあげるのではなく、自分で考えて行動できるようにしておくことが大切です。

いつかは、子どもは親元から離れて自立していかなくてはならないのですが、その時期が来たら誰でも自立できるわけでないと知らなければなりません。
自立心は育てていくものです。
自立がすんなりできる親子になっていくことが、将来の子どもの幸せのためには必要なことなのです。そのためには、親の方も子離れをするように、子どもと共に育っていかなければなりませんね。

その準備段階として、保育所があるということも知ってほしいなと思います。

子ども達が、試練を乗り越えられる力を育てていけるように、
これからも親子さんたちを温かく見守っていきたいなと思います。

掃除は繁盛のもと

お客様への周到な心くばりは、
店の整頓、掃除にもおのずとあらわれる。
いつもきれいに掃除されている店は、
お客様への気くばりも行き届き繁盛している。
日々の整理整頓、掃除を大事にしたい。


~松下幸之助 『お客様大事』より~


私が神学を学んでいた20代の頃、一番初めに教わったことは、‘何事も掃除から‘というものでした。まずは掃除の仕方を徹底的に教わりました。朝夕、広い拝殿の大広間や縁側を雑巾で何度も乾拭きし、無垢材の床が光るまで磨きました。

その後に経営を学んだ時も、‘商売は環境整備から‘ということを教わりました。
掃除や環境整備は、そこにいる人の心を整えるための基本中の基本なのです。


繁盛している店や会社で、経営者自ら掃除をする姿をテレビなどで紹介しているのを観たことがあります。成功している社長さんは、自ら会社の玄関を掃除して環境を整備しています。それが基本で、大切な仕事だということも知っているのです。

先日、保育所長の研修会で、「所長の役割」について議論しましたが、所長の役目で意見が多かったのは、ビジョンを語ることやリーダーシップ、人事、職員理解等でした。
でも、私は一人だけグループで違う意見だったのですが、却下されました。
それは、環境構成やお金の管理。
却下された理由は、それは別の人でもできるからだそうです。

確かに、リーダーシップやビジョンを語ることは大切なのですが、リーダーだからこそ細かいところを常に気にしてみなければならないのではないかと思うのです。リーダーがいくら理想を語ったところで、整備されていない環境では何も始まりません。
リーダーが一番初めにやらなければならない仕事は、環境を整えることではないでしょうか。

私は休日などに時間が空くと、弊社が経営する保育園や隣接している学童保育施設の周りの草刈りやペンキ塗りなどの環境整備を行っています。通りに面しているので、行き交う車の中から見られているみたいで、時々、「お休みの日もお仕事をされているんですね。大変ですね」とお声をかけていただくことがあります。

どうも、掃除や環境整備というと‘ご苦労様‘と思われているようですが、これは私がやりたくてやっている大事な仕事なので、大変とか苦労とか思ったことはありません。それどころか、きれいになっていくと気持ちが良くなって、もっとやりたくなります。掃除は、やる人もそこにいる人も、心をきれいにしてくれるものなのだと思います。

「なんで私が掃除なんてやらなければならないの」と不平不満の心で、大変だ、苦労だと思いながらやっていると、掃除も心遣いが感じられない中途半端な出来で終わってしまいます。掃除にも出来栄えがあるのです。

企業に話を戻すと、
社長の姿を社員が見ています。
親の姿を子どもが見ているのと同じです。

社長の背中を見て社員が育つのですから、「掃除をやれ」と言わなくても、社長自ら掃除を行っていれば、黙っていてもちゃんと気づいてやってくれるものです。社長は表に出るのも仕事ですが、普段は縁の下の力持ちでいいのではないかと思います。

私は、経営で一番大切なことは、
経営につながる‘道徳心‘を持つことだと思っています。

人に喜ばれる生き方をすることが、幸せな人生をつくる方法ではないでしょうか。
人の役に立ち、人が喜んでくれる生き方をすることで、それを見て育った子どもたちもまた、親と同じように人の役に立つ生き方を身につけ、末代まで繁栄させることができるのだと思います。

経営では、お客様が喜んでくれること、世の中の役に立つ事業を心がけることが使命です。社員一人ひとりが経営につながる道徳心を持ってお客様や世の中の役に立ち、感謝の心を現すことで、品性資本を培うことができるのです。

そのためには、真心を持って気持ちよく出迎えて差し上げること。
それが、経営を行う者の大切な役目ではないかと思っています。

イソップ寓話の中に「キツネと葡萄」というお話があります。

一匹のキツネが高い枝にある美味しそうな葡萄を取ろうと、何度も飛び上がるがいくらやってもあともう少しのところで葡萄には届かない。何度も繰り返しやってみたが、キツネは結局葡萄を取るのを諦めた。そして、最後に葡萄を見上げてこう言った。「あの葡萄は熟していないに違いない」


このキツネと同じように、私たちは自分の思い通りにならなかった時、心の中で『認知的不協和』が起こり、それを自分の都合のいい理屈で中和させようとするそうです。
つまり、葡萄を取れないという事実を「熟していない」「スッパイ」という違う理由を探してごまかしてしまうというわけです。このキツネのような考え方に偏ってしまっていると、正しい判断ができなくなってしまうかもしれません。

こんな報告もありました。
1950年代に、「タバコと肺がんには因果関係があるか?」という質問を心理学者フェスティンガーが行いました。タバコを吸わない人ほど「因果関係がある」と答え、タバコを吸う人ほど「因果関係はない。タバコが肺がんを起こすわけがない」と因果関係を認めない傾向が強くなることがわかったそうです。

認知的不協和というバイアスが、人間の心に存在することがわかりました。

バイアスとは、
もともとは「布目に対して斜めに裁断した布地」あるいは「縫い目、裁ち目の斜め線」という意味で、直線的なものを斜めに分けるという心象から、心理学的には「偏見、先入観」という意味で用いられています。
「認識上の錯覚」とも言われます。思い込みによって自分自身を合理的な行動から逸脱させてしまうこともあります。一般的に人間はさまざまなバイアスの存在を認識することができても、それをなかなか取り除くことができないと言われています。

自分の都合の悪い情報に対して、「認めたくない」という心理になると心にバイアスがかかってしまい、根拠なき思い込みによって錯覚を起こしてしまい、物事を素直に正しく見ることができなくなってしまうのです。
これは、自分自身の認めたくない心理によって、自分が動かされているということなのです。

自分に「バイアスがかかっている?」と思ったら、視点を変えてみてみましょう。
違う角度から見てみると、正しい全体像がわかるかもしれません。

そして、何事も素直さを持って、とらわれない心が大切ですね。

2月8~10日(3日間)東京・大崎ブライトコアホールにて、日本保育協会主催の初任保育所長等研修会が行われました。
全国から600名以上の応募があったそうですが、今回は295名の参加人数でした。

研修科目
1、保育・子ども政策の動向
2、保育者の対応と支援
3、地域に開かれた保育所づくり
4、保育所等のリスクマネジメント
5、乳幼児期の教育・保育
6、保育所等の組織マネジメント

政策・制度について
今後は、保育士の処遇改善と保育所の「質の向上」を目指していくようです。
 ◎職員給与の改善(+2%)
 ◎1歳児の職員配置を改善(6;1→5:1)
 ◎3歳児の職員配置を改善(20:1→15:1)
 ◎4~5歳児の職員配置を改善(30:1→25:1)
他にも、園内外での研修を行っている園には加算される等、新規に加算が追加になるそうです。今後は、保育士の更なる処遇改善やキャリアパスの構築を含め、総合的な対策を実施されます。

保育士等のキャリアアップの仕組みができます。
★新規:キャリアアップ研修の創設
以下の分野別に研修を体系化
【研修分野】
 ① 乳児保育
 ② 幼児教育
 ③ 障害児保育
 ④ 保育衛生・安全対策
 ⑤ 食事・アレルギー
 ⑥ 保育者支援・子育て支援
 ⑦ 保育実践
 ⑧ マネジメント
※研修の主体:都道府県
※研修修了者の効力:全国で有効
※研修修了者が離職後再就職する場合:以前の研修終了の効力は引き続き有効

≪保育士等の研修終了者に開かれた道≫
★新規:副主任保育士 (ライン職)
【要件】
 ア、経験年数概ね7年以上
 イ、職務分野別リーダーを経験
 ウ、マネジメント+3つ以上の分野の研修を修了
 エ、副主任保育士としての発令

★新規:専門リーダー (スタッフ職)
【要件】
 ア、経験年数概ね7年以上
 イ、職務分野別リーダーを経験
 ウ、4つ以上の分野の研修を修了
 エ、専門リーダーとしての発令

以上は、月額4万円の処遇改善(園長・主任保育士を除く保育士等全体の概ね1/3)

★新規:専門職分野別リーダー
【要件】
 ア、経験年数概ね3年以上
 イ、担当する職務分野(①~⑥)の件sにゅを終了
 ウ、終了した研修分野に係る職務分野別リーダー ※としての発令
※乳児保育リーダー、食育・アレルギーリーダー 等
※同一分野について複数の職員に発令することも可能

以上は、月額5千円の処遇改善

このほか、更なる「質の向上」の一環として、全職員に対して2%(月額6千円程度)の処遇改善を実施する予定だそうです。

月額4万円の処遇については、保育園等の判断で、技術・経験・勤務態度等を有する職員(園長を除く)に配分することができる。
ただし、月額4万円の対象者を一定数確保。等…。


今後の流れとしては、「保育の質の向上」のための保育士への処遇改善制度ができることになると思いますが、法案が通る時期はまだわかりません。それに国から県へ通達がされても、各県の政策の中に入ってくるのかはわかりません。
しかしながら、すでに東京都では月額4万円の補助が出ていることから、東京近辺の県から保育士が都内に流れている実態がありますので、今後は東京近辺の県でも保育士の処遇改善を迫られるのではないかと思われます。


当園では、すでに園内外研修を実施し、保育の質の向上に努めている実績があります。

今後は益々、保育の仕事をしながら学べる環境が充実してきますし、それに伴い研修によって知識や技術が習得されて、保育現場で活用しながら技術を磨いていけます。そうしながら、自分自身のキャリアアップができる制度が、今まさに出来つつあります。

保育士免許をとってしまえばいいということではなく、保育の現場で働きながら学び、園内外の研修で知識や技術を身につけるよう
各自、努力と自己研鑚をしていくことが望まれているのでしょう。

努力する人に、その努力がちゃんと認められる保育園になっていかれるよう、
私も保育士の皆さんの学びのために努力していきたいと思います。


【お知らせ】
☆H29年度入園ご希望の方へ
H29年度 ありんこ親子保育園は認可保育園としてスタートする予定です。
現在、大網白里市では、H29年度認可保育園の二次募集を行っています。
3歳児以上に空きがありますので、ご希望の方は大網白里市子育て支援課までお問い合わせください。

☆パート保育士募集中!
H29年4月より、ありんこ親子保育園で働ける保育士を募集しています。
 ◎勤務地:大網白里市みずほ台2-10-16
 ◎勤務時間:7:30~19:00(シフト制)
 ◎園児定員:34名
  ・早朝・延長できる方優遇!
  ・週1~2日からでもOK!
  ・研修あり
子育て中でも働きやすい職場です。

詳しくは、ありんこ親子保育園0475-53-3509までお問い合わせください。

人のことが気になり始めたら、自分が見えなくなった証拠ですね。
人のことを言えばいうほど、自分の居場所がなくなってしまいます。

だれも人の不平不満を聞きたいとは思いませんから、人のことばかり言う人の話は、それを聞いた人が不快になります。すると、だんだんと人が近づかなくなって、結局、自分の居場所がなくなってしまい孤独になっていくのでしょう。

若い頃は元気で体が動くけれど、歳をとって体が動かなくなったらどうなるのかな?


今、お年寄りの独居・孤独死が増えているそうです。
色んな理由があるのでしょうが、介護の現場にいる方から
「若いころからの生き方が、老後になって出てくる」
とお聞きしました。
娘や息子が親を引き取らないのだそうです。

娘や息子さんたちに話を聞くと、
「あの人(自分の親のこと)は、今まで散々自分勝手に生きた人ですから」
と言うのだそうです。
ひどい時には、「無縁仏でも何でもしてください」と言う人もいるとか…。
自分の子どもにこんなことを言われる親の人生って何だったのか、と思ってしまいます。

損得勘定、自分勝手、見栄、プライドが高い、頑固、思いやりがない、生活が不安定、生活習慣の乱れなど、自分では気が付かないうちに、知らず知らずこのような生き方をしているそうです。

若いころからの心遣いや生き方って、とても大切なんですね。


自分は、何を勉強しなければならいのか?
価値観や考え方、生活習慣の見直し、心遣い…。
一生勉強ですね。

そして、私が一番大切だと思うことは、仲間をつくることだと思います。
心が通い合う、信頼できる仲間がいることが喜びであり、共に目標に向かっているときが、人生で一番充実していて至福の時でしょう。

‘同じ釜の飯‘仲間の存在は、一生の宝です。

歳をとっても、楽しい人生でありたい。
この話を通して、老後の心の余裕は若い頃からの生き方で左右されるものだな、と思いました。


最近、保育園に入園してきた3歳児さん。
入園初日から聞き分けが良く、園生活も楽しそうに過ごしていました。
お家では妹なので、上の子をよく見ていたのでしょう。
お母さんはすんなりと離れてくれたと安堵したご様子でした。

それが一変して…。
節分の鬼が出た日から大泣きが始まり、
イヤイヤが言えるようになりました。

一見すると、泣くことは悪いことのように思えますが、
私たち保育者は、「やっと泣けたね」と安心した部分があるんですね。

あまり聞き分けがよいと、「大丈夫かな?」「自分を抑えていないかな?」と
ちょっと心配になったりします。

だから、保育園で泣けるというのは良いことなのです。


また、ある日の子育て支援センターでの出来事。

イヤイヤ期の2歳児が自分の思い通りにならなくて、大泣き。
別の2歳児は、おもちゃのとりあいになっていました。

別の日は、今度はもうすぐ2歳の子が帰りたくないと玄関で大泣き。
お母さんは、お昼ご飯を食べさせる時間だから抱えて帰って行かれましたが、
まだ遊び足りなかったのでしょう、お昼ご飯を食べさせたら戻ってこられました。

泣かなくても、泣いても、心配ですね。
皆さん、初めての子育ての壁に苦戦している様子…。

2歳から3歳というのは、”魔の2歳児”と言われ、イヤイヤ期や反抗期の時期で、親御さんたちは苦労されていることと思います。周りに気を使い過ぎたり、ご主人や家族から「泣かせるな」等のことを言われたり、「泣かせたらいけない」と本気で思っている方もいるようです。

泣かせないように子どもの言うとおりやってあげる育て方をしていると、
子どもが思い通りにならなかったらやってくれともっと泣きます。

イヤイヤ期の子育ては、親の方もとてもイライラしますし、心に余裕がなくなって、心身症などを引き起こしたりする親御さんもいらっしゃいます。そうならないためにも、2歳のイヤイヤが始まったら、子育てのシフトチェンジをする時期だと思ってくださいね。

泣かせないように、ではなく、泣いても大丈夫。
泣きたいだけ泣いたらいいし、子どもに振り回されなくてもいいのです。
子どもはどこかで泣くものです。
危険がなければ、少し様子を見てほっといてもいいと思います。
言葉が出るようになれば、イヤイヤは落ち着いてきます。

反抗期も大変ですが、子どもの言動を真に受けないということも大切です。
「ママきらい!」と言われて落ち込む気持ちもわかりますが、これは親を試す行為だと言われています。キライと言っても大丈夫だから言う訳で、虐待児は親に悪口は言わないという報告もあります。
キライも好きのうちです。
キライと言われて本気で落ち込まないこと。
「ママはそれでも○○ちゃんのこと大好きよ」と言われることを期待しているのかもしれませんね。

しかし、4~5歳になっても親を振り回す言動をしていたら、反抗期とは違います。
今までの子育てを振り返ってみた方がいいサインかもしれません。


子どもは日々成長しています。
いつまでも赤ちゃんではないのです。
2歳になったら赤ちゃん扱いはやめにして、
親の方も子どもと共に成長していかなくてはなりませんね。

子どもの年齢=親歴 です。
幼児の親御さんは、まだまだ親歴が浅い。
経験していないことがたくさんあると思って、子育てを勉強してくださいね。

我が子の子育ては、知識だけでは当てはまらないことが多々あるものです。
実体験を経験した先輩たちの話は、時として”良薬口に苦し”で、耳が痛い話もありますが、
後々になれば、「あの時、言ってもらって助かった」ということもあります。
素直に話が聞ける人は、周りの人が支えになり助けてくれますよ。

今は大変でしょうが、将来はきっとこの経験が役に立つ日が来ます。
親も子も試練を乗り越えてこそ、”親子の絆”が築かれていくのですから。

皆さんの子育てを応援しています。

アレもコレもほしがるなよ  
~相田みつを~

アレもほしい、コレもほしいと言っていると、
結局は何も手に入らない。

‘二兎追うものは一兎をも得ず‘ともいう。


うまくいかなくなったら、アレもコレもほしがっていないか?
今の自分の姿を見つめなおすといいですね。
人間、欲が先に出るとうまくいかなくなるものです。

思い描く理想の姿に近づけないのは、純粋な気持ちを見失うからで、
人生は、自分と矛盾との戦いのようなものかもしれません。



持たない、求めない、こだわらない

将来に対して、ああなればいいのに、こうなればいいのにと期待を持たない。
人に対して、ああしてほしい、こうしてほしいと求めない。
物事に対して、こうでなければならないとこだわらない。

たくさんのモノを持っている人は、いざというときその手を使えない。
何も持たない人は、ここぞというときにチャンスをつかむことができる。

うまくいく人と、うまくいかない人の違いは、
心が自由か、心が縛られているかの違いなのだ。

心が自由というは、しがらみから心を解き放つことができること。
心の自由を取り戻すことができたら、人は輝いてくる。
その輝きは、周りを明るくする。
人は、そんな明るい人に近づきたくなり、
自分に必要なものを持ってきてくれる。

心が縛られている人は陰りがある。
暗い方へは行きたくないもの。
人も運も逃げていく。

だから、
アレもコレもほしがるなよ。

よく、子育て本に「ほめて育てましょう」って書いてありますね。
あれって嘘じゃないんだけど、いつどこでほめたらいいかなんて書いてないですね。
時々、所かまわず我が子をほめる親御さんを見かけます。

「○○ちゃん、おりこうさんね~」
「よくできたね~」
「いいこね~」
「えらいね~」

と、他人が我が子を誉めてくれるのは構いませんが、自分の子どもを人前でほめる方がいらっしゃるようです。
私は、我が子をほめるときは、うちへ帰ってからにしていました。

人前で子どもを大きい声で怒るのもそうですが、大げさにほめるのも周りで見ている方は、あまり気持ちのいいものではないからです。いつでもどこでもほめればいいか、ということではありません。子どもにも、‘場をわきまえる‘ということを身につけさせたいなと思っています。

私の遠い親戚で、いつも人前で我が子だけをほめていたおばさんがいました。
私が小学生の頃、法事などで親戚が集まる場所に行くとそのおばさんは、「この子は、とっても○○をするのが上手なの」「やさしい子。いい子」と、私や弟やよその家の子どもがいても、我が子だけをほめていました。
それは、我が子が40代になっても同じで、孫ができたら自分の孫だけをほめていました。
その結果、娘も孫もわがままに育ったようで、久しぶりに会うと「まったく、自分のことしか考えていないんだから。我がままで困る」と、孫や娘の愚痴をこぼすようになりました。一番困っているのはほめて育てたおばさんのようです。

ほめ方にもいろいろありますが、おだてがきく年齢は、正直言って小学2年生まで。
3・4年生になると、おだてがきかなくなってきます。

時々、高学年や中学生になっても、「えらいね。いい子ね」というようなほめ方をするお母さんがいますが、「もう幼児じゃないんだから…」と、内心思ってしまいます。

9歳をすぎたら、ほめておだてるより『認める』ことを増やしましょう。

小学2年生の後半から3年生くらいというのは、「9歳の壁」や「ギャングエイジ」の時期。親の思うようにはいかないことが多くなります。
男の子も女の子も、それまでとは違う自己主張をしてくるからです。
ほめておだては見透かされてしまったり、反抗的になってきます。

親も子どもに合わせて、『子育てのシフトチェンジ』をする時期ですね。

子どもに問題が出始めたら、子育てを見直すチャンスです。
 ・わがままになってきた
 ・言葉が悪くなった
 ・落ち着きがなく、集中力がない
 ・友達とよくケンカをする 
 ・学習の遅れが出てきた  
 ・整理整頓ができない  など…。

問題の程度にもよりますが、大きくなって軌道修正しようと思ってもなかなか難しい。
ほっといたために、中学になって取り返しのきかなくなった子どもさんもいます。

子育ての問題には、必ずそうなった原因があります。
問題が小さいうちに、自分の子育てを見直してみましょう。

普段、自分は子どもに対して、どんな『言葉かけ』をしているかを考えてみてください。「早くしなさい」「どうしてできないの」などの口癖なども気づきにくいところです。

また、ほめてばかりでも、怒ってばかりでも、口出し手出しが多くても、子どもは自立ができません。

ほめられてばかりの子は、ほめてもらわないと不安になる子と、わがままになる子にわかれます。

怒られてばかりの子は、「どうせ、ぼくはダメだ」とひねくれて反発する子と、自分を好きになれないで自信がない消極的な子にわかれます。

口出し・手出しされすぎている子は、やってもらうのが当たり前になって、自分からやろうとする意欲にかけてしまう子と、親と同じように口うるさい神経質な子にわかれます。

子育ては、途中で見直すことが大切で、軌道修正(やり方を変える)ことを何度か行うことも必要です。


もっと、『子どもを認める』ことに注力してみましょう。

大きくなったら、ほめられるより認められるほうが嬉しいときがあります。

「洗濯物たたんでくれたんだ、ありがとう」
「マラソン大会で、一生懸命にがんばっていたね」
「優しくれて嬉しいよ」
「笑顔がいいね」  など…。
                       
認められたら、「見てくれていたんだ」と思って、また頑張ろうという気持ちになります。わかってくれる人がいたら、裏切らないようにしようと心がけるようになるものです。

プラスのI(私)メッセージ(私は○○だと思う、というメッセージ)「お母さん(お父さん)は、嬉しいよ」「お手伝いしてくれて助かったわ。ありがとう」が秘訣です。

役に立つ喜びを覚えると、自分に自信がつき、自分が好きになります。
自分を認めてくれた人は、いつまでも大切な人として心に残るでしょう。

高学年になってから、抱っこはさせてもらえませんよ。
男の子ならなおさら、手をつないで歩くことさえできなくなります。
抱っこしてくっついてくれるのも、子どもが小さいうちの親の特権です。

でもね。
大きくなったら、子どもが自分から離れていくことを喜んでほしいのです。
親離れは自立のサインなのですから、親の方も順調に子離れしましょうね。

大きくなって、「もっと抱っこしておけばよかった」と後悔しないために、
小さいうちにたくさん子どもと触れ合って、
大きくなったら心のつながりを大切にして自信を持たせ、
成人したらすんなりと親元から巣立ってもらいたいな、と思います。

子育ての目標は、子どもの自立と自律(自分で生活できる。精神的に自律している)です。
強くたくましく生きていくために、自分を好きでいてもらいたい。
自分を信じて、人生にチャレンジしてもらいたい。

子どもの幸せのために、
全ての親御さんには、子どものいいところをたくさん認められる親であってほしいなと願っています。


今の私には、問題や課題がたくさんありますが、それを悩んだり、迷ったりすることはあまりありません。
でも、昔はそれなりに試練がありましたので、悩んだこともありました。
子育てで一番辛かった時期(30代の頃)に、臨床心理士のM先生から『悩みの種類分け』を教えてもらったことで、悩みがほとんどなくなっていったんですね。

それまでの私は、周りの人の問題に振り回されていました。
家族、子ども、ご近所、ママ友達など…。
その頃の悩みは、ほぼ自分以外の人の問題でした。

例えば、子どもの悩み。
・お友達とうまく遊べない
・忘れ物が多い
・人の話をきかない
などなど…。
「どうしたらいいんだろう…?」と親は我が事のように悩みます。

ママ友達との関係も、
・「気がのらないけど付き合いだから」と行きたくもないランチに付き合う
・相手にどう思われているか気になる
・意見が違っても、無理して合わせてしまう
などなど…。

悩んでいる本人にとっては、とても大きな問題になっているのです。

それを、『悩みの種類分け』します。
種類分けとは、これは誰の問題なのかを分けるということです。

・お友達とうまく遊べない⇒子どもの問題
・忘れ物が多い⇒子どもの問題
・人の話をきかない⇒子どもの問題
・「付き合いだから」と行きたくもないランチに付き合う⇒ママ友達の問題
・相手にどう思われているか気になる⇒ママ友達の問題
・意見が違っても、無理して合わせてしまう⇒ママ友達の問題

今、自分は何について悩んでいるのかを全部書きだしてみます。
そして、他にも「これは主人の問題、これは姑の問題、これは両親の問題」など、これは誰の問題なのかを書いてみます。

例えば、「相手にどう思われているか気になる」という悩みの場合、「相手がどう思うか」は相手の問題であって、自分の悩みではないということをわからなければなりませんね。

そうやって、悩みの種類分けをしていき、最終的に本来自分が悩まなければならないことを確認してみます。重い病気だとか、仕事がなく生活に困っているなど、本来の悩みを絞っていくことができます。
しかし、悩んでいるほとんどの人は本来の自分の悩みではなく、人のことで悩まされていることに気づくことでしょう。それが確認できただけでも、随分悩みがなくなるのではないでしょうか?

子どもの問題は、子育てを学ぶことで解消されることもあります。
人間関係の問題は、コミュニケーションスキルを学ぶことで回避できるでしょう。
悩むよりも問題を解決するためにはどうしたらいいかを考えることが必要です。

『問題』というテーマは、人間の考え方一つ。
悩みにもなるし、乗り越えられる力にもなる。

悩みになる人、ならない人の違いです。
同じ時間を費やすなら、前向きに進めるための思考を身につけることが大事なのかもしれませんね。

数年前のことです。
某学童保育の職員さん(50代女性)に、‘子どもとの距離‘について話をしたことがありました。

子どもが求めていないのに付き添うように肩を抱いたり、特に何もしていないのに「えらいね~」と頭をなでたり、勉強も付きっきりで寄り添って教えたりしていたからです。

「どうしていけないの?」と、思われる方もいらしゃるかもしれませんね。
子どもが可愛いから、可哀そうだからという理由でやりたくなるのですが、当の子どもはというと…引いているのです。あまり触られたくない子もいるということです。
大人が良かれと思ってやっていることも、実は子どもの気持ちを考えないで行っている‘自己満足行為‘なのかもしれません。

案の定、小学3年生の女の子が、「○○先生のほめ方はおかしい」と言っていました。
「なぜ?」と聞くと、
「ほめなくていいと思う」のだそうです。
なんでもかんでもほめればいいというものではない、と言いたいのでしょう。

反対に、「叱らないといけないところは叱ってくれない」とも言っていました。
それを「○○先生には言えない」そうです。
「だって、自分のためを思ってほめてくれたのだから、そんなことを言ったらいけない」と思っているそうです。
どっちが大人??? 子どもはよくわかっています。


どうも世間一般を見ると、40~50代世代で子育てをしている方に、子どもとの距離が近すぎる人が多い気がします。甘くて、ハードルが低すぎるのかもしれません。しかし、だからといって、子どもの意志を尊重はしているわけではなさそう…。

子どもから見ると、甘いんだけど、子どもの意見は聞かずに自分の考えを押し付けているように感じているのでしょう。それをわかっているから、親には本音を言わず、言うことを聞いているふりをしている子もいるようです。

以前、NPO法人と行政が会して話し合う場が、千葉県内で行われました。
『子どもの居場所づくり』という共通課題のもとに話し合いをしたのですが、あるNPO代表の方で、ちょっと気になった言葉がありました。
自信満々で意見をした60代と思われる男性の方は、「子どもは癒されたいと思っているから、居場所をつくってあげたい。だから協力してくれ」というのです。

それを聞いて私は、上から目線なことにびっくりしました。
子どもは癒されたいと思っているから居場所をつくればいい、というだけの問題ではないと思いました。それに自分が問題提起したことに対して、他力本願なことにまたまた驚きました。


本当に癒しの居場所をつくってあげれば、子どもはちゃんとした大人になれるのか?
何でも大人が与えてあげることがいいことなのか?
なければ自分で見つけ出したり、作ったりするのが生きる力なのではないか?

他人にないものばかりを求めるのではなく、なければどうすればいいかを自分で考えることが大切なのではないだろうか…?
まずは大人の方が、子どもに対しての考え方を改めなければならないように感じました。

大人が子どもに寄り添ってあげるのは必要なことですが、距離を考えてほしいなと思います。子どもはこれから訪れる長い人生を自分の足で歩んでいかなくてはならないのです。生きるための力を身につけることが教育であり、問題があれば自分で乗り越えることが人生体験なのだと思います。

子どもとは本来『育つ』ものです。
育つ力があるのですから、それを引き出してあげることが『育てる』ことだと思います。

子どもが「満足する」ことと、大人が考える「子どもが満足するだろうと思うこと」には違いがあります。本当に子どもが求めていることは、いつも傍にいて寄り添ってほしいこととは違うような気がしますが…。
本当にそのようなことを求めている子どもがいるとすれば、何らかの問題があるのだと思います。

子ども目線で大人を見てみたら、おかしなところがたくさん見えてくるのかもしれませんね。