上を見ればきりがない。下を見ても底がない。

と、子どもの頃に祖母に言われた記憶があります。
昭和40年代は、まだまだ家庭格差があったのかもしれません。

子どもの頃の我が家は8人家族。両親は共働きでしたが裕福ではありませんでした。
友達の家庭が旅行に行ったと聞けば、「いいな」と羨んでいました。

それを見た祖母は、「上を見ればきりがない」と言って、子どもの私に「うちよりも苦労している家もあるのだから、人を見て羨んではいけない」と諭したのでしょう。

上を見て羨み、今の自分を悲観して下を見ても、底無沼のようにどんどん落ちていくことになります。自分が置かれた立場を憂いだり、人を見て羨んだりすることなく、今自分が持っているものや周りの人に感謝して生きなければ罰が当たるよ、と言いたかったのかもしれません。

現代では、あまり聞かなくなった言葉です。

今でも時々、この言葉を思い出します。
自分よりもレベルが上の集団へ入っていったとき、自分は仕事ができない、頭が悪い、○○を持っていない、人脈がない、お金がないなど…。

上を見ればきりがないのに、自分よりも何かを持っている他人と比較して、自分を憂う人を時々お見かけします。

本当は、他人が持っていないものを自分はちゃんと持っているのに、自分で自分に格差をつけて、自分の方が下だと見ているから、自分の持っているものは大したものではないと憂いでいる。
でも、本当は自分が持っているものの方が、誰も持っていない貴重な体験や思考だったりします。ただ、表現することが下手なだけであって、できない、持っていない、というわけではないのです。

誰にでも、可能性はあります。
差がつくのは、自分の持っているものに気づき、活かせるか、ただその違いだけなのではないでしょうか。

失敗したり、上手くいかないとどうしても他人と自分を比較して、憂うという気持ちが湧いてきます。そんな時は、自分を責めるのではなく、一生懸命に頑張った自分を慰めてほしいなと思います。


過去を見て生きるよりも、これからどうするかに焦点を当てて進んでいく方が楽です。

過去は変えられないから、いくら考えてもしょうがない。
でも、過去の教訓を活かして、未来を変えていくことはできるはず。
ですから、過去に執着しないで、今の自分ができることを一歩一歩、確実に歩んでいくことの方が大切なのだと思います。

上を見ればきりがない…。
下を見ても底がないのです。

これが宿命なら、今の自分を受け入れて前に進むしかないのです。
人は人、自分は自分の人生なのですから。

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