私は子どもの頃、勉強が苦手で嫌いでした。
できないものだから親からきつく叱られ、ますます大嫌いになりました。

反対に、体育と図工は得意で、いつも皆の手本に選ばれていました。
できるものだから皆から誉められ、ますます大好きになりました。

その後、嫌いな勉強はあまり伸びませんでしたが、
好きな体育は、体操部の大会で3位になり、
好きな絵画は、展覧会で一席をとりました。

苦手なことを親がいくらきつく叱っても、子どもが素直に受けいれることはありません。厳しい言葉を受けいれるのは、『認める・誉める』が前提にあるからですね。

それには、できないところをきつく言うのではなく、
まずは、できたところや得意なところを認め、伸ばしてあげることです。


大人になって私は、得意な分野を追及していくことで、嫌いだった勉強をするようになりました。
わからないことや興味が出てきたことは、まるで乾いたスポンジが水を吸収するかのように、本を読みまくり知識を吸収していきました。
気がつけば、図書館一角の本を全て読んでいました。
20代後半になってから勉強することに目覚めたんですね。
そこで身につけた知識は、今でも頭の中に残っていて活かされています。

今は毎日、保育や福祉の勉強をしています。
わからなかったことや知らなかったことが、明確にわかるようになるのがこんなに楽しいことだなんて、子どもの頃に勉強する喜びを知っていれば、もっと違った人生になっていたのかなと思ったりしています。
今年は通信教育で1年間勉強して、資格取得を目指すのが目標です。


今になって思うことがあります。
人生は楽しむことが目的であって、苦しむことではない。
苦しいことをずっと我慢して人生を楽しめなかったら、せっかく生まれてきたのにもったいない、と…。

自分の得意なことを仕事にできたら、人から頑張れと言われなくても
自ら創意工夫して、結果として頑張ることができるのだと思います。

子どもは未知数の可能性があります。
どこで花が咲くかはわかりません。
花を咲かせるのは、子ども自身なのです。

親はその花を咲かせるために、お日様になり、水になり、時に土になりすればいい。
無理やり咲かせることは、誰にもできないのです。

子ども達が将来どんな花実をつけるのか、楽しみですね。

執着があると手に入らない

否定語より肯定語