毎年、初詣をしている成田山新勝寺ですが、今年は少し感じるところがあり、
成田山に興味を持ったので、調べてみました。

成田山新勝寺の御本尊不動明王は、真言宗の開祖、弘法大師空海が自ら一刀三礼(ひと彫りごとに三度礼拝する)の祈りをこめて敬刻開眼された御尊像だそうです。

お不動様について、感動した記事がありましたのでご紹介します。


お不動様はなぜ怒りのお姿なのか

不空三蔵訳『底哩三昧耶不動尊聖者念誦祕密法』巻上に、お不動さまは「極悪醜弊の身を示現する」と説かれています。確かに、お不動さまの忿怒の相(怒りの姿)は、目を見開き、口を歪ませ、怖ろしい顔つきです。本来の姿である大日如来の穏やかな顔つきと比べれば、お不動さまのお姿は「みにくい」もののように見えます。なぜお不動さまは、このような姿をとっておられるのでしょうか。
この「みにくい怒りの姿」こそが、お不動さまの大慈悲の心を表しているのです。私たち衆生は、自分の都合や欲望のために、しばしば怒ります。しかしお不動さまの怒りは、自分のための怒りではありません。私たち衆生を迷いや苦しみから救いたい、ただそのために怒りを示しておられます。
穏やかな表情で優しい言葉をかけるだけでは、相手を救えない。そうと分かっていても、怒りを示すことには勇気が要ります。誰であっても、みにくい怒りの姿を好きな相手に見せたくはありません。また、怒ることで愛する相手から嫌われてしまうことは、誰だって避けたいことですから。
たとえ嫌われるとしても相手を救いたい。救えるなら、救った相手から嫌われても憎まれても構わない。そのような慈悲の心と覚悟がなければ、みにくい怒りの姿をとることはできないのです。お不動さまのみにくさとは、どのような不安にも揺るがされることのない大慈悲心のあらわれに他なりません。
新年は、新しい自分を見つける一年の始まりです。お不動さまの前で手を合わせる時、新しい自分の中にお不動さまがいるか、慈悲の怒りをとれる自分となれるか、心を開いて想いを巡らせてみてください。 (2015年1月1日)

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~大本山成田山HPより~

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