数年前のことです。
某学童保育の職員さん(50代女性)に、‘子どもとの距離‘について話をしたことがありました。

子どもが求めていないのに付き添うように肩を抱いたり、特に何もしていないのに「えらいね~」と頭をなでたり、勉強も付きっきりで寄り添って教えたりしていたからです。

「どうしていけないの?」と、思われる方もいらしゃるかもしれませんね。
子どもが可愛いから、可哀そうだからという理由でやりたくなるのですが、当の子どもはというと…引いているのです。あまり触られたくない子もいるということです。
大人が良かれと思ってやっていることも、実は子どもの気持ちを考えないで行っている‘自己満足行為‘なのかもしれません。

案の定、小学3年生の女の子が、「○○先生のほめ方はおかしい」と言っていました。
「なぜ?」と聞くと、
「ほめなくていいと思う」のだそうです。
なんでもかんでもほめればいいというものではない、と言いたいのでしょう。

反対に、「叱らないといけないところは叱ってくれない」とも言っていました。
それを「○○先生には言えない」そうです。
「だって、自分のためを思ってほめてくれたのだから、そんなことを言ったらいけない」と思っているそうです。
どっちが大人??? 子どもはよくわかっています。


どうも世間一般を見ると、40~50代世代で子育てをしている方に、子どもとの距離が近すぎる人が多い気がします。甘くて、ハードルが低すぎるのかもしれません。しかし、だからといって、子どもの意志を尊重はしているわけではなさそう…。

子どもから見ると、甘いんだけど、子どもの意見は聞かずに自分の考えを押し付けているように感じているのでしょう。それをわかっているから、親には本音を言わず、言うことを聞いているふりをしている子もいるようです。

以前、NPO法人と行政が会して話し合う場が、千葉県内で行われました。
『子どもの居場所づくり』という共通課題のもとに話し合いをしたのですが、あるNPO代表の方で、ちょっと気になった言葉がありました。
自信満々で意見をした60代と思われる男性の方は、「子どもは癒されたいと思っているから、居場所をつくってあげたい。だから協力してくれ」というのです。

それを聞いて私は、上から目線なことにびっくりしました。
子どもは癒されたいと思っているから居場所をつくればいい、というだけの問題ではないと思いました。それに自分が問題提起したことに対して、他力本願なことにまたまた驚きました。


本当に癒しの居場所をつくってあげれば、子どもはちゃんとした大人になれるのか?
何でも大人が与えてあげることがいいことなのか?
なければ自分で見つけ出したり、作ったりするのが生きる力なのではないか?

他人にないものばかりを求めるのではなく、なければどうすればいいかを自分で考えることが大切なのではないだろうか…?
まずは大人の方が、子どもに対しての考え方を改めなければならないように感じました。

大人が子どもに寄り添ってあげるのは必要なことですが、距離を考えてほしいなと思います。子どもはこれから訪れる長い人生を自分の足で歩んでいかなくてはならないのです。生きるための力を身につけることが教育であり、問題があれば自分で乗り越えることが人生体験なのだと思います。

子どもとは本来『育つ』ものです。
育つ力があるのですから、それを引き出してあげることが『育てる』ことだと思います。

子どもが「満足する」ことと、大人が考える「子どもが満足するだろうと思うこと」には違いがあります。本当に子どもが求めていることは、いつも傍にいて寄り添ってほしいこととは違うような気がしますが…。
本当にそのようなことを求めている子どもがいるとすれば、何らかの問題があるのだと思います。

子ども目線で大人を見てみたら、おかしなところがたくさん見えてくるのかもしれませんね。

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