予期せぬことが起こると、驚いたり、ショックだったりしますね。

「私だけ、何でこんなことが起こるの?」と思うと不安になりますが、
「これって、もしかして”神様の仕業”かも…」と思うと、視野が広がってきます。

神様の仕業だと思うと、どんな意味があるのだろう?と考えます。
『全てには意味があり、今この時に、ちょうどいいタイミングで、自分に必要なことだから、身情・事情に現れる』のだと聞きます。
試練とは、うまいことできています。

これに気づかなければ、恨み、ねたみ、迷い、悩みとなり、
暗黒の泥から湧き出た”煩悩”となるのだといいます。

身に起こったことは仕方がない。
悩んでも、悔やんでも、しょうがない。
ただ、それをあれこれと考えるから病になり、思考が停止してしまうのです。

考えるなとは言いませんが、
考え方を変えるよう努力はできるのではないでしょうか。

何を考えて、行動し、生きてきたかが、”人生”となります。

人のことを気にして、人に気を遣って、人と比べてもしょうがないことだと気づいたら、明日のことを考えた方がいい。それでも湧き出てくるネガティブなことは、”あぶく”だと思って拾わないことです。

自分がネガティブな出来事から、どう成長したかに価値があるのではないですか?

励まされても、癒されても、その場限りなら、

 悔しかったら、NO1になれ!偉くなれ!
 人から一目置かれるような人間になれ!


そう言ってくれる人の方が、私は好きです。

神様の言葉に聞こえてきます。

インナーチャイルドを癒す

乳幼児期育児の重要性