保育の勉強や現場をやっていると、最終的には子どもの「最適解」に行き着きます。

最適解とは、「最も適した答え」や「現状から最適と考えられる解答」のことですが、
この自分なりの最適解が導き出せるか、出せないかで、
その子の将来が大きく分かれるといっても過言ではありません。

最適解は、「正解」とは違います。
例えば、算数の問題。
10÷3=3あまり1 が正解ですね。

しかし、現実にはどうでしょう?
10枚のビスケットを子どもが3人で分けると1枚あまりますよね。
このあまったビスケットをどうするかが、子どもにとっては大きな問題になるわけです。

3等分に割って配るのか、
あまった1枚をお母さんにあげるのか、
ジャンケンで勝った人がもらうのか…。
どれが正解という訳ではないのです。

話し合って決めてもいいでしょうし、
アイデアを持っている子がリーダーになって決めてもいいでしょう。

その場で、一番最適と考えられる答えを出せればいいわけです。

でも、実際には子どもが最適解を出す前に、
「3人で分ければいいでしょう」
「ジャンケンで決めればいいじゃない」などとというような答えを
大人がはじめから出してしまっていることが多いのです。

そうなると、子どもは自分で最適解を導き出すことはできずに、
大人のいいなりになってしまいます。

これが、世でいう「指示待ち族」の構図です。

今、世間では指示待ちの新入社員に頭を悩ませている会社が多いと聞きます。
指示待ちの子に聞くと、10÷3=3あまり1 までの答えは出せているのです。
学校で習いましたから。
しかし、あまり1をどうすればいいのかがわからないし、考えたこともないので、
人が考えてくれるのを待っている。または、アドバイスがないとわからない。
ということかもしれませんね。

世の中に出たら、算数の正解だけでは解決しない問題が山ほどあるのです。
正解ではない答えを導き出す公式は、
問題×応用力×コミュニケーション力=解決力 かな。

最適解を出すためには、乳幼児期から子どもの自主性を尊重し、
自分で考える子になるための「教育・保育・子育て」が大切なのだと思います。

子育てに向き不向きは関係ない

成田山新勝寺のお不動様