最近学んだことで、気になったことをご紹介します。
それは、「妬み」(ねたみ)と「嫉み」(そねみ)の違いです。

「”妬み嫉み”の的になる」というように、一般的には同じような意味を持つ言葉として用いられていますが、心理学的には異なる2つの感情があるそうです。

わかりやすく言うと、
他人の幸せや優れているところをうらやましく思い悪意を持つことが、
相手なのか、自分なのかの違いだそうです。

「相手への悪意」が妬みで、「自分への悪意」が嫉みだそうです。

例えば、「どうしてあいつだけいい思いをするんだ…」というのが妬みで、
「どうして自分だけ不幸せなのだろう。どうせ自分なんか…」と、自分を恨んでしまうのが嫉みという感じですかね。


これだけで収まっていればいいのですが、問題はここから…。

「妬みが強いは事情になり、嫉みが強いは身情となる」
妬みの強い人は事件事故が起こりやすくなり、嫉みの強い人は病気を招きやすくなるということです。

負のエネルギーが外へ向かうか、内に向かうかの違いです。
ただ、外へ向かう人はまだましなのだそうです。
わかりやすいので、気づくのが早いからです。
助かりやすいとも言えます。

しかし、内に向かう人はわかりにくいので、気づくのが遅れます。
気づいた時には手遅れ、ということも多いのです。
内に向かう人はストレスが溜まっている状態ですので、
健康被害が起こりやすいですね。その結果、重い病気になることもあります。

そういう人こそ助けてあげたいと思うのですが、
内に向かう人は貝になっている状態なので、話を受け入れません。
何を言っても、「どうせ私なんか…」という言葉が返ってきます。

すると、助かるものも助からなくなってしまいます。

嫉みはいけません!
そんなことをしていると、本当に腐ってダメになってしまいます。


神様は、人間に平等に光を当てています。
陰をつくっているのは私たち自身であって、
世の中を暗くするのも明るくするのも、自分次第なのです。

それに気づかなかったら、天から印が付きます。
それが、事情(出来事)となり、身情(病)となるのです。

何事も、素直に心をひらいたら、
入ってくる「徳」や「運」は無限なのだと感じることができるでしょう。

神様は、自分のものは「心一つ」だけだと言っています。
身体は借り物です。自分は生かされているのです。
我が身だと思うから、雑に使おうとする。
でも、神様の借り物だと思ったら、大切に使おうという気になりますね。

自分も大切な神様からの贈り物なのですよ。

男脳は考え、女脳は感じる

握れば拳 開けば掌