今日は、日本のフレーベルと言われた倉橋惣三(1882~1955幼児教育・保育学者)が理想としていた『森の幼稚園』をご紹介します。

太平洋戦争が終わってほどない1948年(昭和23年)3月、当時の文部科学省は「保育要領ー幼児教育の手引きー」(現在の『幼稚園教育要綱』や『保育所保育指針』の草分け)というものを出しました。そこに描かれていた園への期待といったものは、倉橋惣三が中心となってまとめたものだそうです。

その中の園庭についての記述を見てみると、倉橋が理想としていた創造の”森の幼稚園”の森の先生の発言そのものが生かされていたことに驚かされます。

「できるだけ自然のままで、草の多い丘があり、平地があり、木陰があり、くぼ地があり、段々があって、幼児がころんだり、走ったり、自由に遊ぶことができるような所がよい」
「夏には木陰となり、冬は日光が十分に当たるように落葉樹を植えるとよい」
「幼児にはできるだけ自然の美しさに親しませたい。それには日当たりのよい運動場の一部を花畑、菜園として野菜や花を作り、それを愛育するようしむける」

(文部省『幼稚園教育百年史』1979年所収)~倉橋惣三と現代保育より参考~

実際にはこのような見事な園庭論は、その後の日本の保育界では発展しなかったそうです。


この「森の幼稚園」を読んでいて思いました。
これって、ありんこの森保育園の園庭に似てるな…。
もしかしたら、倉橋さんの考え方に共通する部分があるのかもしれない。
と思ったら、調べたくなりました。

やはり倉橋さんの園庭論は、フレーベル(ドイツの教育学者。「Kindergarten(キンダーガルテン)」世界で初めて幼稚園を創った人)の”ガーデン主義”に影響されていたものと思われます。

フレーベルは、「庭で遊び庭を育てる」という考え方があるようです。
フレーベル幼稚園の庭は緑にあふれていて、砂場や花壇などが充実しています。


「庭の中で自然に触れながら遊ぶ」
たくさんの植物に触れながら、かくれんぼや鬼ごっこを楽しむことで、観察力や知識をも養います。

「子ども自身が草花を育てる」
現在はクラスごとに分かれていますが、フレーベル幼稚園ではもともとは、1人につき1つの花壇が与えられていました。子どもが自分で自然を慈しむことで、自然の不思議や、いのちとはどんなものなのかを学んでいきます。
幼稚園の基礎を作ったフレーベルの教育思想とは?その目的と内容より参考~


庭で遊びながら、庭を育てていく。
ワクワクする保育だと思いませんか?

毎日、草花や野菜、庭木や木の実という本物の自然に触れ合いながら育つ環境って、理想の保育環境ではないでしょうか。

幼児期には、幼児期でしか育たない感性というものがあります。
この時期を逃しては育ちきれないと言われていますので、目先の早期教育や発達にとらわれることなく、十分に本物に触れさせて遊ばせたい時期なのです。外へ外へと連れ出し、遊びを充実させること。これが本来の保育なのではないでしょうか。

人間も自然界の一部で、一生命体ということを知るためには、自然の中で育てるのが一番だと思います。どうしてそれをやらなければならないのか。それは、人間として生きるためです。
人間として生きていく過程で、大きなもの(自然)の中の一部だと思えることで、自然に従い自然に任せられる心の度量が育つのだと思います。だから、少々のことではくじけない心の強い子に育っていけるのではないかと思います。

私たち大人は、見栄えの良い教育・保育を求めがちです。
お勉強も、スポーツも、お稽古事も、あれもこれもとできるようになることを望んでしまいます。
これって、結局は大人の視点なのです。
大人本位で良い悪いを決めてしまっています。

そうではなく、子どもは本来、自然のままであって、環境や体験という中から育つ感情が性格となっていくのではないでしょうか。

結局のところ、子どもが幸せになってくれたらいいのです。
幸せとは何か、”自分が自分らしく生きること”だと私は思います。
だったら、子どもには好きなことをさせたらいいのではないかと思うのです。
わがままに何でもやらせたらいいということではなく、生きるために必要な力を身につけることを『型』といいますが、これを持った上で、子どもの伸びたい方向へ誘導して伸ばしてあげることが幸せなことではないのかと考えています。

未来へ伸びる芽を摘むことなく、
全ての子どもたちが健やかに育つことを願っています。

男の子のケンカ

遊びながら育つ