私たち日本人は、日本の国について「神道」や「天皇」のことをどこまで知っているでしょうか?

日本人のアイデンティティを紐解くカギが、神道にあることには間違いないようです。

世界の国のほとんどが200年から300年で滅びると言われている中、ギネスでは世界最古の国が日本とされています。

日本神話に登場する神武天皇(じんむてんのう)は、古事記や日本書紀によれば日本の初代天皇で天皇家の祖とされています。日本書紀によると、天皇在位は辛酉年(神武天皇元年)1月1日(紀元前660年)と言われています。

『古事記では神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれひこのみこと)と称され、日本書紀では神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)、始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)、若御毛沼命(わかみけぬのみこと)、狹野尊(さののみこと)、彦火火出見(ひこほほでみ)と称されている』
~Wikipediaより参考~


伊勢神宮に祭られている天照大神(あまてらすおおみかみ)は、日本神話に登場する女神です。皇室の祖神と言われ、日本民族の総氏神とされています。(『延喜式』では自然神として神社などに祀られた場合の「天照」は「あまてる」と称されている)

天岩戸の神隠れ(宮崎県高千穂の神話)で有名であり、記紀によれば太陽を神格化した神であり信仰の対象、土地の祭神とされています。

神道における神(かみ)とは、自然現象などの信仰や畏怖の対象のことで、日本にはすべてのものには神様が宿ると考え「八百万の神」(やおよろずのかみ)と言って、生き物や無生物を大切に扱ってきました。

キリスト教やイスラム教などの一神教のようなものではなく、カルト宗教のように洗脳したりするものでもありません。

また、天皇陛下とは「神」ではなく、日本国の神主さんなのですね。

伝統的に天皇家では「先(ま)ず神事」とされ、あらゆる皇室の活動の中で神道が中心となっているのです。神事は、国家と国民の安寧と繁栄を祈ることを目的になされています。

仏教はインドから中国を経由して日本に入ってきたものですが、神道(しんとう)は日本古来の宗教なんですね。

神道は、山や川などの自然や自然現象、また神話に残る祖霊たる神、怨念を残して死んだ者などを敬い、それらに八百万の神を見いだす多神教で、自然と神とは一体的に認識され、神と人間とを取り結ぶ具体的作法が祭祀であり、その祭祀を行う場所が神社であり、聖域とされています。


私は、神話の国・宮崎県に生まれました。
私の「悦子」という名前は、神宮の神主さんがつけてくださったそうです。
前世占いでは、弥生時代の巫女だったようですが…。
なんだか当てはまることが多々あるな…と感じることもあります。

実家は神道でしたので、私は子どもの時から神棚が家にあるのが普通で、神事の時には必ず神主さんが家にきて、祝詞を挙げてお祓いをしていました。

日本の家には、神様がいて家を守ってくれていたんですね。
しかし、現代は無宗教の家が増えていて、神棚も仏壇もない、お神酒もお塩もない家に住んでいる人が増えました。

これでは日本の子どもたちに、日本人の心・神道の心は伝わらないのではないか、日本人としてのアイデンティティを持った人が少なくなってしまうのではないかと心配しています。


私は、親の信仰する姿を見て、子どもは信仰心や道徳心が育つと考えています。
私は今でも毎朝、神棚にお水を3つ神棚にお供えし、2礼2拍手1礼をした後、「おはようございます。今日も勇んで働かせていただきますので、宜しくお願いいたします」と唱え参拝します。

毎月3日は我が家の月次祭で、お神酒・お塩・お米と榊をお供えし、先月1カ月間無事に過ごせたことへ感謝と、また今月1か月間を無事で過ごせますようにとお願いをします。

いただきものやおみやげは、必ず神棚に上げてから頂くようにしています。
それを我が家の子どもたちは、小さい頃から見て育ちました。
大きくなった今でも、修学旅行などのおみやげは自分から神棚にお供えしていますよ。

神様がいる子どもは、一線を越えた悪いことはしないものです。
それは、小さい頃から親や祖父母などから、「悪いことをするな。お天道様は必ず見ている」「悪いことをしたら罰(バチ)が当たる」などといって諌めたからです。それが、子どもの中で道徳心となって、一線を越えた悪さはしないのだと思います。

しかし、今は神様・仏様が存在しない子がとても多い。本当に危ない。
一線を引いて守ってくれるものが何もないのです。

頭に来たら、すぐにカッとなって相手を傷つける。殺す。自殺する。
あまりにも安易に、簡単に、人の命や自分の命を軽く考えています。


神道では、お払いするのにお塩を使います。
日本は海に囲まれた国で、神話では海に入って禊をしたことから禊払いにお塩を使う習慣があるのです。そのくらい心や体を清潔にしようと考える国民は、他国にはありません。

命を”魂”と捉え、魂の汚れを払い磨くことが大切だと考えるのが神道の心で、自分が生かされていることへの感謝の気持ちを伝えるのが祝詞を唱えることなのだと思います。お願い事をたくさんすることが祝詞ではないのです。

日本人として神様や天皇を敬うことは、日本に生まれて育ったことを感謝することだと思います。

だって、私たちは日本で暮らし、この土地で生きているのですから。


誉めて育てるだけは危ない『条件付きプラスストローク』

「お前には無理だよ」という人の言うことを聞いてはいけない