「一燈を提げて暗夜を行く。 暗夜を憂うることなかれ、只一燈を頼め」(言志晩録)

人は、小さな希望のあることを忘れて大きな失望を嘆くが、少しでも希望があるのなら、何も嘆くことはない。一つの提灯を提げて夜道を行け。暗闇を恐れることも、暗闇に惑わされることもなく、ただその灯りだけを頼って進めばよい。
自分自身を信じて前進しろ!必ず闇は晴れる。

何が起きても慌てず騒がずに、自分の信じる理念と目標を心に決め、それに従ってただ淡々と道を行けば、実際は何事も何とかなるものです。その過程で様々な誘惑や欲望が目を曇らせ、進むべき道が見えなくなるときもありますが、自分を信じて一灯の光を目指して歩めば、必ず小道は王道となるでしょう。


そして、道の分かれ目は『心眼』を持って見る。
仏教の言葉に「妙観察智」(みょうかんざつち)という言葉があります。
「妙」というのは奇妙の妙ですが、ここでは「不思議な」というよりも「すぐれた」という意味あいが強いのだそうです。単に表面的に観察するのではなく、深いところで「どうなっているのかな」と興味を持って観察する。同化するとも言いますが、一段深いところで観察している対象と同化してしまうのが「妙観察」です。その時に得られる知恵と一体感を持って同化し、そこから発生する「慈悲」を「妙観察智」というそうです。

これは日常的に解釈すると、対象者が人の場合には「相手の気持ちになりきる」ということで、常に相手の立場に自分を置いて、相手の気持ちを尊重し、行動、発言することができると、人間関係はよりよくなるということですね。
(参考:般若心経の化学)


私が進もうとしているこの道は、誰のための道なのか?
常に人の役に立つ道でなければ、自分は生かされない。
私が生かされている意味は、慈悲を持って世の中のために役立つことだ。

これが「人生の道を誤らず進む」ということですね。

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