2008年6月3日から始めた当ブログは、お陰様で今年で10年になります。
継続して書いてこれたのも、読者の皆さんのお陰です。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。

県外の方や、時には海外からメッセージをいただくこともあり、
当ブログがきっかけでわざわざ私に会いに来てくださった方もいらっしゃいました。
いい出会いをいただき、感謝しています。

最近になって新しい読者の方も増えており、伝えたいことがあると同じテーマで何度も書くことがありますが、復習だと思ってお読みくださいね。


さて、今日は、『道理』のお話をしたいと思います。

これは、私の体験談です。

昨年のことです。欲しかった運動靴が定価よりも安くなっていたので、私の足のサイズとちょっとだけ合わなかったんですけどお得だと思って買っちゃったんです。
でも、やっぱりつま先が靴に当たって違和感があったんですね。
でも、「せっかく買ったんだからもったいない」とそのまま履いて過ごしていました。
そのうち、だんだん違和感にも慣れてきて、気にならなくなりました。

しばらくすると、足の甲が痛くなっていたり、腰や腕もしびれてきてしまったんですね。
それが、靴が原因とは思ってもいなくて、「年だからかな?」「筋肉痛かな?」なんて気にも留めませんでした。

ある日、何気なく入った靴屋さんに私の足にピッタリの運動靴がありました。
靴の洗い替え用にとその靴を購入しました。
ピッタリだから履きやすくて、結局その靴ばかりを履くようになったんです。
すると、足や腰の痛みは治まり、しびれもだんだんなくなってきました。
たまたま偶然だろうと思って、気にしていなかったのですが…。

そんなある日、天気の悪い日に私の足にピッタリの靴が汚れてしまったので、仕方なくまた違和感のあった運動靴を出して履いてみました。
すると、なんというか、ちょっとの違和感程度にしか思っていなかったのが、とても履きにくく違和感が強くなっていたんですね。
そこで気づきました。靴が原因で足や腰が痛くなっていたんだな、と。

結局、自分に合わないものを無理に押し通してしてしまうと、他のところにも障害が出てくるんだな、と思ったお話でした。


これって、道理も同じなんですね。
何でも、ものには道理というものがあります。
生き方も道理に合わせてやれば、人生は快適にうまく行くようになっているんですね。

しかし、私の合わない靴のように、道理に合っていない生き方をすれば、どこかにひずみが出てきてしまい、それが人生の障害となっていきます。生きづらいのは、道理に合っていないことをやっているのかもしれません。

初めは違和感があったはずなのですが、そのうちにそれに慣れてしまってわからなくなってしまうのです。慣れって恐ろしいですね。慣れても、合っていないのは変わらないわけですから、知らず知らずのうちにじわじわとどこかでひずみが現れてくる。
無意識のうちにやっているので、その原因もわからなくなってしまうのです。

天から見ると、それがよくわかると言います。
だから、自分のやっていることに違和感があったら、それは”違和感”が正しいのです。
違和感を押し通すのは、間違ったことなんだと思うことです。

そのことに早く気付くことで、人生が好転するかもしれませんね。


そもそも、私の場合、安いからという理由で自分に合わないものを買ったのが原因でした。
これからは、自分に合ったのものや好きなものに囲まれて生活するようにしたいなと思います。

子どもには理屈ではなく、行動で教える

喉元過ぎれば、熱さを忘れる