足りないくらいがちょうどいい

これは、私がまだ親になって間もない頃、子育ての先生からいただいた言葉です。

他にも、
「お金をかけると、お金のかかる子になる」
「手をかけると、手のかかる子になる」など、
お金や時間、手出し口出し、物やおもちゃ、母親自身も完璧でなく、足りないくらいがちょうどいいのだと教わりました。

10年前、4人の子どもを育てながら起業した私には、それこそ、お金も時間も、人手もありませんでしたので、足りないのは日常でした。

しかし、自分も我が子たちも、「足りなかったら、どうすればいいか?」を考えてきたように思います。そのお蔭で、子どもたちはそれぞれ自立しながら、自分で考えて行動できる人に育ってくれたと思います。


あの頃、何でも満たされていたらどうなっていたのでしょう?
起業しようとは思わなかったでしょう。
子どもたちも、自分で考えない子になっていただろうと思います。

起業したのは、地域に親子の居場所が足りなかったからですし
子どもたちもおもちゃがなかったら、自分たちで空き箱や牛乳パックなどを利用して作っていました。
洋服や幼稚園グッズも手づくりしていました。
足りなかったらすぐに買い与えるのではなく、どうすれば手に入るか?を考えるいい機会や場面が、足りなかったことでたくさん得ることができたように思います。


私は子育て事業や人材育成事業を行っていますが、若い人たちを見ていて気になることがあります。

・根気・忍耐力がない
  イヤなことや試練があると、すぐに仕事を辞めてしまう。
・自分勝手
  相手を思いやる気持ちや振る舞いがみられない。
・優柔不断
  決断力・判断力がない。
・責任感がない
  最後まで仕事をやり遂げる責任感がない。
・指示待ち
  自分で考えて、行動しようとしない。

このことは、民・公関係なく、上司の意見として聞かれることが多いですね。

私は、この問題の根本的な原因の一つに、育ってきた家庭環境にあるのではないかと感じています。もう二十歳を過ぎたらいい大人です。でも、どこかで甘えがあるように感じます。


子育ての場面では、親たちから「子どもがかわいそう」という言葉を幾度となく聞いてきました。私はその言葉を聞く度に、「何がかわいそうなの?」と思ってしまいます。
五体満足で、両親も揃っていて、好きな時に好きなだけご飯が食べられて、塾にも行かせてもらえて、お小遣いも貰って…。

子どもがかわいそうだから、
我慢をさせずに、ほしいものを買ってあげる。
学校(塾)まで送り迎えをしてあげる。
忘れ物を届けてあげる。
子どものケンカに、親がでしゃばる。

そうして育った子どもが、社会で適応しない若者になっていくのではないでしょうか。

足りないことがかわいそうなのではありません。
与え過ぎ、手を貸し過ぎ、恵まれ過ぎで育ったら、自分で何も考えない、何もできない、本当にかわいそうな人間になるのだということを、もっと認識してほしいと思います。

今の時代、小学生でもスマートフォンを持っている時代です。
今の子どもたちは、恵まれすぎているのではないでしょうか。
困ったら何でも親に頼って、親も簡単にそれを許してしまっていることが問題なのではないかと感じています。


足りないくらいがちょうどいいのです。

将来、子どもがどんな大人に育つのかを想像してみてください。
今のまま育って社会人になったとき、どんな大人になっているのか。

そして、どんな人間になってもらいたいのかを考えてみましょう。

未来を見据えて子どもを育てることが、本当の子育てなのだと思います。

良いことと悪いことは、同時にやってくる

道端の石ころ