先日、子どもの頃の夢をみました。

目が覚めて、しばらく昔のことを思い出してみましたが、
子どもの頃の記憶って、ほとんど残っていないんですね。
一番古い記憶って、4~5歳くらいの時かな?

小学生の頃の記憶も断片的で、ところどころは思い出すのですが、
その前後は全く覚えていません。
でも、その中で鮮明に覚えている場面もありました。
それは、小学校の頃によく遊んだ場所や友だちでした。

私は人生の中で、子ども時代が一番辛い時期だったと思うのですが、
辛い記憶はうっすらとしか覚えていません。
鮮明に覚えていたら、きっと生きるのに障害になるから忘れるようになったのでしょうね。
以前紹介した『子ども会の記憶』とか、楽しかったことはよく覚えています。

この齢になって、思うことがあります。
‘子ども時代がその人の基盤となっている‘ということです。
カウンセラーの仕事をやっていても、クライアントさんの子ども時代に遭遇する場面が多々あります。

今、一生懸命に子育てをしている親御さんたちを見ていると、
「そんなことはどうでもいい、というようなことに一生懸命になりすぎているのではないか」
と思うことがあります。

躾を厳しくしても、
お勉強や習い事をさせても、
子どもにとって、生きるために大切なことを教えていない気がします。

私が考える「子どもが生きるために大切なこと」とは、
”物事の捉え方”です。

嫌なことを続けるよりも、自分が望むことをやった方が健全に育ちます。
子ども時代に思いっきり、自由に、伸び伸びと遊ぶことが、
この物事の捉え方を、前向きに積極的にしてくれるのだと思うのです。

思い出だって、嫌なことはほとんど覚えていません。
楽しかったことが、自分の記憶の大半に残っています。

でも、楽しい思い出が少ない子って、どうなるのかな…?

子ども時代にどれだけのことを自分で考えてやったか、
自分は友達を楽しませてあげるために、どんな工夫をしたか、
そういうことが、大人になったときに活かされてくるのだと思います。
そして、この子どもの記憶こそが、人生の基盤になっているのだと思います。

親子で一緒にいられる時間なんて、長い人生の中では短い時間です。
いい親になろうと思わなくてもいいですが、
温かく子どもを見守り続けられる親でいたいですね。

夏休みもあと2週間になりました。
子どもたちには、いい思い出をたくさんつくってほしいなと思います。

氏か育ちか

親の足形、子が踏む