以前、視察に行った県内のある保育園で、まったく面白くないと思った保育園がありました。

お勉強系のその保育園では、階段ごとに英単語が書いてあり、2階のホールに置かれた絵本コーナーには、「本を読む子は偉くなる」というような内容のビラが貼ってあり、音読カードもありました。

教室の廊下には、園児全員の名前が書いてある30ほどの項目別になった表が貼ってありました。できるようになったらシールを貼っていくカードのようなもので、シールの数が何点とか、点数表のようでした。表になっているので、誰が何点だか一目瞭然です。できる子は優越感に浸れて、できない子は劣等感を感じてしまいそうな表でした。制作は画一的で、皆見栄えのする同じような作品。というか、やらされている感がありました。

立派な園舎の大規模保育園でしたが、明らかに保護者うけを狙ったものだということがわかり、保育をわかっていない人が保育園を経営しているようで嫌な気分になったことを覚えています。


私は保育に教育を取り入れることが悪いとは思っていません。しかし、幼児期に育てなければならない大切なことは、遊びの中にあると思っています。ですから幼児期の教育とは、遊びながら学ぶことです。

小さい頃から早期教育漬けになってしまった子どもの将来はどうなるのだろう?
現代の若者の問題が頭に浮かんできます。早期教育が流行してきた十数年前から増えてきた不登校、引きこもりは未だに減る傾向はありません。社会問題化している数万人いると言われるニート・フリーターの問題。凶悪化している少年犯罪…。これらの問題の根底には、乳幼児期からの間違った教育方針が見え隠れします。

子ども時代に育てなければならない”心の土台”は、9歳までにしっかりと育ててほしいと思います。それには、思いっきり集中して遊ぶ経験をたくさんさせてあげることです。

遊びの中から工夫したり、自分で考えられる力をつけたり、友達との関わりで協調性を持ったりして、自分からすすんで取り組もうとする力を身につけることが大切です。
そうすることで、困難にも諦めないで取り組もうとする”心の根っこ”が養われるのです。これが保育の目的だと思います。

幼児のうちから詰め込み式でお勉強を教えても、それが出来るのは一時的なものです。文字や英語・音楽教育等の早期教育は、続けていなければ意味がありません。

私が心配するのは、早期教育の弊害です。
幼児期にスラスラ字が読めるようになった、計算ができると言っても、秀でているのは小学2年生位までの話です。早期教育の弊害は3年生から出始めます。学習意欲の低下です。これは、やりすぎのための燃え尽き症候群とも言われます。
3年生以降の学力の伸びは、”見えない学力”(やる気・根気・好奇心・理解力・応用力など)の差が関係することは明らかです。

幼児期は頭でっかちの目先の学力より、後伸びする”見えない学力”を育てることに力を入れるべきです。


ありんこ親子保育園の保育は面白い!
どろんこプールに飛び込んじゃうぞ♪←どろんこ遊び、最高です。

お父さん、お母さんたち、こんな経験したことありますか?
今の親世代は、泥まみれで遊んだ経験がない人が多いんです。
それは保育士も同じです。
保育士自身が、子どもの頃汚れるまで遊んだ経験が乏しい…。
だから、子どもと一緒にどろんこになって遊んでみればいいんです。
どんな気持ちがするか?泥の匂い、感触、お日様の光、水の気持ちよさ。
心から楽しむという経験がいかに大事か…。
大人が経験していないものを子どもにどうやって伝えることができるでしょう。

この困難な時代にあって、自分の足で人生を歩んでいける”生きる力”を子どもたちに身につけさせることの方が大切なのです。

どうぞ、目先の学力に囚われることのないよう、保護者も保育士も、『育つ・育てる・育ちあう』真の保育を目指してほしいなと思います。

問題の当事者は、自分が問題だと気づいていない

自分の言葉で話しなさい