昨日、木更津のかずさアカデミアメインホールで行われた、慈眼寺住職 塩沼亮潤大阿闍梨のチャリティー講演会「心を込めて生きる」に行ってきました。

塩沼亮潤大阿闍梨は、1300年で2人しか達成されていない「大峯千日回峰行」を成し遂げた話題の僧侶です。
奈良県吉野の大峯山で、1999年に千日回峰行を成し遂げ、翌年、四無行(断食、断水、不眠、不臥を9日間続ける)も満行し、大阿闍梨の称を得て、現在は故郷仙台に開山した慈眼寺の住職をお勤めです。

千日回峰行は、奈良県・大峯山の頂上にある大峯山上本堂までの 往復48キロの山道を1000日間、1日も休まず歩き続けるという荒行で、いったん行に入ったならば、決して途中で止めることができないという掟なのだそうです。もし途中で止める場合は短刀で腹を掻き切り命を絶たなければならない、との言い伝えがあるほど過酷な苦行です。

標高364メートルの蔵王堂を0時半に発ち、漆黒の中を提灯と杖を頼りに延々24キロの険しい山道を登り、8時過ぎに標高1719メートルの大峯山頂に至る。同じ道を下って15時半に帰堂、自ら掃除洗濯、翌日の準備をして19時に就寝、23時半には起床。地に脈打つ大木の根を踏み越え、岩をよじのぼり、半歩先は断崖絶壁という道を行くのだそうです。それはそれは、聴いているだけでも想像を絶する話で、死を覚悟した瞬間の話も壮絶でした。その中でも感性が研ぎ澄まされ、道に咲く花や草木の成長も1日たりとも同じ日はないということに気づかれたそうです。

48歳の塩沼亮潤大阿闍梨ですが、行者になろうと志を立てたのは9歳の頃。
テレビで放映されていた比叡山の行者を観て、自分も行者になりたいとその時決めたそうです。そして、19歳で出家し行者となりました。
根本となる心とは、「人のお役に立ちたい」という心だったそうです。
最終的に苦行で悟ったことは、反省、感謝、思いやりでした。

人間関係が一番悩みになるそうですが、
しがらみやとらわれない心が大切だということを教わりました。

苦行を成し遂げた人とは思えないほど、穏やかで優しく清々しい方でした。
私にはとても真似できませんが、山の行と里の行があるように、
日常が行ということで自分の役割をキチンと果たすことも行だということを知りました。

とてもいいお話を聴かせていただき、感謝いたします。
自分も役立つ人間になりたいと思いました。

うれしい言葉

七夕飾りの意味