昨日、久しぶりに昼寝をしたら…夢を見ました。

大きな家の長い学校のような廊下を自分の部屋に向かって歩いていくのですが、
その途中でいろんな人がいて、いろんな障害物があるんです。
その都度クリアしていかなければならないので、なかなか自分の部屋に辿り着かない。

…というような夢でした。
時々、同じような夢を見ます。

きっと、私は今、何かにとらわれているのでしょう。

松下幸之助翁は、『とらわれない心になることが大事だ』と教えてくださっています。
「行きづまっても行きづまらない、困っても困らない、無理だと思えば無理」本当にそうですね。何かにとらわれているから、自分の望むようにならないのかもしれません。


私は、自分の心が乱れるのが一番嫌いです。
気が短いので、すぐにイライラしてしまう自分が嫌なのです。
自分自身のことであれ、他人のことであれ、マイナスの感情を少しでも持ちたくないと思っているので、瞑想しようとします。

本当は私のような人間は、神様や仏様にお仕えした方がいい人間ではないかと自分では思っています。齢を取ったら、出家したいという気持ちも心のどこかに持っています。

20代の頃、奈良の宗教施設の修養科で3か月間を過ごしたことがありました。
一心不乱で修行に励み、瞑想し、心が洗われていくのが心地よかった。
また、あの感覚に戻りたいとどこかで思っているのかもしれません。

世の中は試練ばかりですね。
日々の生活が修行であって、神様の修行の方が楽になれるのでしょう。

今は、愛犬といる時が一番安らぎます。

何のために学ぶのか

おかたづけの意味