イソップ物語の中に『手癖の悪い子どもと母親』というお話があります。

子どもが学校で、同級生の書物板(かきものばん)を盗んで、おっかさんのところへ持って行きました。おっかさんはそのことを知らなかったばかりか、誉めたものですから、その次に子どもはがいとうを盗んできました。するとおっかさんはいっそう誉めました。そして、子どもは時がたつうちに、だんだんともっと悪いことをするようになって、捕まえられて手を後ろに縛られて牢屋に入れられました。おっかさんは悲しんで、胸を叩きながら捕えられた息子についていきました。すると息子が「ちょっと耳打ちしたいことがあります」といい、おっかさんのそばに行くと、おっかさんの耳をとらえて横っ面をはりました。おっかさんが、とんでもない親不幸者だと叱りますと、息子は言いました。
「私がはじめて書物板を盗んで持って行ったときに、私を叱ってくださったら、こんなことになって死刑にされはしなかったでしょう」


今からお話しすることは、このイソップ物語に通じるものです。

小学生のAくんが、家のお金を盗ってきてはゲームセンターで遊んだり、友達にお菓子を買って配ったりしていました。それを見て不審に思った友人が、心配してAくんの母親に教えてくれたそうです。しかし、Aくんの母親は「わが子に限って、そんなことをするわけがない」と友人の言葉を聞き入れず、Aくんに問いただすこともせず、キチンと叱らなかったそうです。それどころか何かにつけ、わが子のことを誉めていたそうです。Aくん自身も悪いことをしたとは思っていませんでした。
その数年後、Aくんは中学生になりました。友達とつるんでタバコや万引きを繰り返すようになり、とうとう補導されてしまいました。決まっていた進学先も取り消されてしまい、Aくんの母親はそのことをひどく嘆いて、Aくんを叱りました。しかし、Aくんはそれをきっかけに自暴自棄になり、母親には「こんな人間に育てたのはお前だ」と家庭内暴力が始まり、荒れた生活になったそうです。


子どもは誰でも、悪いことをするものです。
しかし、一度目の悪いことをしたときに、きちんと叱ってやらなければ、自分が悪いことをしたとは思いません。次の悪いことを平気でするようになったら、軌道修正するのは難しくなります。

甘やかして育てた後で、手が付けられなくなったら放任する。
泳ぎ方も教えていないのに、大海原に放り出すようなものです。
私は、このような親を幾度となく見てきました。


子育ての原点とは、
人の道に外れたことをしたときにはキチンと叱り、
愛情を持ってちゃんと子どもを育てる
ことです。

以前、小学生で「悪いことをして叱っても、平気な子どもがいる」と聞いたことがありました。何が悪いのか、良いのかわかっていないようにも見えます。
我が子の不審な行動に疑問を持たないために、叱らなければいけない時に叱らず、後で叱ったりして叱るポイントがずれているのが原因かもしれません。

そしてこれは、子どもと大人の一線がなくなってきたこともあるのではないかと思います。平気で親が、たばこやお酒を容認したり、子どもの言いなりになったりしてはいないか?と感じています。

親は子どもに一線を引いて、いいことと悪いことの境を示すことが必要です。
ここまではいいが、ここからは絶対にいけないと、絶対にやってはいけないことはきちんと教えてほしいと思います。

それが子どもを守るためには大切な事だと思います。


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