こんなお話があります。

電車の中で、空き缶が一つ転がっていました。
電車が動くたび、コロコロと転がっています。
そこにいた人たちは、誰も拾おうとはしないで、
「まったく、誰だこんなところに空き缶を捨てる奴は」
「ちゃんと掃除してほしいわ」
「はやく誰か拾ってくれないかしら」
「こんなところに捨てて、迷惑な人もいるもんだ」
などと、ぶつぶつつぶやいていました。

次の駅で乗ってきた小さな子どもを連れたママさんが、転がっている空き缶に気がついて、
「つまずくと危ないね」
というと、すぐに拾いました。
そして、3つ先の駅で降りてごみ箱に捨てました。

そのママさんは、空き缶を拾うのに時間はかかりませんでした。
そして、そのママさんに声をかける人は誰もいませんでした。



そこにいた大勢の人たちができなかったことを、このママさんは一瞬でできてしまいました。
それを見て「やっと拾ってくれたよ」と思う人、
「自分が拾えなかったのが恥ずかしい」と思う人、
別に何も感じない人がいました。

どの人が正しいとか、間違っているとかではありませんが、
なかなか行動できない人と、一瞬でできてしまう人がいるということです。
どこが違うのでしょうか?

空き缶を拾うことは、そんなに難しいことではありませんね。
周りにいた人たちは、誰かがつまずくと危ないから拾わないといけないとも思っています。
しかし、人目があるところで行動するのは注目されます。「人が見ているとはずかしい」「誰が飲んだものともわからないものを拾えない」「汚いから嫌だ」「ゴミ箱がないから捨てられない」とか、いろいろ考えて行動するか迷ってしまいます。

でもこのママさんは、人の目や自分の手が汚れることなど、何も考えなかったのでしょう。
批判も言い訳もしませんでした。
ただ「つまずくと危ないから」という理由だけで行動できたのですね。

そう、行動できる人は、迷いがないのです。

このことは、どんな場面にも言えることです。
批判や言い訳をいくらしたところで、その問題は解決しないのです。
問題を解決させるためには、迷わず行動すること。ただそれだけです。

いろいろと考えて行動できないでいる人はどうしてなのか?自分の心を見つめてみたらいいかもしれません。体裁なのか、見栄なのか、損得勘定なのか…。これは、他人に対して言うことではなく、自分に向けて考える言葉です。自分にはどんな理由があって『できなくさせているのか』がわかると、いろんな場面で思い当たることが見えてくるでしょう。


批判する心を持たず、言い訳をせず、すべての人から学び、自分の意志で行動する

私たちの周りには、学ぶべき人がたくさんいます。それはなにも賢者ばかりから学ぶのではありません。小さい子どもやお年寄り、近所のおばちゃん、後輩からでも学べるのです。しかし、学んだだけではダメです。行動して初めて学んだ意味があるのだと思います。

他人も人間だから、自分と同じように足りないところがあるものです。
その足りないところを批判しても始まりません。

気がついたらあれこれ言わず、自分から行動したらいいのだと思います。
子どもたちのためにも、そういう大人の背中が見せられたらいいですね。

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