私は、神話の里・宮崎県出身で、日本の初代天皇「神武天皇」をまつる『宮崎神宮』のすぐ近くで生まれました。
私の名前「悦子」は、当時の宮崎神宮の宮司さんがつけてくださったそうです。
そんな実家ですから、とても神道(しんとう)を重んじる家でした。
私も何かの折には、必ず神社でお払いや祈願をして、お嫁に来てからも自宅に神棚をお祭りし、月に一度の月例祭と朝夕の参拝を行っています。

そのお陰か、私は小さいころから神様の存在を身近に感じていて、何か困ったことがあっても、心配したり、迷ったり、悩んだりすることがあまりなかったように思います。「私はいつも神様から守られている」という安心感があったからでしょう。それは今でも変わりません。

そんな神道ですが、神道の考え方については、日本人であってもあまり知っている人は少ないのではないでしょうか?
今日は、日本人のルーツである神道について調べてみました。


天皇の先祖である天照大御神をお祭りしている伊勢神宮は、神社本庁の本宗(ほんそう)とされていますが、私たち日本人は、アマテラスの子孫とされています。神道なくして日本は成り立たないとも言われます。
それほど日本人にとって、身近で大切なものです。

本来の神道は、個人個人の信仰を重んじる、あいまいなかたちのものだったそうです。神道では、「良心をもった人々があつまって神を祀れば、よいことが起こる」と信じてきました。そういう思想から、日本のあらゆるところに神を祀る『神社』があります。神社は、神を祀る場所であるとともに、自分の身を清める場所でもありました。

日本に仏教が伝来して以来、朝廷の支配層の意向によって、だんだんと仏教や儒教の知恵をとりいれながら、神道の形式としてまとめられていきました。これが所謂、『神仏習合』ですね。密教が『神仏習合』を進めたそうです。

当時、学僧のあいだで広まっていた主張に、「仏は幾度も生まれ変わり人間を助けるものであるから、日本の神は仏の生まれ変わった姿のひとつであると考えられる」というものがありました。これが『本地垂迹説』です。ところがその後、仏教勢力が衰退し、明治時代になってから『神仏分離』がおこなわれました。
そういえば、昔お寺だったという『三峯神社』でそのようなお話を伺ったことがあります。

人間が人間らしく、正しく生きることをすすめるのが本来の『神道』だったということです。ですから、経典もない。縛りもない。他の宗教も否定しない。

そのかわりに、『祝詞』(のりと)や『祓詞』(はらへことば)を神様に唱えます。
これは、感謝の心をあらわしたり、心を清めるという意味があり、
神様にお願いをするというよりも、祝詞や祓詞で自分の心をあらわすということです。

ですから『教』と言うよりは、『道』という考え方の方がふさわしいのでしょう。
これこそが日本人の根源なのかもしれませんね。

日本には、八百万の神がいます。
自分の信じてる教えとは違っても、それに適応する素晴らしい国民性だと思います。
クリスマスをお祝いして、お正月には神社・仏閣にお参りする。
キリスト教やイスラム教じゃ考えられないですよね。

自分の考えや信じるものが大切なら、他人の考えや信じるものも大切にしないといけないということを知ってるのは日本人の素晴らしいところだと思います。

だから、日本は平和なのかもしれませんね。

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