私は小学生の頃、勉強が苦手で学校に行くのが苦痛でした。
友達は皆、自分よりも頭が良くて幸せに暮らしているんだと思っていました。
父親はとても厳しく、私は学校でも家庭でも劣等感を感じていましたので、子どもの頃の記憶はあまりいいものではありません。

そんな私が、今のように積極的に明るくなった一番の理由は、『きっといつかはよくなる』と信じられたからだと思います。それは、誰から教わったわけでもありませんでした。きっと自分を守る術を幼いなりに自分で探し出したのだと思います。

学校で嫌なことがあっても、長い帰り道で「きっと明日はよくなる」「悪いことは続かない」「今日のことは、1年後には誰も覚えていないだろう」「神様が見ていてくれる」とよく思ったものでした。今考えれば、それほど辛くて嫌なことがあったのだろうな、と思います。
そして、そんな日は、寄り道をして湧水を飲むのが習慣でした。「悪いことはこの水に流してしまおう」とも思ったものです。小学3年生の夏、美味しい湧水に癒されたことを今でもはっきりと覚えています。


そして、成長するに従って、
勉強できる子=頭のいい子 とは違う と思い始めました。

勉強はできるけど…
友達の気持ちも考えないで自分勝手な行動をとる子、
先生の前では優等生なのに、友達の前では「バカ、死ね」と言う子、
掃除の時間にさぼっている子、
約束を守らない子、
いつも遅刻してくる子など、
私はそんな子を見ていて、とても頭がいいとは思えませんでした。

本当の頭良さとは、勉強だけできていればいいというものではないな、と子どもながらに考えたのでした。

私は、あまり勉強はできなかったけれど、世間勉強はたくさんしました。そして、自分で考えて行動できる大人になれました。それは世間の人たちが体験として私に教えてくれたお陰です。
もしかしたら、あの頃、勉強ができた友達たちよりも、私の方が今は幸せに暮らせているのかもしれませんね。


『きっといつかは良くなる』と思えば、きっと良くなるはず!

劣等感がある人ほど、先に行って伸びる可能性があります。
ダメだったら、どうすればいいか?
できなかったら、他にできることはないか?
わからないところは、人に聴いてみよう。
と思えます。

私の尊敬する松下幸之助さんは、小学4年生で学校を中退し、自分に劣等感があったといいます。しかし、人の話をよく聴き、教えてもらい、周知を集めることで大成功した人です。

自信がある人は、自分を振り返ることはしないかもしれません。
プライドの高い人は、人に頭を下げてお願いすることができないかもしれませんね。

ダメな自分も、自分です。
でも、そんな自分なりに、自分の生きる道を確実に歩んでいれば、きっと人より秀でてくるものが出てきます。その秀でたものをやり続けることで、充実した人生になってくるのだと思います。

私は51歳になっても、結果は今ではないと思っています。
これまでに頑張ってきたことは、これから必ず現れてくるでしょう。
それを楽しみに今よりももっと良くなることを信じて、
子どもたちと楽しんでいきたいと思います。

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