今日の午後、内輪で話をしていたら、○さんに「自分があまり好きではないのはどうすればいいでしょうか」というような相談をされました。
○さんは、自分に自信がなく、自己評価が低いようでした。
そのせいで、人のことがあれこれと気になり、いろいろと悩みが出てくる…。
行き着くところは常に自分なんですね。

本当は、いいことも悪いことも考えないことが一番の解決策なのですが、考えない様にしようと思うと考えてしまいますね。
だったら、考え方を変えてみたらどうでしょうか?

禅には、こんな言葉があります。
念起こる これ病なり 継がざる これ薬なり

「ふっと思った考えには善悪はない。これをあれこれと考え続けるから間違うのだ」といいます。

外界の出来事に接して、「あいつめ、何と嫌な奴だ」と思うのが病。
それを発展させれば心は傷つかない。これは薬なのだと言っています。

他人から非難されたりした時、ただ怨んだのでは病になります。
しかし、「この出来事は、何の意味なのか?」「神様仏様は、私に何を教えようとしているのか?」を考えれば、心は傷つかず、自分が良くなる薬になると言うのです。


過去の嫌なことを思い浮かべては、ネガティブに考えを巡らせる…。
これは、本来の心ではなく、暗黒の海底から浮いてくる”あぶく”だと言います。
この暗黒の泥を仏教では無明(むみょう)と言い、根本的無知とも言われます。

そして、私たちはこの心を本来の心と間違って行動しているのだそうです。

中には、あぶくを拾って大きくしている人もいますが…。
そんなことをしていると、益々自分が苦しくなるばかりです。

自分でも「嫌だな」と思う感情は、すべて妄想や煩悩のあぶくの心だったのだと捉えて、本来の心の輝きを見失うことのないようにしたいものですね。


目標のない自由

人を助けてわが身助かる