「大体」「適当」「いい加減」と聞くと、あまりいい事のようには思えませんね。
だって親や先生は、「ちゃんと」「キチンと」「しっかり」しなさいと言いますから…。

数年前、こんなことがありました。
初めて学童保育にボランティアに来てくれた高校生のAくんに、
粘土のブロックを「適当に人数分に分けてくれる?」と頼みました。

するとAくん、粘土を前にし、座ったままで動かなくなってしまいました。

その数7人分。
定規や量りはありません。

偶数なら簡単なのですが、奇数となるとなかなか難しいようでした。

さて、どうするかな?
と見ていましたら、端の方から順番に粘土を切っていったのです。
ですから、分けた粘土はバラバラの大きさになってしまいました。

これって、やった人ならわかるでしょうが、7等分に分ける時は、大体の目安に7分の3のところに印をつけて、それぞれ3等分と4等分にすればいいんです。すると大体7等分になります。

小学生の遊びの場面ですので、詳細に分ける必要のないところですが、明らかに大きさが違っていても困ります。

Aくんは2人兄弟でしたが、家の中では2等分か多くても4等分しかしたことがなかったようでした。

我が家は兄弟が多かったので、小さい頃から”分ける”のは日常的に行っていましたので、ホールケーキ、パン、リンゴなど、一つのものを分けることは、そう難しいことではありませんでした。

兄弟数の差を感じた出来事でした。


特に一人っ子というのは、兄弟と食べ物などを分けることがないわけです。
ですから、親が意識して分ける体験をさせる必要があります。
Aくんのように、失敗してもいいんです。
そうやって、失敗してみていいやり方を教えてもらったり、生み出したりして、最終的にできるようになるでしょう。
問題なのは、親がやってあげてしまうことです。
子どもに失敗させることを可愛そうだと思っていることです。


大体とは、おおよそのこと。
適当とは、度合がちょうどよいこと。
いい加減とは、適度のことです。

こう解釈すると、バランスがよいことに思えるでしょう?
そうなんです。このバランス力が大事なんです。

いくらまじめでも、勉強ができても、スポーツができても、
バランスが崩れると倒れてしまいます。
失敗させないように育てても、バランスが悪かったら何もならないのです。

昨日のブログ「地頭力」の中でもご紹介しました「フェルミ推定」も、
「大体」「適当」「いい加減」な推測が必要なんですね。

要するに、柔軟な思考です。

常日頃から、「ちゃんと」「キチンと」「しっかり」しなければならなかったら?
バランスが崩れて倒れてしまいそうです。

ここぞという時に「ちゃんと」「キチンと」「しっかり」するためにも、
「大体」「適当」「いい加減」に生きていった方が、私はいいと思います。

でも、これはあくまでも真面目な生き方が前提ですが…。

発想を変える

地頭力