私たち人間は、どうしたらいいかわからなくなって悩む時があります。
悩みながら大きくなったとも言えますね。

『悩む』を辞書で調べると、
決めかねたり解決の方法が見いだせなかったりして、心を痛める。思いわずらうこと。「進学か就職かで―・む」「恋に―・む若者」「人生に―・む」
対応や処理がむずかしくて苦しむ。困る。「騒音に―・む」「人材不足に―・む企業」
などとあります。

神様は、なぜ人間に『悩む』ことを試練として与えたのでしょう?
私は、悩むことは成長の糧になるものだと考えます。
大人になっても成長が必要な時、心の糧を得るために悩むのなら、悩みも悪いことではありませんね。

しかし、その悩み方が問題なのだと思います。
「私はなんてダメな人間なんだろう」
「なにをやってもうまくいかない」
「どうせいつもこうなんだ」
など、自分を否定したり、落ち込んだりすると『悩み』になりますが、

同じ事柄でも、
「何が原因で失敗したのだろう」
「次はどのようにしたらいいだろうか」
「どちらを選んだら、結果が良くなるだろうか」
「自分の足りなかったところはどこだったかな?それをどう補おう」
と、問題を掘り下げると『反省』になります。
すると自分の足りなかったところや改善すべき点、これからどう進んだらいいのか?
ということが見えてきます。

自分の人格を否定する悩み方をしている人は、悩みから抜け出せず、
ウツや心身症などの病気をまねきかねません。

悩み方にも人それぞれ癖があるので、
自分の悩み方の癖を知って改善することが大事なんですね。


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