人間というものは、自分がしてあげたことはいつまでも覚えているもので…。
自分のエゴ(自我)を中心に据えて生活をしているからですね。
だから、理屈っぽくなるし、人に親切にしても、愛情を表現しても
「やってあげてる」という我が強すぎて嫌味になったりします

私は恩師に、
「自分がしてあげたことはすぐに忘れなさい。
そして、他人からしてもらったことは一生忘れてはいけません」
と教わりました。

本当にそうだなと思いました。
考えてみれば、自分のしてあげたことなんて、人からしてもらったことに比べたら大したことじゃないです。それをあたかも、俺(私)のお陰だろうとばかりに恩着せがましく「あいつは誰のお陰で…」なんて考えてしまうから、素直に「ありがとう」が言えないのかもしれませんね。

生きている間に仏心になる

死ぬときには何も持ってはいけません。
「私の人生って本当に楽しかったな。みんなありがとう」と思える満足感・達成感・感謝の気持ちがあればいいと思うのです。その徳は、自分が死んだあとも自分の魂に残ります。そのためには、今生きている間に仏心になることが大切だということですね。

仏心になるとは、『大慈悲』のことで、アビダルマ教学においては、厳密に「慈・悲・喜・捨」(じ・ひ・き・しゃ)に分別され、四無量心、四梵住とも呼ばれているそうです。

慈 -「慈しみ」:相手の幸福を望む心
悲 -「憐れみ」:苦しみを除いてあげたいと思う心
喜 -「随喜」:相手の幸福を共に喜ぶ心
捨 -「落ち着き」:相手に対する平静で落ち着いた心



自分が「してあげた」ことはすぐに忘れて、人に「してもらったこと」は一生涯忘れず、生かされていることに感謝すること。人間同士、共に喜ぶ心を持つこと。
「生きている間に仏心になりなさい」と、天は人間に教えてくれているのですね。

教えられたことをすぐに忘れてしまうのも人間です。
教えを忘れず活かせられるように、日々精進ですね。

「ま、いいか」という心のゆとりを持つ

レジリエンス(折れない心)の育て方