「高いところからものを見ているから、人が近寄れないのだ。
水が低いところに流れるように、人の心も低い方へ流れる。
頭を下げて低くなりなさい」


これは、私がまだ20代の頃、恩師が教えてくださった『人としての心のあり方』です。

学校でも企業でも、「(誇り)高くあれ」と教えているところですが、
私の先生は、「低くなりなさい」と教えてくれました。
”実るほど頭を垂れる稲穂かな”です。

これは、「鼻高々で物事を見ていると、人が寄って来ない。頭を下げて通らせてもらうから、人が道をあけて手を差し伸べてくれるのだ」ということなのだと思います。


私たちは一人では生きて行けません。
人に頼って、迷惑をかけながら生きています。
それなのに人の思いやりを忘れ、自分勝手で傲慢な態度や驕りがあっては、人はそんな人に近寄ろうとは思いませんし、まして手を差し伸べようとも思いません。

以前、こんな事件がありました。
プライドの高かった老人が、人に頭を下げることができずに、人からの援助も拒否して孤独死をしました。数日間、誰にも発見されなかったそうです。

他にも、ある母親がやはりプライドが高く、人に助けてほしいと言えずに八方塞がりになって、子どもを道連れに無理心中を図った事件がありました。

自分や子どもの命よりも、プライドや驕りがそんなに大事なのでしょうか?
死ぬ気になれば、頭を下げることなんて簡単です。

仏教では、命を大事にしないことが一番の悪だといいます。

驕りや高すぎるプライドは、自分の命を縮めているようなものです。
プライドにも、善悪があることを知ってほしいと思います。

全ての人は、お互い様で暮らしています。
相手が全部悪いわけでもないし、自分が全部正しいわけでもないのです。
お互いが気持ちよく暮らしていけるために、「頭を下げて通らせてもらいなさい」ということなんだと思います。


小さなことにイライラしない

蛙の願立て