新年に入り、もう10日目。

「1月行く、2月逃げる、3月去る」といいます。
今年度もあっという間に終わってしまいそうですね。

私の頭は、新年度に向けてフル回転しています。
来年度の準備はもう始まっているんですね。

最後の最後まで気を抜かず、事業に取り組んでいきたいと思います。


さて、平成もあと1年ちょっとで終わりを迎えます。
昭和から平成にかけては、バブル好景気で学歴が重視される時代でしたね。
その後はバブルが弾けて、長い長い不景気の時代が続き、やっと今新しい時代の入り口に差し掛かっています。

今、私は社会福祉主事資格講座で「社会学」を学んでいる最中ですが、人の行為(生活、自殺等)や人口の変化(少子高齢化等)は、時代背景に影響されることが大きいようです。

詰まるところ、私たちは幸せを求めているのですね。
個人が幸せでないから社会問題も起きる。
どうすれば、皆が幸せに生きられるか?
と考えてしまいます。

しかし、実際には学歴社会は以前よりもなくなってきています。
学歴よりも、人間性(判断力、理解力、コミュニケーション力等の個人の資質)を重視する企業が増えてきたからでしょう。
それは、私も感じるところです。

ということは、これからの時代は学歴ではなく、人柄が重視される時代なんですね。
どんなに勉強や仕事ができても、人となりやコミュニケーションが悪かったら採用されないのです。これは、これから社会に出る子どもたちをどう育てていくかに関係しています。

家庭や学校、その他の教育機関は、精神上も考えて子どもを教育・保育していく必要を感じます。そう、心の教育です。学校でいうと「道徳」です。それも、小学校までにやらなければ身につかないと思います。

時代は変わっていきます。
今までは頭と体を重視していましたが、これからは心の時代がきます。
三位一体(知・徳・体)のバランスが益々大切になっていくでしょう。


年始から運の話をしてきましたが、自分の人生の道を切り開くためには「明るさ、楽しさ、ワクワク」が必要なのだと思います。苦しみ抜いて成功した人はいません。松下幸之助さんも、本田宗一郎さんも、寝る間も忘れてワクワクしながら仕事をして成功した人です。これはきっと本人の中では苦労とは言わないんですね。

幸せは案外身近なところにあるものです。
それを「ありがとう」「感謝しています」と口に出して、周りの人と穏やかに生きていけたら
その人は生涯幸せな人生を送ることができるでしょう。

子どもの頃、
転んだりしたときに大人の人に
「いたいのいたいの、とんでいけ~」
と言われたら、本当に痛みが治った気がしました。

皆さんもこんな経験ありませんか?

昔から言われている”おまじない”には、根拠があったんですね。

日本語には魂が宿ると言われる”言霊”のある不思議な言語だと言われていますが、
本当に暗示(おまじない)効果というものがあるそうです。

思った通り、言った通りに物事が進む効果で、
心理学では“呪術効果=インカンテーション”と呼ばれています。

例えば、ゴルフで目の前に池を見たとき、「落ちたら困るなぁ」と思うと池に落ちる確率が高くなり、『こうすれば池は越えるかな』と思ってスイングすると案外簡単に池越えできてしまう、というのです。

これは、「考えたり口に出したりしたことでその結果が頭の中にイメージされ、そうなるように行動してしまう、人間の単純な心理構造」だと言う人もいます。

実は、私たちの脳は「勘違いシステム」というものが働いているんです。
恐怖を想像すると背筋がぞ~としたり、緊張すると手に汗をかきます。
レモンをかじっているところを想像すると、唾液が出てきます。
このように、想像すると脳が本当にあったかのように勘違いして、身体が実際の時と同じように反応します。これが脳の勘違いシステムと言われるもので、心理学では常識として知られています。

ですから、心配すると脳が反応し、心配した時と同じように身体に反応が出てしまうので、結果として心配したようになりやすいそうです。心配性の人は心配な言葉や表情をしているので、それに引き寄せられ心配したことが起こりやすくなるのですね。

私たちは、人に悩まされているのではなく、自分の脳に振り回されているのです。
悩んだり落ち込んでいるから悪いことが起こってくる、という構造なんです。

ということは、思いが先ではなく、言葉を先にすればいいという考え方もあります。
(キリストさんも「始めに言葉ありき」と言っていますね。世界共通なのかな?)
そう、これこそ”おまじない効果”です。
「強気、強気!」(弱い気を払い、強い気になる)
「感謝、感謝!」(ないものねだりをせず、今あるものに感謝する)  等、
不思議なことに何度も言っていると、本当にそのようになってきます。

開運するためには、明るい、楽しい、ワクワクすることが絶対条件です。
暗いところには、運も人も寄り付かないし、悩んでいたら神様も入り込む隙間もありません。

そして、何事も受け入れることが大切です。
「いいことも悪いことも、自分が過去に蒔いた種を刈り取っているだけのこと」と思うことで、自分の人生を受け入れることができるようになってきます。

反対に、人のせいにしていると、いつまで経っても刈り取ることができずに同じ試練を繰り返さなければなりません。

「マジメ、ジメジメ」になっていませんか?
真面目な人は要注意ですよ。


正月早々から良い年を迎えた私ですが、
今年は過去最大の運気上昇の年。
昨年の数倍上がる年にしたいと今からおまじないをかけています(笑)

私の周りにいる人にもおすそ分けできるように、
開運!強運!パワーアップ!!
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(1月2日 伊勢神宮内宮の正宮からのご来光)

1月3日の富士山
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伊勢からの帰りに富士山を見てきました。
真っ青な空で、富士山がとてもきれいに見えました。


今年は、お正月からお伊勢さんにお参りができ、
帰ってきたら早速運気が上がったように感じます。

実は私、今年は絶好調の運気みたいなんです。
社長の運が上がると、会社全体が上がるので、
私の周りの人も、一緒に運気を引き上げていきたいと思います!


さて、神社にお参りに行くと幸運や開運をお祈りしますね。
私は会社を経営しているので、「運」というもの常に意識して行動しています。

「運も実力の内」とも言いますが、幸運を引き寄せる努力を行うことも経営者のやるべきことの一つなんですね。私の尊敬する松下幸之助翁は、自分の会社に神社を創ったり、神社仏閣を寄進したりして運を上げた人です。

この「運」というもの、どういう仕組みになっているのでしょうか?
運の良い人と運の悪い人の違いとは何でしょうか?

運は自分で掴むものと言われますが、
努力して運を掴める人は、元々幸運を持って生まれた人のようですよ。

私達は、「これをすると失敗するんじゃないか、不幸になるんじゃないか」と心配が先に立ってしまうことがありますね。あれこれと気にして心配し過ぎると、本当になったときに「ああ、やっぱり」と思ってしまいます。

でも、それは自分で不運にしているのですが、そういう人は元々持って生まれた運の悪さが厄となっていてそのような思考になったりするそうです。心で思っていることは、言葉になったり表情に出るので実現化しやすいのです。

中には、「努力ではどうにもならない運」というものがあるそうです。
そんな人は、運の良い人の傍にいるといいそうです。
強運な人の近くにいるだけで、自分の運も引き上げてくれます。

反対に、運の悪い人は近くにいる人の運も下げてしまうそうです。

もしかすると、平穏無事なのは、自分の近くにいる強運な人に守られていたのかもしれません。目には見えなくても、気の流れや力は確実に自分に影響を及ぼすものです。

今年も良い運気を取り込んで、楽しい一年になりますように。
皆さんの幸運をお祈りしています。

最近、人の目を気にして、振り回されている人の話を聴く機会がありました。
自己肯定感が低いのがとても気になりました。

これにも理由がありそうだな、何が原因だろう?と考えてみました。

よく観察してみると、根底に持っていなければならない「自己肯定感」や「自信」がないような口調や表情をされていました。自分のことを認めることができていないのではないだろうか?そんな風に感じました。


自己肯定感とは?

「私は私でいい」という、自分自身を肯定・認めることを自己肯定感といい、自尊感情、自己評価ともいいます。これを自信と裏付ける人もいますが、単に何かができるという自信とは違い、自分は存在価値のある必要とされている人間なんだという安心感のようなものが根底にあるものです。
しかし、これが持てなくなると、人は心配な症状が出たり、気になる行動をとったりするようです。


自己肯定感が育っていなかったら?

自分の考えよりも人から言われたことを優先してしまうため、人に振り回されて落ち込んだり自分がないなど、悩みの原因になることもあります。人の目をきにするあまり、本来の自分を見失ってストレスで体に異変が出たり、出社拒否や引きこもりなど、気になる行動をとってしまったりするようです。


解決策は?

自己肯定感は、乳幼児期の子どもの頃に培われるものが大きいと言われます。
愛情をもって育てることが一番ですが、甘やかすことではなく、甘えを満たして安心感と自立の芽を育てることです。自分を大切に思う気持ちや存在価値を子どもの心に育てていくことが大切です。

しかし、もうすでに大人になってしまった人の解決方法というのは、「あなたはあなた、私は私」という境界線を引くことです。境界線を越えて、相手の領域に入ることを「境界侵入」といいます。

人の意見は、それなりに尊重すべきではありますが、他人が自分のことを知って言っているわけではありませんし、それが正しいとは限りません。まして、相手の言葉を鵜呑みにしたり、真に受けたりして、全て言うことをきかなければいけないわけでもないのです。

最終的には自分で判断し、自分でどうするか決めればいいのです。
境界線を引いて、それを守ることは、自分を大切にすることであり、同時に相手の人格を尊重することでもあります。


境界線を引くこととは?

例えば、こんなことを人から言われた時、あなたならどうしますか?

1、「子どもが騒がしいのは、あなたの躾ができていないせいよ」
2、「息子さんには悪霊がついています。このままでは一家破産ですよ。祈祷料100万円です」
3、「お隣の息子さんが有名進学校に合格したんですって」

それでは境界線を引いてみましょう。

1、⇒小さい子どもが騒がしいのは、ある程度は仕方のないこと。騒がしくしてはいけない時にキチンといいきかせるようにしよう。
2、⇒こうなった原因は、いろんないきさつがあったからで悪霊ではない。原因がわかれば改善できる。
3、⇒お隣の息子さんとうちの息子の目標は違う。それぞれの道で頑張ればいいんだ。

もしも、境界線がなかったら?

1、⇒「あんたたちのせいで、お母さんは怒られたじゃないの!静かにしなさい!」
2、⇒「一家が破産なんて困ります。100万円払いますから何とかしてください」
3、⇒「あなたもお隣の息子さんに負けないように、勉強をもっと頑張りなさい!」

境界線が引かれずに、こうなってはいませんか?

境界線とは壁ではなく、生垣のようなものだといいます。
風も通るし、話もできる。そして、移動もできます。
今日は余裕があるから境界線を手前にして、相手の意見を取り入れようとか、
相手が機嫌が悪そうならしっかり防壁にしなくっちゃというように柔軟に変えられるのです。

境界線がないのはお互いに苦しいものです。
いつも馴れ馴れしく、ずけずけと入ってくる。
あまりにも頑丈な壁に閉じこもってしまう。
適切に、境界線を設定したり、変更したりできることが人間関係をうまくやれるということなんですね。

いい人間関係にしたいのなら適切な境界線を引き、それを守っていくことが大切です。

先日、あることで疑問に思ったことがありました。

それは、
 まじめな人ほど、固定観念や思い込みに囚われているのではないか?
 どのような視点や思考で物事をとらえているのだろうか?
 柔軟な、臨機応変な考え方をどのように学ばせればよいのか?
ということでした。

私がまだ20代の頃、恩師から次のように教わりました。
「まじめは良いが、硬いのはダメ。まじめで柔らかい人になりなさい」と。
まじめな性格は良いのだけれど、硬い考えではすぐにポキンと折れてしまう。竹のようにしなやかに、お餅のようにのびて切れない柔軟な人になりなさい」と教わりました。


では、硬い考え方とはどのようなことをいうのでしょうか?
思いつくものはやはり固定概念と思い込みですが、他にも、先入観や自意識過剰などもあるかと思います。

整理してみました。

・固定観念:心の中にこり固まっていて、他人の意見や周りの状況によって変化せず、行動を規定するような観念。固着観念。

・思い込み:(おもいこみ)とは、深く信じこむこと。 また、固く心に決めること。 思い込みをする人は、ある考え方に執着し、合理的な推定の域を超えて、固く真実だと信じ、自分が正しいことを言うために、常識・道徳・前例・先入観・固定観念などを根拠にすることがある。

・先入観:初めに知った事に基づいて作られた固定的な観念。それによって自由な思考が妨げられる場合にいう。

・自意識過剰:(じいしきかじょう)とは、自分自身の事柄に関して過剰に意識している人。 自意識過剰とされている者には自分の外見や行動などが他人からどう思われているかなどに、必要以上に注意を払っている傾向がある。


では、このような考え方を改善するにはどのようにすればよいのでしょうか?

固定観念、思い込み、先入観のことをTRIZ(開発工学における発明的問題解決の理論)では、「心理的惰性」というそうです。

たとえば、私たちは衣類の汚れを落とすために、洗濯機で洗いますね。
毎日毎日洗濯すると、衣類の布地が傷んだり、色あせやゴムの部分が延びてしまったりします。主婦としてはとても困りますね。
これは本当に解決が難しいのでしょうか?

では、あなたが洗濯機の開発者だとしたらこの問題をどう改善しますか?

あなたの「先入感」がじゃまをして、「コストがかかるのでできない」とか「これ以上開発は難しい」など、心の中で考えて問題に取り組んでいませんか?
この時に必要なこと、それが「視点を変えて見ること」なんです。
視点を変えることで、先入観を取り去ることができます。

たとえば、洗濯機の機能とは何か?
衣類の汚れを取り去ることだとすると、本当に洗濯機は必要なのか?
汚れを取り去る何かが実現できれば、必要ないわけですよね。

そもそも、毎日、洗濯することは必要なのか?
という視点もできます。

毎日洗濯しなくても済むコンパクトで大容量の機能を備えたものを開発する。
色落ちしない洗剤との共同開発という手もあります。

または、洗濯機を衣類を傷めないゴムの構造にしてみる。
スチームや風で洗う構造にしてみる。
ドライクリーニング機能を家庭でできる洗濯機を開発してみる等、
視点を変えることで様々な可能性が見えてきます。
出来ないことはないのかもしれません。

そう、心理的惰性を排除して考える事ができれば、たくさんの可能性を見つけられる手掛かりとなれるのです。

臨機応変に、というと難しい人もいるでしょう。
もっとわかりやすくいうと、「視点を変えて見てみなさい」ということです。

難しい専門用語もシンプルにわかりやすく言い換えると、
結局は、”もっと柔らかい頭で考えろ”ということなんだと思います。