今振り返ると、子育て真っ最中の大変だった頃が一番、乾いたスポンジが水を吸い込むようにいろんな事を吸収していたように思います。1週間に数十冊の本を読んだり、子どもを連れて行ける講演会や勉強会に参加したり、いろんな人の話を感動しながら聴いたり、何でも吸収していました。それがあったから子育てをテーマに起業できたし、子育てセミナーなどでアウトプット出来きて、微力ながら世の中のお役に立つことができているのだと思います。

あれから25年が経過しましたが、今また第二のスポンジ期が到来したようです。
以前は家庭教育や子育ての分野でしたが、今は保育の専門的な勉強をしています。

私は保育士ではないので、他の先生たちのように大学で保育を勉強したことがありません。知識よりも実践が先だったため、わからないことだらけから子育てが始まりました。だからこそ知識が大切だと感じたのですね。わからないから調べようと勉強し始めたのがきっかけで、保育に出合いました。

今、保育の専門的なことを勉強するたびに、自分の子育てを振り返って考えてみることができるので本で勉強していてもイメージすることができます。体験が理解につながるということは、こういうことを言うのだと実感しています。

だから、何事も遅いということはないのですね。
子どもの頃は、あれほど勉強嫌いだった私が、今勉強することがとても面白いと感じています。


話は変わりますが、これからの学校教育は大きく変わっていくそうです。
今までの一斉型の授業ではなくなっていくそうですよ。

子ども達が大人になる数十年後は、今ある職業が半分ほど消えていくと言われています。
第一に消える職業は、銀行の窓口業務だと言われているそうです。
人工知能が発達し、そのような業務はロボットが行えるようになります。
究極のところ、人工知能のロボット社会になればなるほど、人間の手作りの仕事が重要視されることは間違いなさそうです。

ですから、今のように一斉授業で知識を詰め込む教育をしても、将来使えない教育なのかもしれません。だって一次方程式なんて、大人になって一回も使ったことはないです。それよりも、意欲や根気、好奇心といった心は社会に出てから絶対的に必要な資質・能力になります。

このような背景から、これからの学校教育は子どもが興味があることを追及していく授業が増えていくと思われます。それは、資質・能力を育てるためであり、その傾向は保育の分野にも降りてきています。

保育所の役割は、ますます重要になっていて、平成30年に改定される保育所保育指針では、保育所は教育機関にあたることが初めて記載されました。これは保育所は、養護と教育を一体的に行うことを業務とすることを表しているのです。

従って、保育所の保育士は、幼児教育も勉強する必要があります。
特に3歳児以上では、小学校就学までに育てたい10の項目を指導案の中に取り入れてほしいです。

新しい保育所保育指針だけでも、かなりの量を勉強する必要があります。
それだけでなく、幼稚園教育要領や小学校の学習指導要領も併せて確認しておくことが必要だと思います。

読むだけで大変な量の資料ですが、私はこれが面白くてもっと知りたいと思いながら読んでいます。

興味のあることは、大変だとは思いませんね。
子ども達もきっと、自分の興味のあることなら進んで勉強するようになるでしょう。
もしかして、私のように勉強だとは思わず、自分の興味を満たすための楽しみに思ってくれるかもしません。
そう、乾いたスポンジが水を吸い込むように、勝手に知識を身につけていくことでしょう。

保育も教育も日進月歩。
好奇心と探究心をもって、先生たちも新しい知識を勉強してみませんか?

以前、病院の待合室で、1歳半くらいの男の子を連れたお母さんが、「ここはお家じゃないのよ。静かに座っていなさい」「みんなの迷惑になるの。何度言ったらわかるの?いいかげんにしなさい」と、よちよち歩きの子どもを追いかけながら、何度も何度も言い聞かせていました。

でも、お母さんが言えばいうほど、子どもはぐずっていました。
お隣に座っていらした年配の方が、「大丈夫よ、気にしないで。うちの子もそうだったわよ」と言ってくれているのですが、お母さんの目は子どもに一点集中して、何を言われても「すみません」と言うばかり…。

私は、そのお母さんも子どもも、可哀そうになってきました。
もう少し、子どもというものを理解していれば、楽になるのにな…と、自分の子育て中の頃を思い出していました。


子どもは小さくて未熟です。
当たり前ですよね、子どもなんだから。
でも、時々、親は子どもだということを忘れてしまいます。

・ちゃんとできない
・言うことをきかない
・甘える
・我がままを言う
・自分勝手
・すぐ泣く

頭ではわかっていても、毎日これが続くとイライラしてしまいます。

「子どもなんだから、当たり前よね」と、ニコニコ余裕の人は少ないのではないでしょうか?

「なんでちゃんとできないの?!」
「早くしなさい!」
「言うことをききなさい!」
「何度言ったらわかるの!」

と言ってしまう気持ち、とてもよくわかります。
昔は私もそうでした…(反省)


そんな私が子育て真っ最中のある日、長男が通っていた幼稚園主催の子育て勉強会に参加した時のこと。当時93歳の先生が、「子どもは小さいくて未熟なのです。それを大人は忘れていますよ」とおっしゃっていました。

本当にそうです。
できなくて当たり前なのに、子どもが自分と同じように出来なければイライラして…。
反省しました。

子どもはまだ小さくて未熟だから、
・気持ちのコントロールができない
・割り切れない
・出来るまで時間がかかる
・自己中心的
・理解が難しい   
のです。
それを理解したうえで、大人は生きる術を子どもに教えなければならないのだと思いました。


公共の場で、子どもを静かにさせることは必要かもしれませんが、どちらかというと見ている方はお母さんのイライラした声の方が気になります。子どもはある程度動き回っても仕方ないものと思って、危険なこと以外は静かに見守っていてもいいのではないでしょうか。
泣いたり騒いだりするのであれば、その場から連れて一度外に出てみる。
そうすることで、子どもも落ち着くこともあります。

私も4人の子どもがまだ小さい頃は、同じような思いをしてきました。
だから、子どもというのはお母さんの気持ちが反映されるものだということも実感としてわかっています。お母さんがイライラしたり、不安定だと、子どもは察知して同じようにイライラしたり、不安定になったりするものです。
まずは、お母さん自身が、気持ちに余裕を持ってくれることが一番いいのですが、それもなかなか子育て中は難しいかもしれませんね。

そんな時は、子どもをご主人やご両親、保育サービスの支援を受けてみて、一度、ひとりで息抜きなどしてみてはいかがでしょうか? 子どもと離れることでリフレッシュでき、自分を客観視できるようになるかもしれませんよ。心に余裕を持つことが必要な時ですね。


私は子どもを産んで育てるということは、それだけですごいことだと思っています。子どもを産むために苦しみ、痛みを我慢して、生まれた後は、自分の時間の大半を子どもに費やしています。それって、自分以外の人のために人生の大部分を”奉仕”していることになります。何の見返りも求めずに、おっぱいをあげたりおむつを替えたりするんですよ。すごいことだと思いませんか?
親になるのは試練の連続ですが、大きくて深い人間になっていけるチャンスなのですね。

自分はダメな母親だと思わずに、自分も子どもも許すおおらかな気持ちを持って、楽しい子育てをしてほしいなと願っています。

昨日から、日本保育協会主催(東京開催)の「改定保育所保育指針セミナー」に参加しています。
募集人数の倍の数の応募があり、今回のセミナーは募集人数よりも多い270名の参加になりました。日本全国の保育所の施設長・主任が7割程参加されています。

今回の改定は、
厚生労働省「保育所保育指針」
文部科学省「幼稚園教育要領」
内閣府「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」
の3つ同時に改定になったそうです。

7月に全国3か所で保育所関係を対象に説明会を行った「中央説明会資料」(保育所保育指針解説書の原本になるもの)を元に、1日目の昨日は、厚生労働省子ども家庭局保育課保育指導専門官の講義でした。

すでに改定保育所保育指針は、ネットで公開されていますのでご覧ください。
保育所保育指針平成30年4月1日

今回のセミナーは、膨大な資料と内容でした。
総則が増えて、保育の内容では0歳児保育の重要性が追記されています。
災害時や職員の研修も項目になりました。
職員研修は、キャリアアップのための研修も含まれています。

全体的には、より具体的になったかなという印象ですが、あいまいなニュアンスもあり、園の指針に従い柔軟な保育を行ってほしいということだと思います。

施設長・保育所長(園長)・主任等の管理者は、常に勉強していかなければいけないと感じましたし、これを保育士達に周知させなければなりません。
やはり職員は研修で自己研鑽することが必修のようです。
これからも保育の質の向上に努め、職員の園内外の研修を行うよう指導していきます。


今日は2日目の講義は、O大学の教授と、S大学の学長のお話です。
しっかり頭に入れてきたいと思います。

毎日、暑い日が続きますが、皆さんお変わりございませんか?
私は夏休みに入り、暑い熱いおおきなかぶサマースクールで、毎日小学生たちと楽しく過ごしています。

夏バテなんてしていられませんから、
モリモリ食べて、夜も早く寝るようにし、体力温存して学童に臨んでいますよ


小学生は面白い!

我が子も4人育てましたが、やっぱり小学生時代が一番面白かった!
学童の子どもたちも、保育園や幼稚園から見てきましたが、小学生になって少し難しい遊びや会話もできるようになり、ようやく面白くなってきました。

幼児期にはなかった個性も出てきて、人間関係もだんだん複雑になり、問題を乗り越えたり解決したりする過程を一緒に体感することができる学童保育は、私にとっても貴重な勉強の場です。

今年も「子どものためのコミュニケーション講座」を低学年と高学年に分けて行います。毎年行っていますが、これを行うことで相手の気持ちを考えたり、チームで行動するのが上手になりました。
夏休みはグループ活動が多いので、リーダーが見違えるほど成長するんですよ。

教えたことが即行動になって現れる小学生は、大人が何をどうやって教えていくかで大きく変わる時期だと思います。
結果がでやすいので、わかりやすい。それが面白い理由かな?


大切なことを子どものうちに教える

小学生時代は、「心の教育」を一番行わなければならない時期です。
心の根っこを育てることで、将来、人の道に外れない人間に育っていけたらいいなと思います。そのためにも大切なことは、素直にきける小学生時代にしっかりと教えなければなりませんね。


そして、この時期にやらせたいことは、友達と思いっきり好きなことをして遊ばせることです。
自由にさせてあげることで、満足感や達成感、充実感を覚えることができます。
その気持ちが、将来、社会に出たときに試練を乗り越える原動力になるのだと思います。

おおきなかぶ学童保育では、イベントを通してチーム力を育てたり、自由時間で思いっきり遊んだりしてメリハリをつけています。それぞれが、自分の好きなことをして過ごすのですが、大騒ぎです。それでもいいのです。大騒ぎできる時に好きなだけさせたらいいと思っています。

私も子どもの頃に、思いっきり好きなことをして遊んだ経験を持っています。
楽しい、面白い、うれしいという感情は、自分自身の原動力になって、少しくらい嫌なことがあってもへこたれない、心の強さになっているのだと感じます。

楽しく過ごした経験を持つ人は、人も楽しませることができるようになります。
それは強いては『人徳』となって、自分を助けてくれる大きな力になるものです。

人はどこまで行っても人で悩むもの。
どうせ悩むなら、小学生時代にケンカや仲直りの経験をたくさんしたほうがいい。
躓いて転んで、自力で立ち上がる経験があるから、転んでも大けがをしないで上手に転べるようになるのだと思います。人間関係も同じではないでしょうか。


今日も子ども達に会えるのが楽しみで早起きしてしまいました。
楽しい1日にしたいと思います


昨日の続き…

昨日のブログを書いていて、「ブッタの教えを知らない子はどうなるのかな?」なんて思ってしまいました。

昨今の殺人、強盗、覚せい剤、売春などの少年犯罪のニュースを見聞きして思うのは、どうして子どもたちは、やってはいけない一線を簡単に越えてしまうのだろう?ということです。

子どもは大きくなると、親の見えない部分が増えてきます。
その時になってはじめて自分で自分を律する心が必要になってくるわけです。
ですから、幼い時期から子どもの心に、『倫理・道徳心』を植え付けさせるよう、大人がやってはいけない一線を示し、話して聞かせることが必要ではないかと思っています。


私が子どもの頃、母がテレビのニュースを見ては、
「悪いことをしたら必ずおまわりさんにつかまって、こうやってテレビに顔が出るとよ。日本の警察は優秀や。親も兄弟も、家族みんな不幸になるかい絶対に悪いことはしたらいかんよ」と、ひとりごとのように子どもたちに言い聞かせていました。

じいちゃん、ばあちゃんたちは、
「ちゃんとお天道様が見ちょるよ」
「悪さをすれば、罰が当たる」などと言って、陰で悪さをしても誰かしら見ていて、悪いことをやったことへの体裁は必ず受ける、ということを孫たちに諭していました。

そして父は、親戚の叔父が孤独死をした時、離婚して連絡のつかなくなった叔父の息子たちのことを思い、「いくら頭が良くてもダメ。頭がいいと悪さを考える。羽振りが良くても、こういう結果になる」と言って、叔父が散々自分勝手な生き方をしてきたことを諌めるように、金勘定だけでは人は幸せになれないということを私たちに教えていました。

そうやって私は、幼い頃から家族に「倫理」や「道徳心」を教わって育ってきたのだなと思います。

倫理とは、人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。
道徳とは、人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く。

と、辞書に載っています。
要するに、人として、絶対にやっていはいけないことはやらないということだと思います。

倫理や道徳を教えるのは、大人になってからではなかなか難しい。
子どものうちにやってはいけないことをキチンと教えて、一線を越えた悪いことをしてはならないという怖さを教えることが必要なのではないでしょうか。

今の日本の教育に足りないものが、倫理と道徳心ではないかと思います。