ありんこ親子保育園では、7月3日(月)より、一時預かり事業を開始することになりました。

子育てで困った時、
私たちはあなたのそばにいます。
就労活動、リフレッシュ、家事、介護、通院等、
どんな理由でもご利用できます。

★子育て支援(困った時の一時保育)
 ○利用年齢:2歳~未就学児童
 ○利用時間:平日(土・日・祝日を除く)8:00~18:00
 ○料金:2歳児450円/1時間、3歳以上児400円/1時間
(登録料無料! 別途:給食費300円(お弁当可)、おやつ代100円、保険料100円がかかります)

※ ご予約は2週間前までに、申し込み用紙を園に提出してください。
※ 定員になるとお受けできない場合もあります。
※ ご利用前に保育士との面談があります。


ご利用ご希望の方は、ありんこ親子保育園までお電話でお問い合わせください。
連絡先:0475-53-3509(受付時間:13:30~18:00)

皆さんは、「つくる」という言葉をきいて、どんな漢字を思い浮かべるでしょうか?

つくるには、「作る」「造る」「創る」という3つがあります。
今日は、この3つの漢字の意味について、取り上げたいと思います。

作る
「作業」のこと。「プラモデルを作る」など。
材料が用意されていて、作り方も支持されている
つくるものの完成形もわかっています。

造る
「造形」のこと。「粘土で造る」など。
材料が用意されていて、作り方は自由
つくるものは自分で考えなければなりません。

創る
「創造」のこと。「文化を創る」など。
材料もつくり方も、つくるものも与えられていません。
その全てを自分で生み出したり、もってきたりして創っていく必要があります。


このことは、仕事にも当てはまります。

言われた事を、完成品通りにやる(作業)
言われた事を、自分なりに工夫する(造形)
言われなくても、自分で生み出していく(創造)

完成品通りに緻密な作業が必要な場合もあるし、
完成品はなくても、材料が用意されていなくても工夫を迫られる場合もあります。
起業するなら創造することが要求されますね。


発想の転換が必要

昨日のブログ「空き箱工作で知能を伸ばす」でご紹介したように、材料を自由に選んで自分で考えて”つくる体験”が、育つ過程ではとても大切で必要なことなのです。

しかし、大人は完成度の高い整っている工作(見栄えの良い作品)を子どもに求めてしまうところがあります。幼稚園の中には、親受けの良いものを子どもに作らせるところがあると聞いたことがあります。親受けする制作をしたところで、子どもの内面は育ちきれないのではないかと疑問を感じます。

それは小学校へ上がってからも続きます。
例えば、夏休みの工作。
小学校の夏休みの作品展には、完成度の高い立派な作品が並んでいます。
明らかに大人の手が入っているな、と思うものもあります。

立派な作品ですが、大人の感覚を押し付けては、子どもの発想の芽を伸ばすことはできません。下手でもいいから、もっと自由に思いのままにつくらせてあげてもいいのではないかと思います。

子どもは、考えたものを形にしていく過程で、失敗したり、工夫したり、成功したりしますが、この経験が子どもの将来の訓練になるのです。工作が好きな子は、はじめは簡単なものから作っていき、だんだん創造する遊びに発展するものです。その芽を摘まないように、夢中で遊べる環境を与えてあげることが大切なのではないでしょうか。

子どもの頃の”つくる”体験が、将来、仕事を持つようになってからの「仕事の取り組み方」にも繋がっていくのだと思います。

ありんこ親子保育園の夕方の活動と言えば、空き箱工作。
空き箱は常に用意してあり、自由に選んで作ることができるようになっています。
子ども達はテーブルや床に空き箱を並べては、考えながらハサミやテープを使って作っています。

私も小学校の頃、図画工作が好きで夢中で作った覚えがあります。
我が子達が小さい頃は、おもちゃよりも空き箱やトイレットペーパーの芯等で遊ぶことが多かったように思います。
通っていた幼稚園も空き箱工作が盛んで、毎日のようにお持ち帰りでした。

工作というと、小学校の図画工作や工作教室、工作イベントでするものと捉えていらっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんね。
幼稚園や保育園選びでも、工作が十分できるかをチェックする方はそれほどいないようです。子育て中の方の意識の中で工作の価値はかなり低いのかもしれません。

しかし、空き箱工作で知能が伸びると聞いたらどうですか?
幼児教育で空き箱工作を取り入れない方が、子どもの育ちにリスクがあるのではないかと思うほどです。

幼児教育の視点からみると、ブロック遊びは作りたいもの「お家を作ろう」「飛行機を作ろう」など、出来上がりを想像して作ることが多いのですが、空き箱工作は切ったり貼ったりできるので、作っている途中で「やっばりここに箱をつけよう」とか「ここを切ってみよう」と作りながら想像していくので、想像するものが臨機応変に変わっていくという特徴があります。

ですから、幼児の遊びはブロックが先で、空き箱工作はその後にさせるといいと言われています。
それに、手先を使ってハサミやセロテープなどを使って細かいものを作っていくので手先が器用になり、その結果、知能が刺激されていきます。

空き箱工作でたくさん遊んだ子どもは、
・全体的な構想を練る
・立体的なものを作る場合には、安定した形を作るためにキチンと寸法をとる必要がある
・材料が限られている場合には、その範囲内で代用できる物でつくることができる
・出来上がりに満足すれば遊び、満足しなければ遊ばない 等
様々な要因を考えながら創意工夫をしていくわけで、正に生きた「学習」をしていることになります。
(「知能を伸ばす」~子どもの可能性を育てる知能教育~より参考)


空き箱には様々な形や色があって、それには立方形とか箱の仕組みなどの難しい概念があるのですが、幼児はそれをあたかも”簡単に考えられるもの”に変化させてしまうのです。それは、まるで魔法のような力を持っているのではないかと思うほどです。
その発想には驚かされます。

子どもというのは、子ども特有の物の見方をしていて、長い短い、太い細い、深い浅い、厚い薄いなどを正確に捉えているわけではありません。小さい箱を並べて「おっきい(大きい)」と言ってみたり、ありの行列をみて「長いね」と言ったりします。しかし、このような体験をすることによって、空間についての理解が進んでいきます。子どものこうした姿を見ていると、観察する姿や考える力が変化してくることがわかります。

空き箱は、捨てる前にひと遊びさせましょう。
園で持ち帰った工作は、子どもが想像し表現した作品です。
子どもなりに工夫して作った満足感たっぷりの作品をお家の方に見てもらいたいと思うものです。「よくできてるね」と誉めてあげてくださいね。

作品が溜まってどうすればいいですか?という質問をいただくことがありますが、子どもと話し合って決めてほしいなと思います。それでも溜まっていく場合には、ある程度時間が経って遊ばなくなったものから、お家の人の判断で処分してもいいと思います。

ゴミが増える…と嘆かないで
今日はどんな作品が生み出されるのか、楽しみにしてくださいね

以前、一代で財を成した社長さんとお話をした時に、
「人生には山あり谷ありなのだが、山ばかりをポンポンと渡っていく人もいれば、
何故か、谷ばかり渡る人もいる。山を渡れる人が成功出来る人なのだろう」
とおっしゃっていたのが印象的でした。

「私も山を上手に渡りたい!」そう思いました。
”山が来る”というのは、チャンス到来の時。
では、どうしたらチャンスをつかむことができるのか?
事業を行う者にとって、チャンスとは「飛躍の翼」です。
絶対につかみたいと思います。

しかし、待ちに待ったチャンスがきても、つかむ準備ができていなければ
見逃してしまうことになります。

チャンスをつかみたいのであれば、
日頃から、チャンスをつかむ準備をしなければならないと思いました。

チャンスをつかむ準備とは、
精神・健康、時間、経済的な余裕を持っていること。

せっかく目の前にチャンスが訪れても、心身に健康を害していたら積極的にチャレンジすることは難しくなります。
目の前のことに追われていて時間的な余裕がなければ、考える余裕さえなくなります。
新しい事業を展開したければ、資金が必要です。

そのために、自己管理、時間管理、資金管理を行う必要があります。
個人事業であっても、大企業であっても、この3つのことが成功への秘訣ではないでしょうか。

チャンスはきっと、全ての人の前に平等に与えられているものだと思います。
チャンスをつかめる人とつかめない人の違いは、その準備ができているかどうかの違いなのではないでしょうか。

自分の暮らしを見直して、悪いところがあったら改善する。
成功への道は、日頃の誠実な暮らしの積み重ねだと思います。

チャンスをつかんで山をポンポンと渡リたい人は、
体力・気力・財力を身につけることが必要ですね。

人と人とは縁があって出逢ったのだと言われますが、
その中でも「通り過ぎる人、通う人、通じる人」がいます。

通り過ぎる人とは、接触はするものの深い付き合いにはならず通り過ぎていく人のこと。
通う人とは、交際のある人のこと。
通じる人とは、同じ考えや方向性が一緒の人のことです。

この”通じる人”とは、同志やソウルメイトのことで、出逢えたこと自体が奇跡に近いことだそうで、それもたまたま偶然出逢ったのではなく、早くもなく遅くもなくジャストタイミングで出逢うのだそうです。
だから、その時に通じる人だと気づかなくてはいけませんね。

そう考えると、人の出逢いって不思議で大切なんですね。

私たちの魂は、この”通じる人”を常に探しているのだそうです。
だから、人と話をするときに自分と合うか、合わないか、共感するものがあるか、ないか、
知らず知らずに通じる人かどうかを見極めてきているのです。

通じない人とはそれ以上深い話にはなりませんし、
心を許したからと言って、その人が通じる人かどうかは付き合ってみないとわからないときもあります。

だから、人付き合いって難しい、と思うのかもしれません。

その中で、通じる人と出逢えた時の喜びは、言葉に表せないほど嬉しいものです。
長く付き合っていても、通じてない人とはそれ以上の関係にはなりません。

ですから、通じる人に出逢うしかないのですが、ジッとしていては出逢うことはできません。

自分で探すことです。

探すのです。

きっと、相手も自分を探してくれています。


孤独な人が増えてきている現代ですが、
孤独だと思う人はまだ通じる人に出逢ってないだけです。

今日出逢えるかもしれないのです。

探しましょう。