今朝、というよりつい先ほどのこと。
いつものようにパソコンを開いて、いつものようにパソコン脇にコーヒーを置きました。
その時、フッと『こぼしそうだな…』と思ったんですね。
その後、席を立って戻ってきた早々、案の定コーヒーカップを倒してしまい、コーヒーをこぼしてしまいました。

「やっちゃった。予感が当たった…」と思ったのですが、
これって、はじめに『こぼしそうだな…』と考えた私の脳がそのようにした、
ということなんですね。

よくやってはいけないことを親が子どもに教えるときに、
「○○はやっちゃダメよ!」と言いがちですよね。
だけど子どもって、ダメと言われたことをやりますよね…。
何度も言われているはずなのに、やっちゃいます。
これって、冒頭でお話しした脳の特徴なんですね。

例えば、「ケンカはダメよ!」と言われると、「ケンカ」という言葉が脳に刻まれます。
それまで意識しなかったのに、脳に”ケンカ”と刻まれてしまったことで、 ついついやってしまった…ということもあります。
ですから、心配の否定語は子育てにはあまり必要ないのです。

”心配したら、心配した通りになる”とも言われます。
もうおわかりですね。心配の言葉を言うと、その心配した言葉が脳にインプットされてそうなりやすい、ということです。

また、先回りして心配し、いろんなことを禁止したところで、親が見ていないところでその反動は出てきます。 注意されれば注意されるほど、子どものストレスは溜まっていくでしょう。


人間として守らなければならないことを教えるときには、
否定語ではなく、親がお手本を示しながら自ら行動することが大切だと思います。

子どもに理屈は通りません。
子どもの心に届けるためには、相手を信頼することです。
子どもを疑って否定語で注意されたら、否定されたようになってしまうかもしれませんね。


「ダメ!」を使うのは、命の危険があるときやルールを守らなかったときなど、やってはいけないことをやった時だけでいいと思います。先回りして「これはやっちゃダメよ」とやってもいないことを注意したり、「だから言ったでしょう」と失敗したときに「ダメ出し」をすると自信がなくなるだけです。

そうはいっても、心配するのが親心なのですが、
親自身も節度を持って、自分をコントロールすることが必要なのではないかと思います。

子どもに自律を促すためには、親子の信頼が大切です。
いずれは自分の手元から、子どもを手放すときが来ます。
そうなった後の繋がりは、信頼関係しかありません。

親の言葉は、隣で子どもが聞いています。
子育て中の親御さんは、なるべく未来志向で、
肯定語と感謝の言葉をたくさん使うようにしましょう。


さて、「フッと思った否定的な考えはどうすればいいの?」
と思った方もいらっしゃると思います。

フッと『こぼしそうだな…』と思った時に、そう思ったのなら、はじめからそこに置かなければいいのです。思った時点で、コーヒーカップを移動すれば良かったんですね。
これが”回避”です。
回避をせずに、そのままにしておくからそうなってしまうのです。
フッと思ったことは現実になりやすい。
だから、フッと思ったことは”転ばぬ先の杖”にもなりますね。

自分の脳と相談して、行動するといいですね。

社会人になって仕事をし始めると、
必ず壁にぶち当たる出来事が起こってきます。

その度に、悩んだり、迷ったりして、
そのうちに
「この仕事、自分には向いていないのではないか?」
「自分には才能がないのではないか?」
と考え始めます。

そうすると、できる人を見て羨んだり、できない自分を責めたり、できない理由を探し言い訳し始めたりします。しかし、才能というものは、その人が天命を全うするために与えられた道具なんです。
まるで先天的に与えられているように見える才能でも、それは、その人が既に自分の天命を知ったから開花しているのです。才能とは後天的に、努力の末に身につけられたものなんですね。

反対から言うと、その努力をしようと思ったわけは、自分の役割に気づいたからであって、自分の役割に気づかないうちは努力が空回りし、才能も開花できない状態のままなのかもしれません。だから若いうちに自分の役割を知るために、自分探しをするように人生構築上そうなるようにできているんですね。

でも時々、40歳を過ぎても自分探しをしている人を見かけます。
ものの本によると、自分探しは35歳までと書かれていました。
しかし今の時代、なかなか”四十になって惑わず”とはいきませんね。

人生の構築や仕組みがわかっている人は、きっと若いころにご苦労をされた人だと思います。でも、その苦労が大人になって自分の糧になっていることっていくらでもあるんですね。
傍からみて大変そうに見えても、その人がそれが必要だから与えられた試練であり、宿題であり、役割なのです。それを知らない親たちは、子どもが大人になった後でも安易にわが子を助けようとします。
黙って見ていればいいことも多々あるのではないですか?


自分の役割から、その人に合う答えが必ずあります。
そして、その役割に似合った性格になっていくのです。
他人と合う合わないは、きっと自分と役割が違うせいかもしれません。

人間関係は、自分と合う人探しから始めることです。

これからの人生、人と比べず、言い訳をしないで、自分らしく生きてみては如何でしょうか。

新年に入り、もう10日目。

「1月行く、2月逃げる、3月去る」といいます。
今年度もあっという間に終わってしまいそうですね。

私の頭は、新年度に向けてフル回転しています。
来年度の準備はもう始まっているんですね。

最後の最後まで気を抜かず、事業に取り組んでいきたいと思います。


さて、平成もあと1年ちょっとで終わりを迎えます。
昭和から平成にかけては、バブル好景気で学歴が重視される時代でしたね。
その後はバブルが弾けて、長い長い不景気の時代が続き、やっと今新しい時代の入り口に差し掛かっています。

今、私は社会福祉主事資格講座で「社会学」を学んでいる最中ですが、人の行為(生活、自殺等)や人口の変化(少子高齢化等)は、時代背景に影響されることが大きいようです。

詰まるところ、私たちは幸せを求めているのですね。
個人が幸せでないから社会問題も起きる。
どうすれば、皆が幸せに生きられるか?
と考えてしまいます。

しかし、実際には学歴社会は以前よりもなくなってきています。
学歴よりも、人間性(判断力、理解力、コミュニケーション力等の個人の資質)を重視する企業が増えてきたからでしょう。
それは、私も感じるところです。

ということは、これからの時代は学歴ではなく、人柄が重視される時代なんですね。
どんなに勉強や仕事ができても、人となりやコミュニケーションが悪かったら採用されないのです。これは、これから社会に出る子どもたちをどう育てていくかに関係しています。

家庭や学校、その他の教育機関は、精神上も考えて子どもを教育・保育していく必要を感じます。そう、心の教育です。学校でいうと「道徳」です。それも、小学校までにやらなければ身につかないと思います。

時代は変わっていきます。
今までは頭と体を重視していましたが、これからは心の時代がきます。
三位一体(知・徳・体)のバランスが益々大切になっていくでしょう。


年始から運の話をしてきましたが、自分の人生の道を切り開くためには「明るさ、楽しさ、ワクワク」が必要なのだと思います。苦しみ抜いて成功した人はいません。松下幸之助さんも、本田宗一郎さんも、寝る間も忘れてワクワクしながら仕事をして成功した人です。これはきっと本人の中では苦労とは言わないんですね。

幸せは案外身近なところにあるものです。
それを「ありがとう」「感謝しています」と口に出して、周りの人と穏やかに生きていけたら
その人は生涯幸せな人生を送ることができるでしょう。

子どもの頃、
転んだりしたときに大人の人に
「いたいのいたいの、とんでいけ~」
と言われたら、本当に痛みが治った気がしました。

皆さんもこんな経験ありませんか?

昔から言われている”おまじない”には、根拠があったんですね。

日本語には魂が宿ると言われる”言霊”のある不思議な言語だと言われていますが、
本当に暗示(おまじない)効果というものがあるそうです。

思った通り、言った通りに物事が進む効果で、
心理学では“呪術効果=インカンテーション”と呼ばれています。

例えば、ゴルフで目の前に池を見たとき、「落ちたら困るなぁ」と思うと池に落ちる確率が高くなり、『こうすれば池は越えるかな』と思ってスイングすると案外簡単に池越えできてしまう、というのです。

これは、「考えたり口に出したりしたことでその結果が頭の中にイメージされ、そうなるように行動してしまう、人間の単純な心理構造」だと言う人もいます。

実は、私たちの脳は「勘違いシステム」というものが働いているんです。
恐怖を想像すると背筋がぞ~としたり、緊張すると手に汗をかきます。
レモンをかじっているところを想像すると、唾液が出てきます。
このように、想像すると脳が本当にあったかのように勘違いして、身体が実際の時と同じように反応します。これが脳の勘違いシステムと言われるもので、心理学では常識として知られています。

ですから、心配すると脳が反応し、心配した時と同じように身体に反応が出てしまうので、結果として心配したようになりやすいそうです。心配性の人は心配な言葉や表情をしているので、それに引き寄せられ心配したことが起こりやすくなるのですね。

私たちは、人に悩まされているのではなく、自分の脳に振り回されているのです。
悩んだり落ち込んでいるから悪いことが起こってくる、という構造なんです。

ということは、思いが先ではなく、言葉を先にすればいいという考え方もあります。
(キリストさんも「始めに言葉ありき」と言っていますね。世界共通なのかな?)
そう、これこそ”おまじない効果”です。
「強気、強気!」(弱い気を払い、強い気になる)
「感謝、感謝!」(ないものねだりをせず、今あるものに感謝する)  等、
不思議なことに何度も言っていると、本当にそのようになってきます。

開運するためには、明るい、楽しい、ワクワクすることが絶対条件です。
暗いところには、運も人も寄り付かないし、悩んでいたら神様も入り込む隙間もありません。

そして、何事も受け入れることが大切です。
「いいことも悪いことも、自分が過去に蒔いた種を刈り取っているだけのこと」と思うことで、自分の人生を受け入れることができるようになってきます。

反対に、人のせいにしていると、いつまで経っても刈り取ることができずに同じ試練を繰り返さなければなりません。

「マジメ、ジメジメ」になっていませんか?
真面目な人は要注意ですよ。


正月早々から良い年を迎えた私ですが、
今年は過去最大の運気上昇の年。
昨年の数倍上がる年にしたいと今からおまじないをかけています(笑)

私の周りにいる人にもおすそ分けできるように、
開運!強運!パワーアップ!!
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(1月2日 伊勢神宮内宮の正宮からのご来光)

1月3日の富士山
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伊勢からの帰りに富士山を見てきました。
真っ青な空で、富士山がとてもきれいに見えました。


今年は、お正月からお伊勢さんにお参りができ、
帰ってきたら早速運気が上がったように感じます。

実は私、今年は絶好調の運気みたいなんです。
社長の運が上がると、会社全体が上がるので、
私の周りの人も、一緒に運気を引き上げていきたいと思います!


さて、神社にお参りに行くと幸運や開運をお祈りしますね。
私は会社を経営しているので、「運」というもの常に意識して行動しています。

「運も実力の内」とも言いますが、幸運を引き寄せる努力を行うことも経営者のやるべきことの一つなんですね。私の尊敬する松下幸之助翁は、自分の会社に神社を創ったり、神社仏閣を寄進したりして運を上げた人です。

この「運」というもの、どういう仕組みになっているのでしょうか?
運の良い人と運の悪い人の違いとは何でしょうか?

運は自分で掴むものと言われますが、
努力して運を掴める人は、元々幸運を持って生まれた人のようですよ。

私達は、「これをすると失敗するんじゃないか、不幸になるんじゃないか」と心配が先に立ってしまうことがありますね。あれこれと気にして心配し過ぎると、本当になったときに「ああ、やっぱり」と思ってしまいます。

でも、それは自分で不運にしているのですが、そういう人は元々持って生まれた運の悪さが厄となっていてそのような思考になったりするそうです。心で思っていることは、言葉になったり表情に出るので実現化しやすいのです。

中には、「努力ではどうにもならない運」というものがあるそうです。
そんな人は、運の良い人の傍にいるといいそうです。
強運な人の近くにいるだけで、自分の運も引き上げてくれます。

反対に、運の悪い人は近くにいる人の運も下げてしまうそうです。

もしかすると、平穏無事なのは、自分の近くにいる強運な人に守られていたのかもしれません。目には見えなくても、気の流れや力は確実に自分に影響を及ぼすものです。

今年も良い運気を取り込んで、楽しい一年になりますように。
皆さんの幸運をお祈りしています。