昨日、大網アリーナ(サブアリーナ)にて、ありんこ親子保育園の運動会が開催されました。

初めての大網アリーナでの開催とあって緊張もありましたが、たくさんの保護者やご家族の皆様からの温かいまなざしと応援をいただき、子ども達はみんなとてもがんばってくれました。子ども達の成長を感じられた感動の一日でした。


保護者の皆様には、運動会開催にあたり至らない点も多々あったかと存じますが、ご理解とご協力をいただき、心より感謝申し上げます。

これからも子ども達や保護者の皆様の笑顔の絶えない保育園にしていきたいと思っております。 今後とも、ありんこ親子保育園をどうぞよろしくお願い申し上げます。

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9月30日(土)10時から、
来年度小学校入学予定の年長さんの保護者対象に、
入学準備説明会を行います。
場所:おおきなかぶ児童館
連絡先:0475-53-3509(15時~19時)

入学前に心配な事がある方、
小学校の教育内容を知りたい方、
入学準備に何をしたらいいのかわからない方、
是非、ご参加くださいね。


今日は、昨今の幼児教育の課題について取り上げてみたいと思います。

私が4人の我が子の子育てと保育園や学童保育の子ども達を見てきて感じることは、昔も今も”基本的に子どもは変わっていない”ということです。
変わったのは子どもを取り巻く環境や社会、家庭なのではないかと思います。

昨今の幼児期の課題(子どもの育ちの変化)とは、
・基本的な生活習慣や態度の欠如
・コミュニケーション能力の欠如
・自制心や規範意識の不足
・運動能力の低下
・小学校生活への不適応
・学びに対する意欲・関心の低下
等が挙げられています。

その背景として、
・子ども同士で遊び、葛藤しながら成長する体験の機会の減少
・身近な自然や遊び場の減少
・近隣の大人の無関心
というような”地域社会の教育力の低下”と、

・子育ての孤立化による親の育児不安や情緒不安定
・親のライフスタイルの変化
・親自身に模範意識や道徳性の揺らぎ
・子どもを叱ることを避ける傾向
・父性性の欠如
の”家庭の教育力の低下”があるようです。

では、課題をどのように解決していけばよいのでしょうか。
人間として成長していく上で、最もかけがえのない時期である幼児期の教育が、その後の人間としての生き方を大きく左右する重要なものであることを知り、幼児教育は、目先の結果のみを期待するのではなく、いわゆる「後伸びする力」や小学校以降の教育と比較して「見えない教育」を言われるように、幼児の内面に働きかけ、一人ひとりの持つ良さや可能性を見出して、その芽を伸ばすことをねらいとすること。

幼児期後半部分である5歳児あたりからの教育が小学校への学びの連続性となり、一つの大きなポイントになります。
そのための自発的な遊び体験や、ものや人の関わりによって自己表出やコミュニケーションの基礎を育てることが重要になります。また、見えない学力の根っこは、豊かな感性・基本的な生活習慣・旺盛な好奇心等を育てることで培われます。
それらを育てるのに、最も適した時期が幼児期後半なのです。

ですから、年長の時期の「遊びながら学ぶ教育」は、必修課題と言えます。

幼児の発達過程には飛び級はありません。
順々に育っていくことが必要なのですね。

昨今、”気づき”に関する本やブログ、サイトが多くなってきました。
ということは、『気づけない人が多い』ということで、
裏返せば『きづけない人に困っている人が多い』ということなのでしょう。

会社から社員のコーチングを依頼される理由にも、
「社員が気づかない(気づけない)」「気遣いができない」といったものが多いのも事実です。

気づくって、いったいなんでしょう?
・感じる(感づく)
・発見する
・わかるようになる(理解する)
・認識する
・見抜く
・見出す
・思い至る(思いつく)
・悟る
・かぎ分ける(鼻が利く)
などの意識や感覚の部分が大きいのかなという気がします。

「どうすれば気づけますか?」という質問も多いですが、
気づくためには、”気づく力”が必要になってきます。

要するに、「観察力」と「洞察力」です。

観察力とは
物事の状態や変化などを客観的に幅広く、注意深く見ることができる力のこと。
=情報を収集する力。

洞察力とは
物事を観察して、その本質や、奥底にあるものを見抜くこと。見通す力のこと。
=情報を元に推察する力。

つまり、周りを観察してよく見ることです。
その上で、その本質や仕組み、根底にある原因などを見抜いて行動することです。


また、言われたことをきちんとやるのは子どもでもできます。
社会人に求められるのは、「自分で行わなければならないことを自分で決めて行動する姿勢」です。
しかし、多くの会社の人材育成で困っているのが、この部分なのです。
会社で部下の指導を行う担当者にとっては、切実な問題となっているようですね。

部下をお持ちの方ならお分かりになると思いますが、パッパッと気づいて動いてくれる部下がやはり優秀なわけです。つまり、社会で求められている必須の能力の一つと言えます。

そもそも「気づく力」の要素は何なのでしょうか?
「気づく力」は大きく二つの要素から成り立っているそうです。
一つめは、「直感的な気づき」(右脳的要素がある)と言われるものです。
頭で考えて気づくというレベルではなく、瞬時にひらめくような気づきで、横に広く縦に浅いイメージだそうです。 落ちているゴミに気づくとか、日常の些細なことに対する気配りにおいて発揮される力だそうです。

それに対して、 論理的な「気づく力」(左脳的要素)があるそうです。
理論的に物事を捉えてわかる気づきです。縦に深く横に狭いイメージだそうです。
例えば、「なぜ空き缶は丸いのか?」のように本質的な部分への問いかけから思考が始まり、「なぜ?」「なぜ?」と思考をより奥深くまで追及していくことで得られる「気づき」を指します。

この二つの要素である右脳的要素、左脳的要素のどちらが大切ということではなくどちらも重要なんだそうです。

私は物事を捉えるときに、色んな角度から眺めるようにしています。
私から見たら○でも、第3者から見たら△に見える場合もあります。
また、日にちがたったら□になるかもしれません。
このように、一方向だけで見るのではなく、多方向からの視点を持つように見ることが大切だと思います。それは、日頃からよく周りを見てよく聴く習慣があることが必要ですね。

そして、常に疑問を持って自分に問いかけています。
「これでいいのかな?」
「もっといい方法はないかな?」
「どうしたらできるようになる?」
「私にできることはないかな?」など、
疑問を持つから問題や改善点が見えてくるわけで、疑問を持たなければ気づくのは難しいかもしれません。

また、気遣いができることも社会人にとっては必須能力ですね。
気遣いとは、言葉+αの行動です。
疲れ気味の人を見た時に、「お疲れさまです」と言葉でいうだけの人と、
「お疲れさまです。一休みしてコーヒーでもどうぞ」とコーヒーを入れてくれる人。
あなたはどちらが「この人は気遣いができるなぁ」と感じるでしょうか。

これは、本当にちょっとしたことでもいいのです。
言葉だけでない何かを添えて、行動として見せることが本当の気遣いだと思います。

ちょっとした気遣いのできない人の特徴に、「思い込み」があります。
「人見知りだから、そういうことをするのは苦手…」
「ゴマスリのように思われたくない」
と思う人もいるようですが、これって自分の思い込みにしか過ぎません。
相手のことを思って心から行う行為は、人見知りも関係ないし、ゴマスリでもありません。
人見知りだからとか、ゴマスリのように思われたくないという気持ちは相手に伝わることはなく、ただ単に「気遣いのできない人」として相手に映ってしまうのです。

だから、上司から見たら「気遣いもできない部下」となってしまい、
「対外的な場所での仕事には向かない人」となってしまうようです。
本来の自分の能力を評価されたいと思っても、上司も(相手も)人間だということです。
これも重要な社会人のコミュニケーションではないでしょうか。

自然に気遣いのできる人とは、子どもの頃から異年齢の中で育っている人が多いようです。
上下関係の経験があり、気遣いや気づきも躾や経験の中から学ぶことが多いからです。

自分はなかなか気づけないなと思う人は、何がそうさせているのかをまずは自分をよく観察して見てはいかがでしょうか。又は、周りの人に聞いてみてみるのもいいですね。


気遣いのできる女性は、女子力も高いです。
いい恋愛をする上でも素敵な女性として格が上がりますよ。

我が娘の躾にも気をつけなければ…

8月31日と9月1日に三峯神社へ行って氣守をいただいてからというもの、
クオカードが当たったり、取材の依頼が入ったりとラッキーなことが続いています。
ちょっとうれしい♪

二日とも、1332mの山頂にある奥宮へ山登りをしましたが、
つくづく山登りって人生の縮図だな、と感じました。

山を登っている最中の人は険しい顔をしているけれど、山頂を達成させた人はすがすがしい顔をして下りてきます。登る人が下りてくる人を見たら簡単に達成できるのかと思ってしまいますが、自分が登ると険しさを知ることになります。
奥宮は簡単には拝めませんが、努力すれば到達できます。
登る途中では想像もできなかった景色が、到達した人だけ絶景を眺められます。
そして、頂上を知った人でないと、”序の口”はわからないんだな。
序の口出歩いている人が、頂上から下りてきた人に「もうすぐですか?」と聞いてきます。「まだまだですよ」と答えます。「え~まだ歩くの~」と愚痴っても、頂上が近くなるわけではありません。
黙々と地面を踏みしめて歩くしかないのです。
でも、その途中では、美味しい空気、涼しい風、きれいな草木、自然が心を癒してくれます。だから、「がんばろう」という気持ちを奮い立たせてくれるんですね。

これって、起業もそうですし、子育てもそうです。
山登りをしてみるとよくわかりますね。

そして、奥宮へ行こう!と思わなければ行けません。
行きたくても遠いから行けないわ、歩くの面倒、大変そう、時間がない…なんて思っていたら、到達なんてできないんです。
だから、まずは一歩踏み出すことが大事なんだなと思います。

序の口まで来た人は、行ってみようと思ったから来れたんです。
ということは、奥宮へ行けるチャンスがあるということです。
来れただけすごいことなんだと思います。

でも、下りてきた人に「頂上までどのくらいかかりますか?」と聞いて、
「1時間。険しいですよ」と聞いて諦めて引き返していく人もいます。
チャンスは目の前にあっても、人の話を聞いて諦めて引き返してしまう人もいます。

チャンスは自分で掴むものだということがよくわかりますね。
険しくてもやり遂げた達成感は、やってみないとわからないものです。

目の前にあるものを諦めてしまっている人は、ちょっとの努力で達成させることができるのかもしれないですよ。一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。


思い出したら、また三峯に行きたくなりました…

9月1日 三峯神社二日目。
今回の旅の目的は、白い氣守をいただくことです。

午前5時半 お天気が心配でしたが…
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空がだんだん明るくなり

なんと雲海が見えてきました。わ~すごい!そして、きれいな晴天。
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条件が揃わなければ雲海は見られないそうで、それも1時間程で消えてしまうそうです。
興雲閣の従業員さんに、「今日のお客さんはラッキーですよ」と言われました。

そうなるといてもたってもいられなくなり、奥宮へ景色を観に行きたくなりました。

というわけで、また山登りして、再び奥宮へ。
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前日とは打って変わって、クリアな視界。
それはそれで、前日には見えなかった絶壁が…。
足がすくみました。

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15年越しの願いが2回も叶ったので、これはもう30年分の幸運です。

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奥宮からの雄大な景色。
この景色を見られるとは思っていなかったので、本当にラッキーでした。

下山したら、三峯神社にお参りして
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白の氣守をいただいて帰ってきました。
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帰り道、三峯神社の駐車場に入る車が山道の中ほどまで十数キロ渋滞していました。
毎月1日はこのような状態なのだそうです。
前日より入山して正解でした。

パワースポットで氣を充電してきたせいか、疲れもなく、筋肉痛もなく、心も満タン。
また明日からの仕事に活かしていこうと思います。